35話︰学園編 運命の会合 その4
僕の名はシュウ。
これは愛称だ、本名はあまり好きではないので名乗りたくない。
実際周りには、基本愛称で呼ばせることにしている。
僕の本名を呼ぶのは、今となっては姉くらいなものだ。
「探しましたよ。まったく……入学式にたどり着いたもの団長の姿はないし、殿下からは"弟の晴れ姿は見れぬのか"と不機嫌そうになさっておられましたし……」
彼女、コーデリアのお小言が続く。
最近一児の母となり、親となった自覚からだろう。
最初に出会った頃と雰囲気の様なものが違い、母の顔とはこんなのだろうなと思う。
「すまなかった。 色々事情があってね、実際入学式よりも為になることだったよ」
僕のその言葉にコーデリアは意外そうな表情になる。
「先程、話し込んでおられた不審者……いえ、学生でしょうか」
その言葉に僕は可笑しくなって笑い声を上げる。
なんだろう、今の言葉で分かったことがある。
見掛けや言動で惑わされるとはこのことなのか。
僕は彼は正に賢人だと思っているが、彼をよく分からない彼女には如何わしい人間に見えるのだろうな。
姉の動向を探る為に接触してきた貴族達の中に、しっかり話せばもしかしたら協力出来た者が居たのかも知れなかったと思った。
言動や態度だけで、先程まで欲を語る貴族を愚かと目が曇っていたが、今なら分かる。
多くの者が不安を抱えているのだろう。
暴政を極めた国王が、娘によって追放され、十年以上続いた歪みが正され様としているのだ。
多くの者が慎重に行動するのは自然なことだと思う。
コーデリアは不思議そうな表情を浮かべ
「あの、本当に何があったのですか、雰囲気が…失礼ながら今朝とは別人の様に見えますよ」
コーデリアの言葉に、僕は少し意地悪な返答と質問をすることにする。
どうやら、フジヤのひねくれた性格が伝染ったのかな。
「コーデリア、君が以前、貸してくれたアレス王の物語の本はとても良き内容だったよ」
僕の答えにコーデリアは「は?」と虚を付かれた表情をする。
僕は構わず答える。
「特に若きアレス王と、乞食の下りは最高だったよ」
アレス王の物語は中世故事のお話しで、かつて大陸に広大かつ強大な国を建国した王だが、若き頃のアレス王は凡庸な人物で大国を纏めあげられる人物ではなかったのだ。
だが、アレス王を変えた人物が乞食だった。
この内容には諸説あり、彼を変えた人物は乞食でなく諸公だったと評する説もある。
だけど、僕は乞食の説が好きだ。
先程のフジヤとのやり取りでその想いは強くなった。
乞食と比較するのはフジヤには失礼かと思うが、そこは許してもらおうかな。
コーデリアは少し考えたあと、僕の言いたいことを悟ったようだ。
「……良き出会いがあったようですね」
僕はその答えに首肯する。
コーデリアと会話しながら徒を進め、目的であろう場所に到着する。
そこには二人の給仕服を着た女性と、フード付きの外套を纏った背丈の低い幼年とも言うべき少女がそこに居るが……
その少女は見た目通りの年齢ではないことを僕は知っている。
「姉上、お待たせして申し訳あり」
『申し訳ありません』と続けるつもりだったが、姉は僕より大声で被せるように叱咤する。
「何処で何をしておったのじゃ!! せっかくのそなたの緊張する姿……もとい、晴れ姿を楽しみにしておったと言うに!」
そう言って少女は被っていたフードを邪魔かのように剥ぎ取る。
春の日差しに照らされ、その黄金とも言われる美貌が白日の元に晒される。
人伝に聞いた話しでは、姉は黄金の獅姫と呼ばれているそうだ。
背丈は低く、愛らしいその容姿は齢20を超えてなお少女の姿だが、その強い意志を秘めた瞳が見るものを彼女を強者と解らせる。
実際、戦闘能力でもこの国の猛者達の中から上から数えるのが早いくらいである。
「ははっ! 申し訳ございません、王太姫殿下。 事情があり今回は入学式を遠慮させていただきました。ですが、その後の茶会は参加させていただきますので、それでご容赦のほどを……」
臣下の礼を取り、僕のその言葉に王太姫 ――姉は意地悪そうな笑顔を浮かべ問いてくる。
「ほーう。わらわの楽しみを奪ったほどの事情か、それは是非にも聞きたいものよのう……」
僕は懐から一振りの懐剣を取り出す。
その懐剣の柄紐は解け、半分ほど垂れており使用するとなると難儀なことになるだろう。
「その古ぼけた懐剣が一体なんだと言うのじゃ」
姉のその言葉に僕は説明することにする。
「この懐剣は亡き師父から買って頂いた代えがたいものです」
僕を育ててくれた今は亡き養父。
剣聖クロドに、教団の縁日で買ってもらった形見ともいうべき物だ。
「この柄紐が解けてしまったので、人気の無いところで柄紐を結んでおりました」
姉は満面の笑顔になり
「ほーう。つまりは柄紐が解けたから貴族達の入学式をサボったと言う訳なのじゃな」
僕はその問いに「はい」と首肯した途端に
姉の姿が消える。
刹那……
――バァン…!
目の前に姉の姿が現れ、凄まじい威力の正拳が僕の顔を捉えていたが、その一撃を右手で防ぐ。
まともに受けていたら、意識が飛ぶほどの威力だった。
「お戯れを……」
僕は笑顔で返すが
「戯れはどちらかのう…… わらわは散々説教をしたつもりじゃが、他の貴族を嫌うのは仕方ない……じゃが、蔑ろには決してするなと!」
姉の言う通りだ。
この貴族院の入学式はただの行事ではない。
多くの陰謀、思惑が絡み派閥のけん制の舞台であり、次代の貴族達の戦場とも言われる魔窟だ。
先ほどまでの僕は変な意固地に固まり、そんな人殺しのゴミ共と同じ空気を吸うのも嫌だった。
「それについては猛省しております。 貴族も所詮人間、彼らも自らの守るべきものの為に染まるか諦めざるを得なかったのでしょう」
姉は間違っていることは嫌いな性格だが、現実を知る術には長けていた。
自由奔放に育った僕とは違い、幼少の頃から帝王学をしっかりと身に付けている。
姉も苦しんでいるのだ。
王太姫など言われているが、それも貴族の支持があってのことだ。
おそらく姉が僕と同じ様に貴族を蔑ろにすれば、日和見の貴族達は追放された国王に舞い戻るだろう。
それでまた粛清の繰り返しの悪夢が繰り返される。
だが、僕は子供の様な我儘でそれを認めない様に考えてしまった。
敵に回る貴族が居るなら除けばいい……そんな子供以下な思いあがった考えに取り付かれていた。
でも、『本当に守るべきものとは何なのか、それを思えばどんな恥辱にも耐えられるさ……』
この言葉を吐き出す様に言う同じ年の彼に出会って、僕は彼が心底羨ましく憧れた。
僅かな時であったが、彼と話し確信した。
――彼の様な大人になりたい。
この思いが芽生える同時に、その芽は若木の様に育ったかの様だった。
『自分』と1人称にし、その子供の様な背伸びを恥じた。
姉のことを、そして多くの大切な人たちが居るのに自分勝手な正義感で道を誤ろうとした自を恥じた。
自分の勝手な思いをぶつけ、殴ってもしまったのに、彼の言葉は僕を案じる様な優しさに溢れていた。
そこで僕は自分の子供心に愛想を尽かした。
僕は大人に……彼の様な人間にならなければいけない。
―― 自らの人生の宝物を必死で守ろうとする、その強い心を……
姉の強さに満ちた瞳は、僕の瞳を射抜くように僕の思いを見抜くように見つめてくる。
以前の僕ならその視線に耐えられずに、姉の説教になったであろうが
「まあ良い、反省しておるのは本当のようじゃの。 ところで……」
「何があった。今のお主はわらわの知る弟とは、何だか別人のようじゃの」
そうか、自身の考え方と見方を変えるだけでそんなにも変わるものなのかと、僕は驚く。
そして、僕は素直に姉の疑問に答えた。
「模倣ですよ。良き出会いがありました…… その人は殿下と師父に次いで尊敬できる人物でした。 ですので、彼の様な考え方が出来る様に模倣しているのですよ。 師父が言っていました、真贋とは模倣あってこそ得られるものだと」
その言葉に姉は関心した様な表情になる。
「驚いたの、貴族嫌いのお主にそこまで言わせるとは一体どの様な者なのだろうのう」
人材マニアな姉の眼光が鋭く光る。
まあ、人出不足なのは事実だから無理のないことだった。
「勘違いしている様ですけど、その人物は名無しの学生ですよ。おそらく殿下のお目に叶う人物でもありません」
「は?」
隙の少ない姉にしては珍しく、間の抜けた表情になる。
「わらわの記憶違いでなければ、先ほどその学生はわらわやクロド叔父上に次ぐ人物じゃと言っておったな」
僕は少し意地が悪そうな笑顔で言った。
「はい。人物としてはですが、ですが能力などに関しては近衛の幼年の見習いにも歯が立たないでしょうね」
「なんじゃその小童は」
姉の興味はもうフジヤから離れてしまった様だ。
これで良い。フジヤも権力者に関わりたく無いようなことも言っていたので、これが最善だろうと思う。
だが、一方を聞いて沙汰をすることを嫌う、姉の性格を僕は失念していた。
「コーデリア、お主はキミマロの話していた人物を見たのであろう。お主が見た人物としてはどうじゃった」
その時、僕は失敗したかと思ったが、正直者のコーデリアに嘘は付けなかった。
「はい、その……酷く目つきの悪い人物でした。それこそあれは賊の下っ端と言って良いくらいな不審者でした。 そして、団長はその人物を乞食とも評していました」
いや…あれは言葉の綾と言うか……フジヤすまない。
「のう……、キミマロよお主、わらわやクロド叔父上の次に乞食を尊敬しておるのか…… そうか、そうか、わらわも随分嫌われたものじゃの……」
そう言って、リューズ姉上から闘気の様なものが立ち上る。
御側付きのメイド二人は、巻き込まれるのを恐れリューズ姉上から離れる。
ちなみに姉上の凄まじい闘気に圧せられ、コーデリアの顔面は蒼白になっていた。
「あの、リューズ姉上落ち着いて……」
一応止めてみたが、どうやらもう無理の様だった。
「うるさい!!このバカ弟! いや、シュート・キミマロ!!もう、お主とは絶交じゃ!!」
リューズ姉上は僕の本名を叫び、半泣きで殴りかかってきた。
幼子とも言える見た目麗しい少女が半泣きで殴りかかってくる。
普通の人ならそんなに問題にしないことであろうが……
実際のその光景は見る者の、血の気をド引かせる光景だろうなと思った。
拳や脚に強力な魔力を宿らせたその一撃は空を裂き、地を割る威力を実際に発せられた。
そしてその速度は音速を超えるほどであったが……
僕はいつものことなので、程々の力でいなすことにした。
荒れ狂う戦闘による轟音で、お茶会の貴族が観客に集まって来たのだが
その周りの人たち全員が、その凄まじい光景に顔面蒼白になっていたのに僕は苦笑いを禁じえなかった。
やっぱり、貴族も人間だな~と暢気に笑う。
その僕の苦笑いに、馬鹿にされたと思ったのだろう。リューズ姉上は本泣きになって更に攻撃が激しくなる。
見る者によっては愛らしい表情であろうが、その行いは羅刹のような光景であった。
そう言えばあの時もこんな風に泣いていたな……
―― 初めて自分の姉と名乗る少女に会った幼きあの日
少女はひたすら泣きながら謝っていた
守れなくてごめんなさい
一緒にいれなくてごめんなさい
でも、いつか必ず一緒に共に
家族として生きようと ―――
それは僕の夢となった。
でも夢は現実の前に壊され、それは盲言となってしまった。
だが僕はここに居る。
僕を愛してくれる姉
僕の最後の家族。
だから僕も応えよう。
不確かなモノの為ではなく、彼の様に大切な者の為に生きようと
「うわあああああああああああん」
自分の攻撃が簡単にいなされる光景に涙する、この大切な人を守る為に
誰が想像したであろう。
理想を夢見た青年は大切な者を手に掛け、理想を果たそうとした。
だが、その未来は潰えた。
希望の灯火によって……
いつもご愛読頂いている皆様、新規にお読み頂きブックマークも付けて頂いた皆様、お読み頂きありがとうございます。
お陰様で15000PVも越えとても嬉しく感じております。
今回も時間がかかり申し訳ありません。
まさかパソコンのHDDが壊れてプロットが無くなるとは夢にも思いませんでした。
一応内容を思い出しながら書いたのですが、話の変な所はご容赦頂けると助かります。
稚拙な作品ではありますが、お付き合い頂ける様に書かせて頂きますので、よろしくお願いいたします。