8月9日
海月が住むこの辺りの小・中・高の学校は、一貫して毎年決まった日に登校日が設けられている。
せっかくの長い休みに学校に出てこなきゃいけないことに、喜ぶ者と、憂う者とに分かれるのが通常であるが、高校生にもなると、友達や好きな人と会える、数少ない大事な日とも言える。部活が違えば、こういう日を逃したら、本当に会える日が少ないのだから。
海月も、久しぶりに会う友達と、この夏の過ごし方や宿題の進み具合などで話が弾んだ。
陸も大分焼けた肌色を見せながら、友達とバカ話で盛り上がっていた。
二十日ほど離れていた校舎や教室は、見慣れた景色のはずなのに、どこか懐かしくも感じる。
帰る前には、溜まったホコリを掃除して帰らなければならない。
生徒たちは全校集会を終えて、学級の時間の後、校舎と校庭の清掃を始め出す。
校庭の掃除を担当した陸が、集めた草をまとめてゴミ捨て場へと向かうと、後ろから声を掛けられた。
「橘くん」
「…何?」
陸に声を掛けたのは、唯芽だった。
またか、と思いつつも、陸は人のよい笑顔を貼り付けた。
「あの、明日のお祭り、一緒に行かないかな? って…」
唯芽の言う“お祭り”とは、小学校から、その下にある商店街までを歩行者天国にして行われる祭りだ。最後には漁港へと移動し、海から上がる花火を見て終わるもので、地方の大きな祭りほどの華やかさはないけれど、それでも地元の人が多く集まる、愛された祭りだ。
小学校の校庭を利用して、舞踊やカラオケ、太鼓などを披露する舞台を作り、その周りにはいくつもの屋台が連なる。そこから下って商店街へと行くと、各お店の前では色んな出し物が催されている。
商店街だと言うのに、フリースロー大会なんてものまであるのだ。
今、陸は告白を断った相手から、その祭りに、誘われている。
「祭り…? あのさ、遠藤さん」
「違うの! 二人で、とかじゃなくて、みんなで! サッカー部の皆とか、私の友達とか、みんなで! 行けないかな…って」
陸は眉根を寄せながら、どうしたものかと考える。
告白を断った相手と祭りなんて行けば、そういう噂が立ってもおかしくはない。
唯芽が陸に告白したことは、ほとんど周知であるし、逆に断ったことは、あまり知られていないようだった。
夏休み中、『友達の付き添いで』という呈で見学にやってくる唯芽の言に、強く出ることもできず、なるべく距離を置くように努めていたのだが、周りがそれを許さないように距離を詰めようとしてくる。
しかも、祭りに『皆で行く』と言われてしまっては、どの男友達と行っても、しれっとその中に混ざってくるに違いない。
(う~ん…どうしたもんかなあ。サッカー部の連中も女子と行けるんならって断らないだろうしなあ…)
祭りに行かない、という方法もあるが、普段から文化祭や体育祭などで、“祭り好き”だと公言している陸にそれは難しい理由だろう。
周囲を注意深く見れば、唯芽の友人たちが二人のやり取りを覗いているのが窺えた。
「はぁ…」
陸がため息を吐くと、唯芽がわざとらしくビクリと肩を揺らす。その動きを陸が目に止めることはなかった。
ちょうどよく、ゴミ捨てに来た人物が目に入ったからだ。
相手も近くまで来て、陸と唯芽を認識した。
「げっ、またかよ」
そんな声を漏らして、後退ろうと足が動いたが、陸の方が早かった。
「ちょ~どいいところに~!」
「はあっ!? バッ…」
逃げること叶わず捕まった海月が、ぎょっとした目を陸へと向ける。
「遠藤さん、俺、海月と行くことになってるんだよ! 二人で! だから悪いけど遠藤さんたちとは一緒に行けないんだ。でも、サッカー部のやつらには伝えとくからさ、そっちは皆で楽しんでよ!」
「バッカじゃない!? そんな約束してないじゃん! 巻き込まないでよ!?」
「いいから! 黙って頷いててくれよ! 助けると思ってさ!」
「自分のことなんだから、自分でどうにかしなよ!?」
「夏休み中ずっと、どうにかしようとしてたさ!」
小声で話す二人の声は、唯芽には届かない。
けれど、その二人の様子に、ギリと歯を食いしばった。
「…そっか、それなら仕方がないね」
そう言って、意外とあっさり引き下がっていった。
「「……………」」
「はぁ~、助かったぜ海月ぃ~」
「巻き込まれただけのような気がするけどね」
「そう言うなって………で、何時に行く?」
「何が?」
「何がって、遠藤さんに海月と一緒に行くって言っちゃったし、一緒にいなかったらおかしいだろ?」
「え? まじで言ってる?」
「もち! 祭りに参加はしとかねえとだろ?」
「………仕方がないから、明日だけ付き合ってあげるよ」
「え!? 明後日は!?」
祭りは二日間に分けて行われる。
「先約があるから、ムリ」
「まじか。…友達?」
「友達(学校の、じゃないけど)」
「そっかー。二日目が本番だってのに…仕方ねー。どうにか出くわさないようにするしかねーか」
「…難しくない?」
「………そう言うなよ」
「ごめん」
海月は笑った。
「じゃあ、18時に、小学校のガジュマルの木のところで待ち合わせな」
「はいはい。分かりましたよー」
キーン コーン カーン コーン
「「やばっ!」」
掃除の時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
二人は慌ててゴミを捨てて教室へと急いだ。
(まさかの棚ぼた。超ラッキー! 祭りデートかぁ…)
海月の背を追うように走る陸は、その姿を見ながら、嬉しさを隠せずにいた。