19話:聖人アリア その8
彼女の独白は終わった。
「あとは、教団に匿われながら各地を転々として罪状は誤解だと分かり、昔のツテで王都の孤児院に収まったのさ。色々な人達と触れ合えればこの娘も寂しくないと思ってね」
アリアは茫然自失になっていた。
――その罪悪感はあまりにも重いものだった。
「そうさ……。アリアの母ヒルダを殺したのはワタシさ。ナイフを突き立て腹を裂いてな。そんなワタシに母親なんて務まると思うかい?」
アリアは「そんなことない」と言おうとした。
だが、メリアの言葉は止まらなかった。
「アリア……私は貴方のことも見捨てようとした。ヒルダを助ける為に貴方を殺そうとした…… そんな私がどうして母親なんていえるんだい!!!!」
それは血を吐くような言葉だった。
アリアの空気が変わった。
「……メリア、憶えている?」
彼女は優しい口調で語り始める。
それは、自分にも言い聞かせるような意味もあったのだろう。
その雰囲気は、とても大切なものを手に取るような優しさに溢れていた。
「私が小さい頃、体を悪くした時に必死になってお医者さんの所まで運んで行ったことを、私がお婆さんが母親だってからかわれた時すぐに駆けつけてくれて助けてくれたことや、私が合唱をすることになったとき不器用なのに頑張ってコサージュを作って……作って…うっ…うっ…」
アリアは両手で顔を抑え泣き崩れた。
顔がなくても俺には見える。
彼女の悔恨の涙が……
「……なんで忘れていたのだろ……お母さんとの想い出がこんなにあるのに……私は、私はなんで……一人なんだって……何てことを……」
アリアは後悔に苛まれている。
メリアに母親じゃないと言われ、自分は一人と思い込み、最後は一人で居なくなると思っていたのだろう。
「お母さんの苦しみを知ろうともしないで……私は何て浅はかな……ごめんなさい、ごめんなさい……」
メリアの瞳からも涙が取り留めなく流れ出す。
「いや、悪いのは私さ…… アリアの気持ちを知ろう……いや、見ようともせず、私の身勝手な気持ちを貴方に押し付けて……許しておくれ……」
抱き合う二人……
その姿は,例え血の繋がりがなくとも
理想の親子の姿だった。
クスン――
ティコも泣いているらしく涙声が聞こえる。
「泣いているのかティコ」
「トーヤだって大泣きじゃない」
俺の目からも何かが流れる。
やれやれ歳を重ねると涙もろいな。
「いや……雪が降っているんだよティコ。とても強い雪だ」
イケメン専用の、俺には全く似合わない台詞だなと心で苦笑を浮かべる。
「まあ、そういうことにしておくけどトーヤには似合わないよそんなキザな台詞。はいこれ」
そう言ってティコは俺にハンカチを渡してきて、ティコもハンカチを取り出して涙を拭う。
「ありがとうさん」
俺のハンカチは鼻血まみれなので、これで顔を拭いたらえらいことになるからな。
親子の関係修復は終わった。あとは、アレか……
アリアの素顔の在りかだな。
ちなみに葛霧資料にもその場所については書いていなかった。
ただ、『 L'Oiseau bleu 』と最後にフランス語の筆記体でサインの様に書かれていた。
『青い鳥』か
昔読んだ絵本では、魔法使いだかの婆さんに頼まれて、兄弟が幸せの青い鳥を探すというのは覚えているが……
確かその鳥は自分の一番近い所に居た鳥だったかな。
(近い所か……)
「近い所……、近い所……」
俺は考えをまとめる為につい独り言を呟いてしまった。
「トーヤ、何をブツブツ1人で呟いているの? 完全に不審者だよ」
ティコは頭は大丈夫?というような態度である。
「いや、アリアの素顔は何処にあるかって考えていたのだけど。あっ!」
思い出した。
青い鳥には『光の精』が出てきたな。
(光の精……)
俺はティコを”じー ”と見つめる。
「な、なんなのトーヤ。ボクのことそんなに見つめて?」
取り敢えず、相談してみるか。
三人寄れば文殊の知恵って言うからな。
2人だけど……
俺はティコにアリアの顔の在り処のヒントらしきことを説明した。
ティコは「何でトーヤはそんなことを知っているんだい?」って言われたが、後で説明するということで納得してもらった。
「うーん。その物語は他にどんなものだったか憶えている?」
正直あんまり憶えていない為、断片的にしか分からないと答える。
「そうだな……。作品のテーマは『死と生命の意味』だったかな。あと、青い鳥を探す途中で、『過去の思い出の国』や『未来の国』に行っていたな」
「取り敢えず。今、分かることでは『青い鳥』、『一番近いところに居た鳥』、『光の精』、『死と生命の意味』、『過去の思い出の国』、『未来の国』か……」
俺はそれらのキーワードで考えてみる。
ティコも考えているようだ。
「坊主何をさっきからウン、ウン唸っているんだい?」
どうやら二人の話しは終わったようだった。
婆さんの目が赤くなっていたが、顔のないアリアはどんな表情なのかも分からない。
あと、二人のわだかまりが解ければ自己の世界が解除され、元に戻るかと思ったがそんなことはないようだ。
どうやら俺の見通しが甘かったと反省しないとな。
しかし、激高しただけで自己の世界が発現されたことを考えれば、ギリギリのタイミングだったかもな。
「アリアさんの素顔をどうやったら取り戻せるか考えていたんだ。ヒントはあるんだけど」
俺のその言葉にメリアとアリアはとても驚く。
メリアは俺に食って掛かってきた。
「坊主!知っていることがあるなら、さっさと言いな!! さあ、さっさと吐くんだ」
俺は顔は不審者だけど、犯罪者ではないぞ!
怒っている場合ではないので、取り敢えず先程ティコと会話した内容を伝える。
ティコは二人には見えないので、もちろんティコのことは隠してだが
「坊主……意味がさっぱりなんだが…?」
脳筋には期待していないから大丈夫だ。
アリアは「うーん」と考えている。
顔が無くても考えている様は絵になるなコイツ……
美人って得だな。
「ふっ…ふっ…ふっ…」
唐突にティコが含み笑いを始めた。
「考えすぎて、おかしくなったのかティコ?」
「君って本当に失礼だね。解決方法が分かったんだよ」
ティコはふんぞり返り、いわゆるどや顔をする。
なんでもいいけど、ふんぞり返ったのでお山が揺れているぞ。
俺はティコからその方法を聞く。
なるほど、そういうカラクリだったのかと俺は理解した。
「全ての謎は解けた!」
俺は名探偵の気分でそう告げる。
必ずアリアを元に戻してみせる、ティコが名にかけてな!!
「本当かい坊主!」
「ト、トーヤさん解ったのですか?」
二人とも驚いて俺に問いてきた。
まあ、解ったのはティコなんだけどな。
「いいか、まずはこの世界のことなんだけど、この世界は自己の世界で創られた世界で《現在》のアリアさんの精神が具現化した世界かと思っていたのだけど、実は違うんだ」
ちなみにメリアは意味が解っていないし、アリア至っては「そんなまさか」と呟く。
「正確にはアリアさんの《過去》、メリアに親子じゃないと言われた時の《過去》のアリアさんの人格が創り出した世界なんだよ」
な… 何を言っているのか、わからねーと思うが、私にも分かない。
まあ、ティコの言うことでは、子供の頃のアリアと現在のアリアとは人格の分離が起こっており、その分離された、過去のアリアがこの自己の世界を形成しているこのとだ。
そしてその過去のアリアの居場所は、現在のアリアと一体の存在であるため、アリアの過去の記憶の中に自己の世界を形成しそこに居座っているのだ。
「つまりは、アリアさん自身に自己の世界を形成している過去の記憶を何とかしてもらうしかないということだ」
メリアは何のことか分からないと言うような感じではあるが……
「お話は分かりました。つまりは私の素顔はその私の《過去》が持っているということですね」
あの説明でよく解ったなと俺は思う。
当事者だから分かることなのかな。
「なんとなく解っていました。この世界が出来てから、ずっと懐かしい感じが私の心から湧き上がって来ていたのです。初めての光景なのに…… おそらくそれが私の閉じ込めた過去なのでしょうね」
俺はティコを横目にみると、ウン、ウンと頷いていた。
どうやら正解らしい。
葛霧さん…… これはボツにされる訳だよ。
正直、中二上級者にしか分からないよ。こんなの……
俺はティコから聞いた手順を説明することにした。
「まずは、アリアさんが過去……つまり、婆さんに親じゃないと言われた頃を強く思い出し、その頃の自分と意識を合わせるようにするんだ」
そして、ティコが自分の自己の世界を干渉させ、現在のアリアの意識をそこへと送る手はずになるとのことだ。
アリアは言われた通りに意識を集中させ、ティコの力によってその意識は落ちていった。
「大丈夫なのかい?」
メリアは心配そうに問いかけてくるが俺には、こうしか言えなかった。
「アリアさんを信じて待つしかな……っぐ」
俺は言葉を続けることは出来なかった。
「え……ごっほっ……」
鋭い痛みが走ったかと思えば俺の背中から腹にかけて一本の短剣で貫かれていた。
いつの間にいたのだろう、俺の背後に誰が居た。
「我が母の願い。未だ叶わず」
倒れる瞬間、俺見えたのは一振りの短剣を持った仮面を着けた枯れ枝のような老人だった。
「え? トーヤ!!! い、嫌!!!!!!!」
俺が最後に聞いたのはティコの絶叫であった。
説明下手で申し訳ありません。
後日、また訂正するかもしれませんが、概ね流れは一緒なのでよろしくお願いします。




