15話:聖人アリア その4
礼拝堂には、多くの子供たちが集まっていた。
俺はどうやら普段なら説法を説く聖壇前の壇上で話しをしないといけない様だ。
(胃が痛い)
まあ、食べすぎが原因かもしれないが……
俺は壇上の袖で話しの復習を行っていた。
正直緊張で自信が出てこないが
俺のいつもの格言
『氷河期リーマンはヤル、ヤラないではない。何とかするだ』
ああ、俺ってつくづく社畜だなっと自分自身に呆れた。
呆れたおかげか緊張が少し楽になった。
(さて、消沈の少女の為にひと肌脱ぐとしますか!)
俺は壇上に出て周辺を見回す。
婆さんやアリア、ユーノも、そして俺の後頭部がお世話になった子達も居た。
「これに始まるは、この世界でない世界の1人の少女の物語……その名は」
俺は一溜め
「その名は……串焼きうぐぅと言う少女の物語!!」
え、何で串焼きだって? 正直この世界の菓子なんて知らないし、馴染みのないものを言っても説明に手間がかかるし、それならこの世界でもありそうなもので代用したのだ。
俺の12+1(封印)の特技の一つ、《劇場型プレゼン》をここで披露することにした。
この経験はかなりの苦労があった。
若かりし頃、俺は営業成績で行き詰まっていた。
そして、成績下位者は会社の特別研修合宿を受けることになったのだ。
その内容は何と演劇の練習であった。
それもかなり本格的なもので、指導する人も元役者の人と演出家だとのことだ。
練習はかなりハードであり、途中からやる気を無くす人も出てきた。
だが、俺は何だか途中から演劇が好きになって来て、仕事そっちのけで演劇にハマった。
そして、教官(こう言わないと怒られた)に練習後にも色々教えを請い、俺は必死で取り組んだ。
合宿最終日には、その甲斐あって、語りの演技で合格点を貰えるようになった。
その時の気分は、大正桜に浪漫のと言ったところか
その後、俺は営業プレゼンに語りの演技の技術を応用し、独自の解釈を付けることによって成績が徐々に上がっていった。
これが《劇場型プレゼン》の特技である。
教官といい、動画の勇者といい俺は師に恵まれていると思う。
ホントウダヨ
話しは終盤となり
「そして、幸せに暮らしたとのことでした。めでたし、めでたし……」
・・・・・・・・・・・
場はシーンと静まり返っていた。
だが、滑った訳ではないみたいだ。
所々からスン…スン…と泣き声みたいのが聞こえてきた。
(泣きゲーは万国もとい世界共通と言った所か)
そのあと、子供達から惜しみない拍手が俺に届けられた。
正直、大丈夫かなと思ったが、上手く行ってよかった。
「すげーよ、兄ちゃん。前のあの吟遊詩人とは比べ物にならないよ」
「わたし、串焼きはあんまり好きじゃなかったけど、これからは残さず食べるよ」
「顔は怖いけど、お話は感動したよー」
その後、お開きとなり子供達はそれぞれ自分の寝室へと帰り始めた。
その中、俺はユーノとアリアに近づき、屈んでユーノに視線を合わせ
「どうだ。少しは元気が出たか?」
俺は笑顔で言ったつもりだが、俺の笑顔は怖いのかな?
ユーノはまたアリアの後ろに隠れて、ひょっこりと顔を出し
「…うん。おにいちゃん。ありがとう……」
なんとまあ可愛らしいこと。
ロリコン紳士なら、また涎を流して暴走しそうだがこの世界に居なくて良かったよ。
ちなみに俺はロリコンじゃないぞ。
ホントウダヨ
「トーヤさん。とっても素晴らしいお話しでした。この子や皆の為にありがとうございます」
そう言って彼女は嬉しそうに一礼する。
俺は自然に笑顔になった。
偽善的な考えかもしれないが、自分の好意に好意的な反応が帰ってくるのは、何よりの報酬だと思う。
俺にとって感謝というのはとても嬉しい報酬だった。
「ありがとう。と、言っても話自体はオリジナルじゃないからな」
「あの……、トーヤさんは今夜は、宿を取っていらっしゃるのですか?」
俺はその返答に詰まった。
暖かい部屋と食事ですっかり忘れていた。
俺が「今晩泊めて欲しい」と言う前に、残った子供たちから
「えー、兄ちゃん帰っちゃうのかよ。泊まっていけよ」
「寝るまでに何かお話ししてよ」
「一緒に遊ぼうよ」
子供達から沸き上がる声、声……
異世界のよく知らない国に放り出され、こうして歓迎を受けるのは嬉しくあった。
俺が嬉しさに浸っていると、後ろからシスターメリアが俺に声をかけてきた。
「今夜だけだよ。ここは宿屋じゃないんだからね」
俺は寒空の中放り出されなくて嬉しさで胸が一杯になる。
「お世話になります」
俺は今、小さ目の子供用の傘を差し雪の降る街中を歩いていた。
もちろん追い出された訳ではない。
アリアが教団の寮に帰るとのことで、送ることになったのだ。
一応、保険の為にティコには念の為に残ってもらうことにした。
俺の考えとアレの内容が本当なら、何が起きるか分からないからだ。
「トーヤさん。一緒に入ってもよろしいですのに」
アリアの傘は少し大き目の大人用なので彼女の肩には、雪の一粒も付いていない。
だが、俺の傘は子供用しかなく。肩には雪が溜まっていた。
アリアは一緒に入ったらどうかと言われたが、冗談じゃない。
そんなことをして好感度が上がり、フラグが喰われたらどうするんだってんだ。
ガネメモには相合傘イベントはもちろんある。
好感度が一定以上必要だが、相合傘になると好感度が大幅に上昇するイベントが……
イベントは雪じゃなくて、雨だが似たようなものなので俺は警戒度を上げる。
あまり会話はない。
そうだろう、俺と彼女が出会ってまだ数時間だ。
軟派や喋り好きな人間なら、色々会話をするのだろうけど、俺は仕事が絡まなければ基本無口だ。
いや、余計なことを喋らないか
ティコに言えばツッコミが入るだろうけど、俺と言う人間は基本こうなのだ。
俺とアリアは並んで歩き、小さめの橋の真ん中で彼女は立ち止まる。
「ありがとうございました。ここから寮は近いのでもう大丈夫ですよ」
周辺には誰も居ない。
雪はしんしんと降り続けていた。
俺は「おやすみ」と言って帰ろうとしたのだが
「トーヤさん…… トーヤさんは今日どうして私を助けようとしてくれたのですか?」
その言葉を問いかけてきたアリアの目は感情が読み取れなく今までとは別人のような目であった。
孤児院での、にこやかな雰囲気はそこにはない。
(やっぱりか……)
俺はこのアリアには見覚えがあった。
シスターメリアの話だけでは確証は得られていなかったが、改めて見ると理解出来た。
(なら……俺はそのイベントフラグをぶち壊すだけだ!)
……気分は かみじょう とーやだな。
俺はここから心をクソな人間になることを選択する。
「気付いていたのか?俺が一回見捨てようとしたことを」
彼女は感情を推し測れない、その顔で頷き返してくる。
俺は静にため息を吐く。
冷たい空気に白い息が上登り消えていく。
「助けたかったからだよ」
ここで普通の人間なら、「人助けに理由なんているか」とか「女性を見捨てられない」とか、軟派な奴なら「君を見捨ていられない」とか言うのだろうが……
俺はそんな”優しい ”人間ではない。
彼女は俺のその言葉に瞳に感情が戻りそうな感じがした。
だが、俺は更に彼女を追い込むことにした。
「自分自身を助けたかったんだ」
俺の言葉に彼女は「え?」となる。
「俺が一番大切なのは、自分自身の心だ。 俺は1人じゃない。大切な家族が居る。親父はお調子者だがいつも、何が正しいかと言うことを背中で教えてくれた。 母さんも俺に自分自身の行動をとても大切にしなさい、後悔のないようにと教えられた。 あの時もし見捨てれば俺は両親に顔向け出来ない人間になる所だった。だから助けた」
彼女は悲しそうな表情も見せずに
「羨ましいですね。私には両親は居ませんから、両親の愛情を受けて育った貴方が羨ましいです」
「羨ましい? 君にはシスターメリアが居るだろう? 彼女から愛情を受けられなかったのか」
「メリアは私の母ではありません。結局は他人です」
やはり、あのことか……
俺の心は反吐が出そうになってきた。彼女に対してではない。
決意が鈍る俺自身に対してだ。
俺が彼女の心を傷つけアレを何とかしなければ、恐らく彼女は近い将来きっと後悔することになるだろう。
女の子の心を傷付けて平然と、もしくは喜ぶ趣味は俺にはない。
繰り返すが本当に反吐がでる。
「どうした、優しい君にしては随分冷たいな。彼女と諍でもあったのか、辛い仕打ちでも受けたのか……」
俺は決定的なブロックワードを口にすることにした。
「彼女に膝をかしずかれたか、家来のように」
感情のなかった瞳に動きがあった。それは
―――敵意
俺の口撃は止まらない。
「1人で死ぬのは怖いか……。置いて行かれた気分はどんな気分かな? お・か・あ・さ・ん」
彼女から気をしっかり持たないと崩れ落ちそうなほどの、プレッシャーが放たれる。
(あ、ちょっとやりすぎたかな?)
ちなみに”おかあさん”というのはつい口にしてしまった言葉だが、効果はありすぎたようだ。
「貴方は何を知っているのですか……」
予定通り感情の暴走で、俺の望むモノが出てきてくれたようだ。
計画通りなんだけど……怖い。
「いつまで、猫被っているつもりだ。聞こえねーよ。この初心者ビッチ」
「貴方に何が!!何が分かるというんですか!!! 」
彼女の声が通常とは全く異質な声質で俺に放たれる。
そして、雪が止んだ。
いや、正確には”周辺の雪雲が消失した”
彼女から放たれたプレッシャーは空間を変質、いや、俺を飲み込み……
俺と彼女はこの世界から消えた。