8月17日
「おはよー!」
「おはよ~」
学生たちの元気な、そして気だるげな声があちこちから聞こえる。
「元気だったぁ?」
「元気元気!」
10日程しか会わなかっただけなのに、感動の再会とばかりに、対面を喜びあっている。
今日は夏休み中の二度目の登校日。
海月も例に漏れなく、しっかりと登校していた。
「どっか旅行とか行ったぁ?」
「行ったよ~、海外!」
「えっ!? どこどこ!?」
「大阪のおばさんち!」
「海外じゃないじゃん!」
「えー、ちゃんと海外だよ~。島から出ればどこでも海外じゃん」
「確かに!」
「「あはははは」」
「ねねっ、海月は夏休み中、なんかあった?」
「えー? 別に何もないよー? 行ったとしても島の中あちこち行ったくらい」
「「橘くんと!?」」
「へ? な、なんで陸?」
「えー、だって、祭りの日“デート”してたじゃない?」
「そおそ、二人だけで、浴衣なんて着ちゃって! もう! 言ってくれればよかったのに!」
「ちっ、違うよ! あれは人助けでっ」
「はいはい。そんな言い訳はいいって」
「だから別にそんなんじゃないから!」
「んで?」
「……んで、って?」
「なんかあったの?」
「何かって…別に……」
「次の日、橘くん、めっちゃあんたのこと探してたよ?」
「何かあったんじゃないの?」
「う……」
友人数人にググと迫られ、仰け反った海月が視線を横にズラせば、陸と目が合った。
今話してる内容が聞こえてるのか聞こえてないのかは分からないが、話してる内容が内容なだけに、顔の色が染まるのを自分でも感じた。そんな海月の様子に、何やらピンときた友人たちの顔が、さらに楽しいことを見つけたかのように笑みを増した。
「お? なんだ? みつきちゃ~ん? 何があったか、お姉さんたちに話してみなさ~い?」
「誰がお姉さんだよ!」
「まあまあ、そんなこと気にしないでさ。さあさあ」
「うう………」
「ぅお~い、お前ら席着けぇ~」
返答に困っていたところに、天の助け、もとい、担任が登場した。
友人たちは残念とばかりに、自分の席へと着いた。
助かった、と、ほっとしたところに斜め前に座る友人が振り向いた。
「あとで、ちゃんと聞かせてもらうからね!」
逃げられなかった。
結局二人の間に何があったかを、掻い摘んで話すと、友人たちはキャアキャアと楽しそうにしていた。
「ね、ね。それでそれで? 海月どうすんの!?」
「どうするって?」
「バッカ、付き合うのかってことよ!」
「つっ、付き合わないよ!? 告白されたわけでもなし!」
正しくは、告白前に海月が遮り、逃げ出したのであるが。
「「「「へ?」」」」
「な、何さ?」
「いやぁ~、ねえ?」
「うん」
「何?」
「あんたら仲いいから、何かきっかけがあれば、そうなるもんだとばかり思ってたからさ」
「………ならないよ」
「なんでよ?」
「橘くんのこと、嫌いじゃないんでしょ?」
「嫌いじゃないよ」
「好きなんでしょ?」
「……好きか、嫌いかで言えば、前者だけど」
「そんなら付き合ってみたら?」
「そんならって、そんな簡単なことじゃないと、思う…。 ………別に、今のままでいいよ」
頑なな海月を前に、友人たちは顔を見合せ、肩を竦めた。
「まあ、海月が決めることではあるけどさ、とにかく、橘くんの話はちゃんと聞いてあげた方がいいと思うよ?」
「このまま逃げ続けるわけにもいかないしね」
「………うん。……がんばる」
下を向く海月の顔を、友人の一人が上げて、別の友人が頬を軽くつねった。
なんとなく、元気付けられていることが伝わってきた。
掃除の時間を使って喋っていたせいで、掃除は終わっていなかった。チャイムが鳴って、慌てて終わらせてホームルームへと急いだ。
「さて、夏休みもあと残り僅かだが、宿題が終わっていない者がいたら、早めに取りかかってしまうようになー。せっかくの夏休み最終日を徹夜して終わるなんて嫌だろー? 明けたら中間テストもすぐにあるんだから、今のうちに予習復習もしておくんだぞー?」
「「「「「えーーーっ!?」」」」」
「あとは、ちゃんとした夏休みの思い出なんてのも、しっかり作るといいぞ。せっかくの学生の間だけの夏休みだからな。青春もきちんと謳歌なさい。じゃあ、これで今日は終わりだ! お前たち、残りの日数で怪我や病気なんてするんじゃないぞー?」
ホームルームが終わり、誰もがまだ帰らないうちに、男子生徒の一人が立ち上がって、教室にいる皆に話しかけた。
「なあなあ! 今、先生も言ってたけどよ! なんか思い出作りしようぜー!?」
「おー、さんせー!」
「思い出作りって何すんだよー?」
「うーん、肝だめしとかキャンプとか…バーベキューとか!」
「肝だめしは、山とか墓とかに夜行くわけにはいかないし、キャンプだと泊まりだから、親の許可もいるし、多分大人同伴じゃなきゃ問題になるだろー?」
「えー? 別にそんなん構わないんじゃねーの?」
「そりゃ、何人かならそいつらの責任でいいけど、皆で集まるんならちゃんとしなきゃだろ?」
「そーだなー。じゃあ、バーベキュー?」
「いんじゃね? それなら何人か親とかいてもいいし、いっそのこと先生にお願いするとか!」
「場所は砂浜のある海とかでいいしな」
「材料費とかは皆で分担することになるだろうから、それでも構わないならいんじゃないかしら?」
「花火とか持って行こうぜー!?」
「あ! せーんせー! 俺らバーベキューしたーい! 引率してくださーい!」
ちょうど担任が廊下を歩いていたのを捕まえた。廊下にまでその声が響いた。
「ああっ!? なんだなんだ? お前ら俺の貴重な休みまで奪う気かぁ!?」
「じゃあ、俺らだけで行ってもいいですかー? 夜ぅー」
「だぁめに決まってんだろが! よぉし、分かった。俺も付き添ってもいいが、他に誰か大人を用意しろよ? 俺には一人でお前らを全員見ておく力はないからな!」
「えー?」
「えーじゃない。それが駄目なら、駄目だ! 分かったか?」
「「「「へーい(はーい)、分かりましたぁー!」」」」
「引率者と、日時が決まったら連絡しろ。じゃあ、お前ら残ってないで早く帰れよ!」
「「「「へーい(はーい)、分かりましたぁー!」」」」
こうして、クラスでの、海でのバーベキュー開催が決定した。
「ねえ、バーベキューの時、海月と橘くん二人きりにしてみる?」
「そうね。このままだと、話さずに夏休み明ける可能性もあるもんね」
「俺らもそう思うぜ?」
「何、あんたら盗み聞き?」
「別に、話しかけようとしたら、聞こえてきただけだし。それよか、陸の様子が変だったから、俺ら問い質してみたんだけど、なんか変なことんなってんな」
「ほんと。二人とも素直んなって、さっさとくっつけばいいのにね」
「まじそれ! もどかしいっつーか、なんつーか。先に進まねーから、俺らがなんとかしなきゃじゃねー? って話んなったんだよ。そんで、思い出作りを提案してみたシダイだ!」
「それが理由だったの!?」
「ま、俺らが遊びたいからって理由もある!」
「はあ…じゃあ、まあとりあえず。バーベキューの時に二人になれるようにしてみますか」
「「おー!」」
自分たちの知らぬ間にそんなやり取りが行われていたなど、海月も陸も知らないまま、クラスを後にした。
そして、そんな友人達のやり取りを、一部の女子が見つめていた。