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20話:聖人アリア その9

 老人は眠っていた。


 それは短くも長い眠りであったが老人は自らの誓いの為に目を覚ます。


 側の木の洞の中では幼き少女が泣いていた。


 老人はその涙に心を痛める。


 大切な母の涙だ。


 心を痛めぬ道理はない。


 母の願いは、大切な人の笑顔の為に、この世界に留まること。


 母の願いの為に障害を排除しなければならない。


 老人は仮面と一振の短剣を手に向かう。


 幼き少女の願いを守る為に……






 アリアに続き、トーヤまで倒れた。


 だが、アリアは自身の過去の自己の世界(ファンタズマゴリア)に向かっただけなので、そこまでの危険はない。


 トーヤは突如現れた、仮面を着けた枯れ枝のような老人に刺され崩れ落ちたのだ。


「トーヤ!!い、嫌だよ!死んじゃ嫌だよ!!トーヤ!!」


 ティコはトーヤを揺するが返事がない。


 床にトーヤの血が広がるように流れる。


 その光景を見てティコの心中は、床に広がる血の如く、赤く染まっていくように塗りつぶされていく。


(トーヤが死ぬ……トーヤが死ぬ……トーヤが死ぬ……トーヤが死ぬ……トーヤが死ぬ……)



 そして、ティコの手にはトーヤの血がべったりと付着していた。



 ――ボクはまた1人になるの




 仮面の老人は短剣を構え


「我が母の願いを遮るものを除く」


 トーヤに止めを刺そうとする。


「ま、まずい!!」


 いきなりのことで、反応が遅れたメリアだが仮面の老人の凶行を止めるべく行動を起こそうとした。



 だが……



「ボクが二度も許すと思うのかい」


 仮面の老人は突如現れた《光弾》に吹き飛ばされる。


 メリアには訳が分からなった。


 仮面の老人が坊主に止めを刺そうとしたところで、突如謎の光に吹き飛ばされたのだ。


 トーヤの側に光が舞う。


 そこに1人の人物いや……


 世界の守護者が舞い降りる。



 ――精霊女王(アリアンロッド)ティコ



 ティコはその仮の姿から、本来の姿へとその身を現した。


 メリアの頭の中は真っ白になった。


 いきなり現れた仮面の老人にも驚いたが、それ以上に1人の豪奢なドレスと光を纏った女性、精霊女王(アリアンロッド)がこの場に現れたことに頭の中が真っ白になった。


 精霊女王(アリアンロッド)は創造神と並ぶ教団の信仰対象であり、信徒であるならば毎日祈りと敬愛を捧げる対象であるのだ。


 メリアは相手が大司教や王であっても物怖じはしないであろうが、まさか自分が信仰する対象が目の前に現れて、流石に膝を着かずにいられなかった。


「今はそんなことをしている場合じゃないよ。メリア」


 儀礼の挨拶を行おうとするメリアをティコは止める。


 そして、吹き飛ばされた仮面の老人は恐るべき速度、恐らく音速に匹敵する速度でティコに迫り短剣を突き立てようとする。


 だが……



 短剣の突きをティコは右手の人指し指で止めた。



(な!今の動きの攻撃を何の苦もなく止めるとは!)


 仮面の老人の動きはメリアをもってしても侮りがたい動きであり、対処は出来るだろうが、ティコのように指一本で止めるなど絶対に不可能である。


 仮面の老人もまさか指一本で止められるとは思いもしなかったのだろう。


 それは致命的な隙となった。


 ティコの左腕から放たれた、左ストレートの拳が仮面に吸い込まれる。


 ズドン!!と砲弾が直撃したかのような空気が震える轟音を立てて、仮面の老人はまた吹っ飛ばされていった。


「次は右ストレートでぶっとばすからね!」


 メリアはあまりにも教団のイメージしている、精霊女王(アリアンロッド)像とかけ離れていたので、ボーゼンとした。


(え? この方は精霊女王(アリアンロッド)様で……間違いないね。な、何か教団の話しと全然違うのだけど……)


 メリアが今まで聞いていた精霊女王アリアンロッド像は、その姿、優麗にして可憐、慈悲深く、世界の守り手たる守護者であると言うのが教団の常識であったが……


 とてもそうには見えなかった。




「メリア、トーヤの傷の治療は出来る?」


 ティコはメリアに傷の治療が出来るか問いた。


 本来であればティコが治せればよかったのだが、ティコの精霊としての力は強すぎるのでトーヤの肉体を逆に傷つける恐れがあったので治せなかったのだ。


「はっ、申し訳ありませんが治癒のポーションは今手元にはありません。 魔術は、その手の才能がなかったのか、血止めの魔術くらいしか使えませぬ」


 ヒルダのことがあってから、彼女は治癒系の魔術の習得を必死に行ったが才能が無いのか、血止めの魔術がせいぜいだったのだ。


「では、それでトーヤの血止めをお願い。あとはアリアが帰ってくるまで待つしかないかな」


 アリアの聖歌呪法なら、これだけの重症であっても治すことが出来るだろう。


(アリアお願い、早く帰って来て)


 メリアはティコの願い通りに、トーヤに血止めの魔術を施す。


 どうやら、魔術を掛け続けないといけないらしくて、メリアはトーヤに掛りきりになる。


 仮面……いや、ティコの左ストレートで破壊された為、そこには仮面はなかった。


 老人はその素顔を晒しながら、ティコ達が居る所へ緩慢ではあるが無駄のない動きで迫って来た。


 メリアはその顔を見てその男の名を呟いた。


「コ、コーウェン!お前は死んだはずじゃ!?」



 仮面の老人 ――コーウェンは短剣を構え。



「我が母の願い、何人(なんびと)にも邪魔はさせぬ」



 だが治療の邪魔はさせないと、そこに断崖絶壁が立ちはだかる。



「トーヤを傷つけた報いは、万倍にして返してあげるよ!!」


 二者の戦いの火蓋はここに切って落とされたのだった。







 アリアは林の中に居た。


 この林には記憶がある。


 王都から少し外れた場所にある植林用の雑木林だ。


 ここは魔物もおらず、国によって厳重に管理されていたので、大人達の目の届かない場所は子供達の遊び場だったのだ。


 幼少の頃アリアは、何か辛いことがあると決まって、自分だけの場所の大きな木の洞に籠もっていたのだ。


 自分の子供の頃を思い出しアリアは、自分の場所たるその木の場所に向かった。



 木は見つかりその(うろ)に1人の幼女、4歳の小さなアリアがそこに膝を抱えて泣いていた。



 アリアはあの頃を思い出す。


 メリアから親ではないと告げられ、膝をかしずかれ、私が「お母さん」と言う度に辛そうな顔をする彼女を見て自身でその言葉を封印しようと、自分に言い聞かせていたのだ。


 でも、お母さんはお母さんじゃないと自分に言い聞かせる度に、小さなアリアはその瞳に涙を浮かべていた。


 この子は愛する母の為に必死で自分の心を殺したのだ。


 この頃の小さなアリアを客観的に見ると、アリアの心は見ていられなく苦しさを覚える。


 この小さなアリアは自分が殺した()()()()()だからだ。



「こんにちは」


 アリアは優しく小さなアリアに声をかける。


「お姉ちゃんだれ?」


 小さなアリアはアリアを見上げ問いてきた。


「私はアリア……未来の貴方よ」


 顔も無いし、普通ならばおかしい人だと思われるのだろうが、そこはアリアの人柄だろう。


「お姉ちゃんは、わたしなの?」


 なんと、小さなアリアは信じたようだ。


 むしろ、小さなアリアの直感がそれを知らせたか……



「ねえ、お歌を聞かせてくれないかな」



 アリアは不躾に小さなアリアにお願いをした。


「いまは、歌いたくない」


 小さなアリアは首を振り嫌がった。


 恐らくそんな気分ではないのであろう。


「私は今、口が無くなっちゃったから歌えないんだ。だから聞きたいの貴方の歌を……私の大好きだった。お母さんに歌うはずだった歌を……」


 あの出来事の直前に作ったお母さんへの感謝の歌、それを歌う前にあんなことになってしまって、結局歌われずに閉じ込めた歌だ。


 アリアは無性にそれが聞きたかった。


 そして、この子に歌って欲しかったのだ。


 あの頃、歌えなかった私の代わりに……


 アリアの懸命なお願いに折れたのだろう。小さなアリアはゆっくりと歌を歌いだす。


 技術などはない。


 ただ大切な想いを表しただけの歌。



 アリアの”(ひとみ) ”から涙が流れ落ちた。



 歌が終わって、アリアは小さなアリアを抱きしめ


 その”(くち) ”で優しく言った。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ずっと1人にして…… 一緒に帰ろう小さな私、お母さんの所に」


 お母さんと言う単語に、小さなアリアはビクッと一瞬震える。


 拒絶されるのが怖いのだろう。


 だけど……


「大丈夫だよ。お母さんは解ってくれたから、私()の大切なお母さんなんだから」


「私()はもう1人じゃないのだから」


 アリアのその言葉で、小さなアリアは笑顔を浮かべ、過去の自己世界ファンタズマゴリアは失われた。


 その役目を終えたかのように……








 戦いは圧倒的な状態で進められていた。


 コーウェンは恐らく暗殺技系のスキルだろう。


 ティコの知覚を欺く様に、死角からの攻撃を執拗に繰り返す。


 更には空間転移を織り交ぜ、通常の人間では知覚できぬほどの高速の斬撃を繰り出す。



 だが……



 それらの攻撃はティコはドレスすら掠らせることはなかった。


 それ処か、それらの攻撃を最低限の動きのみで躱しており、その実力差は圧倒的であった。


 高速の動きが鈍り、コーウェンに隙が見える。


 あれだけの動きを人間の身で行えば自明の理だ。


 ティコはその隙を見逃さなった。


 ティコは瞬間転移を行い、コーウェンの頭上に現れる。


 ティコの姿を見失ったコーウェンは一瞬戸惑いを見せ、頭上にいることにすぐ気づく。


 だが、()()()()()では遅すぎた。


「やあああ!!!」


 ティコは空中で蜻蛉(とんぼ)を切り、一節の気合を入れ、コーウェンの脳天に踵落としを決めた。


 その一撃をまともに受けたコーウェンは地面にクレーターを造りめり込む。


 頭が砕けなかったのが不思議なくらいの衝撃だったろう。


 コーウェンはピクリとも動かなくなったが……


 歌が聞こえる。


 それはコーウェンの口から流れ出ていた。


 コーウェンはダメージを受けていないかのような状態で、様子を伺っていたティコに再び襲いかかった。


「アリアの聖歌呪法が使えるなんて、一体この人どういう存在なの!」


 ティコは驚きを隠せなかった。


 ティコに”とっては ”だが、相手の実力は大したことはない。


 だが、この老人はアリアの声で聖歌呪法を使うことが出来るのだ。


 回復、戦闘不能蘇生、身体強化、知覚強化、攻刃強化、防御強化、祝福、限界突破……など、ありとあらゆる強化を施しティコに食い下がってきているのだ。


 本来であれば、瞬殺も可能な相手だが、聖歌呪法の強化で思わぬ苦戦を強いられていた。


 ティコの戦闘スタイルは本来は、遠距離砲撃が主流で近接戦は不得手であった。


 砲戦を行えば簡単に勝てるだろうが、このアリアの自己の世界(ファンタズマゴリア)を含めて、王都ごと吹き飛ばしかねないのだ。


 再び、音速の如き速度でコーウェンはティコに攻撃を仕掛けてくる。


「いくら音速の動きが出来たって」


 コーウェンはフェイントのつもりだろう。


 ティコに迫る直前で空間転移を行い。


 ティコの真上に逆さ落としの攻撃を加えてきた。


()った)


 コーウェンは己の勝ちを確信する。


 だが、コーウェンの知覚を超える速度でティコは上へと上がり、タイミングを合わせてコーウェンの首に延髄蹴りを放った。



 ゴキュ!



 コーウェンは首から妙な音をさせて、ボールのように吹っ飛ばされる。


 トーヤがこの場を見ていたならこう言っただろう。

「サッカーやろうぜー、お前ボールなー」と


 戦いは一進一退?を繰り返すことになっていた。







「不味いね。これは」


 血止めの魔術を施していたメリアはトーヤの顔色を見て、とても危険な状態だと察知する。


 血止めの魔術は多量の出血をある程度抑える魔術であるため、完全に塞ぐことは出来ないのだ。


「ん……」


 その時、意識を落としていたアリアが目を覚ました。


「おおアリア目が覚めたか」


 メリアはアリアの顔を見て、ホッとしたような表情になる。


 その顔には美しい瞳も愛らしい口も完全に戻っており、いつものアリアだったからだ。


「ただいま、お母さん」


 そう言ったアリアは今まであったことを話したいと思ったが、床に倒れたトーヤの変わり果てた姿を見て目を見張る。


「トーヤさん!! 一体これは……どういうこと、何が!?」


「そ、それがね……」


 メリアはアリアが意識を落としてからのことを簡単に説明する。


 アリアが特に驚いたのはコーウェンの存在だ。


 精霊女王(アリアンロッド)に関しては、まさかと言う感じだった。



「分かりました。至急トーヤさんの治療を行います」


 アリアはトーヤ側に屈むとアリアの使える最高の聖歌呪法《復活》の聖歌を歌い始める。


 土気色になっていたトーヤの顔色が少し良くなっていく。


 だが……


(だめ、これじゃ足りない!)


 恐らく、この回復力では死を僅かに伸ばす程度にしかならないようだ。


(どうすれば!)


 アリアはトーヤの顔を見る。


(トーヤさん……)




 ―― 初めて会った時は変な人だと思った。


 いきなり変なことを言った挙げ句、とっても弱いのに助けに来てくれた人。


 だけど、


『やめろ!!!!! 女の子がそんなことを軽々しく言うものじゃない!!!』


 その言葉はとても心強さに満ちていた。


 弱いけど、この人は強い。


 そんな人に私は嫉妬した。


 ユーノのことにしてもそうだ。


『リンクスは寿命だ。恐らく今夜で寿命を迎える』


 最初は何て無神経な人だと思った。


 だけどユーノに真剣な目で説得し、失われる命というものを教えた。


 そして、ユーノの頭を撫でるトーヤさんの姿は……


 彼女の父親のように見えた。


 正直、ユーノが羨ましかった。



 そっか……お父さんみたいなんだ。



 私はトーヤさんに甘えていたのかと自覚する。


 会ってまだ数時間しか経っていなのに、昔から知っているような気がした。


 酷いことをたくさん言った。


 それでも彼は私を見捨てなかった。


 会ったばかりの数時間の他人をだ。


 なら今度は私がトーヤさんを助ける番だ。 ―――




 12歳の時の聖歌呪法の訓練の話しを思い出す。


 聖歌呪法の歌詞は力の流れを導く為の手順に過ぎない。


 本当の力は、自身の想いの力だと言うことを……




 私はある歌を(つむ)ぐ。


 その歌にはまだ歌詞はない、だけど私はこの物語が大好きになった。


 その曲は1人の少女の物語。


 トーヤさんが皆にユーノを悲しませないように話した物語だ。


 それを、私は即興で歌詞として歌い出す。


(お願いトーヤさん帰ってきて! 私はまだトーヤさんともっと話がしたい!)


 一瞬、脳裏に浮かんだのは


 学園に通う私とトーヤの姿だった。






 戦いの決着はようやく着いた。


 戦いの終わりと同時に発現した、力の波動はここからでも分かった。


「え?これってアリア」


 ティコは長き時を生きていた為、様々な聖歌呪法の使い手を見てきた。


 だが、ここから感じる力の波動は今まで感じてきたものとは異質かつ遥かに強力なものであった。


 いや、それは異質とは違う。




 その力は純粋な願い。


 共にありたいと願う少女の願いであった。




 コーウェンは力の発現場所を見つめる。


 そこには穏やかな笑顔が浮かんでいた。



「ああ……母よ。貴方の願いは叶ったのですね」



 コーウェンの体が土塊(つちくれ)となり崩れていく。


(母よ。貴方の使徒としての使命は私が冥府へと背負いましょう)


(貴方の生に幸あれ……)


読みにくい文体で申し訳ありません。

誤字も結構あるでしょうから、修正しながらになるかもしれませんが、ご愛読頂けるよう努力させていただきます。

次回はまた今週の土曜日か来週日曜日くらいになりますので、よろしくお願いします。

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