14話:聖人アリア その3
ダイニングは既に喧騒の最中だった。
建物による内部の豪奢な内覧に比べ、木製のとても質素ないくつもの長テーブルと椅子があった。
そこに人数は6、70人くらいだろう。
年代、性別、人種すらバラバラな子供たちがそこに居た。
年少の子達は更に年少の子たちの面倒を見、一定以上の年齢の子達は率先して夕食の準備を行っている。
俺はその姿に感心する。
言われずとも皆が皆、自分の出来る仕事を行い、手の空いた者はそのフォローに入る。
手伝いの出来ない年少や、身体に障害のある子供たちにも他の子供たちがしっかりフォローをして調和のようなものが取れていた。
「トーヤさんはこちらになります。どうぞ」
アリアに案内されたのは、いわゆるお誕生日席だった。
そのお誕生日席の前に異世界の料理なんてよく分からないが、見た目マッシュポテトのようなものが大皿に山盛りに盛られていた。
おい……
「あのアリアさん……確かにお腹は減っているけど、この量はさすがに無理なんだけど」
はっきり言って俺の腹よりも体積がありそうだ。
アリアはクスクスと笑い。
「この席に座る皆の分ですので、トーヤさん1人の分ではありませんよ」
アリアは笑顔で説明してくれた。
「トーヤ当たり前じゃない。どう見ても1人の量じゃないよ」
どうやらよほど腹が減っているようだ。
1人でも行けそうな気がしないでもないが……
いや、やっぱり無理か
俺は勧められた席へと着席する。
俺が着席すると準備が終わったのだろう。
子供達が次々と着席していく。
そして夕餉が始まろうとしていた。
献立は、円形の大きなパンが1つ、以前コンビニでよく見かけたスイートブールが見た目近いものだった。
スープはシチューに近いような色だが、俺が食べ慣れたシチューよりは薄い感じがした。
そして、見た目マッシュポテトのような山盛りの食べ物がテーブル中央に”デン ”と鎮座していた。
どうやら、教団らしく食事の前にお祈りをするようだ。
シスターメリアが号令をかけ、全員が暖炉の上に安置されている大きな絵画に祈りを捧げる。
俺も釣られてその絵を見たが
(な、何でシロが…!)
その絵画に描かれていたのは白蛇の神様のシロだった。
その姿は随分美化されており、太った感じは一切なかったが紛れもなくシロだ。
(まあ、確か自分が創ったという感じで紹介してたな)
この世界に落とされたときのことを考えそんな感じだったと思った。
だが絵画にシロの他にも、豪奢なドレスを纏った美しく愛らしい女性と、フードを被った髭を伸ばした壮年の男性が描かれていた。
(あの二人は? まあ1人は想像がつくけど、もう1人は誰なんだ?)
ちなみに、豪奢なドレスを着た女性の絵は恐らくティコである。
正確には《精霊女王》形態のティコだ。
ゲームにおいて、ティコは《精霊女王》と呼ばれる高位の存在で、世界の守護者としての使命を創造神から賜っている精霊だ。
つまり今の姿は下界においての仮の姿ということになり、本来の姿は俺たち人間とそう変わらない大きさなのだ。
俺はティコを見ると、ティコは既に俺の皿から夕食を取り食べている最中である。
「トーヤ美味しいよ、コレ」
まだ、お祈りの最中なのに困った娘だ。
俺は念話でティコに絵のフードのおっさんのことを聞いてみることにした。
「なあ、あの絵のフードのおっさん誰か知ってるか?」
まあ、片割れの本人がいるのだから知っていると思ったが……
「ううん。知らないけど…… 何でボクに聞くの?」
まあ、俺はティコの正体については知らないということになっているからな。
ここは適当に
「いや、あの絵の女性がティコに何か似ている気がしてな」
俺のその言葉にティコはしらばっくれる感じで「えー、似てないよ~」って返してくる。
ゲームから変わらず嘘が下手だな、まあそんな所がこの娘の魅力だと思うが、と俺は思った。
どうやら、お祈りも終わったみたいで夕食が始まった。
どうやら、マッシュポテトと思っていた食べ物は乳製品と豆を引いたものをメットル(異性界のかぼちゃの一種)と和えたものらしい。
恐らく使用しているハーブの一種が絶妙な味加減で味気なさを上手く調理して、美味しい料理にしていた。
そしてスープだがこれも乳製品と思ったが、魚介と海藻のスープだそうだ。(ウミガメジャナイヨ)
どうやら、王都近郊に漁港があるらしく、新鮮な魚介が流通しているとのことだ。
そしてパンであるが驚いたことにふっくらしていた。
恐らくここまで膨らまそうとしたら、イースト菌を使い発酵する必要があるがアリアに聞いてみたところ、この世界にイースト菌の存在はまだ分かっていないみたいだが、パンを膨らます粉の技術が教団から一般の民衆に伝えられ、それを使いパンを焼いているとのことだ。
トーヤの記憶では辺境では硬くてぺったんこのパンが主流であり、恐らく王都近郊だけの技術だなと考える。
(はっきり言って辺境の食事より、孤児院の方が食事のグレードが上な気がする)
「トーヤさん。お味は合いますか?」
斜め向かいに座って一緒に食事を摂っているアリアは、俺を見て声をかけてきた。
「うん。とても美味しいよ。お腹も減っていたのでいくらでもいけそうだよ」
俺は社交的に返した。
アリアは笑顔で「よかったです。お口に合って」と返してくれた。
アリアが視線を俺から外した後、俺は彼女のことを考える。
(兆候はなさそうだけどな……)
さっきのシスターメリアとの話を思い出す。
その話を聞いた時、俺はまさかと思うことがあったが確証を得ている訳ではない。
(機会があれば引っ掛けてみるか……)
嫌われるだろうけど、俺は別に彼女に嫌われてもよかった。
ただ、
『(俺は……彼女を助ける!!)』
そう決めたのなら最後まで助けるのが決意というものだ。
俺は、今後のことを考えながら食事を取ることにした。
食事もほとんど終わり、俺は満腹感が限界に達していた。
(た、食べ過ぎた)
これで、明日の昼まで持ったらいいなーと考えていると
猫を抱いた7、8歳くらいの1人の少女がアリアと話しているのが見えた。
アリアは猫を少女から預かると聖歌呪法を使ったように見えたので、何かあったのか気になり俺は話しを聞いてみることにした。
「何かあったのか?」
俺が二人に近づいて声を掛けたら、少女の方はビクッとしてアリアの後ろに隠れてしまった。
魅力が低いので自分の顔があまり良くないとはいえ、これにはショックだった。
(おのれシロめ!)
俺は壁の絵に視線を合わせてシロに心の中で恨みごとを言うことにした。
「トーヤさん。実はこの子が世話をしている猫の《リンクス》が食事をほとんど摂らなかったので、病気かと思い治療を施したのですが……」
俺はアリアが抱いていた猫のリンクスを見てみたが確かに元気がなかった。
聖歌呪法の《快活の歌》にはバッドステータスを治療する効果もあったが、正直バッドステータス以外のものは治らないのではと考えてみる。
そうだ!
俺は念話で
「おーい、ティコ」
ティコは食事も終わって満腹になったのだろう、お腹を抱えながらフヨフヨ浮いていたが俺の呼ぶ声でこっちに飛んで来た。
「ん。どうしたの?」
俺はこちらに飛んできたティコに頼んでみることにした。
「この猫のステータスを測定してくれないか?」
ティコはえー……と言う嫌そうな表情をし、
「あのね。トーヤ、ボクはお医者さんじゃないんだよ」
ティコは嫌な顔をしていたが、椅子に座っているアリアの膝の上の猫の元気が無い様子を見て意図を悟ったのだろう。
「分かったよ。少し待ってね」
ティコは猫のステータスを測定し、俺に見せてくれた。
状態異常は…なし?
でも、調子が悪そうなのはどういうことだろうとステータスボードを眺めていたら、ある一つの項目に目が止まった。
HP1/1
いくら猫とはいえ、生命力の最大値が1は正直あまりにも低すぎる数値だ。
「このネコもう寿命だよ。多分今夜あたりがヤマじゃないかな」
ティコは悲しそうな声で俺に言ってきた。
「そうか、そんな気がしていたが……」
俺は藤也の時に家に居た、犬のチロが寿命を迎えた様子と良く似ていたのでそんな気がしていたが、その通りとは。
俺はそれが分かりどうするか少し考え、件の少女を見て考えを行った。
少女は猫を真に案じているように見え、俺は考えが決まった。
「お嬢ちゃん。名前は?」
少女は再び怯え、アリアの後ろに隠れてしまう。
(※ただしイケメンに限るって言葉が思いっきり心に突き刺さるな)
俺が心で泣いていると(表情でも泣き顔な気がしたが)アリアが少女を窘めた。
「ユーノ。トーヤさんは悪い人ではないですよ。こう見えてもとっても頼りになる方だから、リンクスのことも何か分かるのだと思うよ」
(こう見えてもは余計だ)
俺は内心ツッコミを入れる。
同時に、こんな失礼なことを言えるアリアに安心もした。
敬語ばっかりだからなコイツ……
「ああ、こう見えて辺境では家畜の面倒も見ていたからな。だから動物の様子をみただけで分かるんだよ」
もちろんデタラメだ。
その言葉で、俺にリンクスの容態が知りたいユーノはアリアの後ろからおずおずと出てくる。
正面から見ると黒髪の目のパッチリした将来が楽しみな子だった。
日本の小学校にいれば人気者になるだろうなと思う。
「単刀直入に言うよ」
俺は一息入れて、諭す様な口調で言った。
「リンクスは寿命だ。恐らく今夜で寿命を迎える」
その言葉にユーノは「え?」と言う表情になる。
アリアも「何故そんな直接な言い方を」と非難めいた視線を向けてくる。
確かに、ここはオブラートに包むように言うか、リンクスは明日には良くなるよと繕うのが無難な対応だろうと思う。
でも、俺は犬のチロの時には”良くなるまで一緒に居る ”と両親にダダをこね。
チロはすぐに良くなると言われ、両親は間違ったことを言わないと信じていた俺は、そのまま寝室で寝てしまった。
翌日、チロは亡くなっていた。
俺は両親を責めたが、それ以上に自分を責めた。
どうして、最後まで一緒に居てあげられなかったのかと……
子供は大人が思っているより賢い。
いや、正確には物事を吸収する感性の力が強いと言うべきかな?
ちょっとした勘でしかないが俺が見た所、この子は取り敢えず安心させてあげるより、ちゃんと後悔なくありのまま伝え後悔させない様に、最後の夜を過ごさせてあげる様にするのがいいと俺は判断したのだ。
「リンクス…… 居なくなっちゃうの?」
ユーノは目に涙を溜め、俺に問いてくる。
「ああ、でもリンクスは幸せだと思うよ。最後に1人で旅立つよりユーノちゃんに見送ってもらえるのだから、ユーノちゃんがリンクスと一緒に居てあげれば安心すると思うよ」
泣き出しそうなこの子に俺は頭を優しく撫でてあげる。
正直俺は子供は居ないが
昔、親父に撫でられた様に雑だけど優しく心を込めてユーノの頭を撫でた。
ユーノは泣きそうな表情だったが、俺が撫でたことが功を奏したのか泣かれることは無くなった。
俺は安心して撫でるのを止めたが、そうしたらまた泣きそうになった。
(おいおい……)
俺は仕方なく、またユーノを撫でる。
止める。
泣きそうになる。
(エンドレスかよ!!)
ここは妥協案を出すことにする。
政治も妥協が大切と、世のエリート様もおっしゃっているからな。
「ユーノちゃん。お兄さんがとってもいいお話をしてあげるから、それをリンクスと聞いて、いい夜にしようね」
傍から見ていたら、事案確定な光景は考えないことにした。
カンガエテシマッタケドネ。
「お話……?」
「ああ、感動の超大作さ、だからもう泣かないでね」
俺は「頼むよ」というトホホな感じでユーノにお願いする。
ユーノが了承の返事をする前に、俺たちの会話を聞いていた他の子供たちが、喜びの声を上げた。
「おーい。この兄ちゃんが面白い話しをしてくれるってさ!」
「え、本当? この前の吟遊詩人の話しはつまらなかったから、それより面白いといいな」
「それなら、礼拝堂を使おうよ。あそこなら全員入るし」
「わかった。俺軽く掃除して準備するよ!」
どうしてこうなった……
俺は思いの他な反応で困惑する。
俺は思わずティコを見上げるが……
「わー楽しみ。トーヤどんな面白い話しをしてくれるんだい?」
ティコさん。そんな期待値高そうな目で見られると、俺緊張して吐きそうなんだけど。
どうやら、後片付けが終わったらしい子供たちに礼拝堂に案内される為、俺は連れ出された。
「そうだね。1人で死ぬのは怖いよね……」
1人でそう呟いたアリアのその表情には、普段のにこやかな感情は一切なかった。
皆様よき正月は過ごされましたか、明日からお仕事の方々もいらっしゃるでしょうけど、お体には気をつけてお過ごしください。