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クラゲの夏  作者: 暁 海響
20/21

8月19日 ①

 いつもお盆を過ぎたあたりから、この辺りの海には様々なクラゲが大量発生する。

 クラゲの成長時期が大人のクラゲへと変わる頃がお盆辺りの時期と重なるからである。

 黒潮の流れの関係や、海水温が適した状態になるなどの理由が重なっていることもあるのだが、海月や島の子どもたちにとっては、そんな理屈は関係なく、幼い頃から「お盆過ぎたら泳いだら駄目」と言われているから泳がないのが当たり前なだけだった。


 お盆の後、なんて言うが、その前頃から次第にクラゲは増えてくる。

 特に直接害があるのは電気クラゲだろう。正式名称はアンドンクラゲらしい。

 透明度の高い海の中でも、そのクラゲは見えにくい。

 ほとんど透明で小さな笠に、細長い触手にこれまでに何度も泣かされてきた。

 泣かされたというのは比喩であるが、実際、小さな子どもはその痛みに泣く子もいるのは間違いない。

 触手が肌に触れただけで、みみず腫のようになる子だっている。

 海月が刺された時は、そこまでひどくはならないが、ヂカッという突然の痛みには悩まされていた。


 とは言っても、従姉妹たちと一緒に、大きな水中眼鏡の中にその小さなクラゲを何匹も掬っては集めて最終的に海からあがる時に逃がすなんて遊びをしていたこともある。

 子どもとは恐れ知らずである。


 そして、今年も違うことなく、クラゲの大量発生が始まっていた。

 先のクラゲも然り、他のクラゲも然り。


 本来であれば、海水浴なんて止められる時期であるにも関わらず、海月は今日も海へと―――アオの元へと通っていた。



「ミツキ! そっちに行ったよ!」

「え? はっ、あっ!?」

「あー、逃げちゃったね?」

「………ゴメン」


 アオの魔法のおかげか、クラゲは近寄ってこないおかげで、気にせずに泳ぐことができていた。

 でもアオには、「ボクと一緒じゃない時は泳いじゃダメだよ」と釘を刺された。

 今日は前に見たイルカの追い込み漁をやってみよう! と思い立ち、アオと二人、あっちとこっちでトビウオを追いかけていたが、一瞬、海月が意識を逸らしたことで、トビウオは海月の横を、これ幸いとばかりに抜けて、そのまま海上へと姿を消した。海上でも方向転換したのか、飛び出した方角と、着水した方角がズレていた。もう追いかけるのは難しいだろう。


「うん。それは別にいいんだけど……どうしたの? なんだか今日は時々何か考え事をしてるみたいだね?」

「………ゴメン」

「悩み事?」

「うん。まあ、大丈夫! せっかく遊んでたのにごめんね! 夏も残り少ないし、めいいっぱい楽しんでおかなきゃね!」

 私は悩みを振りきるように、泳いだ。



 そんな海月の後ろ姿をアオは見つめた。


「……ボクなら、ミツキにそんな顔させないのに……………え?」


 ポツリと溢れた自分の言葉にアオは驚いた。

 そんな考えを持たないようにしなければいけないのに、先日からどうもおかしい。


「アオ! 見てみて! この海草、タツノオトシゴがくっついてる! どこかから流れてきちゃったのかなぁ?」

 アオの考えてることなど知るはずもない海月が、アオを無邪気に呼ぶ。

 アオは一掻きで、ぐんと海月に近づいた。


「でも、ミツキがボクといてもいいって言うのなら……」







 ~♪ ~♪

 着信音が鳴り響いている。

 画面に表示された電話の相手は、クラスの友達だった。

 通話ボタンに触れて電話に出ると、元気な声が耳元に響いた。


『よぉ! 陸! 今なにしてたぁ?』

「おま、声大きすぎ! 何って、宿題頑張って終わらせようとしてんだよ! お前がバーベキューとか提案すっから時間なくなんじゃねぇか!」

『またまたぁ! たった一日、しかも数時間だけで時間がなくなるようじゃ、どっちみち最初っから間に合ってねえだろ!』

「わかんねぇじゃねぇか。そのたった数時間で俺の秘められた力が解放されるかもしれねぇだろ?」

『そりゃぁ………ねぇな!』

「あぁ、ねぇな」


 二人は同時に吹き出した。


「そんで、なんの用だよ?」

『おぉっ、そうだった! バーベキューの日程が決まったからその連絡だよ!』

「あぁ、そのことか」

『なんだよ? 宿題終わらせようとするくらい行く気満々なんだろ? んな、やる気ねぇような声出すなよな~』

「いや、行く気はあるんだけど、やっぱ微妙な心情というかなんというか、な」

『んなうじうじ悩んでるくらいなら、思いっきしぶち当たって砕けてこいよ! な!』

「砕けさすなよ」

『骨は拾ってやる!』

「殺すなよ」

『まぁ、とにかくさ、何か話すきっかけにはいいだろ? どっかで二人話せるようにすっからさ、ちゃんと話してみろよ。な!』

「………そうだな。とにかく話をしてみるよ。サンキューな」

『いいってことよ~』

「そんで、いつに決まったんだ?」

『おう、そうだったそうだった。明後日だ! 白浜でやることに決まったからさ!』

「白浜? 集まるには遠くないか?」

『先生を含めて、引率してくれる親が車出してくれるらしいぜ? タクシー屋の息子もいるからな。大きめの車を一台出してくれるらしい』

「へぇ~、なんかたかが思いつきのバーベキューなのに、ノリがいいのな」

『でも、これで楽しみも増えたろう?』

「そうだな。そうと決まれば、目の前の宿題も終わらせちまわねぇとな。お前もどうせ残ってんだろ? やってしまえよ?」

『なんのことかなぁ!? じゃぁ、また明後日な!』

「あ、おい。……ははっ、都合悪くなるとこれだから。……さて、やっつけちまいますかねぇ!」


 陸はそれから残っていた宿題を一部を残して終わらせてしまった。

 一部がどのくらいの量なのか、それが終わったかどうかは、さておきである。





 夏休みも残りわずか。

 そんな思いで、ベッドから出るのも躊躇われるようになってきたが、残りわずかだからこそ、一分一秒も無駄にはできないものだ。


 リビングへと入れば、身支度を整えた父親と母親が揃って、朝食を食べていた。

 葉月はまだ寝ているらしい。

 まだ覚醒していない頭でテーブルに着くと、母親が海月の分の朝食をすぐに用意してくれた。

 朝の忙しい時間でも、こうやって準備してくれる母親に「すごいなぁ」という感想は伝えずに、箸を動かす。

 母親もそれを当たり前のように受け止め、父親へのお茶の準備をはじめていた。


「そういえば、この間話してた迷い込んだやつ、まだ抜け出ることができてないらしいぞ?」

「あら、そうなの? あれから何日か経ってるのにねぇ……大丈夫かしら?」

「このままだと弱って打ち上げられるかもなあ」


 そんな話を耳にしながら、使った食器類を水に浸けた。


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