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34話︰学園編 運命の会合 その3

 

 俺は王の剣の話は聞いていたが、まさか当事者の家の者に出会えるとは思わなかった。


「無論、今は当主も代わり粛清に加担した前当主は追放されている……いや、逃げ出したと言ってもいいな」


 最初の魅力的な青年はもうそこには居なかった。


 シュウは何か疲れた様に語り続ける。


「自分は産まれて直ぐに、市井の親類に預けられた。 理由は実母が亡くなったのは原因は自分にあるとの理由だった…… 母のことなど覚えている所か,

 知りもしないのにな」


 シュウは力無く笑う。


 その笑いは酷く疲れた笑いだった。


「当主の座が父から姉に代わり、父が追放されて自分が呼び戻された。 自分を育ててくれた養父も亡くなり自分は姉の元に身を寄せることになったんだ」


 疲れた様子だったシュウはだったが、姉の話しをする時わずかに穏やかな雰囲気が戻って来た。


 良い家庭環境ではなかったが、姉ちゃんのことは好きなんだなと俺は理解する。


「家に戻ることになって貴族が何故粛清など、王の剣など名乗り専横を行ったのか……よく分かることになったよ」


 代替わりした家には色々な貴族が訪ねて来るようになったが、その者らは将を射んとすればの様に、与しやすい年若いシュウに接触してきたとのことだ。


「その中に国や民の為の話しになるのなら、聞く価値はあったろうさ…… でも皆、保身と状況を利用した栄達しかなない内容ばかりだった」


 粛清の出来事に貴族は全然懲りていないとシュウは付け加える。


「自分は幼き頃、粛清の現場を見た。 ただ国の在り方に不満を言っただけなのに縄を打たれた夫婦……それにすがる子供……最悪な光景だったよ」


 シュウの表情に見えるのは憤り……


 それは義憤なのか、同属たる貴族が起こしたる自己嫌悪か、それともただの同情か……


 だが、そのどれであってもその理不尽の怒りを持つのは悪いことではない。


 しかし怒りは強力な力となるが行き場の無い怒りは判断を誤り、最悪暴走の危険もある。


 理不尽による怒りの暴走の行き着く先は……若い頃テレビで見た、ある光景が脳内に甦る。


(やれやれ……心をクソにするのはあの時のアリアで十分だったのにな)



「話しは分かった。それで相談ごととは何かな?」


 俺はシュウの憤りなど、どこ知らぬ風に問いかける。


 シュウは俺の淡白な反応に、拍子抜けした表情になる。


 何だ仲良く一緒に憤って欲しかったのか……残念だが、俺はそんなに素直な人間ではない。


 確かに痛ましく、反省の無い貴族達に対する憤りと呆れはある。


 だがそれは終わった出来事だ。


 今、必要なのは……


「自分はどうすれば良いのだろうな。 最近特に、両親が連れて行かれるあの子供の憎しみの表情がよく思い出す」


「もう、あんな思いは沢山だ! 」


 それは血を吐く様な言葉……心の慟哭(どうこく)だった。


 必要なのは、過去に囚われたクソ真面目な青年におっさんの説教をすることか。


 柄ではないのだが、所詮は行きずりの他人相手に適当なことを言って終わらせても良い。


 でも、俺の失敗話しをしっかり聞いてくれ思ってくれた感謝もある。


「少し勘違いしているのではないのか?」


 俺は吐き捨てる様に告げる。


「な、何をだ!」


 俺の冷たい態度にシュウは憤りを感じた様だ。


「まず忘れてはいけないことがある。それは……」


 俺はシュウにとって残酷な事実を告げる。


「その少女いや、粛清を受けた人達にとって君は”もう ”仇なんだよ」



 シュウは「は?」と間の抜けた表情をする。



 その表情で俺は悟る。


 やっぱり他人事か、真面目な人間によくあることだ。


 自分は高潔な人間だから汚点はない、他者の汚い部分は許せず、高潔さを強制をする。


 そして最後に勝手に人間に失望、又は絶望するか……


 子供の頃読んだ漫画で、人間に絶望し魔界の扉を開くと言う悪役の話しがあった。


 当時の俺はその悪役の心情は分からなかったが、社会に出るとその意味がよく分かった。



 人は汚い。



 人間偉そうに声のデカいズルい奴が偉くて、善行、善人なんてクソな人間の餌でしか無いってな。


 上っ面は合わせていたが、社会人になって暫く『理不尽な世の中なんて消えろ』と何回も思ったな。


 俺は勝手に人間に絶望していたのだと思う。


 (よわい)を重ね視野が広がるにつれて、俺は折り合いをつけていったのだが……



 少年とも言えるこの青年にはまだ酷なことだ。



 目の前の青年は、まさに青く若い頃の俺だ。


 こんなに美形ではないけどな。


 若い頃の俺には何も力がなく、自芯があったから善良に振る舞い生きてきた。


 目の前の青年の自芯は弱く、貴族としての権力、そして魅力に溢れているので始末に悪い存在だった。


 こう言った輩が落ちるに落ちた時……それは最悪の結果になる。


 だから俺は楔を打ち込む、地盤がそれに耐えられなければ遅かれ速かれ彼は歪む。


 手前勝手な理由を付けて、俺は罪悪感を誤魔化すことにした。



「君がどんなに(いた)もうが、苦しもうが粛清の被害者から見れば貴族の戯言……いや、罪のがれにしか見えないのだろうな」


 俺のその言葉にシュウの表情は怒りに染まり立ち上がる。


「そ、そんな軽い気持ちなどで思っていない!! そもそも私は粛清など認めない!私自身、手を染めてもいない!!」


 俺はその反論に無情にも一太刀で切り捨てる。


「それを誰が信じるんだ? その子に俺は手を染めていない、俺を信じろとでも言い訳するのか ”貴族”のシュウさんよ」


 俺のその容赦しない一撃にシュウは膝から崩れ落ちる。


 質の良い制服が土に汚れる。


 そうだ汚れなければならない。


 こいつが目指す道は、屍山血河(しざんけつが)まさに地獄の様な道だ。


 地獄の様な世界に堕ちた者の末路は、染まるか諦めるかだ(鬼か亡者となるかだ)


 地獄から這い上がるなんて言葉があるが、本当の意味で地獄から這い上がることなんて人間には出来ない。


 そんなのは地獄ではない、染まった(鬼になった)人間の言い訳だ。



 権力…… それは遥か古より人を苦しめ、狂わす極上の美酒だ。


 俺の世界でも権力者の末路なんて小学校の教科書から、テレビやネットなどでいくらでも知ることが出来る。


 それでも人間は権力と言う名の美酒を求める。


 正直、俺の様な矮小な人間には権力なんて貧乏クジはゴメンだがな。



「なら、自分はどうしたらいいんだ…… どうすれば…… 」



 俺はシュウに止めを刺す言葉を吐く。


 俺は信じようと思う。


 少年の様な単純な正義感……それは権力者に喰いものにされる哀れな存在かもしれない。


 だがその想いは、単純な想いは芯すら入れば恐ろしく強固な意識を生み出すことも出来るはずだ。


 俺は渾身のゲス顔を行う。


「自分で考えることを放棄した君にピッタリな生き方があるさ。貴族と言う地位を生かして領民から搾取してセコセコ生きることさ。 たまに税金を安くし、施しをすれば君を良い領主と称えてくれる。 うん、理想なんて貧乏クジ引かずに波風のない人生をのんびり長生きすればいい……」


 俺は「長生きすればいいさ」と続けたかったが、最後までその言葉を言うことは出来なかった。



 ――ゴッ……



 シュウの拳が俺の頬を叩く。


 本人もつい殴ってしまったのだろう。

 怒りも忘れ、呆気にとられた表情になる。


(いってえ!)


 幸い口の中が切れることはなかったが、痛みは結構来る。


 しかし俺の心中は怒りが湧くことはなく。



 むしろ、シュウに対する申し訳なさで辛かった。



「どうだ。強者が弱者に振るう暴力と言うのは、さぞかし気分がいいものだろう?」



 俺は痛みを堪え、おどけるようにシュウに告げる。



「最低な気分だよ……」



 シュウは酷く落ち込む……酷く後悔するような表情で


「分かっていたんだ。皆から見たら自分は貴族のシュウであって粛清を行った貴族の息子なんだと…… それを認めたくなかったんだ」



 シュウは悲しそうな表情になり告げた。


 それは、堪えていた心情を吐露する年相応の少年の姿だった。



(やれ…やれ… アリアといい、コイツといい真面目なことだな)



 経験則だが、若い内は悩みそれを糧にすることも大事な事ではあるのだが、クソ真面目過ぎるのも考えものだと思う。


「さっきのは言葉が過ぎたが、考え方としてはそう違わない。 シュウは真面目に考え過ぎだ。 俺と同い年の人間が1人で背負うことじゃないぞ」


 俺はシュウに真面目な話をしたつもりだが、いきなり大笑いを始めた。


「同い年ってとてもそうには見えないよ君は、老獪にしか見えないよ!」



 おい、老獪って中身もそんな年じゃないぞ!



 アリアにはお父さん扱いされ、孤児院の子供にはおじさん扱いされ、更にはこのイケメンには老獪って。 


 俺ってそんなに老けているのか……


「先ほどの答えだが…… シュウは結局どうしたいんだ。 ()()()()に立った君はどうしたいんだ」



 俺の問いにシュウは迷いのある様な感じで答える。



「まだ詳しいことは考えていない…… だけど、自分は二度とこのようなことが無いように正したい! あの様な悲劇がもう起きない様に」



「一つ聞く」



 俺はすかさずシュウに言った。



「その悲劇を起こさせない為に、お前は人を捨てる覚悟はあるのか」



 先ほどの地獄の話だ。


「お前が歩むのは地獄だ。そして地獄での生き方は染まるか諦めるかだ(鬼か亡者となるかだ)。 お前は人を捨てる覚悟はあるのか、名も知らない感謝もしてくれない民衆の為に……」



 春の陽気の暖かな風が吹く。



 少年は笑顔で俺の問いに答える。



 いや、もうそこには少年の影はなかった。



 その表情は……



「じぶ…… いや、僕は人間だ」



 その迷いのない表情で、自芯を得たであろう少し大人になったかの表情の青年

 がそこにいた。





「ねえ、トーヤ」


 あの問答から俺とシュウは軽く会話をしていた。


 先ほどの様な重い会話ではなく、年頃男子同士の他愛のない会話だ。


 えろい話をしたら顔を赤めらせて面白かったが…


 そして会話が落ち着いた所でティコが念話で話かけて来た。


「どうしたんだティコ」


 勿論俺も念話で会話する。


 声で会話したら、シュウからの評価は不審者確定だな。


「向こうで女の人が様子を伺っているけど、この人の知り合いじゃない」


 ティコが指さした方向に確かに1人の女性が、こちらの様子を伺う様に佇んでいた。


「向こうの女性、シュウの関係者じゃないのか」


 俺の言葉にシュウは短く「ああ、もう時間か……」と呟く。


 シュウは衣類に付いたであろう土埃を手で軽く払い立ち上がる。



「良い話をありがとう。フジヤのおかげで漠然とだけど、進みたい道が何となく見えた気がするよ。 だから、もう少し考えようと思う」


 その爽やかな表情は正に美青年の面目躍如(めんもくやくじょう)と言った風情であった。


 これだからイケメンは……


「ああそうしろ、悩め若人よ。人間悩んで答えを出してこそ、自分の糧になるんだ。安易に答えを得ると後々苦労するぞ」


 俺の言葉にシュウはフフッと笑う。


「やっぱり、老獪じゃないか」



 やかましい。



「フジヤ、君が良ければ、また話相手……いや、相談相手になってくれないか」


 シュウの申し出には応じたくなかった。


 こいつと俺では、考え方も、背負うモノも、住む世界も違う。


 そんな俺がいい加減なことをあまり言いたくなかった。


「悪いが貴族のゴタゴタに関わるのはゴメンだ。俺は矮小な一般人である自分が好きなんだよ」


 俺の返答にシュウは残念そうな表情になる。


 俺は一つの事を思い出す。



「だけど、どうしても悩みが解決しないと考えたら貴族院の ≪ルーファス≫を訪ね、シュウの本心をしっかり言うことだ」



≪貴族院のルーファス≫はおでこちゃんこと、リューズイベントにおいての軍師的な立場になる貴族だ。


 貴族ではあるのだが、国の将来に対しては真に憂慮している人物であり、俺は意外とシュウと話しが合うのでは無いかと思ったからだ。


 貧しい庶子の出身であり、原作のルートによっては民を守る為に、僅かな手勢で決死の策を行い、凄く格好がよかった印象がある。



「何で君がそんなことを……いや、今更だな。その助言ありがたく受け取らせて貰うよ。 あ、そうだ」



 そう言ってシュウは懐から財布を取り出し、幾枚かの紙幣を俺に差し出す。


「私も小遣い制で大した金額は出せないのだが、これで何か飲み物でも飲んでほしい」


 それは本当に僅かな金額だった。 それこそシュウが言う様にジュース2、3杯買ったら無くなる様な金額だ。


(分かっているじゃないか)


 よくある世間ズレした貴族が大金を渡す様なことを想像したのだが、過剰な礼と言うものは、貰ってもこっちとしては困るものなのだが。


 こういった心づくしの礼は、俺は大好きだ。


「ああ、有り難くご馳走になるよ」






 シュウが女性(多分あれがお姉さんかな?)と行った後、俺とティコは学外へと移動していた。


「さっきの話はどういうことなの」


 ティコは移動しながら、俺に話の内容を聞いてくる。


「何が」


 俺はとぼけるがこれじゃ納得しないだろうな、ヨシ!


「迫真のホラだったろ、ホラ吹きトーヤの面目躍如だな」


 ティコは一瞬固まり、すぐに呆れた表情になる。


「トーヤ。また君はあんなホラを吹いたの……」


 溜息交じりに本気で呆れているようだった。


「まあまあ、そのホラのおかげで、1人の青年の悩みは解決し、こうして俺たちは美味しい飲み物にありつけるのだから、それに……」


 俺の続きの言葉にティコは陥落することになる。


「学園に来る途中にあった、春のフルーツのジュースを出す露店のジュースをティコも飲みたがっていたじゃないか、さっきまでの俺はオケラで断念せざるをだったが、今はシュウ様と言う貴族様のおごりだから気兼ねなく飲めるぞ」


 ティコの喉が軽く鳴る。

 どうやら涎を飲み込んだ様だ。


「トーヤ。 ボクはメガット(メロンの様な果物)のジュースがいいな」


 何気に一番高いものを!


 幸いシュウから預かったお金で二人分のジュースを買うことも出来、俺たちは春の甘味を味わうことができた。




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