17話:聖人アリア その6
そこは奇妙な世界だった。
周辺はまさに王宮も斯くやなほど豪華な造りのダンスホールが広がっている。
そこには白い仮面を着けた招待客が……
もとい白い仮面のみが周辺を漂っていた。
どうやらアリアの自己の世界に取り込まれたのだろう。
俺は葛霧資料の自己の世界について思い出す。
自己の世界はいわゆる、自身を守る世界を擬似的に創り出すスキルである。
恐らく、ここはアリアの自身の心の一部を具現化した世界なのだろう。
このスキルは精霊女王の専用スキルであるのだが、精霊女王のプロトタイプたる12使徒にも同様のスキルがあるのだ。
だが、本来《神格》というスキルも備えて、同時発動してこそ完全なスキルになる為、現在《人格》しか無いアリアでは不完全なものが展開されているはずなのだが。
ここは、アリアの願いか欲望かが創り出した世界と言える……
周辺に漂う白い仮面で俺は恐らくの考えを導き出す。
(これはアリアの仮面が創り出した世界なのか……)
アリアは人に好かれる為に、心に仮面を着けていた。
人から愛される仮面を……
俺はそのことについては特にアリアを責めたり、嫌悪したりすることはない。
誰しも建前というものはあるのだ。
俺も様々な仮面を着けて人生を生きている。
本音だけで生きている人間なんて恐らく居ないだろう。
だが、そこにある仮面はあまりにも数が多すぎた。
(孤独がここまで彼女を苦しめたのか)
「お目覚めになられましたか? トーヤさん」
俺はその声に驚き、その声の主に顔を向けた。
恐らく、それはアリアだろう。
姿はアリアだ。
だが……
その人物は顔が無かった。
顔には瞳も、鼻も、口も無かった。
(のっぺらぼうってファンタジーには不釣り合いだよな)
字面だけ見れば呑気な感じだが、俺は震えていた。
顔のない人間……俺の奥底にある人間性はそれを必死で否定していた。
震えが止まらない。
何故かは分からない。
ただ、恐ろしかった。
「どうしたのですか?トーヤさん」
「そんなに震えて」
「私が怖いのですか……」
周辺の仮面からも声が聞こえる。
「へっ……へへへへっ……」
俺は自然と口から笑い声が流れ出してきた。
正直、笑えてきた。
これが他人を助けようなんて高慢な考えを抱いたバカの末路だと俺の心の仮面が罵倒する。
「だけどな!! 俺はまだ折れちゃいない!!」
俺にはまだ自芯はある。
俺は仮面を被ることはあっても、被られることは決してない。
「不思議ですね。どうして、貴方はそんなに強いのですか?」
「ホラ吹きトーヤさん」
ホラ吹きトーヤ?
俺はその名前を思い出す。
俺の転生体の記憶にある名前だ。
どうやら、俺の記憶が覚醒するまでどうやらこの体は、俺の人格をトレースしたオートモードで動いていたようだ。
現世での価値観がとても強かったので、異世界それも生活が厳しい辺境において、どうやら俺は口先だけのホラ吹きと呼ばれていたらしい。
でも、何でアリアはその名前を知っているんだ?
「トーヤさんの記憶を読ませていただきました。貴方のお話でご両親はどんなに素晴らしい方々なのだろうと、それを知るのを楽しみにしていたのですが、がっかりです。酷いご両親だったのですね」
アリアは俺に哀れみいや、蔑んでいるのかな? 顔がないので分からない。
まあ、このトーヤの両親は正直あまり褒められた人間ではないからな……
父親は、過去の栄光を引きずる飲んだくれの騎士崩れだし、母親は夫に依存することしか知らないし、妹は俺のことを常にバカにしていたし……
本当に碌でもない家族だった。
記憶を読んだにしては、正直目の付け所がおかしい様に思えた。
まず、ティコとのことだ。
12使徒にとってはティコの存在はとても大きいものであるはずだ。
恐らく、そのことを知ったなら彼女は俺に詳細を問いかけてくるはずだ。
もう一つは、俺が異世界の人間であることだ。
記憶を読んだのなら、俺のことを異世界人として色々聞いてくるとも思うが……
(恐らく、この体の一部の記憶しか読めないのか)
俺はそう考えた。
「ホラ吹きで結構だ。現状俺は口しか対抗手段がないのでね」
今になって気づくのだが、俺は拘束されていた。
手や足が紐のようなもので繋がれ、マリオネットな状態になっていた。
「口だけ自由にさせたのですよ。トーヤさんとお話するために」
彼女はこの世界の力なのだろう。椅子とテーブルを瞬時に出現させてきた。
そして彼女はその椅子へと腰掛け、俺もどういう原理かしらないが椅子へと誘導され着席する。
「さあ、お話しましょう」
俺は会話のテーブルへと着かなければならないようだ。
こんなに緊張するのは初めて営業先に1人で行った以来かな。
「まずはトーヤさん。 何故貴方は私とメリアとのやりとりを知っているのですか?」
いきなりだな……
「記憶を読んだのじゃないのか?」
俺はぶっきらぼうに言った。
彼女は不機嫌に
「質問しているのは私です」
お姫様はご機嫌ナナメになってしまったようだ。
「俺は異世界人だ」
俺は必殺ブローを繰り出すことにした。
初手必殺技はヒーロー物では負けフラグなのだが、ゲームでは必殺技から入るのはお約束だからだ。
「は?」
アリアは間の抜けた声を出してきた。
「君と彼女との関係は葛霧資料で全部知っている。これで満足かな?」
「やっぱり、貴方はホラ吹きトーヤですね」
そう言った途端、彼女は俺のほっぺたをつねりグニグニと動かす。
「いふぁい、いふぁい!!キぷ!キぷ!!」
「こっちとしても素直に話して頂きたいのですが」
いえ、正直に話したのですが……
「君が部屋を出た時に、シスターメリアと話したんだ。それで知った」
嘘なのだが、それっぽいことを言わないと納得しそうにないので、でまかせを言うしかなかった。
「シスターメリアが何故貴方に?」
「彼女随分思い悩んでいたぞ。君に親らしいことを何もしてあげられず、膝をかしずいたことを悔やんでいた」
俺は誠意を込めた感じでいってみたが
「嘘ですね」
彼女はバッサリと切り捨ててきた。
確かにあの場で言ったというのは嘘だが、シスターメリアの本音でもあるのだ。
それをバッサリ切り捨てるとは……
(この問題、根深いな)
「嘘だと思うなら、シスターメリアに直接聞いてみたらどうだ。 そもそも、今現在でしっかりと話しはしたのか? 人は変わる。あの時はそうでも、今は別の考えを持つものだよ人間ってのは」
その言葉に彼女は黙り込む。
「君はまだ子供なんだな。彼女の関心を買うために皆に好かれようとした。それは上手く行っている、多くの人々が君を必要としている。 だけど……」
「大切な人は振り向いてくれない」
ドッ……!!
彼女は両手でテーブルを強く叩き、その鈍い音が響いた。
「この世界は自己の世界というものだ」
俺は続ける。
「君の精神が創り上げた世界であり、この周辺に浮いているのは人々に好かれる為に作った君の仮面だろうな」
「別に悪いことではないよ。俺だって仮面を着けて普段暮らしている。仮面を着けずに暮らして行けるのは赤ん坊くらいのものさ…… だけど」
俺は彼女の顔に目を合わせる。
俺の心からは彼女に対する恐怖心は消えていた。
今ではそののっぺらぼうが愛しいとすら思え……言い過ぎたか。
「その顔はやりすぎだ。君の素顔は何処にいったんだ」
彼女は考える素振りをした後に
「さあ、何処にいったのでしょうね。子供の頃の話しですから覚えておりません」
彼女から諦めとも思えるため息がもれる。
「このままだと君は教団から聖人の認定を与えられてしまう。そうなったら、君はもう誰とも話しも和解もすることは出来ない」
「そうでしょうね。このことに際して大司教さまからお話がありました。恐らく長くても数年、早ければ1年ほどで私は誰とも話しも出来なくなる」
聖人となった彼女は教団の尖塔に幽閉され、そこで世界の為に生涯を祈りに捧げることになる。
ゲームであるならば文章と絵だけで片付けられる話しだ。
だが、現実においては洒落にならない話しである。
「ですけど、思っていたより早く時が来てしまったようです。もう、この力が発現してしまったら私は」
俺はその言葉を続けさせなかった。
「まだ、引き返せる」
俺は知っているのだ、彼女の素顔の場所もそして聖人の倒し方も、大手ゲームメーカーの倒し方は知らないが……
俺は知っているのだ。
――引き返せませんよ。だって私は……
こんなはずじゃなかった。
私はただ、お母さんや皆と幸せに暮らしたかっただけなのに
1人で居るのは嫌、あんな死に方は嫌……
助けておかあさん。おかあさん… ―――
彼女は泣き崩れる。
その泣き方はまさに道に迷った子供のようだった。
「大丈夫だ」
俺は泣きじゃくる。アリアに優しく告げた。
「お母さんは、もうそこまで来ているよ」
その時だ。
空間 ―自己の世界―の空間を切り裂く大薙刀が突如現れる。
そして空間の裂け目から現れたのは、鬼の形相のシスターメリアと、付いて来たのであろうティコだった。
ほぼ突貫なので誤字脱字、表現の変な所は逐次直して行くようにいたしますのでご迷惑をおかけいたします。