24話:別れの夜 その3
変えた場所は最初に来た時に案内された談話室だった。
薪ストーブの火は消えており、部屋は冷気に満ちている。
アリアは部屋に常備されているストールを俺に渡してきた。
正直この寒い中での会話は堪えるものがあったので助かった。
俺と彼女は対面の椅子にそれぞれ座った。
「この施設には色々な境遇の子達が居ます。 両親を失った子、両親に捨てられた子、親が投獄され行き場の無くなった子、誘拐され救出されたものの帰る場所が分からない子」
「自己の世界での、先ほどのメリアの話しは覚えてらっしゃいますか?」
もちろんだ、先ほど聞いた話しを忘れるほど物覚えは悪いつもりはない。
スーパーで買い忘れは希にある程度だから大丈夫だ。
「ああ、覚えているよ」
「王妃様が暗殺され陛下による粛清が行われたと言う下りがありましたけど」
その言葉で俺は察した。
「まさかあの部屋の子達は」
アリアは沈痛な面持ちで
「はい。あの子達の両親は陛下に粛清された子達なんです」
―――国王
ガーネットオブメモリアルの舞台である、王国の国王。
ゲームにおいて《おでこちゃん》ルートのラスボスだ。
ゲームのシナリオ通りなら、現在、国の運営はヒロインの1人の《おでこちゃん》こと、《リューズ王太姫》と母方の祖父の宰相 《ロベルタ》が指揮を採っている状態だろう。
ゲーム本編で国王が何故居ないかは、リューズイベントを進めれば分かることなのだが、国王の破滅的な行いは正義感の強いリューズが到底我慢出来るものではなく、祖父の宰相と結託し国王は廃位された。
現在、その国王はある目的の為に暗躍している頃だろう。
「確か、大粛清は領民も殺される苛酷なものだと言っていたな」
メリアの説明では一族郎党、領民も皆殺にされたと言っていた。
「はい、大粛清が始まって暫くして、事態を重く見た教団が殺戮を止めるよう働きかけ、それにより軍に多数の離脱者が出る様になり大粛清は終わりました」
アリアの表情は暗い。
恐らく彼女自身も粛清の被害者である故だろう。
「それでも粛清そのものが終わることはありませんでした。国王を中心に一部の貴族達が集結し、《王の剣》と言われる派閥が出来上がり、そして彼らは国王を担ぎ、自らの敵対者に罪を被せ専横を行ったのです」
俺は驚いた。
ゲームにおいて国王は大粛清で廃位に追い込まれ、そのまま国外へと逃亡し、それで国政の混乱は終わりを迎えたようになっていたが……
ゲームとの違う歴史の流れで俺はシロの言葉を思い出す。
『人物の設定や施設などの背景などはおおむね一緒です。ただ、社会が形成されていますのでゲームとは違う部分もありますので、そこはご自分でご確認をお願いいたします』
ゲームキャラと人間の違いを俺は改めて知らされる。
ゲームの中で粛清が行われ、そこからこぼれ落ちた人たちや、そこから生まれ落ちた野心や思惑、憎しみなどを考えることはあるのだろうか?
無理だ。
それこそ、海外でテロや残酷な処刑などを聞き、想像は出来てもそれがどの様な野心や思惑、影響を与えそこからこぼれ落ちた人々のことなど考える人間は稀だろう。
人間は欲望の生き物だ。
そこに自身が成り上がる機会があれば、たとえそれが人道に反した行いであってもそれを手に取る人物は必ず現れる。
例え99人が忌避しても、1人は恐らくそれを手にして道具として99人の上に立とうとする。
それが人間だと、俺の人生はそう告げる。
しかし王の剣か……道具とかけて皮肉なものだ。
道具となったのは国王か、貴族かどちらか……
まあ、俺の知っている、あの国王なら道具になっているのは貴族か
「世情に疎い田舎者ですまないが、国王は現在どうなっているんだ」
ゲームと違う流れなので、それは確認しないとと思いアリアに聞いてみた。
「王太姫さまに廃位され現在の行方は不明となっていますが、噂では王の剣の貴族筆頭のフォレス侯爵の元に身を寄せているとか……」
(フォレス侯爵って誰?)
俺のゲーム知識にも、葛霧資料にもそんな名前は一切ない。
やはり、これは変更点か
「年代的にはユーノ達の両親は、その王の剣に粛清されたのか?」
アリアは頷き俺の言葉を肯定する。
「粛清されたと言っても、あの子達の親は何も悪いことなどしておりません。年長のアメルの親は釘や工具などを造る職人でしたし、年少のリコットの親は庭師です」
あんまりな内容に俺は絶句する。
「……一体どうして」
俺は頭の中が麻痺したかのような状態で何とか言葉を呟く。
「貴族に無礼を働き、王の剣の名誉を失墜させたから、と言うのが彼らの言い分でした」
俺の理解を超える理由で呆れるしかなかった。
「ユーノの両親は?」
俺のその言葉にアリアは一瞬逡巡し、俺の目を見つめてくる。
その仕草に俺は、酷く訳ありのようだと感じた。
「いや、訳ありならやっぱりいいよ。あまり首を突っ込むつもりもないから…… それに」
俺はアリアに告げる。
「何か俺に話があるんじゃないのか?」
俺のその言葉にアリアは真剣な表情で言ってきた。
「はい、実はトーヤくんにお願いがありまして、その…、あの…」
何か煮え切らない返答である。
彼女は意を決したかのように
「と、トーヤくんにお父さんになってもらいたいのです」
何を言い出すんだコイツは……
ロリコン紳士さんの「母になってくれるかもしれない少女たちだ」と言う言葉を連想した。
「アリアさんが父性に飢えているのは理解したが…… 同年代の男子に言う言葉ではないだろ」
むしろ告白のがしっくりくるな……されても断るけど
「ち、違います。私じゃなくて、ちょっとはそれもいいなとは思ったのですけど…… じゃ、なくてですね。 あの子達の親代わりをしてほしいのです」
「親代わり?」
俺はそれもどうかと思う。
「何で俺なんだ。ここが教団の施設の孤児院なら教団から専門の人間を派遣してもらうのが良いのじゃないか?」
教団の信徒でもない俺がそこまでする義理はないはずだ。
俺は正論を言っていると思い込み、胸に残る痛みの残渣を無視する。
「……トーヤくんが初めてなんですよ。あの子達だけでなく他の子達があんなに馴染んだ人は…… 気付きませんでしたか、子供の人数に対してこの施設に大人がメリアしか居ないことを…」
そう言えばそうだった。
食事の時に大人の姿はメリア以外1人として居なかった。
準備も後片付けも、幼年や障害のある子の世話も他の子供達がやっていたな。
心情的には力になってあげたいが、俺には目的がある。
いや、それだけではない。
ここで、安易に安請け合いするのは無責任なことでもあるだろう。
「悪いが力にはなれない。俺にも目的があるから」
俺のその言葉にアリアは驚いたような顔をする。
まさか、断られるとは思っていなかったのか……
「……そ、そうですか残念です。トーヤくんが力を貸してくれれば心強かったのですが…… でしたら、時々で構いません子供達の相手をしていただけませんでしょうか、お願いします」
俺は困った。
彼女が子供達を案じて俺に協力して欲しいと頼むのは分かる。
今はまだ良いが、恐らくいつか子供達は大人と混じって生きていかなければならないだろう。
だが子供だけで生活し、社会に出て大人と接することが難しいと、生きて行くのは結構難しい。
既に大人と混じって暮らしているアリアだからその苦労を理解出来るのだろう。
普通そういうのは両親や、こういう施設なら職員の大人達を見て学ぶのだろうが……
アリアの言から察するに、今までも教団から支援の人は来ていたのだろうが、子供達がそれを拒んだのだろう。
思惑は色々だろうけど、一番は子供達の大人への不信感と未知への恐怖だろうな。
「俺は無責任なことを言いたくないから、はっきり言うよ」
「俺は君みたいに身を粉にして、この施設を子供を守る気はない」
俺のその冷たい言葉に彼女は酷く落胆した表情をする。
側で成り行きを見守っていたティコも、俺の突き放す冷たい言に眉をひそめる。
「正直、俺がこの施設の維持に手を貸した所で遠からず破綻する、だから、今必要なのは如何にして大人達の助けを受け入れてもらえるか考えよう、それなら俺は手を貸すよ」
俺が、この施設に力を尽くそうが素人の俺では何の解決にもならない。
だが如何に問題を解決するか考えることは出来る。
「アリア……大切なものの為に力を尽くそうとするその姿勢は素晴らしいことだと思うよ、でも、がむしゃらに頑張るだけが皆を守ることではないんだ…… 分かるか?」
アリアは静かに頷いた。
何かとても驚いた様な表情だったが……
正直アリアに関わるのは俺の目的に反することだが、袖振り合うのも多少の縁だし、まあ命を助けてもらった礼もあるからな。
命の恩人が助けを求めているのを、自分の都合で突き放すほど俺は破綻していないと思う。
「でも、考えることは出来ても俺1人では、何をやっても絵空事で終わるだろうから、アリアも一緒に手を貸してほしい」
「頼りにさせてもらうぞ」
俺はアリアに手を差し出す。
もちろん、ビジネスライクな握手だ。
「……ありがとう……トーヤ……」
アリアは俺の手を取り、握り返してくるのかと思いきや……
俺の腕を抱きしめるように、包んできた。
俺は思わぬ反応で、手引っ込めそうになったが
俺の手に何か温かい液状のものが掛かり、俺は動きを止めてしまった。
アリアは泣いていた。
嗚咽を上げ、子供のように……
その今まで堪えていた痛々しい心をさらけ出す姿に俺は思わず、彼女の頭を優しく撫でる。
―――大切な我が子をあやすように
―――優しく、暖かな心を込めて
―――ゆっくりと
ほどほどに撫でたあと、アリアは泣き止み静かになった。
俺はアリアの頭を撫でるのを止めたが……
「ひっく……ひっく……」
また、泣き始める。
何かデジャブが……
とりあえずまた撫でる。
静かになる。
止める。
泣きはじめる。
おい……
「嘘泣き止めい! いい歳してユーノの真似するんじゃない」
アリアは顔を上げて、イタズラっぽい笑顔をする。
俺じゃなかったら、一発で相手を恋に落としそうな、凶器な笑みを浮かべる。
「あ、分かっちゃいました?」
当たり前だ。
「私のお父さんはトーヤくんみたいな人だったのかな? お父さんのことは何にも知らないはずなのに、何だかとても懐かしい感じがしたの……」
ジーク・ヴァル公爵か……
アリアの実父で、大粛清で命を落とした犠牲者の1人。
本編ではアリアルートとリューズルートで少し名前が出た程度であり。
葛霧資料では、民と共に生きようとした愚者と書いてあった。
ひねくれ者の葛霧さんとしては愚者だったろうな……
だから、褒め言葉だな。
大切な者達の為に、必死に生きた人だったのだろう。
子供達の為に頑張るアリアと、何か被る気がした。
母親似かなとも思ったのだけど、大切な者の為に頑張る所は案外、父親に似たのかもと思う。
「公爵はアリアの中に生きている気がするよ」
アリアは不思議そうな表情をする。
「俺の知り合いが公爵のことを知っていて、まあ随分なひねくれ者なんだけど、こう言っていたよ ”民と共に生きようとした愚者”だって」
俺のその言葉にアリアは不機嫌になる。
「ヒドイです! お、お父さんが愚者って、それに私の中に生きているって、私も愚者ということですか!」
まあ、怒るのが普通だな。
「まあ、あの人が人を誉める時は善行を愚かと評して、悪行を人間らしい!とする様な人だったらしいから……」
俺は以前、サブスケさんに聞いた葛霧さんの人となりを思い出して言った。
「俺は良い人だったのだと思うよ、今のアリアみたいに大切な人の為に一生懸命頑張る人だったのじゃないかな? 実直なシスターメリアが仕えていたんだ、そんな気がするよ」
アリアは不機嫌そうな顔を一変させクスリと笑い、笑顔になる。
コロコロ表情がよく変わる奴だなと思う。
「その人と、同じひねくれ者のトーヤくんが言うのなら、そうなのかも知れませんね」
さらりと酷いことを……
「俺ってそんなに捻くれているのかな……?」
「うん、トーヤから捻くれを取ったら何にも残らないくらい」
「そうですね、性根が横に曲がっているような感じですね」
ティコまで…… 二人揃って酷い言い草だ。
「ありがとう、トーヤくん」
アリアは晴れやかな表情で俺に礼を言う。
「礼はまだ早いぞ、礼はコトが全て上手く行ってからだぞ」
俺の言葉にアリアは被りを振り「違うよ」と付け加える。
『死者はもう何も思わない、だけど自分の中に、他者の中に生かすことはできる。 俺がじいさんから聞いた話しは、その命が本当に死ぬ時は、誰からも忘れ去られた時だと言っていたよ』
「トーヤくんが言っていた通り、今この瞬間はお父さんが帰って来た様な気がするの、だからその御礼ですよ」
俺は「そうか…」と一言返す。
俺は自身の意思が受け継がれることが、こんな気持になるとは知らなかった。
言葉には言い表せられない気分だ。
じいさんも、親父もこんな気持ちを抱いて意思を自分の子に伝えたと思うと、その気持ちを俺はようやく理解出来たと言うことか
(やれやれ、俺も歳を喰ったものだな……)
「えへへ♪」
いきなり様子を見守っていたティコが笑顔になる。
「いきなりどうした、何か楽しいことでもあったのか」
ティコは優しい表情で
「トーヤ今、すっごく優しい表情していたよ、弟の成長を感じられる姉の気持ちをしみじみと感じているのだよ」
「ティコちゃんの様なお姉さんが居て、トーヤくんが羨ましいです」
な、何か二人の仲が随分いい様な、それにティコちゃんって……
「アリア……教団の侍祭が精霊女王に対して”ちゃん付け ”はいいのか?」
俺のツッコミに対して、ティコは少し不機嫌な表情で
「いいんだよ、ボクとアリアはもう友達なんだから、それよりもトーヤもやっとアリアを”さん付け ”しなくなったのだから、もう友達じゃない」
あ……そう言えばさっき、つい呼び捨てで言ってしまった。
一線を引くつもりで、さん付けで呼んでいたのに、これは不味い。
「いや、特に他意はないぞ、アリアのことなんて何とも思って無いんだからね、勘違いするなよ。バカァ……」
言ってから思い出したが、これってツンデレさんなセリフだったな。
逆効果かなと思ったが
「トーヤくん酷いです、さっきはあんなに優しかったのに、飽きたらもう私を見捨てるのですね! クスン… クスン…」
効果はバツグンだ。
だが……
「トーヤ…… 君がそんな酷い子だとはボクは思わなかったよ、これはお仕置きが必要だね」
(どうしてこうなった)
俺は、この話題を逸らすことにする。
「そう言えばシスターメリアの帰りが遅いな、何やっているだろうなー」
超棒読みで言う。
だが、俺のその苦し紛れの言葉にアリアとティコが真剣な表情になる。
「そう言えば遅いね」
アリアもそれには同意する。
「はい、別れた橋から私の寮までは数分の距離ですので、寮の管理者と話をつけて帰るまで、それほど時間は掛からないはずですけど」
シスターメリアは夜半時に帰って来た。
俺とティコは疲れておりメリアが帰るまでには寝てしまった。
アリアから翌朝聞いたが、帰って来たシスターメリアの表情は何か優れない感じだったそうだ。
仕事の都合で投稿が不定期になり申し訳ありません。
久しぶりにお休みを頂けたので、一気に書いてみましたので、表現の変な所や誤字など大目に見てくださることをお願いします。
久しぶりのチェックで5500PVも行っているのには驚きました。
ご愛読頂けることをありがたく噛み締めております。
暫くの間、投稿のペースは遅くなりますが、これからもよろしくお願いします。




