18話:聖人アリア その7
(どうして? ねえ、おかあさん。どうして、わたしにあたまをさげるの……)
(わからないよ。おかあさんはおかあさんじゃないって、なんでそんなことをいうの?)
わたしはきづいたのだ。
わたしがこのひとをおかあさんというと、このひとはとてもかなしそうな、かおをする。
なら、私が……我慢すればいいだけだ。
でもいつか、きっと……きっと……
鬼の形相のシスターメリアがのしのしと歩いて来る。
(こ、こえーよ)
俺はその鬼形相に気後れしていた。
シスターメリアは手にした大薙刀を俺に向かい振りかざし
「この悪辣外道が!!!」
容赦ない一撃を振り落としてきた。
俺は驚きのあまり、座っていた椅子の背もたれを倒して転がり、その一撃を何とか避ける。
「殺す気か!!!このババア!!」
俺は思わず叫び声を上げた。
もう少し反応が遅れたら、首が無くなっていたぞ。
だが、どうやらその一撃で俺を拘束していた紐は断ち切られたようだが。
「ちょっと!トーヤ大丈夫!?」
そこに俺の心配に来てくれるティコさん。
ああ……ティコさん貴方は天使だ。
「な、何とかな……。しかし、上手くいったみたいだな。ティコありがとう。ご苦労さん」
俺のその言葉にティコは嬉しそうな顔をしたが、すぐに心配そうな顔をして俺の目を見て。
「そっちじゃなくて、トーヤの精神のが心配だよ」
おい、人をキ○ガイみたいに言うなよ。
まあ、KBS共にはキ○ガイ扱いされていたが
「あのね。トーヤここは自己の世界という世界を変質させる…… えーと、魔術みたいなものなの」
「それでね。精神耐性が弱い人が長時間この世界に居ると精神に何かしらの異常がでることがあるのだけど…… なんともなさそうだね?」
「当たり前だ。まあ、正直ちょっと怖かったけど、アリアは俺を傷つけるとかそんなつもりではなかったみたいだしな」
どちらかと言えば、彼女は本当に話しをしたかっただけの様な気がした。
優しい仮面を被っていたからと言って、その下が優しさが無いとは限らないからな。
しかし、順調に行っていると俺は内心安堵する。
今回、俺の計画の大筋の目的は ”アリアに自己の世界を発現させ、そこにシスターメリアを呼び込み、親子関係を修復させ、自己の世界を抑制させてハッピーエンドというのが俺の筋書きだ。
その為に俺はティコに、色々とお願いをしたわけだ。
まず、俺はある手紙をティコに預けた、内容は割愛するがそこにはシスターメリアの神経を逆撫でする内容なものだ。
俺がアリアを送る。
そして俺がアリアの自己の世界に囚われるように仕向けたが、これは賭けであった。
まあ、無理だったなら他の手段を考えたのだが……
予定通り囚われた俺をティコに察知してもらい、手紙に俺が囚われた場所を改めてティコが明記し、婆さんを仕向ける。
少し無理のある計画であったが、取り敢えず何とかなった訳だ。
ちなみにティコは方向音痴ではあるが、俺の居る場所は察知出来るとのことなのだ。
だから夕刻、彼女と別れたあと問題なく合流出来たとも付け加えておく。
「アリア……その顔は一体……」
シスターメリアが絶句したような声を出す。
恐らく、アリアの様子を見て俺への怒りなど消えたのだろう。
アリアは黙っていた。
いや、どう対応したらいいのか分からないのが正解だろう。
俺は、やれやれ主人公な気分でこの場を引っ掻き回すことにする。
この状況になれば、この婆さんでも何とかしないとと考えるだろ。
人間というのは手遅れ一歩手前になって、何とかしようとするのがデフォだからな。
「一体じゃねーよ。あんたの育て方の成果じゃねーか。もっと誇れよ。 家臣のメリアさん」
俺は精一杯のゲス顔で言い放つ。
悪役上等だよこのやろう。
俺のその声で二人の怒りの籠もった視線が(1人は目がないからタブンだけど)貫く。
だが、俺は”そんなのかんけーねー”で話しを続けることにした。
「アリアは待っていたんだよ。母親のあんたが、いつか帰って来てくれるのを、一体いつまで家臣でいるつもりだ…… 彼女に甘えるのもいい加減にしろ!!!」
俺のその怒号にシスターメリアは黙り込む。
恐らく、本人にも分かっていたのだろう。
いつまでもこのままでは良くないことを。
「もういいんじゃないか、彼女に話すんだ。シスターメリア…… 貴方が彼女に罪悪感を抱いていることは知っている。後は彼女を信じて話すんだ」
俺のその言葉にシスターメリアは目を見開くほど驚愕する。
「ど、どうして坊主がそのことを知っているんだい! あの場には私とヒルダさましか居なかったはずだ」
「ヒルダ…? 私の生みの母の……メリア話して、一体何があったの! 私に対する罪悪感って何? ねぇ!」
アリアから悲痛な声が上がる。
そうだろう、彼女達の関係がおかしくなってしまった原因がそこにあるのだ、恐らくアリアがもっとも知りたい答えだろう。
そしてこのことはメリアの口から話さなければならないことだ。
俺が話した所で何の解決にもならないことだからだ。
シスターメリアは逡巡したあと覚悟を決めたのだろう。
静かに告白を始めた。
―――16年前
王国は表面上は平和を迎えていた。
だがその平和に貴族たちは奢り、宮廷の権力争いは水面下で激化していった。
その時に王室で一つの陰謀が襲いかかる。
国王夫妻の暗殺である。
その企みは王妃の機転により阻止されたが、王妃はその凶刃によって倒れることとなった。
優しき王妃の死に、王を始め多くの者は嘆き悲しんだ。
そして国王は悲しみのあまり静かに狂った。
大粛清が始まった。
加担した貴族達を徹底的に洗い出しその一族郎党、領民すら皆殺しとされた。
そして、その調べにおいて旧聖王家の公爵ジークヴァルが関わっていたのを国王は知ることとなる。
だが後において分かったことだが、真実はジークヴァル公爵は国王暗殺を止めようと暗闘していたのだが、何の誤解があってかその主犯として認定されることになったのである。
信頼していた一族の者……しかも親友の裏切りに憎悪を抱いた国王は即座に公爵の暗殺を行った。
暗殺であったのはせめてもの慈悲だったのだろう。
取り除くのは一族のみで、領民には手を出さなかったのだから……
公爵は暗殺者に討たれ、身重の奥方であったヒルダはメリアに守られ窮地を脱するべく逃亡を行うのであった。
雨が降り続ける。
公爵妃が乗る馬車としては粗末な馬車であり馬車が妙に揺れていた。
馬車の御者は長年公爵家に仕えていた御者だが、粗末な馬車と馬に悪戦苦闘していた。
馬車の内部は二人の女性が居た。
1人はメリア、教団より聖騎士の称号を賜った初老の女性である。
聖王家に3代に渡って仕え、その比類なき武力から王国のみならず帝国までも誘いを受けるほどの猛者であるが、聖王家一筋に仕えた忠臣である。
もう1人はヒルダ、旧聖王家ジークヴァル公爵の妻であり、その容姿・人柄は王妃と並び、国の至宝とまで言われる女性であった。
なお、王妃とは実の姉妹である。
「奥様。お加減は大丈夫ですか?」
メリアは窮地を脱出する際、身重のヒルダに無理をさせたことで体調を悪くさせたかと心配でならなかった。
「ええ、メリアありがとう……。ヴァルは大丈夫かしら、皆を避難させてから追いつくと言っていましたけど」
メリアは恐らく討たれたであろうと推測する。
公爵家の騎士達は確かに強い。
だが、今回暗殺に送られた者たちは、《王の影》と呼ばれる特殊部隊の連中であろう。
メリアは若い頃、何度が刃を合わせたことがあったが1人、1人が暗殺に長けた凄腕の者たちばかりなのだ。
そして、その詳細は国王以外は殆ど知られていない闇の部隊である。
恐らく、騎士達では歯が立たないであろう。
できることならメリアも先陣で戦いたかったが、公爵から身重のヒルダを託されたので、その務めを果たさねばと気を引き締める。
馬のいななき声と共に馬車が急停止する。
メリアはとっさにヒルダを庇い何とか彼女が怪我をさせずに守り切る。
「どうした!何故止まった」
御者の男から悲痛な叫びが聞こえる。
「前方の道が丸太で塞がれております。この馬車では突破は不可能です」
(先回りされたか!)
そして、馬車に大量の矢が浴びせられる。
「ぐわ!!」
御者は暗殺者の矢に当たり、命を落としたようだ。
馬車に浴びせられた矢は完全に貫通はしなかったが、馬車の所々から鏃が覗いている。
鏃には何か塗られていた。
恐らく致死性の毒だろう。
「奥様。私が貴方を抱きかかえ敵陣を突破いたします。どうか私にお任せください」
そう言ってメリアは自分が羽織っていた外套でヒルダを包み始める。
このマントは耐刃、耐刺の特殊加工が施されているのでいくらかは耐えられるはずだ。
ヒルダは頷き、その身をメリアへと委ねた。
そして、逃亡が開始された。
まず、目の前の林へと逃れたメリアは木々を縫うように進んだ。
そして、後ろから追いかけてくる数人の人物。
ちらりとしか目に映らなかったが、黒い革鎧に身を包んだ者達だった。
それで、メリアは確証を得る。
この者たちは《王の影》と呼ばれる者たちであることを
逃走を初めてもう20分くらいになるだろう。
なんとメリアは追いつかれずに何とか逃亡を続けていた。
身重の女性を担ぎ、長時間において逃走を続ける彼女の体力は最早常人を逸脱した体力だった。
メリアは体力においては絶対の自信があったので、何とかここまで逃げることはできたが……
(やはり、突き放すことはできぬか……)
決定的に逃げ切ることは叶わなかった。
だが、このままでは追いつかれると悟ったメリアは進行先に洞窟を見つけ、そこにヒルダを隠すことにした。
「奥様。ここで奴らを向かい討ちます。どうか、洞窟からお出にならないよう」
そして、メリアはマジックアイテムに収納していた愛用の大薙刀を取り出した。
そして追いついて来た、王の影5人との戦闘になった。
まずは、2人が左右同時にメリアに向かって来た。
それぞれの獲物は向かって左が新月刀、右が短槍である。
まずは短槍の突きの一撃がメリアに放たれようとしたが……
先に攻撃した短槍の攻撃を上回る速度で、メリアの突きが、右の王の影の胴体を貫く。
恐らく、耐斬撃用の魔法の鎖帷子を装備していたのだろう。
だが、メリアの一撃はそんな装甲は紙同然というような一撃となって貫いたのだ。
同僚の死にも怯まず、左から新月刀をメリアの板金鎧の弱点たる腕関節に打ち込もうとした。
相手の大薙刀は今同僚を貫いた為、今は使えない状態である。
チャンスと思い仕掛けたのだが……
メリア相手には愚行とも言える選択肢であった。
なんと、メリアは突き刺さった右の影ごと左の影に大薙刀を振り抜いた。
左の影を両断は出来なかったが、相手はメリアの一撃をまともに受けた為、衝撃により昏倒していた。
あと3人。
3人同時に攻めてくるかと思いきや、1人が長剣を構え進み出てきた。
恐らくリーダー格だろうが、その構えからメリアはかなりの強敵と判断した。
(だが……一瞬で決める)
メリアは大薙刀と板金鎧を身に着けているにも関わらず。ほぼ一足で長剣の男に迫る。
《重騎士スキル:重量無視》+《聖騎士スキル:空間歩法》を使用したのだ。
《重量無視》は装備品の重量を瞬間的に無視する重騎士のスキルであり、重装備でも一瞬だけ装備なしの様に行動が可能になる。
《空間歩法》は距離こそ短いが一瞬で移動出来る聖騎士のスキルだ。重量の制限があると距離が縮まったりするのだが、《重量無視》と合わせれば相手との距離を瞬時に詰められる。
長剣の男は虚を突かれた様だったが、メリアの狙いはこの男ではない。
この男の後ろの2人の人物だった。
長剣の男を無視し、後ろの2人を瞬時に首を撥ねた。
そして、メリアの背後から長剣の男の一撃が放たれる。
だが、先にメリアの大薙刀の石突きが背後へ放たれた。
「ぼっ!!」
妙な声を上げ、長剣の男は雨の泥水の中に沈んだ。
その時、洞窟からヒルダの叫び声が響いて来た。
(ま、まさか洞窟の中に潜んでいたのか!?)
メリアは慌てて洞窟へと向かうがそこには、潜んでいたであろう敵に胸を貫かれたヒルダの姿が瞳に映る。
敵を瞬時に廃したメリアはヒルダの治療を行うとしたが、ここは場所が悪いと思い、簡単な血止めの応急処置を行いヒルダを抱き上げ移動した。
ひとまず安全な所に移動したメリアは腕の中のヒルダがまだ無事なのを確認し彼女に告げた。
「奥様!今、治癒のポーションを使います!」
ヒルダの傷口から血がとめどなく流れる。
身重の女性にポーションを使用するのは、胎児に対して悪影響がある為使用してはならないのは常識だ。
このままではヒルダが死ぬと判断したメリアは治癒のポーションを使用しようとした。
だが、
「止めてメリア、ポーションを使うとこの子が……」
ヒルダはお腹の子の為に治療を拒む。それは自らの生を放棄し、お腹の子を生かす行為だった。
メリアには到底認められることではなかった。
この娘を死なせてはならない。
それは、子供の居ないメリアにとってこのヒルダこそが……
我が子と変わらない存在だからだ。
「しかし、このままでは貴方が、貴方が……」
ヒルダは覚悟を決めたかのように告げた。
「メリア聞いて頂戴、私は今ここでこの子を産みます」
「え!?」
まさかと思いメリアは「失礼」と言いヒルダの産道を確認する。
破水していたのだ。
「お腹の子は確かに残念ではあります。でも…でも私は貴方に生きていて欲しいのです」
メリアは泣きながらヒルダに懇願する。
確かにお腹の子のことは大切だ。
だが、メリアにとって優先順位はヒルダより上ではないのだ。
もし、ヒルダと自分の命が天秤となったのなら、メリアは自分の喉を突くだろう。
「メリアお願い。ヴァルと私の夢を奪わないで……」
メリアはとても悲しそうな顔で懇願する。
「っ……夢ですか……」
「ええ、この子が優しく、大きな、立派な子になって、たくさんの人に出会って幸せに暮らす話しをいつもしていたわ。私はここで命を落とすからお母さんにはなれないけど、お願い。この子が産まれたら、貴方の子として育ててあげて……」
「き、聞けません。ポーションを使います。たとえ奥様に恨まれることになっても私は貴方を助けます」
メリアはポーションの瓶の蓋を開ける。それをヒルダに飲ませるか、傷に掛ければ彼女は助かる。
胎児を犠牲にして……
「私をヴァルのところに逝かせて」
その一言でメリアの動きが止まった。
ヒルダはクスッと笑い。
「夫婦ですもの、あの人のことは分かるわ……。だから、お願い。この子が私とあの人の最後の希望なの」
ヒルダの瞳から一滴の涙が流れる。
雨の中なのに、その涙はメリアの瞳にも写った。
涙を流しているのは自分もだ。
だが、自分の涙は雨と混ざり泣いているかも分からない。
「……分かりました……」
メリアは血を吐く思いでその言葉を捻り出す。
ヒルダは笑顔で
「ありがとう。最後にこの子の名前は、男の子なら『メリオ』女の子なら『アリア』と名付けて、私たちのことは忘れる様に言いなさい。そして貴方の子として育てて愛してあげて……」
それが二人の最後の会話となった。
「奥様、もう一息でございます! 奥様!? おくさ……」
赤ん坊を産む途中で、ヒルダは力尽きていた。
メリアは泣き叫びたかった。
聖王家に仕え、良き主君と巡り合い、娘ともいえるこの少女と出逢い幸せだった。
それが、今全て失ったのだ。
だが、
(泣くことは許されない! 私にはまだ……務めがある!!)
メリアは飾りのついた一本の小型のナイフを取り出す。
子供の頃のヒルダから、騎士叙勲という名目で頂いたメリアの宝物だ。
メリアはそのナイフでヒルダの腹を
――割いた。
鮮血がメリアとヒルダに注がれる。
だが、雨がそれらを流していった。
いや、涙がそれらを流していったのか……
メリアはヒルダの腹から、胎児を取り出す。
だが、その赤ん坊は泣かなかった。
「頼む。泣いてくれ!! 頼む。貴方が泣かなければこの方の死は…… ヒルダの夢は死んでしまうんだ!!! 頼む泣いてくれ!!!」
その意志が天に届いたのだろう、一筋の稲光のあとその赤子は元気よく泣きはじめた。
「あ……あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
メリアは泣いた。
心の奥底から失った者たちの為に……
思ったより長くなりそうなので、聖人アリア編の完結は来週以降になりそうです申し訳ありません。
キャラが1人歩きしているような感覚になって、どんどん話しが膨らんでしまいました。
あと本編のPVが3000を超えました。ブックマーク、評価もたくさん頂き、読んで頂いた皆様には感謝の気持ちで一杯です。
これを糧に頑張って行こうと思いますので、お付き合いのほどよろしくお願いします。




