23話:別れの夜 その2
外の雪は止んだようだ。
多くの音は雪が呑み込み、静寂の支配する世界へと変わって行った。
今、この狭い世界は哀しみに満ちている。
だが、俺はそれが悪しきことだとは思わない。
時の流れは残酷である。
栄枯盛衰、どんなものでもいずれは終わる。
そう、その命さえも
だが、愛する者達に看送られる失われる命は不幸なのか……
「俺の家に住んでいた犬の話しをしようか」
俺はポツリと呟く。
ユーノも首を縦に振り、是の返事を行う。
「俺が4歳の頃、近所で犬を飼っている人が居たんだ。 その犬の子供の中に居た子犬 ”チロ ”は、その中の一頭だった」
俺はその頃を思い出す様に言葉を発した。
「最初チロは臆病な性格で、家から決して出ようとしなかった。犬は散歩が好きだと言うのにな……」
「10ヶ月くらいになった頃かな、一緒に散歩に行きたかった俺は、チロをリュックに入れ抱えて近所の丘に出掛けたんだ。 俺は苦労して丘の頂上に着いたのだけど、そうしたらチロの奴、丘の上で元気にはしゃいでいたよ」
今思い返しても現金な奴だなと思う。
ユーノもクスリと笑う。
俺は気を良くし、チロとの想い出を次々と語って言った。
そして最後に……
「俺は最後にお別れは言えなかった。それだけは心残りかな」
俺は数秒の沈黙のあと
「ありがとう最後にまで聞いてくれて」
ユーノにお礼を言った。
「……? どうして、お兄ちゃんがお礼を言うの、お話ししてくれたお礼は私が……」
俺は静かに頭を振った。
「いや、お礼を言うのは俺だよ」
俺はユーノの瞳を優しく見つめ、伝えるべきことを伝える。
「君が話しを聞いてくれたから、俺の中のチロが甦ったんだ」
ユーノはキョトンとした表情になる。
「死者が本当に死んだ時は、誰からも忘れ去られた時なんだそうだ。 君がチロの話しを聞いてくれたから、今この時だけは生き返ったんだよ」
これは親父の受け売りだ。
チロが死んだ悲しさで塞ぎ混んだ俺に、親父は多くの色々なことを話した。
『死者はもう何も思わない、だけど自分の中に、他者の中に生かすことはできる。 俺がじいさんから聞いた話しは、その命が本当に死ぬ時は、誰からも忘れ去られた時だと言っていたよ』
俺は彼女の側にあるバスケットに目線を向け
「だから話して欲しい…… リンクスのことを…… この子が君や俺の中に生きて居られる様に」
俺の言葉で背後に気配がした。
ユーノの同室の子供達だ。
うるさかくて眠りを妨げてしまったかなと思ったが、そうではないみたいだ。
「ユーノ、わたしにも話してリンクスのことを」
その一言で、ユーノの瞳が潤み始める。
「わたちも、りんくすのことだいすきだったもん、ずっといてほしい」
一番年少の娘だろう、純粋なその思いはとても素晴らしいことのように思える。
ユーノの瞳から涙が溢れる。
だが、その涙は悲しみの涙ではない。
彼女の心の中は分からないが、それはこの子にとって大切な涙だと俺は思った。
最後のもう1人の同室の子、恐らく一番年長者だろう。
「ユーノがリンクスを大切な家族と思っているのは知っているよ。だけど私にとってもユーノとリンクスは家族なんだよ。 だから話そう…… おっちゃんが言うようにリンクスが私達の中で生きて行けるように」
おっちゃんは、ちょっとショックだった。
一応はお兄さんのつもりなんだけどな。
そして、俺たちはリンクスの話しをする。
色々な話をした。
俺はこの子達の優しさが、いつまでもあり続けていられる様に願わずにはいられなかった。
話しは終わった。
子供達は、既に夢の中だ。
俺は彼女達を起こさぬように、そっと部屋を出ようとした。
「……ニャーオ」
バスケットからリンクスが頭を出し、俺をじっと見つめてくる。
俺はリンクスと目線を合わせる。
リンクスは俺に何か訴えかけるように見つめてきたあと、興味を無くしたかのように寝床のバスケットに戻る。
(あっちで、あいつに会うことがあったらよろしくな)
リンクスが俺に何を言いたかったのかは分からないが、安らかな最後を願わずにはいられなかった。
部屋を出た扉の前にティコとアリアが居た。
寒い廊下で一体どうしたと思ったが
「トーヤくん、ユーノや皆の為にありがとうございます」
お礼を言ってきた。
「トーヤも大人になったもんだ」
ティコさん、誤解を招く発言はやめて。
「何だ話を聞いていたのか、それなら入って一緒に話せば良かったのに」
アリアは横にゆっくりとかぶりをふり
「いえ、ここは ”お父さん" にお任せしようかと思いまして」
俺は「何言っているんだこいつ」って表情をする。
「お父さんって、俺は彼女達の親じゃないぞ」
ついでにお前の旦那でもない。
何血迷っているんだコイツは……
「あら、あれだけ慕われて育児放棄ですか?」
アリアが何てことでしょうと言う表情で言ってくる。
「からかうのも……」
俺は窘めようととしたが
アリアは真剣な表情になり
「ここの部屋の子達は少し複雑な境遇の子達なんです」
俺は続きを告げられなかった。
何やら事情がありそうなので、廊下でする話ではないと判断しそれを彼女に告げた。
「場所を変よう」




