45話:ガネメモ秘話・降神戦争 その2
”やったか!? ”と思ったが、弾けた肉塊から巨大な一つの物体が浮かび上がって来る。
その物体は四方形のキューブ型のパズルの様に見える。
そしてその姿の如く空中でバラバラに分解され……
それは一匹の巨大な竜となった。
蛇にも近い形状をした翼を持った竜であり、その体皮は漆黒に彩られた禍々しい竜だ。
――刹那
距離がかなりあったにも関わらず、キューブが変身した竜は恐るべき速度で精霊女王のその喉笛を噛み切らんと顎を剥き出しに迫って来た。
指揮棒を持って全軍への加護を行っていた精霊女王は無防備であった為、それは不意打ちとなる攻撃であっただろう。
だが、彼女は一人ではなかった。
迫り来る竜をドワーフ王が迎撃する。
だが、いかなドワーフ王とは言え巨竜の一撃は防げない……
そう思っていたが
ドワーフ王はその姿を竜に変え、精霊女王に危害を加えようとした黒い竜の一撃を防ぎ切った。
黒い竜に対し、ドワーフ王は黄金に輝く体皮を持つ竜となった。
ドワーフ王の言葉が響く。
『愚かだな兄上。未だ強欲の呪いに囚われ、その様な無様を晒すか……』
そしてドワーフ王は業火のブレスを兄と呼ぶ黒い竜に浴びせる。
黒い竜はその業火のブレスから逃れる為、更に上空に飛び上がり黄金の竜であるドワーフ王は黒い竜を追い空中戦を繰り広げ始める。
「なあ、ドワーフ王が兄上って言っていたけど、どういうことなんだ」
ガネメモにおいてドワーフ王に兄弟がいるなんてない、もちろん葛霧資料にもだ。
「かのドワーフ王は藤也さんの世界の生まれの方ですよ。フレイズマル…ファフニールの父の落し子であるドワーフです。 そしてあの竜はファフニールの神格を喰らった降神があの姿を盗った形です。ファフニールの意思はもうないでしょうね」
ファフニールの名前くらいは知っているが、まさかこれが追放された神話の悪鬼羅刹の末路だと考えると、俺は少し気の毒になった。
戦いは精霊女王率いる妖精側が圧倒的に有利に進めてられていた。
寡兵ながら、多くのアンデットを消滅させこの調子なら無事に勝利に終わる様な状態だった。
そして遥か上空の漆黒の竜ファフニールと、黄金の竜のドワーフ王の戦いも決着が着こうとしていた。
戦場の真ん中に撃墜されたファフニールは地面にクレーターを作り、その巨体を大の字に広げる。
そして、その喉笛にドワーフ王の顎が捉える。
それにより戦いは終わるかと思えたが……
ファフニールは先程のバラバラになったキューブ型パズルの様に分解され、新たな姿に構築された。
竜の次は人の姿であった。
否、それは天を突くほどの巨人だ。
巨人で俺はロリコン紳士を思い出したが、その巨人は酷い禍々しさに満ちていた。
一糸纏わぬ巨人ではあるが、その右手には一振りの体格に合った巨大な鎌が握られていた。
俺はその巨人に嫌な予感が走る。
(鎌を持った巨人……何処かで)
巨人は無造作に左手で周辺に戦っていた集団を掴む様に掬い上げる。
掴まれたのは大半はアンデットだが、幾人かのエルフやドワーフ達も捕まる。
その光景にドワーフ王は同胞達を救わんと、巨人の左手に攻撃を加えるが大きさが違いすぎるのか、まるで歯が立たない様子だ。
それを煩く感じた巨人は右手を軽く振りハエを避ける様にドワーフ王を払い除ける。
精界城からも巨人に対し砲撃が放たれる。
だが、その砲撃もほとんど効果がない様子だ。
そして巨人は左手の者達をその口に入れ頬張る。
そして軽い腹ごしらえが出来た巨人はその視線を精界城に合わせ、右手に持つ鎌を振りかぶる。
(……食べる、鎌……ま、まさか)
俺はその光景に一つの絵画を思い出した。
我が子を喰らうサトゥルヌス
そしてその鎌の神話を
曰くその鎌は天空を切り裂きし鎌であると……
投擲され、放たれる鎌
精霊女王はその一撃によって精界城が切り裂かれるのを瞬時に悟った様だった。
精界城の防御能力は無敵に近いものであるが、繰り出された鎌の力は恐らくそれを超えるものであったのだろう。
そして精界城と精霊女王は一体の存在であるため、この一撃を防ぐ為に精霊女王は瞬間転移で精界城に戻り城の防御力を極大まで高める。
ぶつかり合う二つ力だが、ガラスが割れる様な音がして、鎌に軍配が上がった。
鎌は精界城を切り裂かんと迫るが、その鎌の前に、もう1人の王が立ちはだかる。
エルフの王は無数の陣を展開し、鎌の切断を防ごうとするがそれらの魔法陣が薄紙のごとく切り裂かれる。
そしてエルフの王は、手の中の何かを飲む動作を行い。
あろうことか鎌を自らの体で受け止め始めたのだ。
その対比は小動物が欧米製の大型のトレーラーを受け止める様なものであり、一瞬で潰れる結果となるはずであった。
だがエルフの王から無数の木の枝が生え始め、その姿は瞬時に大木となり精界城に纏い守る様に顕現された。
鎌は大木も含め城ごと分断せんと迫るが、その刃は大木に突き刺さり静かにその動きを止めた。
あたかもそれは、大木に刺さりし剣のように……
大木に成り果てたエルフの王を、その瞳に捉えたドワーフ王は怒りの咆哮を上げ、その身を遥か天空まで舞い上がらせ……
巨人の顔面に怒りの攻撃を加え始める。
その一撃は巨人を怯ませ、更に捨て身の攻撃を繰り出す。
ドワーフ王の、その瞳には滴が散っていた。
体勢をすぐに立て直した巨人はドワーフ王をその手に掴み、翼を含めた右半分を縦に……
――引き裂いた
苦悶の断末魔を上げるドワーフ王。
裂かれたドワーフ王を喰らわんと口を開く巨人であったが、その口に押し込まれたのは
―― 一筋の光弾であった。
その衝撃により巨人はドワーフ王の半身を落とし、本来のドワーフに戻った彼を、エルフの竜騎士がその身を空中で確保した。
光弾を発したのはもちろん精霊女王である。
変わり果てた二人の王の姿に精霊女王は決意を秘めた表情になる。
そして彼女は全軍に告げる。
何としても一刻(一時間)耐えよ。と……
その言葉と同時に妖精達の武具に宿っていた淡い光が全て消える。
精霊女王の加護が失われた妖精達の士気が下がると思われたが……
その表情に刻まれたのは、信じるべき女王の絶対の勝利であった。
迫りくるアンデットの大群
だが浮足立っている者、恐怖を感じる者は誰も居ない。
そして濁流が迫る大河に存在する一本の杭の様な妖精達は……
腐肉の濁流に飲まれた。
降神と決着を着けるべく、精霊女王は指揮棒に代わり、一本の剣をその手に取る。
だが、その剣に刃紋の輝きはない。
それは木剣であった。
複雑な紋様が描かれ、意匠が凝られているがそれは巨人と戦うには、あまりにも貧相な武器であった。
精霊女王はその木剣を構える。
俺は精霊女王の武器強化スキルに 《光化武器》と言うスキルがあったことを思い出し、思った通り自らの力である光を木剣に纏わせるが……
木剣から発せられたのは深い闇であった。
「どういうことだよこれ……」
精霊女王の持つ武器だけではない。
その豪奢なドレスも自らの纏う光も、全てを飲み込むがごとき闇の輝きに満ちてゆく。
「あれはかつて楽園に存在した《セフィロトの樹》の枝から、私が創った木剣です。 本来ならあの様な現象は起きないのですが、あの枝にはセフィラの現象を反転させる導式を組み込みアインの暴走を起こす様に創りました」
俺の理解を超えた言葉を意に介さず、シロは告げてくる。
「所詮ただの枝ではそこまでの力は出せませんが、枝は種子と合わさると本来の力を発動させる…… 理論通り上手く行ったと思ったのですがね……」
最後の言葉にシロは柄にもなく思う通りに行かず、苛つく感情が見えた。
闇の輝きを纏った精霊女王に、巨人がその巨腕で叩き潰さんと振り落として来る。
だがその一撃が精霊女王に届くことはなかった。
切り落とされた巨腕が轟音を立て地面に墜ちる。
それは一瞬の出来事であった。
巨腕を落とされ、次の行動を起こす前に、五体を瞬時にバラバラに解体される巨人
そして切り落とされた、頭、両腕、両足は、輝く闇の粒子となって消滅した。
そして精霊女王は残った胴体を見据え。
『そこだね』
巨人の人間で言う、心臓の箇所に闇に輝く剣を突き立てる。
その胴体も消滅し、ルビーの様な姿が残る。
それが降神の本体なのだろう。
精霊女王は決着を着けんと闇に輝く剣をそのルビーの様な降神の本体に振り下ろす。
精霊女王の一撃は降神とわずかに拮抗する様に合わさり、破砕音が周囲に響き渡る。
その音は降神の砕けた音ではなかった。
精霊女王の木剣が粉々に砕け散った音であった。
そして降神の本体には傷一つ付いていない。
木剣が砕けるとの同時に、精霊女王から発していた闇の輝きは消え失せる。
精霊女王は信じられないと言う驚愕した表情をする。
そして何処からともなく、またキューブ型のパズルのパーツがルビーの様な本体を中心に集まり出す。
それらのパーツから一匹の狼が現れる。
それは巨大な黒い体毛の狼であった。
一際目を引いたのは、下顎から上顎に貫かれている剣である。
狼が咆哮を上げる。
すると空間が歪み、世界が変わる。
「これは自己の世界 《魔狼の獄》ですね。こと封印においては最強クラスの自己の世界ですよ」
相手の自己の世界に捕らわれない様に精霊女王も、己の自己の世界を拮抗させ、《魔狼の獄》の支配に抗する。
だが、この世界に生まれたばかりの命の脈動すら感じる者と、激戦により疲弊した者の力……
どちら優位かそれは考えるまでもないことであった。
狼の再度の咆哮
それで精霊女王は現世の空間から隔離され《魔狼の獄》に捕らわれてしまう。
そこからの光景は見てていられないものであった。
両手首、両足、首に拘束を受けた精霊女王は、犬が小動物の獲物をいたぶるがごとき行為を受ける。
狼は精霊女王の鮮血の付いた前肢の爪を舐める。
狼の表情は分からないが、その様子は極上の餌を味見した表情に見える感じがした。
再開される蹂躙劇……
それでも精霊女王に諦めの表情はなかった。
拘束されていても、精霊女王は抵抗を止めなかった。
光弾を撃ち、狼が攻撃を加えようとすればカウンターを喰らわせる。
だが、どの攻撃も先程までの威力、精彩さはなかった。
狼も遊ぶのに飽きた様子を見せる。
ゆっくりと口角を上げ、その鋭き牙を精霊女王に見せるように開く。
そしてその口からは大量の涎が絶え間なく流れ、川の様な光景に似ていた。
それは極上の獲物を喰らうことによる愉悦を感じさせた。
精霊女王に牙を突き立てんと、高速で迫る狼。
その牙が精霊女王に届かんとしたその時
精霊女王の拘束が唐突に破壊される。
そしてその牙を"いなした"精霊女王は……!
『!!!おすわり!!!』
一喝と共に、右ストレートによるカウンターを喰らわせる。
――メキョ……
狼から骨が砕ける音がし、狼の巨体を吹っ飛ばす精霊女王。
『ギャン!!!』
恐るべき威力の右ストレートでぶっ飛ばされた狼は痛そうな鳴き声を上げ、地面を転がる。
『遅刻ギリギリだね。ローラン』
その言葉と同時に、自己の世界 《魔狼の獄》は完全に砕かれる。
『レディを待たせたとあっては紳士の名折れだからね。謝罪として精一杯エスコートさせて頂くよ』
そう言いながら、歩み来る青年。
それは先程見た幻影の人物、ローランであった。
続きます。