42話︰学園編 小さな光
「トーヤのばか」
ティコはスネイルの思惑通りになろうとしたトーヤに怒り、思わず酷い言葉を言い飛び出したことを後悔しながら学園の敷地内をウロウロしていた。
(……言い過ぎたかな…… でもでも、あんなことをするトーヤが悪いんだ!)
ティコは先ほどの光景を思い出しながら心中でトーヤを責めるが
(もしかして何か考えがあったのじゃないのかな、ズル賢いトーヤのことだもの、多分何か)
その様な感じでトーヤを責める心と、擁護する心がせめぎあっていた。
『君とはもう絶交だ!』
(ボク、何であんな酷いことを言ったのだろう)
トーヤに酷いことを言ってしまったことが、ティコの心に重しとなって居座っていた。
このまま戻っていつも通りに接すれば、トーヤのことだ変わらず接してくれるだろう。
でも自分が行った行為は、消すことは出来ない。
そう考えるとティコはトーヤの所に戻ることを躊躇した。
(……やっぱり、しっかりと謝ろう……)
トーヤなら笑って許してくれるだろうけど、ティコはそんなに甘いことは考えていなかった。
(そしてしっかり償いもしよう、トーヤに出来る限りのことをして……)
ティコがそう考えを纏めた直後、学園の中庭の方角から異様な力が発現する。
「え!? 何この力!!」
中庭から上がった気配にティコは嫌な予感がし、先ほどまでのわだかまりも忘れた様に中庭に飛び立った。
中庭に近付くまでに感じた気配は更に強くなり、ティコの焦燥は強くなる。
(この力は死の精霊だよね。何でこんな所に)
この世界の死の定めを管理する、死の精霊のことを思い出す。
死の精霊は自分と同じく、12使徒の番外……13番目の使徒であり《世界の守護》の自分と同じく役目を与えられた精霊である。
その役目は《死の支配者》であり、生者の生奪、輪廻転生を統括が主な役目となる言わば死神だ。
中庭にたどり着いたティコはその恐るべき光景に絶句した。
あの長閑だった光景はそこには一切なく、死を象徴とする華と弦が支配する世界と化していた。
「《葬送の華》がこんなに、それにこの歌はアリアなの……」
先程まで周囲に集まっていた貴族達は地に伏していた。
恐らくはこの歌の影響だろう。
「一体何があったと言うの、アリアはトーヤは」
ティコは二人を探そうと周囲を見渡すと多くが伏した中、ケープを被い1人立っている人物を見つける。
否それは人間ではない。精霊であるティコには分かったそれは……
「君がこの惨状の元凶だね。こっちを向きなさい……《死の支配者バンシィ》!!」
これだけの大掛かりの惨状を引き起こすことが出来るのは、死を支配する精霊のバンシィだと確信する。
またこの人物?の気配は自分と同じ精霊であり疑う余地はなかった。
「久しぶりだねティコ」
ケープを被った精霊は静かにティコに向かい振り返る。
その姿と声にティコの顔色は蒼白になった。
「そ、そんな……どうして、どうして君がバンシィになっているの!!!」
それは血を吐くような言葉だった。
信じられないものを見たティコは再び絶叫する。
「ねえ!どうして……アテルア!!」
ティコのその言葉に応えるように、バンシィは被っていたケープを下ろす。
ティコの瞳に映ったその姿は、かつて懐かしい姿そのままだった。
「君はあの戦争で死んだ……なのに」
ティコの脳裏に過る、かの光景。
かつての降神戦争の最終戦において前線の戦いから帰って来たティコは、アテルアが人々を守る、《守りし友》の聖歌でその命を使い果たした後であった。
「そうだね。”僕”はあの時に確かに死んだよ……」
アテルアは喋り方を変える、否、”元に戻したのだ”
ティコはバンシィのその姿に在りし日の記憶を呼び起こす。
『僕は精霊女王って何かお堅い感じがするね。ねえ、他に名前はないの?』
明るい表情に満ちたアテルアは精霊女王に友人に語りかける様に訪ねる。
他の上層部の連中に見つかったら大騒ぎになる様な光景だが、当のアテルアは気にする様子もない感じだ。
『……精霊女王は称号の様なもの……創造神から貰った名はある……』
淡々と感情を感じられない喋り方であり、精霊女王がまともに交流を行うことが出来るのはこの少女、アテルアだけであった。
『何て名前?』
アテルアは興味津々な感じで精霊女王に詰め寄るように問てくる。
『……ティコ……それが私の名前……』
『へえ~、可愛い名前じゃない。なら、その名前に合わせて可愛く振る舞わないとね』
アテルアは良いこと思い付いた様な表情をし
『そうだ! まずは1人称を”ボク”にしてみてよ♪ 』
アテルアの無茶振りに精霊女王は無表情だが、困った様な雰囲気を出しながら……
『ボ、ボクにはこんな、喋り方は似合わない……』
アテルアは悩む仕草をし『何か足りないな……』と呟きながら
『そうだ♪ 僕が歌を歌ってみるから、それを聞いた時の気持ちで言ってみて』
―――アテルアの歌が紡がれる
それは人々を守る聖歌ではなく
大切な友人に送る気持ちの歌 ―――
歌い終わったアテルアは”どう?”と言った感じで精霊女王を見つめる。
少女のくれた気持ちを乗せて
『ありがとうアテルア、あな……君がボクの友人で良かったよ』
不器用だが、その心のこもった言葉にアテルアは満面の笑顔になる。
それは今のティコが生まれた瞬間であった。
ティコはかつてのアテルアとの想い出が甦る。だが、そのティコの想いを砕く様なアテルアの言葉が続いた。
「……そう、僕は死んだ……」
―――殺されたんだよ、ティコ……
「え!?」
アテルアからの殺されたとの言葉に、ティコは頭が真っ白になる感覚に陥る。
「こ、殺されたって……だ、誰に!!」
ティコは当時の状況を思い出す。
あの時自分や多くの人々が、降神の主神たる”核”と呼ばれるモノとの最後の戦いに赴き、アテルア始め聖歌呪法の使い手達はティコが自己の世界を応用し造り上げた聖域と呼ばれる結界から聖歌による支援を行っていた。
戦いが終わり帰還したティコが見たのは、法外な力の聖歌を使いアテルアが亡くなったと言う話しだった。
実際、聖域に損傷がなかったのと、支援において魔法や聖歌呪法の力を法外に使い、力尽きた者も少なくなかったからだ。
そして何より……
「君を看取ったのはスレインだよ。そして、彼から君の最後の言葉も聞いた。一体どうしてそんなことに……」
ティコの頭に1つの考えが過るが……
信じたくなかった
―――その考えが事実なら……ボクの信じたものは……なんだったんだ―――
「僕を殺したのはスレインだよ」
アテルアは淡々と言った。
だが、その言葉はティコには信じられない、いや、信じたくない事実だった。
「嘘だ……ウソだ!ウソだ!!ウソだ!!!」
ティコは頭を降り、信じられないと言った姿を取る。
正確には信じたくないと言うのが正解か
「だってスレインは君の……君の弟じゃないか!!」
ティコの否定の言葉は続く、それは事実の否定ではなく
「君達姉弟は共にあんなに信頼し合っていた、理想の姉弟じゃないか!!」
それは願望……自分が人と共に生きようと抱いた
「ボクは知っている!!食糧難の時に僅かな食糧をスレインに譲って、スレインも酷い状態だったのにその食糧を君に譲って、お互い何やっているのと思ったこととか!! 君が体調を崩した時もスレインはいつも付きっきりで看病して、自分が倒れて君が逆に看病をしたこととか……」
孤独な精霊の夢であった。
(お願い。間違いであって、だって………だって……)
ティコは羨ましかった。
アテルアとスレインの温かな関係を……
ティコの心にトーヤとの日々が思い起こされる。
トーヤとの温かいその関係は、自分の信じた想いは間違っていないと信じるに足りる想いだ。
だが、その元となった理想は……
「事実なんだよティコ」
自分が信じたモノは
泥にまみれる
「ど、どうして……どうして……」
ティコは知らず知らずのうちに泣いていた。
その涙は自分の想いが汚されたことか、友の過酷な運命に悲しんでのことか……
今のティコには理解出来なかった。
ティコは涙を堪えアテルア…否、バンシィを見据え言い放つ。
「君には色々と聞きたいことはある。でも、今はこの状況はなに! この聖歌をアリアに教えたのは君だね、アリアを誑かして何をする気なの!!」
バンシィは静かに歌の中心に向き直り語り始めた。
「彼女を死の歌姫にする為よ」
死の歌姫は死の支配者の司る妖精だ。
ティコはそれで理解するが……
「何でアリアを死の歌姫に、本来この世界の者を妖精にするのには創造神かボクの許可がいるはずだよ!」
納得が出来ないティコは詰問調にバンシィに問いただが、バンシィは悪びれもなく淡々を話を続ける。
「そうね。これは世界の円環を崩す行いなのは分かっているわ」
その言葉にティコの怒りが沸騰する。
「なら、何でこんなことをしたんだい!! ことと次第によってはボクは…ボクは…」
怒りはあったが、ティコはその続きを言えなかった。
アテルアは弟に殺され、更に友人の自分にもう一度…… ティコはその不条理に心が張り裂けそうだった。
「あの子が最後だからだよ……ティコ」
バンシィの仮面を取り、アテルアの言葉で発したその言葉にティコは怒りと悲しみから返る。
「あの子がローランの最後の血筋だからだよ、ティコ」
アテルアは静かに語る、自らの胸の内を
「僕は死した後、創造神に妖精 ― 死の歌姫 ―として転生させられた。それから僕は自らの役目の傍ら聖王となったローランを見続けた」
ティコの心中に去来する思い。
アテルアはローランという貴族出身の男性と恋仲だった。
そして降神戦争において英雄となったローランは当時のアレス王家の後継だった姫君と結婚し、精霊女王を象徴とする国家、聖王国を建国。
そして自らは聖王となった。
だがティコは思う。
もしアテルアが生きていれば、ローランは全てを捨ててアテルアと共に生きただろう。
ティコが知っているローランと言う人物はそう言う人間だった。
「スレインが君を殺したのは、ローランを王にする為に……」
思い返せば戦後のスレインは懸命になって国家に尽くした。
姉を失った哀しみを忘れるようと寿命を縮めるかの様に働いていたが、それは罪悪感を誤魔化す為に必死に働き、そして誰とも一緒にならず孤独の生涯を閉じた。
アテルアは頷く。
「スレインには夢があったのよ。ローランが王となり僕たちの様な身分の人達が救われることを、ずっと夢見ていたよ」
「思えば弟にも可愛そうなことをしたわ。僕がローランを諦めればそれでよかったのだろうけど、それは出来なかった。だからあの子はローランを諦めさせる為に僕を殺した」
アテルアはため息と一言 ”バカな子 ”と呟いた。
「死後、僕はローランを見守り続けた。彼は懸命に王の立場を勤めていたけど、優しく自由な彼には辛い仕事だった。死者である僕は、彼の夢の中で慰めてあげることしか出来なかった」
ティコは思い出す。
当時、聖王ローランの娯楽は常に睡眠を取ることだった。
ティコは活発だったローランが睡眠ばかり取ることを心配していたが、彼は「夢の中なら彼女と会えるからね」と笑って、余暇が許す限りの時間を睡眠に充てていた理由がやっと理解した。
「そしてローランの臨終の間際、本来ならローランの魂は世界の円環へと還され新たな生命となる定めだった……でも、ローランはそれを拒んだ。 ローランの望みは僕と共に歩むことだった」
次の言葉にティコは驚きを隠せなかった。
「そしてローランの魂を、僕の自己の世界《天獄》へと収めた」
定めに反したその行いは、創造神への反逆に等しいものであった。
この世界においての死は絶対の定めである。
倫理的な話だけでなく、定めは世界を支える柱そのものでありそれに反することは、この世界の存在を脅かすことである。
そして、ティコは一つの考えに至った。
その歪みが因果となり、子孫のアリアに悪しき影響が現れたのだろう。
その結果……
「まさか、アリアに聖人が宿ったのは……まさか」
アテルアは目線を落とし告げる。
「あの”男 ”については予想外だった。でもそれは必要なことだった」
アテルアのその言葉にティコは怒りを発する。
「必要って……聖人でアリアはどれだけ苦しんだか!君は分かっているの!!」
アテルアは葬送の華に囲まれたアリアに目線を向け
「その必要があった……あの娘はアリアは……」
「生まれた時には死んでいたのだから……」
ティコは絶句する。
「アリアが死んでいたって……じゃあ、あのアリアは……」
アテルアは自らの自己の世界 《天獄》を一部発現させる。
そこから現れたのは、朽ち果てた遺体だった。
「ローランは僕の世界で安らかに過ごしていたけど、自身の願いが血族に不幸が起こり得ることを知ってしまった」
そして…
「ローランの最後の願い……贖罪だった…… 最後の血族たる、自分の魂をアリアの命としてくれと」
「ローランのことについてはティコ……君が一番良く知っている筈だよ。ローランの魂に何があるかについては」
かつて降神戦争において、創造神により造られた英雄が居た。
その名は《ローラン》
後の聖王となり、世界の安定に寄与した英雄であった。
そして彼を英雄たる証として、精霊女王は自らの力の一部を分け与え、彼は人を越える存在となった。
「アリアにボクの力の一部が宿ったと言うの……」
だが納得出来る話でもあった。
ティコの目から見てもアリアの力は常軌を逸していた。
わずか15歳で当時のアテルアをも超える聖歌呪法の力を有し、聖人に取り憑かれようとも、すぐに乗っ取られることはなかった。
「ティコ、貴方の力はアリアと言う器に空白を生んでしまった。 聖人がその空白に宿っているウチはまだ良かった。でも、その聖人が居なくなり《空白》となった、今の彼女の器は……」
「降神の”核 ”すら宿すことが出来るほどよ」
ティコの背筋に冷や汗が流れる。
《降神の”核 ”》それは降神の主神の名であった。
その力は絶大でティコですら、滅ぼすことは出来ず封印することしか出来なかった存在だ。
精霊女王の《世界の守護者》としての意思がアリアに警鐘を鳴らすが……
ティコはその警鐘を黙殺した。
「それで《空白》を埋める為にアリアを死の歌姫にすると言うの!」
ティコのその言葉にアテルアは首肯する。
「それしかもう手がないんだよ。ティコ……ことが終わったら僕を滅ぼして、僕とアリアが入れ替われば、それで定めへの損傷は最小限に済むはずだから」
その言葉にティコは哀しそうな表情になるが、静かに首を振り
「嫌だよ、ボクは君を殺したくない。それに道はこれしかないなんてことはない!!」
ティコは少し離れた所に倒れていたトーヤの許に飛ぶと、体を揺すり彼を起こそうとする。
ティコはトーヤなら、またいつもの様に何か悪知恵を出して何とかしてくれると思ったからだ。
「トーヤ! アリアが大変なんだよ起きて!ねえ!起きてってば!!」
いくら揺すってもトーヤは目を覚まさなかった。
様子がおかしいことにティコは気付く。
「その子の意識はもう死んだのよティコ、そしてアリアはその絶望を糧にこの歌を歌っている」
その言葉でティコの頭の中は真っ白になる。
『君とはもう絶交だ!』
(ボクがあんなことを言ったから、トーヤを信じてあげなかったから……)
アリアも居なくなり、トーヤも居なくなり、アテルアもまた居なくなる。
(ボクはまた1人に……)
ティコの心に強い孤独感が支配しようとし、涙が溢れようとしたが
(泣いてはだめだ!)
ティコは仮の姿である妖精の姿から、本来の姿である精霊女王の姿に変化した。
(そう……ボクはトーヤを信じると思っていても信じていなかったんだ……だからトーヤ今ここで誓うよ)
精霊女王は意識を失ったトーヤを抱え
(今度こそは君を信じると、だからお願い助けて……)
ティコは己の唇をトーヤの唇に合わせる。
(皆を……ボクの大切な人達を助けて!!)
ティコの接吻によりトーヤの全身が淡い光に包まれる。
その行いを見たアテルアは驚きを隠せなかった。
「ティコ……正気?《精霊女王の祝福》は今だかつてローランしか受けることが出来なかったのよ。 そこの少年が君の力を受け止めるなんて不可能だよ」
その言葉を聞いてもティコは止めない。
「ティコ、それ以上はその少年が持たない。やり過ぎると魂魄が傷ついて、魂の還元に支障が出るから止めなさい」
その言葉に迷いが生まれるが、ティコは……
(トーヤ、君は強い子だ。ボクは覚えているよ)
―――それは過去の話し
辺境の暮らしは厳しいものであり、その年は多くの凍死者、餓死者を出し、集落は一部の老人、子供を追放し棄てた。
棄てられた子供の中に1人の少年が居た。
多くの者が寒さと飢えで力尽きて行く中、最後に数人の子供達だけが残った。
精霊女王が彼らと出会ったのは偶然だった。
ローランや多くの者達が夢見てきた想いを忘れ、長きに渡る権力闘争に愛想を尽かした精霊女王は教団から離れ世界を宛もなく彷徨っていた。
その中で集落から追放された者達に出会ったが、見つけた時にはその殆どは寒さにより死亡しており、数人の生存していた子供達を見つけることが出来ただけだった。
精霊女王は生き残った子供達の力になることにした。
だが、表立って彼らを助けることは出来なかった。
精霊女王は《世界の守護者》であって、人間の守護者ではないのが理由であった。
……それは言い訳でしかなかった。
彼女はもう疲れていたのだ。
人に希望を見いだせず、アテルアから貰った心は精霊女王を長きに苦しめた。
彼女にはもう人を信じる想いが枯渇しており、そして自分が人々を助けようとすれば、かつて様に人の醜い部分を直視するのが怖かったからだ。
子供達を助けようとして驚いたことに、子供達の中に健常者な者は1人を除いて誰も居なかった。
ある者は目が見えず、またある者は身体の一部を失う、または不具になっていた者が居た。
人に不信を抱いていた精霊女王ではあるが、その身勝手差には怒りを通り越すほどだった。
そしてティコが散々見てきた、苦しむ者を尻目に贅を貪っている者達を想い出し更に怒りを沸き上がらせた。
彼らに姿を見られることがない精霊女王は影ながら彼らを助けた。
魔物が居ない洞窟を探し出し、そこに悟られぬ様に誘導を行い、魔物避けの結界を張り、更に乾燥した薪と食糧や防寒具を洞窟内に配した。
子供達は自らの運の良さに感謝をし、その洞窟で生活が始まった。
そして異変が起きたのは数日後のことだった。
子供の1人が酷く苦しみ始めたのだ。
恐らく何かしらの疾患があったのだろう。
その苦しむ姿を見た唯一の健常者だった少年は洞窟から慌てて走り出した。
精霊女王はその少年が駆けて行った理由を知る為に後を追ったが、その理由はすぐに分かった。
少年は小川のほとりで雪を懸命に掻き出していた。
自らの指先を真っ赤にしながら、掻き出した雪穴から草を一房掴みあげる。
それは薬草であった。
少年が摘み取った薬草でどうやらその場は凌がれた。
それから少年は雪が静まる頃合いを見計り、定期的に薬草を摘みに出掛けた。
だがある時、少年は小型の魔物に襲われた。
何とか逃げ切ることは出来たが、大きな怪我を負うこととなった。
怪我で動けなくなった少年の姿を全員が悲しんだ。
少年は怪我による発熱で何度も意識を失った。
少年の看病を特に熱心に行ったのは、薬草を必要としていた子供だった。
泣きながら己の弱い体を呪い、己を責めながらながら……
でも、少年は誰も責めなかった。
ただ一言『俺たちは運が悪かった……それだけさ』と……
過酷な生活は続いた。
自分は手を貸さないのが良かったのではないかと思うほどの、過酷な生活であった。
食糧や燃料を切り詰め、雪が静まった時に外から調達することが多かったが、動ける者は少なく、その量も最低限以下のものしか確保出来なかった。
次第に全員の目は死んだ様なものに変わり諍いが起きる様になった。
食事の僅かな差、火の当たる場所など小さなことで争うことになった。
昔、スレインが言っていたことを思い出す。
『人間は追い込まれた時に本性が出るものだと』
かつての戦争時、皆が真面目に戦っていた訳ではない。
略奪、暴行、多くの理不尽が人と人に繰り返された。
だがその中でも光を放つ者達が居た。
その仲間達と駆け抜けたその時は良かった。
だが、その者達は自分よりも先に逝ってしまった。
それから仲間の意志を次ぐかの様に教団の者達と共に、世界の安定に寄与しようとしたが……
もう限界だった。
もう光が見えなく……
諍いを見かねた少年が言葉を発する。
だがそれは諍いを止める言葉ではなく、妄言とも言うべき内容だった。
そして皆が言う『いつもホラ話か』だと
皆は争うことを忘れたかの様に、静かにそのホラ話を聞く。
夢の様な内容だった、飢えることもなく、温かい両親と共に生きる今の現状と真逆を語る滑稽な話だった。
だが皆は静かに聞いていた、この中で一番頑張っていた少年の夢の様なホラ話を……
雪の世界が終わり春となって、皆は集落へと帰った。
溶けかかった雪の間からは、植物の新芽が顔を出していた。
『私達は居なくなるが、またいつか君と共に歩んでくれる者が現れるよ』
精霊女王は新芽を見ながら、臨終の間際のローランの言葉を想い出していた。
その年の夏
ボクは、ある少年に声を掛けた。
『やあ、ボクの名前はティコ、君の名前は?』
小さいけど、温かい光を秘めたホラ吹きと呼ばれる少年に……
ご愛読頂いている皆様、新規にお読み頂きブックマークも付けて頂いた皆様、ありがとうございます。
後書きはシリアス終わってから書こうと思っていたのですが、いつになるか分からないので書くことにしました^^;
どうも最近は時間がかかり気味になって申し訳ありません。
時間はかかるかもしれませんが、少しずつ書き進めているので気長にお待ち頂けると幸いです。
こんな時期ですが、皆様お体にはお気をつけください。




