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クラゲの夏  作者: 暁 海響
15/21

8月10日 ②

 先に約束の場所へ着いたのは、陸だった。小学校の駐輪場に自転車を停め、ガジュマルの木の下から子どもたちの躍りの発表を眺めた。

 18時になっても、海月が来ない。

 5分を過ぎたあたりで、陸はソワソワと辺りを見回した。たった5分だが、いつもは約束の時間より早く着く海月が来ない。

「もしかして、やっぱ嫌んなったとか?」

 ポツリと溢した言葉のすぐあとで、海月の声がした。

「陸、ごめん! 遅れた!」

「なんだよ、驚かせんな……よ………」

「いや、早く着く予定だったんだけど、母さんに捕まってさ。だからって、こんな格好でまともに走れないしで…これでも急いできたんだけどさ。ごめん!」

「……………」

 顔の前で手のひらを合わせて謝る海月だが、それに陸は何の反応もなかった。

(あ、これ、まさかの激怒?)

 チラ、と陸を見れば固まっている。

「……あの、陸……? あ! 分かった! 変だって言うんでしょ!? そんなこと、私が一番よ~く分かってるから、何も言うなよ!?」

「は? あ、いや…浴衣、なんだな…」

 陸は、てっきり海月はいつもの動きやすい格好で来るものと思っていた。それがどうだろう。

 今、目の前にいる海月は、白地に、白や水色、紺の大菊が全体に散りばめられた浴衣に、落ち着いた黄色の帯を締めて、爽やかな印象だ。

 いつもは簡単にまとめた髪も、浴衣に合わせて綺麗にまとめられている。

 ほんの少し、化粧も施されたようで、アイラインや唇の色がいつもと違う。


(こっ、これかぁーーーーっ!?

 葉月が『死なないで』って言った意味は!!

 これ無理。心臓が飛び出て、死にそうなんだけど!?)


 陸は平静を装いながら、内心では、祭り囃子に合わせたように踊りまくっていた。


「葉月と祭りの話してたら、急に母さんが着せるって言い出してさー、強引に着せられたんだよ。陸と行くだけだって言ったのに、時間もなくなったしさー」

「へえ~……海月の母さんと葉月、グッジョブ!!」

「え?」

「ああ、いや、なんでもねー。いんじゃね? 似合ってるよ」

「………、そう? ふふん。似合わないこと言っちゃって~」

「べ、別に可愛いと思ったから、言っただけだし。あ、いや……あ~、とりあえず! ぐるっと回ろうぜ」

「うん」

 背中を向けた陸から、海月は少しだけ視線を逸らした。

(普段、そんなこと言わないくせに、何言ってるんだよぉっ!? 唐突過ぎて照れるわ!)

 陸はいつも口にはしているけれど、今ほどハッキリと伝えたことはなく、残念ながら海月にその思いは伝わっていなかった。面と向かって伝えたのは、初めてと言ってもいいかもしれない。

 海月は、慣れない言葉に顔が熱くなったが、この不思議な感情は言われ慣れてないだけだと思った。


 それから二人は、屋台の焼き鳥やかき氷、焼きとうもろこしを買って食べたり、お面を買ってみたり、太鼓の音を楽しんだりと、楽しく過ごした。


 途中で、唯芽たちを見かけたが、サッカー部のメンバーとは一緒じゃなかった。

 向こうがこちらに気付いたかは分からない。


 グランドを出て、坂を下ると、商店街でも祭りの賑わいを見せていた。通りには提灯が並んでいる。

 あちこちの個人商店が思い思いに店頭に、わたがしを出したり、ヨーヨー釣りを出したり、お店の商品を安くで出したりと、夜市が行われていた。中央の広場では、じゃんけん大会が行われているようだ。子どもたちが盛り上がっている。


 その横を通り、先にある花火屋さんに向かった。

 明日の花火の代わりに、今日花火をしようという陸の提案だった。

 いつもは、花火屋なんてない場所に、このお盆までの時期にだけできる、お店がある。

 商店の一つが持ってる場所なのか、そこの店長夫婦のどちらかが、いつもレジのところに座っている。


 海月と陸が入ると、そこには数組のお客さんがすでに入っていた。友達同士や、家族連れ、男女二人なのはカップルだろう。自分たちも、周りから見たらそう見えているかもしれないと、陸はニヨニヨと上がる口角を引き結んで抑えた。

 手持ち花火に、噴出や連発の花火をいくつか選んで購入した。


 近くに水場のある公園があったので、そこへ移動した。

「あ、火がなかった!」

 公園に着いてから、しまったという感じで海月が声を上げた。

「ふっふっふー。抜かりはないぜ! じゃーん!」

 陸が取り出したのはロウソクとライターだった。

「わざわざ家から持ってきてたの?」

「おう! 海月と花火しようと思ってたからなー」

「思いつきじゃなかったのか」

「ま、思いつきっちゃあ、思いつきだけどな。確かそこのトイレにバケツとかあったはず…」

 公園の備え付けのトイレに、掃除道具が入っている。その中からバケツを一つ借りて、火消し用に水を張った。


 買えるだけの花火を買ったが、あっという間に最後の線香花火だけになった。買い食いを控えれば、もう少し長くこの時間を楽しめたかもしれない。

(ま、あれはあれで楽しかったし、手も繋げたし良かったってことで)

 人混みの中、海月の手を取ってしばらくの間、歩けたのだ。途中、友達と出くわさなければなぁと、陸はその時のことを思い出して小さなため息を吐く。

 海月を見れば、線香花火の小さな光に、淡く照らされて、浴衣効果も相まって、いつも以上に可愛く見える。

 ボーッと、数秒間見つめていると、海月が「あ」と声を上げた。陸はドキリと心臓が跳ねた。

「へっへ~、私の勝ちぃ♪」

 手元の花火を見れば、海月の花火だけが残り、陸の花火は地面に落ちて、光を失うところだった。

「あー、くそー」

(見てたのがバレたかと思った…)

 残念そうな顔をする陸に、海月が楽しそうな笑顔を見せる。

 陸の心臓は最初から今まで、ずっと強く鳴りっぱなしだった。


「花火も終わったし、片付けよっか」

「そう、だな」

 海月は花火の入ったバケツを抱えて、水を捨てにいこうとした。

「バカ、浴衣着てんだから、俺がやるって!」

「これぐらい大丈夫だって~、ぅわっ」

「海月!」

 バケツを抱えた海月が陸の方を振り向いた途端、浴衣が足に絡み、体勢を崩した。


 海月は、バケツを落とすことなく倒れずにいた。


 ただ、代わりに、陸の腕の中にすっぽりと収まっていた。

 こけかけた海月を陸が咄嗟に引き寄せた結果だ。

 抱きしめる形で固まった二人は、自分のなのか、相手のなのか、分からないくらいに心臓がうるさかった。

「はは、ごめんごめん。こけそうになっちゃったね。ありがと…………陸?」

 背中に回された腕が緩まない。

「おーい、陸ぅ~?」

 海月がおどけた調子で声を掛けると、ようやく陸の腕が緩んだ。二人の間に少しの距離が生まれる。

「ありがとね」

 そう言って、海月が陸の顔を見上げると、目が合った。笑って「ほらみろ」なんて言ってくると思ったのに、公園のライトに照らされて見える陸の表情は、真剣な顔で海月をじっと見つめていた。

「…り、く?」

 突然、陸の腕に力が込められた。ググと引き寄せられるように、二人の間にできた距離が、また縮められる。

 海月は何事かと思ったが、近付いてくる陸にさらに驚いてしまった。

(え!? うそ!? キス、される!?)

 一瞬にして混乱した海月は、思いきり陸を押して離れた。持っていたバケツが転がった。


「あ、あの、は、ははっ、か、からかうのとか、なしだってば! もう、花火散らかっちゃったじゃん」

「あの。海月…」

「この花火、このまま袋にまとめちゃうね!」

 落ちて転がった、花火の残骸を、海月は拾って、買ってきた時の袋に入れ込んだ。濡れた砂と燃えカスで指先が汚れた。

「なぁ、聞けって! 俺、冗談で…キス…しようとしたわけじゃねぇって! 俺、お前のことずっと…」

「バケツ! ……バケツは、陸、片付けてね? 今日は楽しかったよ。じゃぁ、もう、私…帰るね?」

「あ、おい、海月!! ………あ~~~もう!」




 バタン!


「あら、海月。もう帰って来たの~?」

 リビングの横を通った海月に気付いて、母親が声を掛けたが、返事もせずに海月は風呂場へと直行した。

「海月ぃ~、ただいまくらい言ったらどぉなのよ~!」そんな声が背中を追ってきたが、それさえも無視した。

 混乱した感情と共に、帯をほどいて、浴衣をカゴへと投げ込んだ。ふと、鏡を見れば、着けていた髪飾りが一つ無くなって、髪は乱れていた。

「………ヒドイ、顔……」

 汚れた指で鏡に映った顔を消すように掻いた。

 鏡には、付いていた砂と炭が、わずかに残ったが、海月の顔は消えなかった。

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