8月11日 ①
ちょっと遅くなるかもですけど、今日中に続き上げれるよう頑張ります~
―――祭り二日目。
まんじゅうのように丸くなった布団があった。
いつからそうしてあったのかは分からないが、風があっていつもよりは涼しかったとはいえ、顔も手足も出ていないそれは、暑苦しかったのではないだろうか。
首を振る扇風機の風で、カーテンがヒラヒラと動いている。
もぞり。
まんじゅうが動いた。
布団の端から顔を出した海月は、眩しそうに目を開けようとしていた。
布団の中にこもっていたのだから、日の光がまぶたから漏れることもなかった。急に明るいところに顔を出したため、目をぱっちりと開くことができなかった。
天気予報はちゃんと外れることはなく、今日も日中は暑くなりそうな快晴だった。
次第に明るさにも慣れていったが、その目はあまり開かなかった。
「う~……あんまし眠れなかった……」
それもそのはず。昨日の陸の告白未遂事件のせいで、考えないようにしているのに、ふとした瞬間に考えてしまう。じゃあ、いっそのこと寝てしまえ! と思うのに、目を閉じれば、間近に見た陸の顔を思い出してしまう。ふわりと行きかけても、夢の中にも陸が出てきて、目が覚める。そんな悪循環でまともに寝ることができなかった。
のそりと上体を起こして、ボーッとする頭をゆっくりと回した。
「……起きるか」
ボサボサになった髪をゴムで簡単にまとめて、家族の集まるリビングへと、顔を出した。
「あ、ねえひゃん、おぁよ~」
「おはよ。葉月、ご飯は飲み込んでからしゃべりな?」
「おはよう、海月」
「おはよう、父さん」
「……なんか眠そうだな?」
「ん。ちょっと眠れなくて」
「おい、大丈夫か?」
「うん。まあ、大丈夫…」
「海月! あんた脱いだ浴衣を無造作に扱ったでしょう! ああいうのはちゃんと取り扱わないとなんだからね!? しかも、袖とか汚れてるし。もう、一体何してたのよ?」
「え!? ナニしてたの!?」
「海月、浴衣着たのか? 父さんも見たかったなあ?」
葉月が目を見開いて聞いてきたので、小突いてやった。父親は祭りの裏方で動いていたため、浴衣を着ていたことも、陸と出掛けていたことも気付いていない。
「別になんもしてないよ。ただゴミを拾うのに、袖口汚しちゃっただけ」
「今、洗濯機回してるから、終わったら干しちゃってね!」
「え!? 母さんがムリヤリ着せたのに!?」
「母さんは汚れを落とすので、もう疲れたから、あとは任せた!」
「え~……分かったよ。ご飯食べたら、やっとく」
「あら、素直」
「いい娘でしょ」
「いつもそうあればいいのに」
「過剰運転により、オーバーヒートいたしますぅ」
「バカ娘!」
海月は朝食を食べたあと、洗濯物に取りかかった。
食卓では、父親と母親がお茶をすすっていた。
「そういえば。お義父さんたちが言ってたんだけどな、最近、この辺りの海に迷いこんで出れないヤツがいるらしいぞ?」
「えぇ? 鮫とかじゃなければいいんだけど…」
「まあ、それは大丈夫らしいが、まあ、打ち上げられなければいいんだけどな…」
「そぉね。無事に出てってくれたらいいけどね」
二人はそんな話のあと、仕事のために家を出ていった。
洗濯物を干し終えると、次は何をしようかと考える。
何かしていないと、陸とのことを思い出しそうになるからだ。
部屋の掃除に、食器の片付け、お風呂掃除。
次から次へと手をつける海月を、葉月は不思議に思って「どうしたの?」と聞いてみたが、海月の返事は「別に、こんな気分なだけ!」と返ってきた。
母親が仕事に出掛けず、この場にいたなら、朝の発言を撤回して「とってもいい娘!」なんて喜んだだろう。
(昨日陸兄ちゃんと何かあったんかな?)
葉月は、今の姉を見ていると、自分が喜んでいた手前、罪悪感のようなものと、陸が姉に何か変なことをしたのかという苛立ちを感じた。
(陸兄ちゃんが俺の兄ちゃんになってくれたらって思ってたけど、姉ちゃんが嫌がるようなことするんだったら、なんか……ムカつくかも)
なんだかんだ、葉月は姉のことが好きである。
何度もため息を吐いている姉を見て、葉月も一つ吐いた。
「はあ~……どうすっかなぁ~……」
ここにも、ため息を吐く男がいた。
その手には、昨日海月が落としていった髪飾りがあった。こけかけた時か、陸から離れた時に落としたのだろう。
テーブルに突っ伏した状態で髪飾りを揺らす陸は、昨日の自分を殴りたかった。
海月にとっては、あまりにも突然だっただろうし、陸自身も、段階を飛ばした自覚はある。
その反面、海月にも不満があった。
「最後まで言わせてくれたっていいだろぉ~……」
(あれ、完全に分かってて遮ったよな? あの流れで告白じゃないとかありえないもんな? てことは何? 俺、告白を聞きたくないほど、恋愛対象外ってこと? てか、フラレた!?)
「あ~、やっぱりなんで我慢できなかったんだ、俺ぇ~っ!」
陸はずっと、このループに入っていた。
髪飾りを見つめて「よし!」と決心した。
「とりあえず、今日会ったら謝ろう! そんで、告白の仕切り直しで、フラレるなら、フラレよう!! ぐっ……」
力強く決心したものの、自分の言葉にダメージを受けた。
陸は、今日は男友達と出掛けることにした。
もしかしたら、唯芽たちグループと出くわすかもしれないが、今日は相手する気は全くなかった。
“海月に会って、告白する”。それ以外は、誰と会って、何をしようが、半分上の空だった。友達としゃべりながら、歩きながらも、キョロキョロと海月の姿を探した。
(友達と行くっつってたから、いるはずなんだけどなあ…)
「あ! わりぃ、ちょっと離れる!」
「おい、陸ぅ?」
陸が見つけたのは、海月ではなく、海月の女友達4人組だった。
海月が一緒に行く友達と言えば、この4人だと思っていたのだが。
「なあ、海月は?」
「あれ? 橘くんじゃん?」
「海月がどうしたの?」
「いや、海月一緒じゃねえの?」
「うん。海月、別の友達と先約あるって言ってたよ?」
「だから昨日も誘ったのに、橘くんに先越されたみたいだし?」
「それは、わりぃ。事情があってさ」
「「「「“事情”ねぇ~」」」」
「っ、なんだよ? てか、海月が誰と行ったか誰も知らねぇの?」
「私ら、てっきり、また橘くんと行くもんだと思ってたから相手は聞いてないんだよね」
「海月、見当たらないの?」
「ああ、……まあ、もう少し探してみるわ、サンキューな」
「私らも、見かけたら、橘くんが探してたって言っとくよ」
「ああ、頼む」
陸は男友達の元へと戻って行った。
海月の友達は、その後ろ姿を見ながら、首を傾げた。
「な~んだ。まだくっついてないんじゃん?」
「ねー。二人で出掛けたんなら、もうくっつくかと思ってたのにね」
「橘、ヘタレなのか!?」
「いや、海月が怖じ気づいたのかもよ!?」
4人は、そう話しながら笑った。
その近くには、いつの間にか、唯芽たちがいた。
その後も、陸は周囲に気を配りながら友達と歩いた。
正直、祭りどころではなかった。
そして、人混みの中にある人物を発見して、駆け寄った。
「葉月!」
「あ、陸兄ちゃん。どしたの?」
「海月、今家にいる?」
「姉ちゃん? 姉ちゃんなら、友達と遊ぶって俺が出る前に出てったよ?」
「葉月ぃ~、長くなるか~?」
「あ、悪ぃ! 先、行ってて!」
「友達といるとこすまねぇな」
「いや、全然」
「サンキュ。てか、やっぱ出掛けてるんだよな?
友達って誰か聞いてるか? さっき、海月の友達に会ったけど、海月、そいつらにも友達と遊ぶっつってたらしいんだよ」
「え? いや、聞いてないけど…そういや、姉ちゃん見かけてないかも…」
「俺もだ。……この辺にはいないのか?」
「姉ちゃんに連絡してみたら?」
「あ~、いや、うん。直接会って話そうと思って」
「ふうん?」
「「……………」」
「兄ちゃん」
「はい!?」
「…俺、いつもは陸兄ちゃんの味方をするけどさ、なんかあったら姉ちゃんのが大事だから」
「お、おう。分かってる」
「よろしくね。今日の姉ちゃんはおかしかったけど、最近、やけに楽しそうに泳ぎに行ってたからさ、誰か新しい友達でもできたのかもね。
まあ、もしかしたら家に帰ってるかもしれないし、俺も見かけたら言っとくから」
「おう、ありがとな」
葉月と別れた陸は、海月の家に行ってみることにした。