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51話 :陰謀編 序章

 


 眠れない子供の俺に母さんが童話を聞かせてくれる。


 図書館で借りた絵本は全部聞かせてもらったので、母さんの知っている話しを語ってくれた。


 それは大鷹とスズメというお話しだった。






 目に写る光景は天井……王都での俺の部屋の天井だった。



「トーヤ!!」



 目を覚ました俺に声を掛ける娘、ティコが笑顔で俺を見つめて来る。


「体は大丈夫? トーヤあれから三日も眠っていたんだよ」



(三日……)



 俺は意識が定まらない頭で、何でそんなに眠っていたのか思い出そうとして……思い出した。


 俺は体を起こそうとしたが、力が入らない。


「トーヤ無理したらダメだよ。まずはお水を飲んで」


 ティコは俺の体を起こし、背もたれ用に布を入れ体の位置を安定させてくれ、藁ストローの入った水入りカップを差し出してくれた。



「ふぅ……一息つけた」


 水を飲んだ俺は、体が少しマシになった気がしたが調子はまだ悪い。



「……あれからどうなったんだ……」



 ティコは冴えない表情で、状況を整理する様に説明する。



 あの後、死の聖歌の影響は消え、葬送の華は消滅、意識を失った生徒達も意識を取り戻し、特に問題がないとのことだ。


 ちなみにスネイルは顎を歪ませ、泡を吹き失禁している酷い姿で発見されたんだと…



 ざまあ




「アリアはどうなったんだ」



 俺のその言葉にティコは言いにくそうにしていたが、意を決した様に言ようとした所で


 部屋のドアの鍵が開く音がして、一人の男性が部屋に入って来る。



「トーヤ、目を覚ましたのか!」


 その男はクロスティルだった。




 俺はクロスティルの差し入れてくれた、麦のミルク(かゆ)を、ゆっくり食べながらクロスティルの憤慨を聞いていた。


 (かゆ)は麦や乳製品特有の臭みはほとんどなく美味しい。


 まさに(かゆ)……うま……だ。



「聞いているのかトーヤ……」



 もちろん聞いていたさ。



「アリアが教団の収容所に入所されたことだろう」



 俺はクロスティルの差し入れ、その2を手に取る。



 それはニュースペーパー、いわゆる新聞だ。



 俺の世界と違い複数ページではなく、1ページで紙質も現世の新聞紙ほど良くはないが、ちゃんと印刷されており、この世界の文明レベルの高さを考えさせるものだった。


 現代文明に慣れ親しんでいた為にあまり気にすることはなかったが、王都の文明レベルはかなり高い。


 辺境は中世さながらの生活なのに、王都は産業革命前期、18世紀初頭くらいの雰囲気が漂っていた。


 まあそれでも強引にファンタジーな世界になっているだけどね。



 手にしたニュースペーパーのトップにはアリアの名前が書かれていた。



 要約すると、ある貴族に怪我を負わせ教団の収容所に収容されたと、ニュースペーパーの内容はそんなものだが、クロスティルの話しではかなりややこしいことになっている様だった。



 まず最初にアリアの身柄は、学園の自治会(風紀委員会みたいなもの)に拘束されたあと、教団に連れて行かれる。


 クロスティルや、その場に居た大半の他の貴族達は、アリアを擁護したのだそうだが、それらの意見には学園も教団も、まったく耳を貸さないことが憤慨その一なのだそうだ。



 そして憤慨その二は王国の対応だ。


 クロスティルが言うには、ナインラヴス家が王国に手を回し、スネイルに怪我を負わせたと言う咎で、アリアの身柄を渡す様な策謀が行われていると言うことだ。



「アリア様が怪我を負わせたと言うことなら、スネイルに対しての対応は一体どうするつもりだ! かの専横を王国が改めて様とした所に、貴族が平民をさしたる理由もなく殺そうとしたのだぞ!」



「それは大変だな」



 食べることに集中したい俺は思いっきり他人事の様に言うが



「他人事の様に言っているが、貴公のことだぞ」



 そうだったな。



「世の中には見えない所で何かしら動くのは世の常だ。そしてその中で決定的な何かが起こっても、それは力と責務のない人間には抗うことすら許されない」



「それが非情な政治と言う世界だ」



 俺は食べ終わった粥の器を、寝台横の空き箱机に置きクロスティルの目を見て言う。



「俺の予想が当たれば、アリアについては恐らく教団と” 彼女 ”が何とかするだろう」



 俺は静に憤るクロスティルを宥める様に言う。



「彼女?」


 クロスティルは俺が言う不明な人物に疑問符を付けて言って来るが


「……ああ、こっちの話しだ気にしないでくれ」


 言い過ぎたことを心中で反省する。

 だがその手段は最終手段だ。

 それが行われた場合、アリアは助かるだろうけど余計にややこしいことになるのは確実である。


(姉弟妹が欲しいって言ってたし、アリアは良い妹になるだろうな)


「それに俺はこうして助かったんだ。今回については特に何か言うつもりはないよ、まあ状況に応じて方針を変えることはあるけどな」


 正直現状では「被害者だ!!」と騒ぐと余計に録なことにならない気がする。


 しかも俺は王都の民ではなく、辺境中の辺境の民でありヒエラルキーの中では下の方だ。


 声を大にしても大して相手にされないだろう。



 それよりも……


 俺はニュースペーパーに目線を落とす。



「今はアリアの処遇がマシになる様に祈っておこう」



 俺達には何も出来ない。



 俺はそう諭そうとするが



 俺の覇気の無い態度に、クロスティルは別の憤慨を呼び起こすことになった。



「トーヤは何とも思わないのか!あの方はこんなことで罰せられていいお方ではない。何とか力になろうとは思わないのか!!」



 俺はクロスティルの様子を見て、若いな……と心中に苦笑いを行う。



 だけど、好感が持てる若さだった。



(やれやれ、昔を思い出すな)



 これが若さか……と、自分もこんな時期があったなーと考える。


 なら、その若さに報いるのも年寄りの務めと助言を行うことにする。



「なあ、良い考えがあるんだが聞くか?」



 俺は悪巧みたっぷりな笑顔でクロスティルに提案を行う。






「トーヤ。さっきのことで本当にアリアが有利になるの」


 クロスティルに策を授け、彼はそれを実行に移す為に、急ぎ準備を行いにあわてて帰って行った。


「まあ、何処まで効果があるかは分からないけど、今よりは状況が良くなるとは思う」



 ちなみに俺は大したことは言っていない。


 クロスティルにそれを説明した時も「その手があったか!!」と気付いた様子だったので、恐らく雲の上の連中に対する怒りで、現実的な案が思い付かなかったのだろう。



 俺がクロスティルに提案したのは、いわゆる署名活動だ。



 トーヤの元の記憶を辿ると、個人の直訴はほとんど相手にされないのは思った通りだが、それが連判の署名運動なら王国の法で一応認められている。


 だが署名運動の効果を上げるには、代表者となる貴族の力と有力な者たち、そして戸籍を持つ市民が何人集まるかが鍵になるのだが……



 ニュースペーパーでの内容と、クロスティルから聞いた世間の反応から、それらは何とかなる気がしている。



 クロスティルが言うには、世間の風評では今回のことでアリアの名誉が傷ついたとか、そう言ったことはないとのことだ。


 多くは心配や憂い、同情の声も多く、そして旧公爵領貴族に対して苦々しい勢力は、今回の尻馬に乗る可能性も高いとのことだ。



 ただ、俺はそう大層な状態じゃなくても良いと思っている。



 署名運動は表向きのことだ。


 将を射わんとすれば馬を射ると言う言葉があるが、俺が射るのは馬ではなく、その将の(かげ)にいる魑魅魍魎をせっつくだけだ。


 俺の目的は、今回アリアの減刑署名嘆願書に記載される” それなりの地位の貴族 ”の署名だった。



 希望を伝えるが、クロスティルには難しいかとも思ったが、どうやらツテがある様で「任せてくれ」と、先程帰って行った。




「で、トーヤその偉い貴族の署名があればアリアを助けられるの」


 ティコは半信半疑で俺に聞いてくるが


「普通なら微妙と言った所だろうけどな」



 ガネメモでの新政権の王国の法は結構厳格で、有力な貴族の力で方針がブレる様ことはそうはない。


 だが有力以上の貴族を動かすことによって、それを上手くブレさせることは可能である。



 クロスティルが今回署名を受け取りに行った貴族達には、ある貴族……影に潜む大物を動かす”エサ ”……もとい”切っ掛け ”になってもらうつもりだ。



 当事者達はそんな自覚もないだろうけどな。



「その影に潜む大物って誰なの」


 俺はティコのその質問に声を潜め、詳しく説明する。


「そうなんだ。アリアにそんな人が……でも……」



 ティコは悲しい表情をし



「その人はアリアにとって他人じゃないのに、そんなことまでしないと助けようともしないなんて、あの子が可愛そうだよ」


 ティコの意見には同意だった。



 あの男はアリアに対する人間的な興味はない。



 ただ” 何の役に立てるか ”それだけだろうな。



「後は果報は寝て待てだ。まだ体調がいまいちだから寝かせてもらうよ」


 ミルク粥で腹が満たされて、俺には睡魔の波状攻撃が行われていた。


 ティコは俺の今回の悪知恵の詳細を、もっと聞きたそうにしていたが、俺が酷く疲れていると思ったのだろう。



 優しい笑顔で


「おやすみトーヤ」


「ああ、おやすみー」



 俺の意識は再び闇に落ちた。





 あるところに 一羽の大鷹がおりました


 大鷹は他の仲間よりも大きく 仲間に混じることができずにさびしい思いをしていました


 そんなある日 大鷹は怪我をした一羽のスズメと出逢いました


 そしてスズメを助けた大鷹は 自分の苦しみをスズメに言いました


 ボクのトモダチになってよ


 こうして大鷹は はじめての友達ができたのでした








 クロスティルが署名を集めに行ってから三日が過ぎた。


 その間俺は食事時以外は、ずっと部屋に籠っていた。


 原因は俺の体調だ。


 ティコが言うには、恐らく怨精霊(ヒューリ・ステラー)のドレインの影響で暫く休暇が必要とのことなので、署名活動はクロスティルに任せ俺は部屋で安静にしていた。



「トーヤだったら、普通なら一瞬で生気を吸い付くされてミイラになるところだったけど、ボクがトーヤに与えた力がそれを防いでくれたんだ……よっと!」



 ティコは角で俺の桂馬を取る。



「へへ~ん♪桂馬頂き♪」



 一応あれから体は動く様になったが、すぐに息が上がるわ、体の反応は鈍いわ、でロクに活動出来ない状態だった。


 で、暇をもて余した俺は勉強の合間にティコと自作の将棋で遊んでいた。



 ホントウニ ベンキョウモ シテルヨ



「いいのか、羽根が煤けているぜ……」



 俺は起死回生の一手を打つ!!



 俺は飛車をティコの陣に送り込み、飛車が龍王に進化!!


 次のターンに滅びの王手ストリームを放ってやるぞ!!



(まさに勝利!! 粉砕!玉砕!大喝采!)



「はい、王手角取りだよ♪」



「……へ!?」



 先ほど取られた桂馬君が俺の王と角にダイレクトアタックを仕掛け、容赦ない言葉に俺はぐにゃ~と歪んだ気がする。



「桂馬!俺を裏切ったな!!」



 気分は某CEOだった。



「……あのーティコさん、まっ」


「待ったはもうダメだよ」



 こうなれば奥義を放つしかない!!



「ああ……後遺症による目眩が~」



 俺は目眩を装い将棋盤に倒れ込み、奥義ちゃぶ台返しを行う。


 だが、駒は接着剤で貼り付いた様に動かない。



「トーヤ~、ボクに同じ手は二度は通用しないぞ♪」



 ティコは何か念動力の様なものを使って、俺の奥義ちゃぶ台フラップを不死鳥の戦士のごとく、二度目の技は通用しない…もはやこれは常識の様に防いで来た。



「で、どうする敗けを認める」



 角が居なくても、まだ龍王が居るし、まだまだ挽回のチャンスはある!!


 戦術的な勝利はくれてやる。だが、最後に勝つのは……



 俺だ!!!




 ――――十分後




「負けました……」


 龍王もティコの角成りの龍馬に撃破され、更には金も銀も刈り取られる。


 そして刈り取った戦力で、増殖コンボの様に俺に王手のラッシュが響き、あっさりと勝負がついた。


 止めて!俺の(ライフ)は、もうゼロよ!!


 最後の方はもうずっとティコのターンな感じでボコボコにされました。



「ボクの勝ちだね。これで一週間先の昼食の献立はボクが決めて良くなったわけだ♪ 何にしようかな~」



 そうこの将棋は昼食を賭けての勝負だった訳だ。


 ティコが甘いものが食べたいって駄々をこねるから、暇潰し……もといベンキョウの合間に作った将棋での勝負で決めようと提案したのが始まりだった。


 最初の練習勝負では、俺の圧勝だったのだが二回目以降の勝負では、俺の惜敗、そして惨敗が続いた。


 俺の12+1(封印)の特技の1つ、町内チビッ子将棋大会ベスト16(一回戦突破)の俺がまったく歯が立たないとは……



「ベルクリフ(戦術盤)でローランやスレインとは良くおやつを賭けて勝負したからね。これも戦術盤の一種だろうけど、ボクこういうのは結構得意なんだ」


 まさかティコにそんな特技が……迂闊だった。


 普段から猪突猛進な所があるから、こういったゲームは弱いと思っていたが違っていた様だ。



 そういえば降神戦争の最終戦で、エルフやドワーフなどの部隊を指揮していたことを思い出す。


 つまり、前線指揮官が出来るティコに、俺は将棋で勝負を挑んだ訳か……


 ルールとか色々あるだろうけど、分が悪い勝負だった訳だ。


 はあ……これから一週間お昼はスイーツか……今から胸焼けがしそうだ。



 俺は財布を開け残金の確認をする。


 今の所は財布の中身は潤っているが、この潤いは仮初めのものであり、分かりやすく言えば借金で潤っているだけである。



 バイトも出来ない状態であった為に、生活費がついに底を尽き、学生課に体調不調で主張……もとい泣きついて無利子の借金をしたのだ。


 ただ借りれたお金は僅かなので、このままでは次の手……


 両替商に借金を行わなければならない状態であった。


(上手く使わないとな……借金(リボンザム)は使うなよトーヤ!!)


 俺は心中に改めて強く言い聞かせた。




 俺の部屋のドアが叩かれる音が響く。



「トーヤ居るか、クロスティルだ」


 来客はどうやらクロスティルの様だった。


 この数日、クロスティルは署名活動に勤しんでいたので、俺が目覚めた日以来の来訪である。


「ああ、今開けるよ」


 俺はドアを開けクロスティルを部屋に入れる。


 クロスティルは大きなバッグを持っており、置く場所に木箱テーブルを提供する為に将棋と盤を片付ける。



(クロスティル……何であと5分早く来なかった!)


 タイミングが悪いこととはこのことか!と自信の運の悪さに辟易する。


 今に始まったことではないが



「トーヤやったぞ!これが署名の成果だ」



 俺の気も知らずか、クロスティルは木箱の上に自身が持っていた鞄を置き、興奮を抑える様に中身を一部取り出す。



 1つは質の良い革製の表紙のファイルに収められたそこそこの厚さの紙束、もう1つは綴り紐に纏められ同じ様に革製のファイルに纏められた分厚い紙束だった。



「その様子だと上手くいった様だな」



「ああ、まずは中を見て欲しい」



 そう言って質良い装丁のファイルを俺に手渡し、俺は中身を確認する。


 そこには達筆の様なサインと家紋の印が押されたものが並ぶ


 数としては20人分と言った所だろう。


 数が多い様に見えたのは、蝋印の書類もありそれで膨らみ厚く見えたのだ。



「なるほど……わからん!」



 正直、文字が達筆過ぎて読めないのと、誰がどう言った人物なのか平民の俺に分かる訳がない。



 クロスティルはひきつった笑顔で俺に説明を始める。


「名簿の最初の貴族がトールズ子爵だ。君が欲しがっていた”それなり”どころか、”かなり”の高位の貴族の署名だぞ」



 ちょっと待て!!



「今、子爵って言ったか!」


「ああ、苦労したんだぞ、多忙なお方だし家のツテをフルに使って何とかなったよ」



 俺は自分のミスに気付く。


 今回の策には出来れば《伯爵》以上の署名が欲しかったのだが、考えてみれば俺はクロスティルにそれを伝えるのを失念していたのだ。



(確かに子爵も貴族だけど、もう少し何とかならないかな……)



 俺は言いにくそうにクロスティルに言う。


 怒られるだろうなー


「クロスティル……頑張ってくれたところ悪いが、伯爵クラスの署名は取れないか……」


 クロスティルは「えっ!?」と驚いた様に


「宰相閣下はさすがに無理だよ。そんなツテがあるなら直接言いに行っているぞ」


 何の冗談だと言う様に言う。



(あれ……?)


 何か違和感が


「宰相さまじゃなくてもいいんだ。他の伯爵は……」


 クロスティルは怒るどころか、何を言ってるんだと言うが


「伯爵は宰相閣下1人だけだけど……ああ、なるほど、トーヤが言っているのは帝国の貴族制度のことか」


 クロスティルは納得したように


「トーヤはウインシニア出身だったな、あそこは帝国領と近いから勘違いするのも仕方ないか」


 クロスティルは王国の貴族制度について説明してくれる。


 どうやら俺の知識と現状では齟齬がある様だった。



「帝国の爵位は一代、もしくは子々孫々への継承任期の間だけのもので功績などで爵位が授与されることが多い。爵位の内訳は公、候、伯、子爵、男・女爵だな」


 俺の知っている内容もそんなものだ。


 トーヤではなく藤也の知識だけどな。


 トーヤは『爵位ってナニソレ、オイシイノ?』みたいな知識しかない。



「ゆえに帝国は爵位を持つ者の数が多い、正確な数は覚えていないけど領地持ちの有無に関わらずにすれば二千人くらい居たはずだ」



 それは多いな……


 大英帝国でも多い時は千人くらいだったと記憶しているから、帝国が爵位を乱発しているのか、それだけ豊かなのか……


 俺がクロスティルにその事を聞いてみると「両方だ」と返事が帰って来た。



 凄いな帝国。



「話しを戻すが、王国の貴族制度は二代目聖王の御代から始まったんだ。かつての王国を支える地方諸侯は30家、これが全て子爵に封じられ、この30家のみに爵位を得る資格を国法で定められたんだ」


「と、言うことは力の有り無し関係なく諸侯は全員” 子爵 ”になったのか」


 乱暴と言うか、適当だなと付け加える。


 クロスティルも感じていることなのか、俺に同意する様に笑う。



「だけど国を運営する上で貴族に役割を分担する為に一部で例外が生まれた」


「まずは伯爵家、帝国では何人も居るけど、これも王国では一家のみだ。その役目は王国の内政の統括が主な役目になっている。現伯爵のロベルタ宰相は初代伯爵家からの直系でもあり、かなりの智謀のやり手だ」


 ああ、良く知っているよ。


 ガネメモのロベルタ宰相は”良い意味”で、血も涙も無い奴だってことはな。



「次に侯爵、これも一家のみと言いたいが現王家の分家なんだ」


 これは俺には初耳だ。


 侯爵家についてはガネメモでもほとんど話はない。



「現王家が聖王家から譲位される際、当時侯爵だった現王家は王となり、分家が侯爵を引き継いだという形だ」


「だから、現王家と侯爵家は縁がとても深い為、国王が侯爵家に落ち延びたのも当然とも言える」



 原作では共和国に亡命するのだけどね。


 何故かこの世界では、その辺りが改変されていた。



「ちなみに侯爵家は、この国の国防を司るのが本来の役目だったのだが…… 現状その役目は王家の国防軍が担っているから、その役割は薄くなっている」



「そして最後に公爵家は、旧聖王家が譲位を行ったが領地はそのまま残り聖王から公爵家に名乗りを変えて、現王家と勢力を二分する存在になったんだ。 主な役目は王家と教団との折衝が多かった様だ」


 つまり、この国の貴族は王家をトップとして、公爵、侯爵、伯爵が一家づつで、他の家は皆子爵ということになっているのか。


「クロスティルの家はどの爵位になるんだ」


 俺はクロスティルを貴族の子弟であるのは分かるが、爵位については分からないので好奇心で聞いてみる。



「私の家は騎士爵位の騎士侯になる。先程の説明した30家の爵位だけでは爵位が足りないので追加された爵位だ」


 クロスティルの家は”騎士侯”と言う爵位であり、騎士公、騎士侯、騎士伯、騎士と上から二番目の爵位とのことだ。


「あと、家は近衛騎士の家系だから領土は無く王家から俸給という形で御恩を頂いている」


 一部の役付きの騎士の中には、領土を持たずに王家や国から給金で雇われる騎士爵位の者も多いとのことだ。



「大体は分かった。で、話は戻るがトールズ子爵様とはどのくらいの御方なんだ」


「トールズ子爵は王国の中立派閥の1つの代表だ。諸侯としても有力な方であり、王国では治水や街道の整備の統括している方だ。簡単に言えば宰相閣下をトップとすれば、そこから三番手から四番手くらいかな」


 どうやら俺が思っていたより大物だったようだ。


 これも原作ゲームの知識と、実際王都に住んで分かったことだが、原作においてのヒロインの1人、リューズ王太姫の政治の基本路線に流通往来の拡充と、治水事業の再開が重視されていた。

 国王と貴族の専横により、王国直轄領の公共事業は完全にストップ、整備もまったく行き届いてなく、王都近郊や優秀な諸侯の領地はまだしも直轄領の辺境は酷い有様であった。



 以上の理由で、ゲーム本編でのリューズの依頼では資材の確保のお使い依頼や、街道の魔物退治も多かった印象がある。



 リューズは人を観る目は確かなので、自分の基本路線に配置する人物なら、かなり優秀な人物だと思うが……



「そう言えば、この署名をトールズ子爵にお願いした際、”この署名をどう使うか、お手並み拝見させてもらおうかな ”と言っておられたが…… アリア様の処遇の減刑の署名とお願いしたのにお手並みとは……」



 ああ……見透かされいるかもな、やはり優秀な貴族みたいだ。


 ちなみにトールズ子爵に俺のことを言ったのか聞いてみたが、色々勘ぐられるのは好ましくないので言ってないとのことだ。


 クロスティルは手柄を独り占めする様ですまないと言ってくれるが、むしろ助かった。



 貴族のゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁だからな。


 それから署名の整理しようかとも思ったが、それについては終わっているとのことだ。



「実は署名活動を始めた後に署名が終わった人達から手伝いを申し出る人達が結構居てね。あと中庭に居た貴族達も半数近くが手伝いをしてくれたよ。だから三日間でこんなに集まったんだ」


 確かにバックの大きさから、そこに書類があるとしたら、かなりの量になるだろうなと思う。



「そうか……」


 俺は空き箱机に置かれた名簿を手に取り中身を流し見る。



「クロスティル、君はアリアのことをどう想っている」



 俺の突然の言葉に何を言い出すんだと言う表情をしたが、俺の真剣な表情にからかう意図はないと分かったクロスティルは質問に応える。



「……妹に不治の難病が襲い、家は変わった。 父も任務中の怪我で引退をし、私がまだ幼かったので姉が父のかわりに騎士となり、私はせめて妹の支えとなろうと頑張ったが無理だった。妹もそんな私を突き放し諦めさせようとしたのだろう。誰とも口を聞かずに寝台でずっと眠っていた」


 淡々と告げる。

 感情が薄いその様子から、言葉以上に辛い状況だったのだろう。


「そんな時だった、先程のトールズ子爵が教団から妹の病を治せるかも知れないと言う人物を派遣して頂いた。今まで色々な医者、魔術医が諦める中、治療出来なかった病を治せるかも知れないと聞き、今回も無理だと分かっていても私は希望を感じさずにはいられなかった」


 クロスティルに僅かに笑顔が浮かぶ。

 それはあの頃の自身の人を見る目の未熟さを恥じている様だった。


「そして家に来た人物に驚いたよ。それは自分と同じ年齢の少女だったのだから……」


 彼女は医者でも、魔術師でもなく、教団で聖歌を歌っているのとか


「その時の私の希望は失望に変わったよ。だけど……」



 彼女が最初に行ったのは妹と仲良くすることだった。


 妹も心を閉ざしており、最初の間はアリアさまに辛く当たっていた。


 だが、次第に妹も心を開き以前の明るい子に戻っていった。


 私はそのことだけでも彼女に深い感謝をしたが、そんなのは私の浅はかな欺瞞だった。



 そして


 ――――私はあの光景を……奇跡を生涯忘れない


 彼女から紡がれる調べ


 暖かい陽光の様な輝きは


 まさに奇跡とも言うものだった ――――――



「その後、妹の病は徐々に良くなって行き、治せないと言われた病は完治した」


 クロスティルは自身の想いが胸に秘められているというがごとく、自身の胸の前に手を握る。



「私は彼女の力になりたい。あの尊い光景を希望を政略の餌食になんてさせたくない!」




 アリア、これがお前が棄てようとしたものだ。


 過去は消せない。


 それは悪行もそうだが、それは同時に善行もそうであった。




「分かった。アリアを助けるに当たって秘策はある……だが」


 クロスティルの覚悟と想いは分かった、だが俺はそれをクロスティルに伝えることを躊躇する。



 理由はそれを知った場合、もう後戻りは出来ないからだ。


 俺が悩んでいることを知ったのだろう、クロスティルは迷いのない表情で頷く。



「後戻りは出来ないぞって今更か、分かった。では、精々働いてもらうか」



 俺はクロスティルに、アリアの現在の状態を予想した範囲で伝えることにする。


 予想ではあるが、アリアに関係する多くの情報から加味すれば、大きく外れることはない予想だろう。



 まず俺はクロスティルにアリアの素性を伝えた。



 勿論、他言無用とも伝えておく。


 クロスティルは物凄く驚いていたが、同時にアリアに対してナインラブス家が固執していた理由に納得行った様だ。



「もしかして教団がアリア様を収容したのは」


 ああ、国……いやアリアを疎ましく思っている、あの男とナインラブス家から守る為だろうな。


 大司教はアリアを傷害と言う名目で"教団で罪を償わせた"という体にして、他の裁きは不要ということにしたいのだろう。


 大司教のじいさんは公正な人物ではあるが、頭も切れ、裏に蠢いている陰謀に対象出来ないほど愚鈍ではない。



「だけど、このままでは孤立無縁だ。拮抗した者同士の戦いとは味方が居てこそ勝負になるものだからな」



 そこで教団の支援となるこれらの署名名簿だ。



「教団には市民から貰った署名を提出する」



 教団の礎を支える多くの人達は庶民だ。


 この名簿は教団の弱者救済の路線の一助になるだろう。


 まあ、もう1つの狙いは民意を盾に教団内に居るかもしれない貴族迎合派を黙らせ、教団に後戻りを出来なくさせる策だ。


「トーヤ……君はえぐいことを考えるな」


 俺の策を聞いたクロスティルは苦そうな笑顔を浮かべる。



「こんなことでエグいと言っていたら、クロスティルの仕事の方がもっとエグいぞ」


 クロスティルの表情から血の気が失せた様な気がした……だが


「秘密を知ったからには容赦はしない、しっかり働いもらうと言ったハズだぞ」


 俺は精一杯のゲス顔を浮かべる。



「トーヤ……人相の悪さと合わさって君が極悪人に見えるよ」


 側にいたティコも「ウン、ウン」と頷いている。



 大きなお世話だ。



「教団の方にはツテがあるから俺が行こう。クロスティルは…」



「宰相にその名簿を届けてもらう」



 俺の言に更に血の気が失せたクロスティルに俺は、その為の策について説明を始めた。



いつもお読み頂いている皆様、ブックマーク、高評価、そして感想をお書き頂いた皆様、お久しぶりになります。

何か仕事で部署異動になってから感想を書く余裕も無くなるほど仕事に追われていましたが、最近は幾分マシになって来ました(慣れって凄い)


おかげさまでPV40000、ユニーク10000を突破しておりびっくりしました。

掲載開始から一年、ここまで書けたのは、お読み頂いている皆様のおかげです。


風邪などをひかれやすい時期ですが、お体には気を付けてこれからもよろしくお願いいたします。

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