28話︰《回想:神託の儀式編02》
「助けて!!!!!」
ソレイナの叫びで意識を取り戻したアリアは、可視化されるほどの高密度な神圧が大司教に降り注ごうとするのが目に映った。
アリアはソレイナとの約束が脳裏に蘇るが、それは先程のやり取りのことではない。
それは遠き日の出来事、ソレイナの記憶にも残っていないことであった。
――お気に入りの木の洞で泣いていた私
悲しくて、悲しくて、消えてしまいたかった。
「あなた、なにを泣いておりますの」
それ以降、彼女と出会うことはなかった。
けれども、私の心には残っている。
彼女は憶えて居なくても、私の大切な……友達だったのだから……
私は彼女を絶望から守る。
その決意だけでアリアの迷いは消えた。
――歌が紡がれる。
アリアは、その歌を知っていたが歌うのは初めての歌だ。
それどころか、その歌は数百年ぶりに再び、世に歌われることになった。
いかなる想いを守るべきその歌が……
(ソレナ…… 私の大切な友の……貴方との約束を果たします)
アリアの奏でる歌により、クラリオスに降り注ごうとした神圧は消滅した。
クラリオスは驚愕する。
自身に降り注ごうとした神圧は、大陸を死の大地に変えるかごとき強大なものであった。
故に儀式の中心たる自身と神圧とで対消滅させることにより、儀式を強制終了させるつもりだったのだ。
クラリオスの耳に一節の歌が流れ込む。
否、それは自らの心想に流れ込んでくる。
(こ、この歌詞はまさか!)
教団に伝われる、聖歌呪法の始祖の曲だとクラリオスは悟った。
精霊女王に愛されし友、聖女 《アテルア》の始祖の聖歌である。
アテルアが作りし、多くの聖歌は聖歌呪法の礎となっているが、その中に誰にも歌うことが出来ない聖歌があるのだ。
これはそのうちの一つであり、降神戦争の最終戦の折に多くの人々を守った絶対不可侵の守りの聖歌だった。
《想いし友》
それがこの聖歌の名である。
だが、この聖歌が歌うことが出来なかったのはアテルアと同格の素質が必要だったことと、もう一つ……
――真に祈る相手が居てこそ、歌われる聖歌であると言うことだった。
当時、アテルアは友――精霊女王の無事を祈り、この歌を奏で人類を勝利に導いた。
(だが、それは代償に……)
歌が終わったのちにアテルアは帰らぬ人となったのだ。
クラリオスはアリアを止めたかった。
アリアはクラリオスの大切な友人、メリアの娘であるからだ。
だが、それはクラリオス個人の感傷であり、自身は皆の命を預かる大司教としてこの場をどうするか……
それは、考えるまでもないことであった。
クラリオスは決意する。
儀式の魔導式を元に戻し儀式を再開しはじめる。
「すまぬアリアよ……」
クラリオスは小さく呟き
「ソレイナそちらは任せたぞ!!」
クラリオスは信じていた。
あの子はこの程度で挫けるほど凡才ではないと……
祖父が助かったことでソレイナは心から安堵したが、祖父を助けたのがアリアであることを知り、心がざわついた。
ソレイナは片目しか見えない状態であったが、その瞳には聖歌を歌い続けるアリアの姿が焼付き、耳が聞こえないにも関わらずその聖歌が心に直接染み渡るが如くソレイナをゆっくりと癒やしていく。
だが、ソレイナの心中は癒やしとはまったくの逆の感情が支配していた。
(お祖父様を助けてくださったことには感謝致しますし、ちょっと見直しましたけど……)
何か自身がアリアの引き立て役になってしまっていることについて、ソレイナは納得出来ない感情が渦巻いていた。
(つか、出来るなら最初からやれや!ゴルア!!!)
ソレイナ自身はまったく気付いていないのではあるが、アリアの強力な聖歌呪法を歌うその頼もしい姿から心中の絶望感は消えていたのだが、アリアに対する蟠りが、その思考を完全に消していった。
アリアの聖歌呪法の力のおかげだろう、ソレイナの鈍った五感は少しずつであるが感覚が戻って来たが……
(回復力が弱いですわ……)
恐らく、今歌われている聖歌は防御優先の歌であり、回復はそれほど力がないとソレイナは判断した。
戻った感覚で周囲を見渡す。
アリアの聖歌でどうやら喫緊の命の危機は無くなったが、意識を取り戻した者はまだ居ない。
「ソレイナ、そちらは任せたぞ!!」
祖父の声がソレイナに届く。
(!!?お祖父様が私を頼りに!)
クラリオスは基本何でも出来すぎる為に、ソレイナに頼み事はすれど頼る態度を取ることはない。
今のクラリオスの言葉は、ソレイナに期待する思いが込められた一言であった。
祖父様ことは何でも分かる自信のある、ソレイナにはそれが理解いできた。
「……どうやら、おねんねしている場合ではないようですわね」
言葉は喋られる程度に回復はしたが声にハリはない、だがソレイナはド根性で無理やり体を起こす。
息は荒く、立ちくらみが酷い、はっきり言って立てること自体が不思議なくらいな状態だ。
「お祖父様の期待に……そして……」
アリアの姿をその目に納め、誰にも聞こえることのないとても小さな声で呟いた。
「貴方の頑張りにほんの少し報いてあげますわ」
ソレイナは自らの奥の手を切ることにする。
腰に着けていた儀式用の懐剣を抜き放ち、聖女の象徴とも言われる誰もが羨んだ美しかった長い髪をバッサリと切る。
(……さようなら、今までご苦労様でしたわ)
長く自分を際立たせてくれた髪に礼を言い別れを告げる。
そしてソレイナは切った自らの髪を魔術で分解し、魔力を補充する。
先ほどの大結界を補強するのに魔力を使い果たし、自らの髪に封じていた最後の予備魔力を補充したのだ。
(よし、これなら何とかなりそうですわ)
次は奥の手その2を、収納のマジックアイテムから取り出す。
それは美しい弓であった。
装飾はあまり施されておらず、実用性重視だが気品を感じる弓であり、素材は木でもなく金属でもない物だ。
その名は精霊の弓
降神戦争時、精霊女王の自己の世界から発現され、精霊女王の手にした精霊武具と呼ばれる一品である。
教団の至宝であり、本来は大司教のクラリオスが所持するべき物であるが、クラリオスは老化した自身が持つより存分に使える者が持つべきとし、ソレイナに下賜されたのだ。
ソレイナは弓の弦を引く、だがそこに矢はない。
この精霊の弓は光の矢を撃ち出すこともできる武器としても使えるが、もう一つの使い道もあるのだ。
「寝坊助共!早く起きなさい!!」
ソレイナは弓の弦を鳴らす。
その音に魔術を乗せ、音による拡大発現を行う。
使用した魔術は、失われた意識を戻す《覚醒》の魔術である。
その音はアリアの聖歌に乗り伴奏かの様に、周辺の意識を失った神官達に届き、倒れていた者達は次々と意識を取り戻し始めた。
(う、上手くいって良かったですわ)
この音による魔術の拡大は難度がとても高く、ソレイナでも絶対成功するものではないので成功したことに、大平原な胸を撫で下ろす。
「皆お聞きなさい!!」
だが急に意識を取り戻した者達は、先ほどの神圧の影響か完全に狼狽えており浮き足だっていた。
――プチッ
気が早っていたソレイナの何かが切れる。
「狼狽えんな!!小僧どもが!!」
ソレイナの普段からは考えられないほどの剣幕に周囲は動きは止まった。
ソレイナはごまかす様に咳払いをし全員に告げる。
「現状を伝えます!!」
「大結界は皆の尽力もあり崩壊の危機は一先ず免れました。 ですが儀式の失敗を悟った大司教様は、皆の命を助ける為に自らの命で贖うご決意をされました」
ソレイナのその言葉に皆、顔色が変わる。
大司教は王国教団にとってはまさに生ける伝説の様な人物であった。
混迷する時代に翻弄されながらも、帝国教団の様に主旨を見失うことなく、本来のあり方を邁進してきたのは大司教の力がとても大きかったのは誰もが知ることだ。
「ですが!!」
ソレイナはアリアに手を向け皆を注目させる。
そこにはまさに神々しいまでに聖歌を奏でるアリアが皆の目に映る。
アリアから巻き起こる力は凄まじいものであり、影が放つ強力無比な神圧から皆を守っていた。
「アリア侍祭が聖歌呪法で皆を守りましたわ! それにより大司教様は儀式を再開し、今は皆の協力が必要な時です」
ソレイナのその言葉に皆の表情に影が降りる。
無理もない、まさか影とは言え創造神が直接降臨されただけでなく、あれだけの神圧を受けて気後れするのも仕方ないことであった。
「ご覧なさい! アリア侍祭は1人で神圧を完全に押さえ込んでいますわ」
(こ、この手だけは使いたくありませんでしたが……)
ソレイナは意を決したかのように告げる。
「彼女は聖女に覚醒したのです!!」
(アリアを聖女だなんて……業腹です!!!)
彼女を聖女と称えるどと、聖女を目指しているソレイナには耐え難い選択であったが、今必要なのは絶望的に難度の上がった儀式を完遂する希望である。
更にソレイナは畳み掛ける。
「見なさい!!あの神々しいまでの彼女の姿を、あの姿こそ初代聖女アルテアの再臨です!!」
(自分で言って、サブイボが立ちそうですわ!!)
実際、鳥肌は立っている。
もちろん、鳥肌は彼女を讃えるのことの副作用だと内心で片付ける。
「儀式完遂の希望はまだ潰えていません。今一度皆さんのお力をお貸しください」
1人の人物が前へと進み出る。
ソレイナと共に行動していた聖騎士”セブンナイツ”の第六位レグルスと言う男だ。
「司祭殿のおっしゃりたいことは分かりました。ですが、今回の儀式は古来よりの儀式とは違う。で、アリア侍祭が成功の鍵を握っているのと言うは……」
レグルスはアリアに目線を向ける。
「まあ説得力は十全にあるが、あれは影とは言え創造神さまだ。勝算の根拠は他にもあるのかい?」
ソレイナはレグルスが、命惜しさや神の影の恐怖から言っているのではないことは承知している。
皆の不安を完全に取り除く為にあえて、皆が言いにくいことを言ってきてくれているのだ。
(援護はここまでだ。ま、お嬢のことだ、何かいい考えがあるのだろ?)
ソレイナはレグルスの考えを的確に読み取る。
何だかんだで、彼とは長い付き合いだ。
(ええ、十分な援護でしたわ)
「もちろんです! 皆の協力があれば儀式は必ず完遂いたします。今よりその方策を皆に授けます」
その内容は普通に聞くと、とんでもない内容であった。
ソレイナの策は創造神の影の力を更に強めることであったのだ。
「今回、影が何故降臨されたのか私は考えておりました。恐らく今回は御言葉だけではなくて”何かを成そう”としておられるのだと私は考えています」
その内容までは分からないが、降神戦争のおりにも降りられなかった神が降りられたのだ、何か成そうとしているのだとソレイナは考える。
故に本来の儀式での神圧から身を守り、儀式を進めるのではなく。
創造神の力を強め、儀式を円滑に手早く終わらせる。
この奇策がソレイナの選択であった。
ソレイナは策を考える際には、常・道・奇と三種の策を基本に考え、策を実行する。
常の策、いつもの様に儀式を進めても、中心になっているアリアを含めここに居る消耗した全員では、最後までは持たない。
道の策は儀式の中断だろうが、そうなると神託を受けるクラリオスが確実に死ぬ為に絶対論外である。
ならば奇の策で、先ほどの策しか選択肢が無いのが現状だった。
(ですが勝算は十分にありますわ!)
その根拠は創造神の影の挙動だ。
今はアリアと対峙し、影は神圧を発してアリアの聖歌の防御性能を検証しているかの様にソレイナは感じとる。
他人の挙動、内心を読むのはソレイナのもっとも得意とする能力であった。
あの影には意志があり、自らの成そうとしている行いにどれくらい力を出せばいいのか試しているのだろう。
(それならば)
ソレイナは脳内で、創造神の力を強化し儀式を手早く円滑に終わらせる詳細を一気に組み上げた。
「作戦の詳細を伝えます!」
ソレイナの策は、まず各自の適性から班を3つに分けた。
各々の能力、性格は儀式前に調べ記憶している為、問題なく短時間で振り分ける。
第一に自分が率いる班、これは魔法陣形を組み強化儀式において創造神を支援する班。
第二にアリアの守りの聖歌支援の為の、アリアほどではないが、聖歌隊の中でも高位の人材で組んだ班。
第三に第一、第二への遊撃班。
早速、組まれた班でソレイナは魔法陣形を組み魔法則を組む準備を行う。
魔法陣形は魔術を複数組み合わせ、個の方式の魔術を、群の方式として組み上げる技法だ。
例えば、ソレイナが《火球》の魔術を個人で使っても四方、十数メートルを火の海することしか出来ない。
魔術は力に上限があり、それを超えることは基本出来ないのである。
魔法陣形は複数の人員と魔術を複合させることによって、その上限を引き上げることができるのだ。
だが、それは容易なことではない。
魔術は個人で完結する技術だが、魔法陣形は複合数の法則を利用するので難度が恐ろしく高いのだ。
再び例を上げると、《火球》を魔法陣形で使用するには、1人は《発火》による法則を創り、また1人は《火変化》による法則、また1人は《念動》による法則、また1人は《爆裂》による法則も《空気》の法則も必要になり、それを陣形の人員の各個人から送られてくる術式を法式に組み上げる中心人物の転換の処理能力が、とても重要になってくるのである。
ソレイナは魔法陣形の中心から各員から届けられる術則を法式に転換させる。
この転換作業が一番難しい作業で、これには魔力も必要だがそれ以上に転換の頭脳が必須なのだ。
だが、ソレイナは難なく転換を行う、普段から書類仕事の暗算などを瞬読で行っているので特に苦はない。
ソレイナは魔法 《速度強化》を創造神に向け発動させる。
《速度強化》は《自己加速》の基本下位に属する魔術で、その能力は対象の器用さと速さを一時的に上昇させるものである。
本来は《自己加速》が最善ではあるのだがそれは魔術の性質によることがあるので、《速度強化》を選択したのだ。
《速度強化》は個体親和性の術式の為、対象が受け入れると判断すれば効果は発動する。
《自己加速》は空間変異性の術式である為に対象の抵抗力が高い場合無効化される可能性があるのだが、相手は創造神であり無効化される可能性が高いので《速度強化》が最善と判断したのだ。
(お願い、どうか上手くいってください……)
ソレイナは運を天に任せる……もとい、そこの影に任せる様に祈りを捧げた。
新しくブックマークされた方々、初めてのお読み頂いた皆様、稚拙な作品ですがお読み頂いただきありがとうございます。
続きをお持ち頂いた皆様も、投稿が遅くなり申し訳ございません。
先週時間が出来ると思ったら、色々トラブルの数々で遅くなりました。
気長にお待ち頂けたら幸いですが、どうか次回もよろしくお願いいたします。