44話:ガネメモ秘話・降神戦争 その1
―――それは戦いであった。
数え切れないくらいの触手が放たれる。
大の大人、数人分はありそうな太さの触手が高速で放たれる先には小さな光があった。
だが、小さな光は無数の光を放ち触手を全て薙ぎ払う。
肉塊から感じるのは、圧倒的な暴食の意志であった。
肉塊に比べて光はとても小さい、だが肉塊はその光を極上の食事の様に感じているようだ。
光で消滅させるのでは弱いと考えた光を纏う人物 ――精霊女王は自らの自己の世界を開放する。
ゲームでも一枚絵で表現されていたが、リアルで見るとその神々しさに圧される。
《精界城》
葛霧資料によると完成された自己の世界とは、神が持つ己の世界であり、”神は自らの世界を持つ者”と記されていた。
持つ世界は同じものは1つとしてなく、その者が持つ意志によってその性質は決まる。
精霊女王は《守護者》としての役割により、その世界は城となった。
普通、城は守ることが本質としてあり、攻撃力は弱いかと思われるだろうが……
ティコはこの精界城を展開した時は真の意味で最強となる。
再び放たれる触手、先程精霊女王に薙ぎ払われたのにも関わらず瞬時に再生を完了させ”核”は暴食の本能のまま精霊女王を喰らうとするが、その触手が届くことはなかった。
――斬り落とされる触手
それを斬ったのは精霊女王ではない。
彼女の目前には陽炎の様に存在が稀薄な身長の低い樽の様な体型の人物が断崖絶壁のごとき気迫で、精霊女王を守る様に立ちはだかる。
男は立派な髭を生やし壮年と言った装いであり、白銀に輝く板金鎧と、宝剣とも思える立派な大剣を携え、それを用い触手を斬り裂いたのだ。
男に見覚えはあった。
精界に生きる妖精、ドワーフの王である。
ガネメモにおいては最強の装備を製作するのは彼の協力が必要不可欠なのである。
”核”は斬り裂かれた触手に構わず、他の触手を無数に新たに現れた”食糧”に向かい放つ。
だが、その触手もある触手は炭にされ、凍結により原子を破壊され、風の刃で細切れに、そして石化もされる。
精霊女王の斜め後ろに、同じく陽炎の様な人物が存在していた。
否、それは人ではない。
この妖精にも見覚えがあった。
精界に生きるエルフの王だ。
ガネメモにおいては魔導の奥義を教えて貰うことができる妖精だ。
ティコの背後から現れる巨城”精界城”が姿を表す。
その姿は白磁に輝き華麗豪壮な要塞であった。
現れた精界城から放たれる無数の光条の光。
それは精界城の砲撃であった。
光は肉塊を焼き尽くすほどの力を誇る様に思えたが、その光は肉塊の表面を滑る様に弾かれ効果が無いように見える。
精霊女王もそれに気付いたのだろう砲撃を止め、左手を薙ぐ様に振るう。
すると、精界城から無数の陽炎の様な人影だけでなく、様々な獣の陽炎が現れた。
ある者は天馬を駆るエルフであり、またある者は白銀の巨大な狼に跨がったドワーフの戦士、そして俺の世界でも幻獣、聖獣とも呼ばれる無数のものが精界城から姿を表し"核"に向かって行く。
最初にたどり着いたのは、空を駆けるエルフの竜騎士達の一団であった。
一隊の竜達の火のブレスが"核"の表面を焼き尽くそうとするが、先程の城の砲撃と同じく表面の肉塊を焦がすことも出来なかった。
だが、それは牽制に過ぎなかった……
本命の攻撃は……
上空から数騎のエルフの竜騎士が竜騎槍で垂直落下の突撃を肉塊に喰らわせる。
騎士達の腕前が悪ければ、そのまま肉塊に激突し即死していただろう。
だが、その突撃は"突き立てる"のではなく、"削ぐ"ことを重点とする攻撃であった。
数騎の竜と竜騎士達は旋回を行い、再び突撃を繰り出して行く。
肉塊は蝿をはたく様に触手を振り回し、竜騎士達をはたき落とそうとするが……
その時だった。
肉塊の竜騎士達が"削った"箇所に精界城から放たれた一条の光が……"貫いた"
その一撃に上がる妖精達の歓声、そして肉塊は怒りの声を上げるがごとく周辺に毒の様な……毒の霧を発生させる。
だが、その霧は幻獣に跨がったエルフ達の魔術により次々と封印・中和されて行く。
だが、毒の霧により地上部隊であるドワーフ達と空中部隊であるエルフ達の進撃は止まらざるをえなかった。
恐らく毒は時間稼ぎだったのだろう。
進撃が止まった間に"核"は自らの肉塊からアンデットを産み出していた。
人間、エルフ、ドワーフ、草原の小人、食人鬼、小鬼、巨人鬼……
そして空と地上を埋め尽くす無数の腐肉竜の群れであった。
俺はその数に絶句する。
俺は集団の数を把握する技能はないが、どう考えても1万や2万の数ではない。
「ざっと100万と言ったところですよ」
シロは俺の困惑に応えるように解説してくる。
「ちょっと待て」
幻像の戦いは突如現れたアンデットに対する為か、妖精達が陣形を組み直し仕切り直しの様相を呈していた。
俺は整列した妖精達の少なさに困惑した。
「数違い過ぎないか、ティコの方はどう見ても1000人くらいしかいないぞ!」
シロはまあ観てて下さいと言う様に幻像に顔を向ける。
ティコの手に指揮棒がいつの間にか収まっていた。
―― 一拍の間
ティコは指揮棒を勢いよく振るう。
それと同時に動き出す戦場。
先陣を切ったのは、地上の妖精の軍勢だった。
白銀の巨大な狼を騎馬の様に駆けるドワーフの軍勢は、1つの楔となり敵陣に突撃する。
(無謀だ!)
俺は戦術の素人だが、歴史の戦史小説くらいは読んでいるので、この突撃は無謀だと悟る。
敵に感情があるのならば、突撃の異様で怯み奇襲の効果はあっただろうが、相手は恐怖を感じることのないアンデットだ。
だが、俺の心配は杞憂であった。
これは人間同士の常識が当てはまる戦争ではないのだから……
楔型の陣形で突撃した白銀の狼に乗ったドワーフの一団は目の前のアンデットをまさに一蹴する突撃を繰り出す。
アンデットは数を生かした囲い込みでドワーフと銀狼の圧死を狙うかの様に向かってくるが……
ドワーフと銀狼の攻撃はアンデットを瞬時に"消滅"させていったのだ。
戦場において気を付けることは多い。
その中に集団戦における足場の確保と言う問題もあるのだ。
積み上がった敵の死体、周辺に散らばった破損した武具など、足場が悪くなることで騎馬などの足が止まるのは戦場の常だからだ。
歴史上、正面からのぶつかり合いで、少数が多数を圧した例には色々な要素がある。
戦術・戦略、物質や士気、兵の練度……様々だ。
だが、今回の相手のアンデットの群れはそんな例は一切通じない。
恐怖を知らない圧倒的な数の群れ……
戦術は勿論、小規模な罠なども通用しない。
これだけの数を屠れる武器となると、俺が思い付くのは戦略兵器をぶち込むくらいなものだ。
突撃を仕掛けたドワーフの騎馬……もとい騎狼部隊は圧倒的な実力を持っているのだろう。
だがその体力は無限ではない、そして地面に積み上がる敵の残骸に足場を取られ騎狼の機動力は殺がれ、矢尽き、刀折れ、そして物量で圧し潰される……
そんな未来を考えたがそれは杞憂だった様だ。
ドワーフ達の武器は様々である、剣から定番の斧・鎚、斧槍など、そして全ての武器に共通した現象があった。
武器は淡い光を発していたのだ。
その武器で一撃でも加えると、アンデットが光の粒子となって消滅した。
そして放たれる精界城からの砲撃。
それは進行する騎狼部隊の援護射撃となる様に撃ち込まれ、部隊の領域確保に一役買っていた。
地上部隊の初戦は勝利に終わった。
そして、空中戦においても激戦が繰り広げられていた。
翼竜の様なアンデッドの大群とエルフの飛兵部隊との戦いであった。
最初に仕掛けたのは、先程の竜騎士達だ。
向かって来る翼竜の大群に向かい淡い光が宿る竜槍で突撃を行う。
その突撃は見事に成功し、翼竜の大群に空白の軌跡を描く。
例によって翼竜達もその多くが光の粒子となって消滅する。
更に速度の差から翼竜の後詰めの様に続くアンデットが姿を表す。
それは翼を持つ大型の竜……恐らく下位竜のアンデットの群れであった。
竜騎士達の竜より大きく、その異様から凄まじい圧力を感じる。
竜騎士が数騎、突撃を行うがその一撃で消滅させることが出来なかった。
恐らく素体となった竜の強靭な肉体で武器の能力を減じたのであろう。
アンデットの竜の体格は竜騎士の竜より巨体だが、俊敏性はそこまででなかった為に、一撃離脱を行う。
竜騎士達を追撃する為にアンデットの竜は向かって来るが、その進撃は止まる。
それはアンデットの竜達の意志ではない……そもそもアンデットに意志はないが……
竜騎士達から離れた所に数十の天馬を駆る一団が待機していた。
軽装の革鎧を纏い、短杖を持つエルフ達であった。
その装いは、いわゆる魔術師と言った感じである。
エルフの魔術師達は陣形を組み何かしらの魔術を使い、アンデットの竜達の動きを止めたのだ。
俺は驚きを隠せなかった。
天馬を駆るエルフ達の数は数十、相手は竜騎士の一撃にも耐えゆるアンデット竜が、恐らく数万と言った所であろう。
その全軍が足を止める魔術とはどれだけ途方もないものか……
以前にアリアから雑談で聞いた話だが、聖歌呪法に限らず、魔術はそこまで万能の力ではなく素養による上限の引き上げはあれど、多くは限界のある力であるとのことだ。
その力を引き上げる魔法陣形の話を聞いたことがあるが、数十騎で数万の竜の進行を止めるのは上限がどうとかのレベルの話ではないと思う。
エルフの魔術師達と天馬の間に光の様な繋がりが見えた。
これについてシロから説明が入る。
「天馬は飛竜と比べて多くの能力で劣っていますが、騎乗者に対して魔力を供給する能力があるのですよ。エルフの処理能力と天馬の魔力量を組み合わせたものほど凶悪な組み合わせはありませんよ」
そして飛行が止まったアンデット竜に向かい、足止め担当以外の天馬に騎乗した魔術師と竜騎士達の、魔術と竜のブレスがアンデット達を消滅させて行った。
地上戦・空中戦共に圧勝を収めた妖精たちを確認後、精霊女王が指揮棒を振り次の指示を出す。
精界城から一門の砲台が姿を現す。
それは先程まで光弾を放っていた砲台より一回り大きい砲身であった。
幻影は城内に切り替わり、小さい人達やお手伝い妖精達が各砲台の整備に忙しく回っていた。
そして数人のドワーフ達が滑車付きの荷台に乗った、円錐形の砲弾を運んで来る。
妖精達の会話で「精榴弾頭」と言う単語が聞こえる。
弾頭を一際大きい砲台にセットした後、小さい人が照準を合わせる。
その着弾箇所は……
幻影が切り替わり、外の光景になる。
先程までの光弾ではなく、火薬を爆ぜる爆音が砲台から響き渡る。
そして砲弾が弧を描き、空気を響かせる高い音が支配した。
その砲弾を防ごうと肉塊を守る様に、アンデット竜が周辺に集まる。
だが、そんな肉壁など何の意味がないかの様に砲弾の進行上のアンデット竜を貫き進んで行った。
その威力に肉塊の警戒心が上がる。
砲弾の進行にアンデット竜が集まり強固な肉壁となり、触手を砲弾の進行上に盾とし防壁とする。
だが、弾け飛ぶ肉壁、触手、そして先程光弾によって貫かれた箇所にピンポイントに着弾した。
まだ再生中の箇所であった為に、砲弾は肉塊の深い箇所に潜り込む様にメリ込む。
しかし、肉塊にとってはそれは大したダメージではない様に見えた。
現に肉塊は平気そうな様子を見せていたが……
唐突に触手を、先程の着弾箇所に突き刺す様に自らの肉塊の中に差し入れる。
その仕草は体内に入った異物を無理やりほじくり返す動作に見える。
聞こえる音……それは時計の音の様な機械音が響き渡る。
そして…
爆ぜる様な轟音が肉塊から響き渡り、肉塊は内部からバラバラに弾け飛んだ。
そして爆ぜた肉塊の破片は相応の質量となり、周辺のアンデット達の頭上に降り注がれる。
それにより、かなりの数のアンデットが肉塊の中に埋もれた。
続きます。