21話:聖人アリア その10 エンディング
コーウェンが消滅したと同時に、自己の世界はその役目を終えたかのように消えていった。
空から白いもの……雪が降り落ちる。
そこは、最後に立ち止まって話した橋の上だ。
周囲には、自己の世界から帰還した4人しか居ない。
ここは修道区で、夜間は人通りがほとんどないのが幸いした。
教団の信仰する精霊女王と、衣類が血まみれになっているトーヤが他人の目に触れれば大騒ぎになるからだ。
治癒の手応えを感じたアリアは、トーヤの様子を確認する。
顔色はとても健康そうな状態になっており、暢気に寝息を立てていた。
ティコはトーヤの具合を確認しようと、慌てて駆け寄って来た。
近付いてくる精霊女王を間近で見たアリアは、その美貌にハッとする。
精霊女王は数々の聖像や宗教画で美しく描かれているが、今この場に居る精霊女王は宗教画で観るよりも美しく、命の活力に満ち溢れた感嘆する美に溢れていた。
「トーヤ! 助かってよかった!よかったよ~」
無事を確認した精霊女王は、瞳に涙を浮かべ喜びの表情でトーヤの頭を自分の豊かな山に抱き抱えた。
その衝撃でトーヤは目を覚ましたのだろう。
「むぐ!うごごごご……」
あてて、もとい埋めてんのよ状態で、トーヤはお山で窒息状態になっていた。
「あ、あの……精霊女王さま。もうそのくらいで、トーヤくん窒息してしまいますよ」
「あ、ご、ごめんトーヤ。」
慌てて精霊女王はトーヤを解放する。
「はぁ!はぁ!はぁ!…… て、天国に召されるかと思ったぞ」
実際苦しくもあったが、とても良い感触で天国だったとは、内緒にしておこうと思ことにした。
俺が意識を失っていた間に起こった状況を、簡単に説明を受けた。
話を聞いた俺は刺された箇所を確認する。
刺された直後のことは憶えているが、その後の記憶がない為だ。
傷は完全に塞がっていた。
まさに刺されたのは幻覚だったのかというくらいにだ。
だが、衣類に染み込んだ多量の血液が、刺されたのは現実だと教えてくる。
寒さもあるが、別の理由で俺の背筋が震える。
人は簡単に死ぬということだ。
ティコ、アリア、メリアが居なかったら、俺はこの世界では死ぬことになっていたのだ。
まあ死んだ所で現世に帰るだけだが、死ぬほど痛いのは勘弁だし、まだ異世界1日目なのに死んでたまるかとも思う。
「あ、えっとね。トーヤ…… そのね」
精霊女王が不安そうな表情で、しもどもどろに何か言ってくる。
まあ、何が言いたいかは分かっているので、俺は彼女が欲しいであろう言葉を言う。
「俺が寝ている間、その姿になるということは、大変だったみたいだな ”ティコ"ありがとう。 誰かの目に止まったら大騒ぎになるだろうから、いつもの姿に戻ってくれないか」
俺のその言葉に精霊女王は満面の笑顔になった。
花開いた愛らしさに満ち溢れた、その笑顔は喜びに満ち溢れ、不安など一切ないようだった。
彼女は不安だったのだろう。
自分の正体を知った、俺の態度が変わってしまうのが……
彼女に感謝をしているのなら、普段通りに接して上げるのが一番だ。
まあ、元よりそのつもりだが。
アリアを見てみると、精霊女王の笑顔で頬を染めていた。
え、笑顔だけで同性すら落とすとは……ティコ……
恐ろしい子!!
蝿のようにうるさいテンプテーションすら、同性には効かなかったのに!
いつもの妖精の姿に戻ったティコは軽くストレッチを行う。
「うーん。久しぶりに暴れたら、いい運動になったよ♪」
怖いこと言うな。
アリアはアリアで、頬を染めていたかと思えば、今度は妖精姿のティコを見て表情をキラキラさせてきた。
忙しい娘だな。
「……か、かわいい」
アリアは我慢出来なかったのだろう。
本来なら崇拝と敬愛を捧げなければならない精霊女王に『可愛い』はないと思う。
「聞いた?トーヤ、ボクはカワイイんだよ」
まあ、可愛いのは認めるが……ん?
「何でティコの姿がアリアに見えているんだ? 俺にしか見ないのでは」
俺は疑問に思ったので聞いてみた。
「ボクの姿隠しは一度見破られると、同じ人には掛からないんだよ」
つまり、精霊女王の状態で姿を見られたからアリアとメリアにはティコの姿隠しが効かないのか。
「姿を隠したまま戦うことは出来ないのか?」
実際消えたまま戦闘が行えたら最強かと思われたが……
「戦いながら、姿隠しはさすがに無理だよ。そこまで便利なものではないから、それよりさあ…」
ティコは呆れた表情をし
「君は驚かないんだね。ボクのあの姿を見て、あと妙に色々くわしいし」
俺はティコから目を背ける。
必死だったとは言え正直、またやってしまったと思った。
「精霊女王さま、アリア、坊主。雪が強くなってきたので話の続きは場所を移動しませんか」
メリアが良いタイミングで声を掛けてくる。
ティコには隠し通せないだろうから、ちゃんと話そうかと思うが、アリアには話すのは少し躊躇われた。
黒の少女攻略の為には、あまり関わるのは良くないからな。
俺、ティコ、アリアは孤児院に戻ることにした。
アリアはメリアと話がしたいとのことなので、今晩は孤児院に泊まることにしたそうだ。
メリアはアリアが外泊する旨を寮に伝えることになった。
無断外泊は禁止だし、当日の申告は了解を得にくい為、教団に顔が利くメリアが伝えに行くのが最適である為だ。
俺とアリアは歩幅を合わせ一つの傘で並んで、孤児院への道を戻るように歩いていた。
どうしてこんなことに……
これには一悶着があり、結局こうするしかなかったので俺は頭を抱えるしかなかった。
おのれアリアめ!
メリアがアリアの寮に向かい、俺とアリアとティコは孤児院へと向かうことになった。
俺は側に落ちていた子供用の傘を拾い傘を差す。
小さめのため頭ぐらいしか雪を防げないが、無いよりマシである。
「トーヤくん。この傘なら二人でも、その傘よりは雪が防げるから、一緒に入って帰りましょう」
俺は冗談じゃない!!と心で叫ぶ。
下手に親しくすると好感度が……って
今なんつった!
(トーヤくんだと!)
確かアリアが主人公をくん付けで呼ぶのは、立ち絵変更後…つまり
アリアルートにすでに腰まで使って、もとい浸かっている状態になっている!
これじゃ沼…… 今のアリアはフラグ喰いの沼だよこいつは……
つーか、俺は彼女に好かれることなんて何したっけ?
むしろ暴言吐きまくったから、嫌われるはずだろ!
しかも出会ってまだ数時間でルートに入るって、何のクソゲーだよ。
きょうびのヤリゲーでも、もっと時間かけるぞ!!
意味が分からなかった。
俺はアリアにカウンターを喰らわせることにする。
「一緒に傘に入って噂とかされるのは恥ずかしいし…」
みたか、これが相手の心を砕く、古の強者共を仕留めてきた女々しき野郎共の一撃よ!
これならいくら、フラグ喰らいでも
「トーヤくん。衣類が血で濡れた状態で、雪を被ったままでは風邪引くよ。 それに、トーヤくんが風邪を引いたら、私、心配になって看病に行くけど」
(看病……看病イベントは不味い!!)
アリアルートの看病イベント……
それは大人への階段を爆走するようなイベントだ。
(ぜ、絶対それだけは阻止しなければならない)
このまま、果てしない大人の階段を登っては、黒の少女攻略が未完になってしまう。
選択の余地のなかった俺は、アリアと相合傘で孤児院まで”仕方なく”帰ることにした。
俺は血まみれなので、誰かに咎められるとやっかいだと思ったが、雪が強く夜も遅くなってきていたので、周辺には誰も居なくて幸いだった。
俺は傘をアリアの方に面積を多く譲る。
母さんの訓令『女の子には優しくしなさい』をつい実行してしまう。
男女平等は理解しているのだが、ついやってしまうのは俺ってつくづく古い人間だなって思う。
アリアは俺のさりげない親切のせいなのか、寒さのせいなのか頬を僅かに染める。
寒さのせいだな、断言しよう。
「ヒューヒュー、お二人さん仲がいいね~」
ティコさん止めて、俺のHPはもうゼロよ。
取り敢えず俺は道歩きながらアリアに聞いて見ることにした。
「ところで、何で”くん”付けで呼ぶんだ? それと態度がその……随分と柔らかくなったような」
アリアは何処か申し訳なさそうな表情をし
「私には似合いませんか、お恥ずかしい話ですが、今まで私は人に好かれようと無意識に仮面を着けてきました。でもその結果が”聖人”を育ててしまったのだと思っています」
彼女は表情は申し訳なさそうだが、その瞳は意志を秘め真っ直ぐな力強さを感じる。
「だからもう仮面に頼るのは辞めにすることにしました。それに思い出したの……子供の頃の私はあんな風に笑っていたのだなって、そう思うと恥ずかしくなってしまって……」
「俺も着けているし、仮面なんて誰しも着けているさ。 でも、アリアの年代の子はあまり被るものではないな」
アリアが俺に視線を向ける。
俺もアリアに目を合わせて伝えることにした。
いわゆるおっさんのお節介だ。
「今は素直にどう生きて行きたいか、ゆっくり考えればいいさ。どうせ大人になったら嫌でも仮面を被らないといけなのだから、今はほどほどにするのがいいかな」
俺のその言葉を聞いてアリアはクスリと笑う。
な、何か可笑しいこと言ったかと思ったが
「私くらいの年代って、トーヤくんも私と同い年じゃないですか。それに、何か凄くおじさんくさい説教ですよ」
そう言ってアリアは笑い始めた。
可笑しいことを言ってしまった。
俺は自分の肉体の年齢を忘れていた。
(そうだったな。俺は15歳だったんだ)
正直さっきの言葉を思い返すと、何か人生を相応に歩んで来た人だな。
「トーヤくんって、良いお父さんになれるよ。私が保証する」
嫌みか、お父さん所か童○卒業すらまだなのに……
「で? くん付けの理由は」
彼女は軽く片目を閉じ、人差し指を自分の唇に当てた。
いわゆる、秘密の身振りだろう。
春に降った雪は止む様子もなくシンシンと降り続いていた。
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