52話:陰謀編 クロスティルの章
クロスティルは腰が引ける思いであった。
目の前には大きな建造物があり、タイミングよく風が吹いているのか二本の旗が翻っている。
一つは王国の紋章の旗であり、もう一つの貴章は……伯爵家の家紋を模したこの施設の旗
内府省の貴章が翻っていた。
(確かトーヤが言うには……)
内府省の陳情申請課に、貴族署名の減刑嘆願書を提出するだけだ。
(か、考えたら普通のことなのに、何故ここまで緊張……するだろうかな……)
単純に考えれば、何てことのないことではあるが、それには幾つかの注文があった為だ。
『いいか普通に提出しただけでは、せっかくの署名も完全な効果が見込めない。権威や名は適したタイミングや相手に使うからこそ、その効果が発揮されるんだ』
しかし騎士侯の当主にもなっておらず、例え当主であっても宰相にはおいそれと会うことなど出来ないだろう。
『そこでだ』
トーヤが言うには、陳情申請課に居るロルカと言う人物に王太姫さまに対する陳情書と言う形で提出すれば良いとのことだ。
それでは時間がかかるとクロスティルはトーヤに言うが、次の言葉にクロスティルは真っ白になる。
『ロルカと言う役人は、王太姫さまの草……内偵だ』
内偵!!何でトーヤはそんなことを知っているのか
(一体、トーヤは何者なんだ!?)
何か薄ら寒い感覚に襲われた
その役人が王太姫さまの内偵であったとして、辺境の民であるトーヤが何故知っているのか
もしかしたら彼は、何か良からぬ勢力の密偵なのかとも考える……アリアさまが旧聖王家の公女にしても、何故それを知っていたんだ。
クロスティルの心中には疑惑が渦巻くが思い出す。
それはスネイルに彼の札束を拾い集めていたトーヤを見るアリアの迷いのない眼差しだった。
(そうだ彼女があそこまで信じていた人物なら、もしかして……)
『分かった。任せて欲しい』
クロスティルは陳情申請課の受け付けの女性にロルカと言う役人を呼んで欲しいことを伝える。
女性は名前と要件を聞いて来るので、クロスティルは正直に答える。
「私は騎士侯ヴァルカの侯子クロスティルと申します。ロルカ氏に陳情書とそれに添付する署名名簿をお渡ししたいので、ロルカ氏をお願いします」
女性はクロスティルの身分を魔術具で調べ、確認を行ったあと
「ロルカをお呼び致しますが、陳情書のご内容は……」
ここで陳情内容を言うのは好ましくない。
自分には大切な陳情だが、興味の無い人間にとっては無関心なこともあり得る。
ここは、興味を持ってもらうことを言うのが良いかと考える。
「陳情書の内容はロルカ氏に直接、あとこの添付の署名にはトールズ子爵の署名がありますので、その旨をご承知で」
騎士侯の侯子と言うことで、幾分普通に接していた受け付けの女性だがトールズ子爵の名で顔色が変わる。
「し、失礼しました。今、ロルカをお呼び致しますのでお待ちください」
どうやらトールズ子爵の名前は効果覿面であった様だ。
ロルカは来客中と言うことで、別室で待たせて貰うことになったので待機することになった。
別室は革張りのソファーで、かなり座り心地は良く、室内の調度品もかなり質の良いものを揃えており、そして来客に出されたお茶も中々良いものだった。
経費削減を言われている、昨今にしては良いものを出してくれたとクロスティルは思う。
(侯子を待たせるには、過ぎた部屋だな)
それに静かだ。
部屋に入った途端に役所の喧騒は一切消え、壁際の大きな仕掛け時計の音だけが響き渡っていた。
防音対策もしっかりした部屋の様だ。
(さて、今の間に手順の確認をしておこうかな)
今回ロルカに王太姫さまへの陳情書という呈で、署名を提出する。
だがロルカと言う役人は王太姫さまの内偵ということだが、本人にはその自覚がないとは……
トーヤから聞いた話しでは、”無自覚の内偵者 ”と言う。
特定の人物に焦点を合わせ、その人物から日々の状況についての情報を集めるサンプルだと言うことだ。
だが本人には自覚はない。
王家の近衛から、定期的に本人に仕事や簡単などの簡単なヒヤリングを行うだけであり、他の役人にもそれらを行っており、正直それだけで内偵と言うのは無理がある。
だが、そういった内偵者は数多くおり日々の生活の中からその情報を得、解析するのが優れた分析官の仕事だとのことだった。
そしてロルカについては、長年真面目に仕事に取り組んでおり、省の様々な流れを知っている。
平民出身で背後に他の貴族の影も無く、派手な所も特にないので”内偵者”としては確かに納得は行く。
待つこと10数分
扉からノックの音が聞こえる。
クロスティルはソファーから立ち上がり、ロルカを迎え様と声を掛ける。
「どうぞ」
だが重厚な扉を開いて現れた人物はクロスティルにとっては予想外な人物だった。
「シ、シュウ!? 何で君がここに!」
扉を開け現れた、絶世の美形の友人が現れたことにクロスティルは戸惑った。
クロスティルにとってシュウことシュート・キミマロは、いわゆる幼なじみであった。
かつて彼の養父である剣聖と名高いクロド氏は、父ヴァルカの剣の師匠であり、その縁もあり家に逗留されていた時期があった。
その間に二人は友人となり、そしてクロスティルと姉コーデリアは彼と共に剣勢を研いたのだ。
「久しいなクロスティル、こっちには用事があったのでね。君が来ていると聞いてこちらに寄らしてもらったんだ」
以前に会った時と違い、クロスティルはシュウから変わったと言う感じを受ける。
(落ち着いたと言うべきか……)
「ただの中間管理職に過ぎないロルカに、トールズ子爵の署名入りの陳情書とは……どんなものなのか興味があってね」
そのシュウの言葉にクロスティルは背筋から汗が一筋流れる。
(まさか、来客はシュウだったのか)
クロスティルは勿論、シュウの正体について知っている。
彼は王太姫殿下の弟にして、近衛騎士団の団長だ。
それも王太姫殿下の弟などの名目上のものではなく、実務的にだ。
なんせ彼の強さは王国どころか、周辺国でもトップクラスの実力者とも言われている。
自分と同じ年齢ではあるが、あの聖騎士侯メリアに並ぶとまで言われている実力者が、実務を担っていない訳がないのだから……
(こ、これは不味い)
クロスティルに嫌な考えが次々に過る。
シュウは暗に、何故中間管理職に過ぎないロルカに、トールズ子爵の署名が入った陳情書を持って来たかと聞いているのだ。
トールズ子爵の署名入りの陳情書ならば、本来ならもっと上役に直接に渡すのが効果的だろう。
それを不信に思ったか……
「クロスティル……君はロルカとは知り合いか何かなのかな」
対面するシュウは笑顔だ。
だが、その言葉の端々には警戒感が伝わってくる。
恐らくロルカが内偵であることを知っているかと、暗に聞いているのだろう。
(変わったな……シュウ)
最後に会ったのは2年前だが、クロスティルが知っているシュウは単純な子供染みた正義感を持った子だった。
だが、今は遠回しな言葉の威圧で、この様なやり取りをする様になってしまったのか。
恐らくシュウはロルカを内偵であるかどうか知られているのか、探りを入れているのだろう。
「いや、知り合いではない。ある人物からロルカ氏に署名を渡すと良いと聞かされてね」
クロスティルは平常心を保つ様に話しているが、その内心は生きた心地がしなかった。
(ここはロルカに書類を持って来たことを自然に思われる様にしないと)
「ロルカ氏は長年この内府省に勤勉に勤められていると聞いている。地位、役職うんぬんよりも、信頼出来そうな人物に渡したかったんだ」
「差し支えなければ、陳情の内容を聞いて良いかな」
クロスティルからすれば構わないと思う。
後ろめたい内容ではないし、自分の疑いを晴らすことにもなるのではないかと思うと考える。
「教団のアリア様のことについては知っているか……」
クロスティルはその為に署名を集め、そしてその陳情書を提出することになったことを説明する。
「彼女にはセシリアのことで、とても世話になった。壊れかけた家族が元に戻ったのは彼女のおかげだよ」
シュウはただ一言「そうか……」と呟く。
だがそれは無関心などでなく、瞳を閉じ昔を懐かしむ様な感じだった。
「長らく会っていないが、セシリアは元気でやっているのか……コーデリアは息子に掛かりきりで実家には帰っていないとのことだし」
クロスティルは今回の署名活動で縦横無尽に走り回っていた妹の姿を想像して元気過ぎだなと内心笑い。
「ああ……元気過ぎて困っているぐらいだよ。今回の署名活動でも率先して動いて、アリア姉様を助けるんだって凄い張り切っていた。私の尻を引っ叩きながらね」
その光景を想像したのだろう、笑い出すシュウ、釣られてクロスティルも笑う。
(……変わったと思っていたが、本質は昔とあまり変わっていないか)
妹の背伸びをする年頃のことを思い出し、恐らくシュウも今は背伸びをしているのだろう。
無理もない。
彼は私と同じ年齢で近衛騎士団の団長を務め、王太姫殿下の弟として王子としての重責もあるのだ。
昔の彼を良く知るクロスティルには、シュウには向いていないことと思うが、虚勢を張らなければやっていけないのだろう。
「……クロスティル……単刀直入に聞く。君はロルカのことについて知っているのだろう」
「………」
押し黙るクロスティル
その沈黙がシュウの答えを是とするものだった。
「残念だが署名を姉上に渡してもどうにもならない。姉上も今回の件については憂慮しているが、それは教団との関係悪化を懸念してのことであり、トールズ子爵の署名があってもアリア嬢を姉上が助けることにはならない」
シュウの言葉通りだろう。
シュウは気を使って言わなかったが、本音は『教団と旧公爵勢力との争いに自分達が関わることはない』と言いたいのだ。
(だけど……)
もし王太姫殿下とシュウが、アリア様の真の素性を知ればどうなるだろう。
『アリアの素性についてはあくまで奥の手だ。知られると今は助かるかも知れないが、別の災厄を呼び込むことになる』
それについてはトーヤの言う通りだ。
(トーヤ……折角のお膳立てだったがすまないな)
ことここ至っては、ロルカに書類を渡し、あることを吹き込み誘導を行う手筈であったが、シュウが『ロルカが内偵であることを知られている』と知ってしまっては、ロルカの行動は近衛から監視されてしまうだろう。
トーヤの策を果たす為には、ここで”王家の関係者 ”に知られるのは致命的な失敗となってしまった。
(だからと言ってここで諦める訳にはいかない!)
私は子供の使いではない。
(考えるんだ!今使える手札を……何か……何か……)
クロスティルの脳裏にシュウと剣の腕を研いていた懐かしい頃を思い出す。
(かつての情に訴えるか……いや、今やコイツも王太姫殿下を守る騎士だ。情にほだされてリスクは取らないだろう)
王家にとって、教団のアリアはただの侍祭でしかない。
そんな一個人の為にリスクは取らないだろう。
(ならいっそのこと奥の手を………それもあり得ない!)
それでは相手がナインラブス家から、王家に変わるだけであって、王家が彼女をどうするか分からないが事態が好転するかは分からない、ヘタをすればもっと悪くなる可能性もあった。
沈黙が話しの終わりとシュウは察したのだろう。
シュウは席を立ち。
「陳情書は殿下に確実に渡る様に、今ここに詰めている執務官を呼ぶよ。どこまで力になれるか分からないが僕も力を貸そう」
「少し待っててくれ」
そう言って部屋を出ようとした彼に向かい
「シュート・キミマロ!!」
突如、本名を呼ばれ退出しようとしていたシュウことシュート・キミマロは不機嫌そうに、その名を述べた者を見据える。
その名を述べた者……クロスティルの眼差しは語っていた。
『まだ話しは終わっていない』と
「昔に言ったハズだけど、僕はその名前は大嫌いだからあまり口にしないで欲しいのだが」
シュウは不機嫌そうに言いながら、退出を止め、席に着く。
「……すまない、つい口にしてしまった」
そうだ、彼は自分の本名が嫌いなのだ。
子供の頃に聞いた話しでは、いかにも適当に決めた名の様な気がして嫌がっていた。
クロスティルはそんなことはないと思っていたのだが、これは本人の感覚なので仕方ないのかも知れないと考える。
シュウはため息を一つ尽き。
「まだ話しがあるのだろう。すまないがこれが最後だ、この後も用件が立て込んでいてね」
「え!?君は停学になっているから暇なんじゃ」
クロスティルは思い出す。
大暴れをし、庭園を半壊(8割)させそれによって停学させられた王子が居ると貴族達の話題だ。
最初の話題では見た目麗しい王子が入学されるとの話題だったが、現在は入学式にも出ずに庭園を破壊して停学になった不良だと知れ渡っている。
付いた畏名が 《破壊王子》
「ぼ、僕は悪くなぃ!! 庭園を破壊したのは姉上だ! 何で僕がやったかの様な話になっているんだよ!?」
見た目麗しい美少女の殿下が破壊して回ったと言うより、この最強とも言われる王子さまがやったと言うことのが説得力があると伝えるが、シュウは不機嫌そうに頭を抱える。
「いつもそうだ……姉上の不始末は僕の不始末にって、話がずれていないか」
シュウは自嘲ぎみに笑い「やっぱり、僕にはこういうのは向いていないな……」と呟く。
確かに彼は変わったが、やっぱり本質は元のままなのだろう。
僅かな時間だが、考えをまとめる時間が取れたのは僥倖だった。
(トーヤ、色々と考えてくれたのにすまない)
当初のプランでは無理だろう、予備に考えてくれただろうプランBも既に使えなくなっている。
……あとは自己の判断で行動する。
(これしかないか)
「シュウ、私の本当の目的はこの署名を王太姫殿下にお渡しすることではない」
「目的はこの署名をロベルタ宰相閣下にお渡しするつもりだったんだ」
シュウは怪訝そうに形の良い眉をひそめる。
「へえ……では、どうしてその署名をロルカに渡そうとしたんだい。ロルカは宰相への入り口では……」
「いや、ロルカに渡すことは宰相に渡すことになる……抜け道になるが」
シュウの否定の言葉を被せる様に、更に否定するクロスティル
そしてクロスティルは告げる。
トーヤに伝えられたもう一つの真実のひとカケラを……
「ロルカは宰相閣下の内偵でもあるんだ。ただロルカ自身は意識してなく無意識の内偵と言うものになるのだが」
その言葉にシュウは絶句した様な表情になるがすぐに取り繕う。
「思わぬ言葉でビックリしたよ。無意識の内偵とは何だ、そしてそれについては証拠はあるのか、そして……何故君はそんなことを知っている」
シュウから矢継ぎ早に質問が飛ぶが、クロスティルは一つ一つ答える。
「無意識の内偵は本人に内偵を行っていると言う意識はなく、特定の近い人物につい情報を流したりしていることがあることだ。彼の場合は、幾人かの同僚だ」
そしてクロスティルはその幾人かの同僚の中に宰相派の人間が居ると伝える。
「ロルカは交遊関係も広く、新人や他部署の人間との繋がりも多く関係も深い。そして彼の仕事の多くは1人で抱え込むことが多い、それもあってか同僚に相談や愚痴などを話すことが多いんだ」
『人の口に戸は立てられない』
それはトーヤが付け加えたことであった。
「証拠は……」
「私の手元には無いが、殿下の直接携わっている案件である。王都・ローデシア間の交通網の拡充に際しての書類を確認して貰えれば証明できる」
シュウは席を立ち、およそ5分ほどで書類を持って来る。
「早かったな」
クロスティルは随分早かったので驚いたが
「書類の整理は良い人材がいるからね。僕も助かっているよ」
そして書類を確認させてもらうと、そこにはトーヤが言っていた通りのことが書かれていたので自分でも驚く。
(書類では一文で片付けられているが、トーヤの裏話を合わせると大変なことだな)
書類を応接ボードの上に広げ、クロスティルはある箇所を指差す。
その内容は”一部資材高騰と確保困難による、作業従事者への手当て遅延”と記されていた箇所であった。
シュウはまさに『それがどうした?』と言うかの様な表情になる。
普通はそうだ、この一文だけではただの報告だろう。
だが、この背景を知っていれば見方はそっくり変わる。
(トーヤ、君は一体何処まで見抜いているんだ……)
クロスティルは薄ら寒い感覚に襲われる。
『君のこれからの人生に必要になることだろうから言っておく、差し入れの礼だと思ってくれて良い、”書いてある”ことを決して全て鵜呑みにするな。文字と言うのは対面での話しと違い顔色・態度と分かり易く出るものではない。文面の隠された部分を読み解くんだ』
『コツとしては流されそうとなった所を、詐欺師を相手にする様に疑え』
あの時は大げさだと考えていたクロスティルではあったが、この書類は……トーヤの話しを合わせるとまさにそれであった。
”一部の問題はあったが、全てつつがなく終わっている”
そう感じる内容だ。
嘘はないだが……
(真実もない)
「報告は一行だ。だがその背景はとても複雑なことなんだ」
王都・ローデシア間の街道の拡充に関しては王都発展の為の重要な施策であり、その事業は現在でも続いている。
辺境の入り口とも言われるローデシアは多くの物流、人が集まる重要な拠点だ。
両街道間の拡充は先々代の国王から行われている事業であったが、先代国王の粛清騒動によって事業は完全に停止。
街道は中途半端な状態で使用されることとなったが、想定された本来の物流の半分ほどしか利用出来ないのでありさまであった。
そして国王が追放され、王太姫が国王代行となり、荒れ果てた経済を立て直す為にこの王都・ローデシア間の街道拡充が再開された。
だが、そこでも多くの問題が起きた。
その最大の問題はベルン子爵の不手際であった。
最初、王都・ローデシアの街道整備は現在のトールズ子爵が承ったのではなく、国王追放劇の立役者の1人である親王太姫派のベルン子爵が任命されたのだった。
ベルン子爵は誠実かつ真面目な人物であり、殿下の信頼も厚い人物であった為に、この肝いりとも言われる事業に任命されるのは妥当な判断であったが……
だが、この子爵は真面目過ぎたのだ。
そしてそれが現在の親王太姫派貴族の弱体化に繋がり、宰相勢力の増強となった。
予算も組まれ、人員も集め、度重なる視察、周囲の魔物も駆逐、そして資材も確保し、工事は再開された。
暫くは問題なく工事は行われたが、問題が立ち起こる。
資材を入荷していた辺境地方にて魔物が急増、それにより資材の高騰……暴騰になったのだ。
そのあまりの高騰に王家から事業の停止が示唆されたが、ベルン子爵は事業完遂による王権の強化を達成する為に事業を続行したのだった。
その為に自らの資産の大半を使用し、同派閥の貴族からも資金を集め、富豪への借金も行い続けられたのだ。
こんな暴騰はすぐに終わる。
子爵や派閥貴族達にはそういった目算もあったのだろう。
だがその目算も虚しく、資材の高騰はかなりの期間続き給金の支払いも滞ることが度々起こった。
それにより現場からは支払いの遅延、王都近郊の建築資材の高騰により民衆から不満が貯まる結果となった。
そして、そこに目をつけた派閥が現れる。
それが国王追放劇のもう1人の立役者のロベルタ宰相であった。
宰相は作業者への滞っていた給金の保証を行い、更には当時敵対関係であった旧公爵領ナインラブス家から資材や物資の入荷を成功させ、資材の高騰騒ぎは終幕となった。
そして親王太姫派貴族達の立場も宰相派が代わることとなり、現在宰相は王太姫に次ぐ立場となった。
「だが、事業の存続については宰相派は受け継ぐのは固辞しその役割は中立派のトールズ子爵が任じられることになった」
クロスティルはトーヤから聞いた説明の内容をシュウに聞かせた。
「……その話なら知っている。だがその話と書類の内容との関係性は……」
クロスティルは喉を鳴らし続きを語る。
トーヤが語った話の確信はこれからだった。
「それは……」
問題発覚前、資材調達の経費、人夫への給金に関しての王国へ報告された情報は”全て適正である ”と報告されていた。
それは資材の高騰などなかったかの様に隠蔽されていたのだ。
「待て、なら足りない分は…!?」
クロスティルは頷き。
「派閥の借入金で賄われていたんだ。そして帳簿は二重につけられ、宰相の介入前にはまだ問題は発覚されていなかった」
そして急に発覚された問題と対処、旧公爵領の突然の介入。
「シュウ……突然分かったからって、こともこんなにも上手く処理出来ると思うかい……」
宰相は内府省に完全に網を張っていたから出来たこと。
『内府は宰相の蜘蛛の巣だ。あそこの情報は宰相が完全に掌握している。ロルカもリュ……もとい王太姫さまの草として使われているが、その背景、手段、内容も全て宰相に筒抜けなんだ。あの男は”情報の巨人 ”だよ。内府だけでなく王都……王国の情報網にかけては最強の存在だ』
『そしてアイツはアリアを旧公爵領への布石に使うつもりなんだろうな。自分の孫を政略の道具に使う……まさに貴族らしいが……』
『今まで放ったらかしにして、役に立つから道具扱いとは反吐がでる!』
それについてはクロスティルも同じ思いであった。
あの方はただ血を引いただけだ。
彼女が貴族の宿命を背負う義務はないのは同意であった。
「全ては宰相に筒抜けなんだ。だからこの署名をロルカに渡して王家へアリア様の減刑嘆願を願い出ることになれば、この書類は宰相に届くことになる。握り潰す為にね……」
ここは嘘であった。
宰相は握り潰すことは出来ない。
宰相が一番恐れているのは、アリアが公女であることを王太姫に知られることであった。
トールズ子爵ほどの人物の署名の嘆願書であれば噂は広まる。
そしてそれを宰相が握り潰すことは可能だろうが、それは痛い腹を王太姫に探られる他ならない。
そして特にやっかいなのが教団の意向と上位貴族の嘆願であり、宰相は貴族、教団の互いに納得させる方法でアリアを旧公爵勢力へ追い出したいのが本音だろう。
そしてそこに王家が加わると余計に拗れることになる。
それは旧公爵勢力にもアリアの価値を周囲に知られると買値のハードルが上がるのを恐れてのことだった。
『俺達の策の過程は、この署名は王家に渡してはいけない、宰相に渡る様にするのが重要だ。そして署名貴族の中にアリアの素性を知っている者が居ると宰相に錯覚させ疑心暗鬼にし、ナインラブス家との取引は今回は中止にさせるんだ』
「……そうか……だからこちらの情報が……」
シュウは俯いて呟いている。
そして呟いた後、シュウは立ち上がり
「クロスティル、君に会って欲しい人が居る。そして君にお願いがある」
シュウは握手の様に手を差し出し
「手を組まないか」
外伝共に遅くなって申し訳ありません。
書きたい、書きたいと思ってもこうまで書けなかったのは予想外でした。
重ねて遅くなったことを謝罪させていただきます。