39話︰学園編 中庭の攻防 その2
クロスティルの呻く様な声に、俺はこのキツネ男ことスネイルがただならぬ男であると認識を改める。
「ねえ、トーヤ。このキツネ今朝の失礼な奴だよね。アリアの知り合いかな」
ティコは今朝の出来事が余程不快だったのか、険を込めた視線でスネイルを見つめる。
スネイルは周りの貴族の連中など意に返さずアリアに歩みより話しかける。
内容はまあいわゆる宴のお誘いだ。
アリアは嫌そうな表情を一瞬するが、すぐに仮面を着け笑顔で応対をする。
(久しぶりの仮面被り、訳ありか……)
俺はこのスネイルについてどういう人物かよく分からないので、クロスティルに聞いてみた。
「スネイル様とはどんな貴族なんですか、皆様の様子がどうもおかしいようですが」
クロスティルは声を潜め俺に説明してくれた。
「スネイル子爵子は、旧公爵領ナインラヴス子爵家の跡取りだ。旧公爵領はかつての大粛清から公爵与力の子爵達が分割統治を行いナインラヴス子爵家は旧公爵領地の半分を統治する大勢力だ。旧公爵家の者達は王国と距離を持っている家が多いが、ナインラヴス家は親王国派で、王太姫様や宰相様の覚えもめでたい勢力だ」
クロスティルのその言葉で、俺はまさかと言う考えが浮かぶ。
旧公爵家の大勢力と言うことは、この男はアリアの素性を知っているのではないのか。
嫌な予感が俺の心中を支配し、俺はアリアとスネイルの会話を聞いてみると
「申し訳ございません。私人は僧籍の身、教団の許可なく貴族の饗応に応じる訳には参りません」
アリアは失礼の無いように丁寧に断りを入れるが
「大事なのは本人の意志ですよ。貴女ほどの方が饗応に応じる応じないに一々教団の許可を得るのも可笑しな話しだ」
スネイルはキザにも自分のリーゼント調の前髪をファサと手櫛で撫でる仕草を行う。
アリアはそんなスネイルに若干呆れの様な雰囲気を僅かに滲ませたが、すぐに取り繕う。
「私人はまだ成人には達しておりませんので、認否の判断を仰ぐのは教団の法にございます」
アリアのその満点とも言える回答にスネイルは
「クッハハハハハハハハハ!」
いきなり大笑いを始めたので、俺やアリアは気が触れたのかと怪訝な表情でスネイルを見つめる。
周辺の居残った貴族やクロスティルも同じくだ。
「これは失礼、次期聖王…失礼、聖女ともあろう御方がわざわざその程度のことに悩まれるとは可笑しくなりましてね」
俺はその言葉に驚く。
(この男知っているのか!)
俺の嫌な予感が当たった様だ。
アリアを見てみると仮面も落ち動揺を見せていた。
無理もない貴族としての腹芸を仕込まれたことのない15歳の少女に、貴族としての腹芸を仕込まれた奴相手に渡り合えと言うのも無理な話だ。
それにスネイルは性格に問題はありそうだが、相手を追い込むのにかなり手練れ感そうな人物だ。
性格が歪んでいるから手練れ感かも知れないが。
会話の主導権は既にスネイルに握られアリアはタジタジになっていた。
このままでは先程の俺の努力も水の泡になるだけでなく、絶対に厄介な問題になりそうなので俺は武力介入を行うことにする。
バックミュージックはGN合唱団に任せよう……弾幕で見えないから、やっぱキャンセルで
「失礼します」
俺は姿勢を正しスネイルに一礼を行い会話に参加しようと図る。
「何だお前は」
アリアをもう少しで丸め込めそうだったスネイルから不機嫌そうな声が聞こえる。
対照的にアリアは助けが入ったことによりホッとした表情になる。
あの…俺が来たから、かつるみたいな表情はヤメテ。
「今朝方ぶりと仰ればよろしいのでしょうか……」
「知らんな」
すかさず入るスネイルの反論に
(忘れているのか、歯牙にもかけぬ出来事だったのか……まあ、好都合か)
今朝の出来事を覚えていたらスネイルは恐らく俺の話を聞く可能性は低かっただろうから、ここはラッキーと思い込むことにする。
「私めはトーヤと申します。アリア嬢や彼女の母の聖騎士候メリアさまとは親しくさせている者です」
スネイルは「ふーん」と言った態度で接する。
ちなみにさっきまで目線処か顔すら俺の方に向けようとしていないスネイル君。
(うわー、この前の超態度の悪い新人君を思い出してしまったよ)
人事課の新人研修の手伝いで見掛けた、エリート枠で入社したどっかの政治家の息子さまの高慢ちきな新人君が居たが、こんな感じだったなーと思い出す。
俺は気を取り直してスネイルに話を続ける。
「私は聖騎士候から言付かっておりまして、彼女の宴のお誘いは正規の手順を踏んで頂きたいのですが」
俺は先ほどと同じく鬼婆の威を借りて断りを入れてみるが……
「主君も満足に守ることも出来なかったばかりか、公爵家の宝を持ち逃げした下郎の使いが随分と偉そうに言ったものだな」
ニヤニヤと口角を歪めスネイルは嫌らしそうに言い放つ。そして周囲の貴族達をぐるりと見渡し
「所詮は三流共か、大方お前のような小賢しい下郎の戯言に惑わされたと言ったところだろうが……、俺はそんなに甘くないぞ」
スネイルの馬鹿にした様な発言に周囲の貴族達は様々な反応を取る。
屈辱に身を震わす者、苦笑をする者、伏し目がちに視線を下げる者……様々だ。
だが、スネイルに言い返す者は誰も居なかった。
ナインラヴス家とはここまで権力があるのかと俺は気が遠くなる。
形勢は不利、ここは″三十六計逃げるにしかず″が最適と判断する。
「アリア様!今日は教団において大事な説法がお有りの予定がありましたな! アリア様は聖女と話しが出てから御多忙になられまして、スネイル様、申し訳ございませんがお話の続きは後日に」
俺はアリアの手を取り、逃げ出そうとしたが……
「待て」
ニゲラレナカッタヨ
「用件があるのなら話しは手短に済まそう、娘に饗応の誘いに応じ”公爵家の宝 ”を我らに帰す様にあの老獪に伝えろ。これは旧公爵領の諸侯の総意であるとな」
スネイルはいやらしい笑みを浮かべ、そう告げて来る。
(そう来たか……)
恐らくそれをメリアに伝えるとどうなるか、恐らくメリアは何としてもアリアを守ろうとするだろうが、その結果は最悪なものになるだろう。
旧公爵勢力のクズっぷりは原作で嫌ほど理解している。
こいつらは旧聖王家の血筋にしか興味がないのだ。
恐らくアリアを錦の御旗か、何かに利用して旧公爵領の残りを獲るのか……
アリアを旧公爵の遺児として王国の悪行を責め、己が勢力を拡大させるか……
アリアと結婚でも出来れば公爵、もしくは聖王を名乗る大義を得、新たな勢力と成ることも出来る。
俺はアリアシナリオで権力の亡者共に翻弄される二人を見てきたので分かる。
その中のあの胸糞EDは……絶対に行かせてはならない!!
彼女達と出会わなければそんな考えを抱くこともなかっただろう。
俺は運命だと割り切ったはずだ。
短い間だが、彼女らや孤児院の子供達と接する内に情がわいたのだ。
今そこにある中庭に静かに咲き誇る花々が踏み躙られる様な、あんな悲しい結末はゴメンだ。
俺は何としてもスネイルに諦めらさせる為に頭を働かせる。
原作ガネメモにはナインラヴス家などと言う名称は出てこない、葛霧資料も同じくだ。
俺は旧公爵領相手に何か使える話が無かったか思い出すが。
(…………あ、思い出した)
それはおでこちゃんことリューズルートで出てきた話しだ。
その内容はいわゆる密輸のルートを潰す戦力として、主人公の力を一時的に借りると言った内容のサブクエだが、そのサブクエの詳しいことはアジトに置かれていた書類によって、背後には旧公爵勢力が関わっていると記されていたのだ。
(だが、このカードを切って良いのか?)
まずこの内容がこの現実に行われているのか確証はない。
例えヒットしたとしても、その後は絶対ヤバイことになる。
サスペンスでゆすりを行う者の末路は……DEAD ENDが相場である通り、絶対録なことにならない。
まさに藪を突いたらと言った話しになるのだが。
(くそっ!もう考えている時間は無いか……どうとでもなれ!)
会話と言うものにはタイミングがある。
俺の話を切り出すのはここしかないと俺は焦り、例の言葉を告げる。
「今日は生憎の空模様ですな」
春の陽気な晴天の中、俺は的外れなことを言う。
周囲から『……ハァ?』と言った反応が返ってくる。
「トリスタン集落の″ラズルカ″の成長はどうですか、やっぱり不作で……」
俺はそれ以上言葉を続けるのを避ける。
もう十分だった、余裕だったスネイルの眼光が鋭くなった。
本人は平静を装う様にしているが、俺の目はごまかせない。
(ヒットした)
牙城の一角が崩れたのを見て俺は追撃を行う。
「貴方方が何を企もうが私の知った所ではありません。ですが……」
「私は彼女に恩義があり、そして彼女の望みは権力とは関わらず静かに暮らすことです。 貴方方が彼女達をそっとしてくれるのなら、私は今の話しを墓の下まで持って行くことを約束します」
「ククク……アッハハハハハハ!!!」
スネイルは大笑いを始め、周囲は僅かに弛緩した空気が流れる。
だが、その鋭い眼光は
─── 一切笑っていなかった……
(これはマズったかな)
俺は表面上は平静を装っているつもりだが、内心は心臓発作を起こしそうなほど脈打ち、背中には冷たい嫌な汗が流れる。
俺は貴族の権力を甘く見ていたのかも知れないと後悔を始める。
平和な現代日本に生まれ、出会った権力者なんてウチの会社の社長くらいなものだ。
そんな俺に貴族に対する警戒レベルの設定なんて無理がありすぎた。
まさに俺の失策は虎の尾を踏む、もとい狐の尾を踏む行為であった。
スネイルは自らの懐に手を入れると、そこから何かを取り出した。
それは札束だ。
見るからにかなりの大金だと分かる額でありスネイルはそのお金を地面に投げ捨てる。
「……何の余興ですか」
俺は声を鎮め気味に言う。
「その金を持って消えろ、そして全てを忘れるんだ。それがお前の為だ」
スネイルは鋭い視線を俺に向ける。
その視線から俺は察する、これは最期通告だ。
「お前は大した男だ、姫君を守る忠犬であることは認めよう…… だがお前は何の力もないただの平民だ。そしてその女性は本来ならお前が視界に入るのも恐れ多い御方だ」
スネイルの視線から俺は察する。
これを取り、アリアを見捨てなければ俺は……
俺の心が恐怖で冷える。
俺は何で彼女を守ろうと思ったのだっけ……
「このキツネ、どこまでもトーヤを馬鹿にして!トーヤがこんなの拾ってアリアを見捨てるわけないじゃない!!」
成り行きを見守っていたティコだが堪忍袋の緒が切れたのか聞こえるはずがないのにスネイルに怒りをぶつける。
俺はそのティコの声で心に広がった冷たい感情が消える。
(胸糞EDが嫌なことは分かる。でも、それは自分の命を…自身の人生をかけてまで守ることなのか……)
(俺にとってアリアは何なんだ……)
俺にアリアに対する答えはない。
俺はアリアを一瞥する。
彼女の瞳はとても澄んでいた。
(奇麗な娘だ)
スネイルの言うことは間違っていない。
彼女の素性が公にされれば、スネイルの言う様に俺は彼女の視界に入ることすら恐れ多いことだろう。
運命に翻弄される彼女に、力のないただの平民の俺には何も出来ない。
出来ることと言えば話し相手になってあげることぐらいだ。
そんな俺がすべきことは……決まっているか……
俺は屈み
地面に落ちたお金を拾う。
いくつかは風に散らばった分も、俺は丁寧に集める。
周辺の貴族達から嘲笑する声が聞こえる。
クロスティルの足下の札を拾った時にその瞳が見える。
酷く失望した瞳だった。
(いくらでも失望すればいいさ、これが俺なんだよ)
「何しているのトーヤ!!! どうしてそんなお金を拾うのよ! トーヤはそんな……そんな……」
俺にティコの怒りの声が届く、無理もないだろうな。
俺はティコに応えず黙ってお札を回収する。
「見損なったよトーヤ!! トーヤはいつだって…… いつだって…… グスッ…… もう、いいよ!! 君とは絶交だ!!!」
そう言ってティコは何処かに飛んで行ってしまった。
俺の格好悪い姿なんて今更だろうに……
俺はアリアの姿も見ることにする。
さぞかし失望しているだろうなと思ったが
───その視線は何も変わっていなかった…… それは思い過ごしかも知れない、でも俺はその瞳をしたアリアを見たことがある。
王都の小高い丘、そこで彼女が言った言葉
──── 貴方を
信じています ────
ハハッ……俺は主人公じゃないんだぞ…… まだゲームも始まった段階で、EDのCG出してどうするんだ……
俺はやっとのことで地面に散らばった札を1枚残らず集め終わる。
スネイルは勝ち誇った表情をしていた。
不様な俺の姿を見て自尊心を満たしたのだろう。
(アリア、いっそのこと罵倒してくれた方が楽なのにな……本当にヤレヤレだよ)
俺はスネイルに歩み寄る。
俺がカネを持って立ち去らないことに怪訝な表情になる。
「どうした。まさか足りないとか言うつもりか……ごうよ……」
俺はカネを掴んだ手をスネイルに突き付け告げた。
「俺の様な人間に対して結構な金額だな。これだけの金額をポンと出せるなんて、旧公爵領はよっぽど豊かなのかそれとも……領民から搾り取ったのか……それとも何かよからぬカネなのか」
俺のその言葉にスネイルの表情は怒りに歪む。
だが俺は続ける。
「俺の家は貧しかった。親父と母さん共に働いても貧しかった。これだけのお金があれば子供時分、家族で美味しいものを食べに行き、贅沢な幸せな時間が過ごせただろうな」
俺が趣旨が外れたことを言った為、スネイルの表情に困惑が浮かぶ。
「アリアのところの孤児院の食事は生活に関しては問題ないだろうが、如何せん娯楽不足だ。このカネがあれば高価な物は無理でも各人が満足しそうな玩具などが買えるだろうな」
俺はまだ続ける。
「最近食事の世話になっている食堂の店主が借金で大変なんだそうだ。自分も大変なのに俺たちの様な貧乏学生の為に安い価格で腹いっぱい食事をさせてくれる。ツケもさせてくれるしありがたいことだ。 このカネがあれば借金も楽になるだろうな」
「近所の老夫婦の……」
「いい加減にしろ!!」
俺の意味の分からない発言でスネイルから怒号が響く。
「さっきから何のマネだ! 何を企んでいるかは知らんが、さっさとそのカネを持って消えろ!」
俺はため息をつく。
ちなみに相手を馬鹿にする感じのため息だ。
「貴方の領民がこれだけの金額を生み出すのにどれだけの労力が必要か、お分かりですか」
スネイルは俺の言っていることを全く理解していない様だ。
(まあ、そうだろうな)
金持ちに貧しい人間の気持ちは分からない。
その逆もまた然りだ。
違う両者が理解出来ないのは、無駄な行為であるので当たり前だ。
だが、互いに忘れてはいけないことがある。
それは”その原資が何処から来ているかだ ″
別に俺は犯罪行為を除けば、金稼ぎも浪費も否定はしない。
一見無駄な様に見えても、浪費の果ては社会へ還元される様に出来ている、それが社会だ。
スネイルが今回投げ寄越したのはなかなかの大金だ。
恐らくその原資は領民からの税か、俺が先ほどカマを掛けた″密輸″で得たものだろう。
我慢できなかった。
俺は別にアリアのことが嫌いではない。
良い男とくっつくのなら、幸せを願い応援してやるつもりだ。
だがコイツはダメだ。
自分が何によって支えられているか気付きもしないこんな奴に
「よく親父が言っていたぜ。生きたカネの使い方と言うのは、カネで幸福を得るのではなく、カネ以外で得た幸福を守るものだと…… カネで幸福と言う名の自尊心を買おうとするやつはガキだってな」
俺は手に握りしめたカネを更に突き付け
「ああ……一応言っておくけど、答えは″ノー ″だ!!」
スネイルは切れ目を更に鋭くし押し殺した声で呟く。
「後悔することになるぞ、下郎……」
「へっ!人生なんて後悔の繰り返しだ」
本当、人生なんてそんなものだと俺は自嘲気味に言う。
(さてと、あとでティコに謝らないとな。今日の夕食は……)
(ゆ……あ……れ……)
一瞬の痛みと共に、俺の意識はそこで途切れた……
いつもお読み頂いている皆様ありがとうございます。
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思ったより長くなってしまったので、また時間がかかってしまいました。
最近の酷い湿度で調子が崩れる時が多いですので、皆様もお体には気を付けてください。