11話:入学までの長い道のり その6
(うう、染みるな)
俺は合流地点と定めた。ポイントα ― 噴水広場 ―でティコを待っていた。
ついでに、噴水の水でハンカチ代わりの布を浸し、血や汚れなどを綺麗に拭き取る。
甲子園のエースはハンカチで汗を拭って評判となり、俺は鼻血を拭うってか……
少し悲しくなってきた。
体調はそこまで悪くないので、後遺症などは大丈夫かなと自己診断する。
最弱の能力値だから虚弱体質の冒険家みたいにすぐ死ぬ設定じゃなくてよかったとプラス思考で考えた。
何かブルーになって黄昏れていると、ティコが帰ってきた。
「おかえりティコ。色々悪かったな。ありがとう」
俺はティコを労う。
今回ティコがいなければ、とてもアリアを助けることは出来なかっただろう。
本日のMVPだな。
「このぐらいなんてことないよ。でもトーヤ …怪我は大丈夫?」
ティコは心配そうに俺に問てくる。
俺の返事は決まっている。
「まあ、生きているから大丈夫だぞ」
俺は冗談ぽく言った。
「そっか♪ トーヤは強いもんね」
いや、俺最弱なんですけど……
「でも…クスクス…あははははは…もう無理…」
いきなりどうしたのだろう。頭でも打ったのか?
ティコは片腕をダランと下げ。
「う、うでの骨がおれたー♪」
そ、それは
「ふくまくえんが裂傷したー♪」
正直、第三者の目線から観せられると恥ずかしくなってきた。
ティコはもう堪えきれなくなったのか、ゲラゲラと大笑いを始めた。
ティコは散々笑い倒したあとに
「あー笑った、笑った」
あーそうですかい、そんなに面白かったなら、またやってやろうかと思った。
あんな状態ではごめんだが。
(何か忘れている気が……って!!)
俺は学生局に行かなければ本日の泊まる所もないことを思い出した。
「まずい! ティコ学生局に急ぐぞ! でないと今夜の宿が!」
俺はティコを急かし、学生局へと走って向かおうとした。
「ねえ。トーヤ」
俺は「何だよ」と言う視線を向けた。
ティコはとても優しい表情で
「とっても格好良かったよ」
ティコ…… あれが格好いいって…… 趣味悪いな。
現実は非情である。
時の流れは公平に流れるものだが、世の中には恩恵に与れる者と、与れない者の二種類が存在する。
― 本日の受付は終了しました。
明日の受付は日刻9つ(9時)から開始いたします ―
「ティコ…… 今夜の宿を探そうか」
「そうだね……」
長い夜が始まろうとしていた。
数件廻って何とか部屋を見つけた俺だが、その価格に俺は驚きを隠せなかった。
その宿は別に高級宿という訳でもない。至って平均的な宿屋である。
主人の説明からすると、現在春に向けて辺境から人が集まって来ているので、辺境通貨が王都に過剰に流入してきているのだ。
それで国が制限を掛ける為、辺境通貨の両替に手数料の上昇を行ったとのことである。
店舗などでの両替は更に高くなるのは仕方ないのだが、正直俺の全財産より高くなるのは予想外である。
宿屋の主人からは、両替商に両替をお願いしたらどうかと言われたが、それでも手数料が高価になるのは避けられないので、明日に学生局で無料両替するのが一番堅実である。
宿から出た俺は
(朝までどうしようか?)
夜明かしをどうするか考えることになった。
終電が無くなった時の夜明かし代表は、1.ファミレス、2.24hマ○ド、3.公園のいずれかである。
普通は安ホテルを取ったり、サウナなど利用したりするのだが、今回に関してはその手は使えない。
朝まで営業している店舗もあるのだろうけど、そんな金があったら宿に泊まっている。
導き出される答えは一つ。
「公園に行こう」
野宿だ。
公園は確かにあった。あったが……
そこには、侵入者を阻むかのように鉄柵が巡り這わされていた。
俺は失念していたのだ。
日本での公園は無料開放の所がほとんどだ。
だからつい王都の公園もそうかと思ってしまった。
だが、海外では有料で開放している所の方が多いくらいである。
王都の公園もどうやら有料開放の様だ。
案の定、今日の開放時間は終了しているので入ることは出来なかった。
(さ、寒い……)
日も完全に暮れ、春とはいえ冷たい風が吹きさらされていた。
「ねえ、トーヤ大丈夫。何か唇が青くなってきているよ」
今はそれくらい寒い。恐らくだけど気温は0℃近いのじゃないだろうか?
春なのに異様に寒い、そう思っていたら。
チラチラと雪が振り始めてきた。
もう、笑うしかなかった。
そう言えば俺LUK(幸運)も5と最低数値だったな。
「不幸だ……」
まさか異世界に来て、マッチ売りの少女みたいに雪降る街の中で彷徨うとは思わなかったな。
俺は何処か雪を凌げる場所を探して街中を彷徨いていたが、結局そんな場所はなかった。
俺はもう疲れ果てていた。
目の前に少し大き目の建物が見えた。
どうやら、玄関も立派に造っているらしく、玄関脇なら雪を凌ぐくらいは出来そうだ。
「ティコ少しあそこで休もう」
俺はそう提案し返事も聞かずに扉の前に座り込む。
「そうだね。家の人が出てきても謝ればいいだけだし、静かにしてよう」
ティコはアイテム庫から野外用の毛布を取り出し、俺に掛けてくれた。
そして、更に自分のとっておきのおやつだったのだろう。木の実の練り込んでいる白パンを出してくれた。
既に殴られた腹の痛みは随分マシになっていた為、俺はティコの出してくれた木の実パンをゆっくり咀嚼する。
(うう、口の中痛い……)
木の実が口内の怪我に染みる。
ティコがそれに気づき、カップに入ったぬるめのお水を出してくれる。
「すまない」
俺はそう言うとぬるめの水をゆっくりと飲んだ。
普通の水だが、このぬるさでもわずかながら暖を取ることが出来た。
食事と毛布の暖で、少し頭が冴えてきた俺は今夜をどう生き抜くか考え始めた。
”寒さと飢えは正常な判断力を奪う ”とホルモン屋の婆さんも言っていた意味がよく理解出来た。
まさか、街中で長い夜を過ごすとは思わなかったよ。
異世界に来てからカルチャーショックの連続である。
色々考えてみたが良い知恵は浮かばなかった。
浮かんでも碌なものが無いのである。
ああ……何だか眠く。
軽く食事を取り、毛布に包まって寒さに耐えていたが、俺の意識は眠りへと誘われようとしていた。
(い、いかんここで眠ってしまっては、懐かしのアニメ名シーン第1位の様に天に召されてしまう)
俺は、必死で眠気に耐えようとするが甘美な眠気には抗えなかった。
「トーヤ寝ちゃダメだよ。トーヤ……」
ティコは俺を起こそうと俺の体を揺するが、俺の意識は落ちた。
(ティコラッシュ俺はもうつかれ……)
「雪だ!雪が降ってるよ!!」
その時、数人の子供の声と共に、俺が寄りかかっていた立派な扉が勢いよく乱暴に開かれた。
もちろん、俺のことなど考慮されずに
「ひでぶっ!!!!」
扉は俺の後頭部を思いっきり打ち、更に勢いよく跳ね飛ばされ俺は地面へと転がった。
今日はつくづく痛い日である。
「誰だ。この兄ちゃん」
「さあ、せんせいやおねえちゃんがいっていた、ふしんしゃかな?」
「不審者なら先生に退治してもらわないと」
3人の子供が俺を覗き込んでいた。
俺は不審者じゃないと説明したいが、後頭部の衝撃が結構なもので声が出なかった。
「リル、マリ、ベイツ、もうすぐ夕食ですから、外に出ては… あ、貴方は!」
痛みに悶え倒れた、俺を見下ろしていたのはアリアだった。
1000PV突破しました。これも読んで頂いた皆様のおかげです。 来週くらいには続きを投稿できると思いますのでよろしくお願いします。