47話:夢
シロは先程までの幻像を消すと、学園中庭の扉に視線を合わせる。
「アリアを死の歌姫にする最大の理由は、この降神にあります」
降神は聖地に数千年閉じ込められているのに何故と俺は考える。
「降神は自己の世界の聖地に閉じ込められようと、ガネメモ世界への干渉する手段は失われておりません。そしてこれはまだ確証はありませんが……」
「公爵家……ローランの血筋を根絶やしにしようとしたことに、降神が関わっている可能性があります」
公爵家が国王に亡ぼされ様とした理由を知っている俺はシロのその言葉に疑問点を投げる。
「しかし原作では、あれは国王が」
俺のその言葉にシロは首を横に振り。
「先程説明した通り、原作と違う部分ですよ。降神は理不尽により王妃を喪った国王の精神を操り、公爵家を滅ぼす様に誘導しました。 あいつは恐れているのですよ、精霊女王とローランの血筋と再び戦うのを……」
「ローランの血筋であるアリアと、ローランの魂による融和は完全に上手くいっております。普通なら拒否反応必須なんですがね……」
シロは目細め、ため息を一つ付き
「だけど”上手く行き過ぎた”、アリアの力をどう見ます。齢15にして歴代聖歌呪法の使い手達を乗り越えその素養は聖女と言わしめたアテルアを超えるほどです。そして一番やっかいなのが……」
「彼女の精神世界の容量です」
「ローランの魂と融合した為に、アリア自身がローランと同じく変異種の様な人間になってしまったのですよ。ローランの、その力は藤也さんもお分かりでしょう」
俺は頷く。
あの戦闘力は人間を超えたものであった。
そしてあの力がアリアにも備わっていると言う事実に俺は驚く。
何度も驚いてばかりだな……
「今まではその膨大な容量に聖人が宿っていたので安心していましたが、その聖人が消えてしまってアリアの膨大な容量が空白になってしまったのですよ」
「空白になったら、何か問題があるのか」
俺の質問にシロは固い表情で答える。
「アリアの膨大な空白は世界に干渉する手段がない、神と名乗る者からすれば垂涎の的でしょうね。今の彼女のならば神降ろしも簡単に行くでしょう。受肉を望む神からすれば最高の人材ですよ」
「そして……それを降神が知れば、何としてもアリアを手に入れようとするでしょうね。自神の神子として…… それを防ぐ為に、アリアの容量を”死の歌姫 ”にすることによって埋め合わせ、更にバンシィであるアテルアをティコに滅ぼさせ、アリアを精霊バンシィにすれば万事解決です」
まて……今何て言ったこの蛇。
俺は聞き逃せない言葉を聞いてしまう。
「まさかティコにアテルアを……友人を殺せと言うつもりか!!」
俺の精神は怒りに支配される。
ティコはとても情を大切にする娘なのは俺はよく知っている。
ティコがその人物を身内とするならば、とても大切にするだろう。
その彼女に殺させるとは残酷な話しであった。
「だからその屋上に久しぶりに行きたそうな表情は止めて、ちなみにこの提案はアテルアから提案されたことですよ」
「自分が事態をここまでにしてしまったから責を負いたいと、ローランの最後の血筋であるアリアを自分の代わりとして遺してほしいと」
俺は怒っていた。
何に怒っているのかは分からない。
俺はその怒りを抱えたまま、華が咲き誇る中庭への扉をくぐろうとするが……
それをシロが扉の前にいつの間にか巨体の姿になったのかその体で塞ぐ。
「行っても無駄です。あちらのトーヤの意識は死んでいるので、戻った所で何も出来ず数日で死ぬだけですよ」
シロは俺に目を合わせ告げる。
シロの言う通りなら、トーヤに戻っても何も出来ないだろう。
でも……
俺の中に渦巻く思いがあった……
俺はこれが何の感情なのか分からない。
でも、俺は戻らないと行けないと考える。
自分が事態を解決出来る何て自惚れたことを言うつもりはない。
でも、このまま何もせず現世に帰ることも出来ないのも事実だ。
皆がどうとかと綺麗事を言うつもりはない。
これは俺の自己満足だ。
俺の中に昔聞いた大切な言葉が思い起こされる。
『自分自身の行動をとても大切にしなさい、後悔のない様に……』
俺はシロに視線を合わせその眼を見つめる。
そんな俺にシロはため息をつく。
「ふぅ……その変わらない決心は大したものですが……現実問題、貴方があそこに戻った所で何も出来ませんよ…… そうですね……」
シロは少し考えた後、俺に提案を行ってくる。
「藤也さんが私のお願いを一つ聞いてくれたら、向こうの世界に行くことを許可もしましょう。もちろん意識障害も治してあげてですよ」
シロからなんとも都合の良い提案が出てくる、こんな旨い話は絶対裏があるな……
「……あの藤也さん酷くないですか…… せっかく私が親切に貴方の希望通りにしてあげると言うのに、"何企んでいるんだ、コイツ……"みたいな表情はあんまりですよ」
おっと、顔に出てしまったか
でもシロのことだお願いとやらは、絶対ロクなことではないと警戒心が上がる。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ、お願いもそんな大したことではありません。言うなれば私の知的好奇心を満たすと言うことで、一つ質問するだけですよ♪」
嫌な予感は消えないが、これは破格の条件だ。
本来なら中庭に戻っても俺は動くことも出来ないから何も出来ない。
だけど、俺が質問に答えるだけで向こうで動けるように戻れるんだ。
あの事態を収められる自信はないが……
それでも、手をこまねいて見ているだけではいけない。
俺はシロの提案を飲むことにする。
シロは満足そうに頷き
「ああ、ちなみにに回答で嘘だと思った時点で取引は中止にします。そして素直に現世の肉体に帰ることを約束してください」
うっ……それは難しいな
それは"シロが嘘だと思った所で取引中止"と言う所だ。
俺は普段から誇張表現を使うことが多いので、それを嘘だと見抜かれたら終了と言うことだ。
だが条件を飲まないことには話が進まないので、その条件を飲むことにする。
「ちなみに、俺に答えられることか」
俺はちょっと不安になるが、シロは暢気な感じで応えて来る。
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。すっごく簡単なことですから」
シロは俺の緊張を取ろうと、おどけて言うが……やっぱり嫌な予感が
「では、質問ですが」
「貴方はアリアのことを、どう想っているのですか」
………はい?
「あの……その”何言っているんだコイツ”って表情止めて下さい」
よく分かったな、その通りだ。
「あのな何勘違いしているか知らないけど、俺はアイツが好きとか愛してるとかそんな感情はないぞ」
はっきり言って俺とアイツでは色々合わなさすぎてのことだ。
挙げればキリがないほどある。
その中でも一番は、倍以上な年齢差と俺は思っている。
アリアは今が性格が固まろうとしている思春期だ、この年代の経験が将来の性格を造って行く時期だろう。
だが思春期は不安定な状態も多く、次第に年齢を重ねれば性格も見方も変化が起こり、中身は倍以上の俺の年齢差が原因で、お互いに将来録なことがないだろう。
世の中、歳の差で上手く行くのは互いにある程度の人生経験とか、昔からの付き合いがあるとかの要因があることだ。
俺とアリアはお互いにそれを満たしていない。
好き・愛してるは前提条件であり、世の中それだけで上手く行く訳ない。
俺はシロにその事を伝える。
「藤也さんって真面目ですね~。 フラグ喰らいは、ちと欠点ですが可愛い彼女をゲットしてチーレムさんみたいにヒャッハーすればいいのに……まあ、何で童◯なのかは分かりましたが」
首を横に振り、シロは”コイツ、アホだろう”の様な感じで呆れた感じで言う。
「悪かったな!!童◯で!! 」
大きなお世話だ!!
「好きとか愛してるとかの感情はないのは知っていましたよ。では、何なんでしょうね貴方の想いは……」
シロは急に真面目な表情で俺に問て来る。
「私は知りたいのですよ。貴方がアリアに抱いているその訳が分からない感情を、私の折角の計画に不確定要素を入れるんです。対価としてそれくらい教えてくれてもいいのじゃないですか……」
シロのその獲物を狙う蛇の様な眼に俺は固まる。
これが蛇に睨まれた蛙の心境か……
シロは尻尾で軽く床を叩く。
すると中庭の扉から、アリアの美しくも哀しみを秘めた歌声が響き渡る。
「もう時間を止める理由はないので、ちなみにタイムリミットはこの歌が終わるまでです。あ、止めることを考えたらもっと早く帰らないといけませんね」
その言葉に俺は焦って考える。
俺はアリアのことをどう想っているんだ……
好き嫌いとかではない。
これが娘とか妹とかが居れば、それらとアリアと共通点があり得るだろうが、生憎童◯と一人っ子だ。
そもそも何で俺はアリアのことをこんなに気に掛けるんだ……
瞬間、俺の脳裏に一つの光景が過る。
それは二人の人物だった。
一人は俺の親父……今よりずっと若い。
もう一人は母さん。
これは幼い時の記憶だ。
親子で遊園地で出掛けた帰り道での記憶だ。
あの時俺はとても楽しく、興奮していた。
『……………になるんだ♪』
次には社会に出て間際の記憶だ。
一人暮らしを始めたばかりの俺の部屋だが、その部屋は荒れていた。
まあ、荒らしたのは俺だが……
『……糞だ!!! どいつもコイツも………!!!』
俺は怒りの憂さ晴らしに部屋を荒らす。
そんなことをしても何にもならないのに、俺は荒れる。
今となっては痛い光景だ。
だけど、こんなこともあったなと俺は思い出す。
『……も……もない、………糞だ。俺は………認めない』
消え入りそうな声で俺は言うが、俺は覚えている。
子供頃、夢見て憧れた想いと、大人になって捨てたその想いを……
「正義の味方になるんだ」
「正義も悪もない、人間は糞だ。俺はそんな正義なんて認めない」
簡単なことだった。
俺がアリアに抱いている想いは……
それは自分勝手で最低なことだった。
それは夢だった。
中年男の気味の悪い夢だ。
でも、俺は……
俺は言葉を出す。
それは俺の秘めた想いであり
それは俺の……
夢だった。
「俺がアリアに抱いている想いは…… それは、只の押し付けだ」
シロは静に俺の瞳を見ながら聞いている。
俺は続ける。
「子供の頃からの夢だった。誰かを助けられる人間になりたいと…… でも、社会に出る様になって人間の汚なさが常に目に付く様になって俺は絶望した」
俺はため息をつく。
そのため息は、俺自身のどうしようもなさか、社会に対してかそれは分からなかった。
「何度も会社を辞めて、人間社会と関わりを絶って生きたいと考えたさ…… でも、俺には出来なかった……金も無いし、両親に迷惑を掛けたくなかった」
「十年以上経って、絶望は諦めになった。 俺は知ったよ、人間大人になると言うことは諦めることだってな……」
俺は視線を中庭の扉に向ける。
「諦めたと思っていたのにな……」
歌声が響き渡る。
その美しくも哀しみと絶望を呼び起こす歌声が……
「年甲斐もなくワクワクしたんだ。アイツはその先には絶望しかないと言うのに、それでも沢山の人の力になっていた」
俺は初めてアリアに会った時を思い出していた。
彼女を傷付け様とする人間に対して、大勢の人間が怒っていた。
それは彼女が生きてきた……歩んできた成果なのだろう。
だから俺は……俺は……
「俺は夢を観たい、俺が諦めた”正義の味方”の姿を見たいんだ」
「だから俺はアリアの味方になる。アイツが道を違えようとするなら、例え嫌われても戻す」
シロは俺をじっと見つめたあとため息を尽き
「確かに勝手な押し付けですね」
その言葉に俺は「ああ……」と言い。
「その通りだよ。彼女の生き方は彼女のものだ、俺の勝手な想いでどうこうするものじゃない…… でもな…… 俺はアリアを助ける。俺自身の夢の為に」
「フフフッ……」
シロはいきなり笑う。
まあ笑うだろうな、それは滑稽だからか、素直に楽しいからか、それとも呆れたからか……
なんとでも笑え。
「失礼しました。藤也さんがアリアに抱いていた想いは理解出来ましたよ」
シロは俺を見据え告げる。
「藤也さん、私は貴方みたいな人間が好きですよ。人間を嫌い泥沼の中でも、貴方は信じるモノがある。不安定の様に見えて天秤のように絶妙なバランスを取っている。まさに……」
「貴方は善き人間ですよ」
俺は芝居かかったシロの言葉を鼻で笑い。
「俺は善人じゃないよ。ただの長生きしているオッサンさ……」
その言葉と同時に俺の体が急に光り出す。
「……シロか?」
俺はシロに向き直り聞くが
「私が、どうこうするまでもなかった様ですね」
シロは呟く様に一人言の様に言う。
「貴方もこんなことは認められませんか…… ならば貴方に与えた”自由”で精一杯あがきなさい」
俺の体が光の中に飲み込まれる。
そして俺は夢から消滅する。
「……あれが父親と言うものなんでしょうかね……」
夢の世界に蛇の独り言が静に響き渡った。




