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叔父様、フェイ・ベイカーはお父様の弟でありこの国屈指の魔法騎士だ。王宮騎士団で働いていたが現在は王都に近い領地で暮らしている。
あたかも知っているかのように話したが実はこれしか知らない。なにせ名前が出てきただけで特に物語には関わってこないので外見すらわからない。強いので恐らくクマみたいな風貌なんだろう。
強くなるにはここにくるのが1番な近道だと思った。それにフェイ叔父様は物語に関わりがないから物語の強制力の心配をせずにいられるのではないかとほんの少しの期待もあった。
「ここがフェイ様の別宅になります」
流石侯爵家とはいえうちの親戚と言うだけある。そこら辺の家族なら本宅として構える大きさだが、これで別宅だ。金持ちは恐ろしい。
御者にお礼を告げて門を見張る護衛のもとへ向かう。
「すみません」
ギロっと此方を見た護衛はトップレベルの魔法騎士の家の護衛というだけあってそこら辺のゴロツキなら目があっただけで一目散に逃げてしまいたくなる。しかし、ここで怯むわけにはいかない。
「ベイカー家のオリヴィア・ベイカーと申します。フェイ叔父様に会いたくここに来ましたが叔父様はご在宅ですか?」
私の名前を出すと護衛は驚いた表情をした。それは公爵令嬢が親戚とはいえ他人の家に少数でなんの前触れもなくきたことに対する驚きなのか、噂と実際の態度の違いに驚いているのか、真意はわからないが。私だってオリヴィアとはだいぶかけ離れた行動をしてることくらい理解している。護衛の気持ちもわかるので変に触れたりするつもりもない。
でも流石と言うべきか驚いた表情をしたのはほんの一瞬ですぐに確認してきますと告げて屋敷の中へ入っていった。
門前払いにされるかと思っていたが思いの外あっさり取り次いで貰えた。身分を疑われると思って身分を示せそうなものを持ってきたけれど取り越し苦労だったのかも知れない。
それだけこの髪色が珍しく噂になっているのだろう。勿論悪い意味でだが。
暫くすると護衛が数人の使用人を引き連れて戻ってきた。
1人で戻ってきていないと言うことら恐らく中に入れてもらえるのだろう。追い出すためなら使用人ではなく騎士を連れてくるはずだし。
「フェイ様から客間へ案内する様に申し伝えられましたのでご案内いたします」
そう言って私は中へと案内された。
外観こそ豪華なものだったが中に入ってみると案外シンプルな造りになっていた。無駄に高い食器やらなんやらが飾ってあるうちより何倍も過ごしやすそうだ。正直あの食器をうっかり割ってしまわないか廊下を歩くたびにヒヤヒヤしていた。
「此方です」
そう言って通された客間には既にフェイ叔父様が座っていた。
………クマじゃないじゃない。
椅子に座っていたフェイ叔父様、フェイ・ベイカーは想像していたクマとはかけ離れたルックスをしていた。
え、これでメインキャラじゃないの?
思わずそう思ってしまうほど美形だった。確かにしっかりと筋肉はついていて只者ではないというオーラはあるがそれより先に顔に目がいってしまう。これでトップレベルの魔法騎士ともなれば相当モテただろう。それはもう嫌になるくらいに。
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。私は最悪の結末を避けるためにここに来た。他人の顔なんて気にしている場合ではない。自分の命が掛かっているんだ他人の顔の良し悪しなんて正直命に比べればどうってことない。
「久しぶりだな、オリヴィア」
そう、フェイ叔父様が声をかけてきた。危なかった、うっかりはじめましてと挨拶をしようとしていた。フェイ叔父様に会うのは初めてではないらしい。
「まぁ、久しぶりとは言っても会ったのはお前が生まれた直後だけだがな」
なかなか返事をしない私を見かねてかそう続けた。
なんだ、はじめましてで挨拶をしてもなんら問題はなかった。だってそんな昔のこと私が記憶をなくしていなかったとしてた覚えているわけがない。
「お久しぶりです。フェイ叔父様」
とりあえず場の空気に合わせてそう挨拶をした。気持ち的にははじめましてだけど、そこは気にしない。
「で?どうしてうちに来たんだ?しかも1人で」
「今日は叔父様にお願いがあって来ました」
「ほう、それはどんな?」
「私に剣と魔法を教えて頂けませんか?」
沈黙だ。これは肯定の沈黙ではないことは確かだが、どう思われているか全く読めない。用件をつたてしまったためこれ以上叔父様に伝えることもないので私も黙ってしまったので尚更空気が重く感じる。
「変なものでも食べて頭がおかしくなったのか?」
長い沈黙の末に叔父様から出た言葉はそれだった。
「いえ、変なものは食べていませんし至って健康ですが」
思わず取り繕わずに答えてしまったが叔父様は特に気にしている様子もない。
「じゃあなんだ?お嬢様の気まぐれか?それとも新しい遊びでも見つけたのか?」
「いえ、お遊びで来たわけでもありません。純粋に強くなりたくて来ました」
「は?どうして?お嬢様であるお前が強くなる必要なんてないだろ?」
そう言われたのでここまでの経緯を簡単に説明した。
「へぇ、そんな約束を」
「でも、なんで婚約をしたく無いんだ?お前ならあの皇子の婚約者になりたいというと思ってたけどな」
「私は1人でも生きていける術が欲しいんです」
「公爵家のお嬢様がか?」
「そこに私が公爵家の人間であるということは関係はないです。例え私が平民であっても同じことです」
「へぇ、あの我儘公爵令嬢がこんなこと言うなんて誰が思う?」
やはり以前のオリヴィアが我儘放題だったということは知っていて部屋に入れたのか。私が言えたことではないが、行動の根拠が全くわからない。知っていたのならそのまま追い返す方が無難だっただろうに。
「なんで俺が部屋に通したのか?とでも考えているんだろうな」
「え、」
「顔に出てる」
「どんな我儘に育っているのか気になったからただそれだけだ」
「だが、いざ話を聞いてみたら1人でも生きていけるために強くなりたい?しかもこんな真剣な目で」
「人が変わったとしか思えないな」
「誰でも何かきっかけがあれば人は変わるものだと私は思います」
「それは違いないな。だが、その変な取ってつけたような態度で言われてもな」
「我儘ではないことはわかるが本当のお前を見せるってのが誠意だと思うが」
誠意ね。
確かに公爵令嬢のオリヴィア・ベイカーで居ると言うこと、最悪の結末を避ける為に生きるということを第一に意識していたので本来の私らしさと言うものは欠けていたのかもしれない。それが正解なのかどうかはわからないが今ここでは私の意思が必要とされている。それに答えない理由もない。
「1人で生きていけるようになりたい、というのは紛れもなく本音です」
「王妃になるよりも自立がいいと?」
「王妃はそんなに憧れるものですか?」
「憧れるも何もこの国で1番権地位の高い女性になれるのだから誰しもなりたいとは思うだろう?」
「私は全く惹かれませんね、権力があるとは言え所詮王妃、なにも大それたことはできません」
「常に派閥問題や他国との関係が纏わりついて自由に何かをすることもできない。そんなの生きているなんて言わないと思います」
言葉には出さなかったが、他にも理由はいくつかある。この国は王族のみ一夫多妻制だ。婚約者として王妃はいるが他にも複数女性がいる。後継が必要だと言うことを考えればわからないこともないが、今までずっと一夫一妻制の国で生きていた記憶がある中でいきなり一夫多妻制でやって行けなんて言われても正直無理。まともに恋愛すらしたことないからやっていける自信なんてない。
「地位よりも自由ってことか」
「ざっくり言うとそうなりますね」
「お前本当に10歳か?」
……うっかりしていた。私を前面に出しすぎたせいで今のオリヴィアが10歳であることを忘れていた。どこに地位より自由が大切だなんて主張する10歳がいるんだ。
「まぁ、良い。ならまず1週間だ」
「1週間?」
「1週間みっちり教えてやる。それでお前がついて来れなくなるか、もう嫌だと逃げ出すかどちらかすればそこで終わりだ」
「そうならなければ1ヶ月は鍛えてもらえると言うことですね」
「あぁ、ついて来れればな」
「言いましたね?言質取りましたからね」
「自信あるんだな」
「まぁ、根性だけは自信があるので」
言質なんて10歳が言うセリフではないと後悔しつつも絶対に負けずに1ヶ月鍛えてみせると心に誓った。