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クラゲの夏  作者: 暁 海響
12/21

8月8日

 赤レンガが整然と積み上げられた、れんが(づくり)にゴシック様式の平屋の建物がある。天主堂である。屋根は瓦だが、違和感は感じられない。

 れんが造の内部へと入れば、うって変わって木造になっている。かまぼこ型の天井はどういった技術で作られているのかまでは海月は知らない。

 海月は小学生の頃に校外学習で来たくらいしかないが、ここでは定期的にミサも開かれ、クリスマスには礼拝堂は温かな灯火に溢れるらしい。島の向こう側に位置するこの場所は、同じ島に在っても、外観を写真で見ることが多いほどの存在でしかなかった。


 この建物が完成したのは明治になってのことだったが、キリシタンの歴史は室町時代からという古いものだった。

 島にはこの天主堂だけではなく、いくつもの教会が点在するが、その中でもこの場所に来たのは、“一番古いから”というだけの理由だった。


 この場所に来たのは、いつも海の色んな素敵な場所を教えてくれるアオにも、この島の素敵な場所というものを案内したかったからだ。

 車にはまだ乗れない年齢である海月が、どうやってここまで来たのか。

 もちろん、アオのおかげである。

 島の周りをぐるっと泳いでここまでやって来た。

 島にはいくつもの教会があり、綺麗な教会だっていくつもあるが、ちょうどこの天主堂が海沿いにあったので、一番都合が良かった。狙い通りに、海から上がってすぐに目的地があった。車なんて必要ない。


 芝生の庭を進むと、天主堂の周りは急に、砂利が敷き詰められている。

 もしかしたら、建てられた当時、人が近付いてきたことを知らせるための策だったのかもしれない。


 どんなに気を付けて歩いたとしても、必ず音が鳴るそれを、特に気にするでもなく、ジャリ、ジャリと音を立てながら二人で歩く。


「ねえ、ミツキ。これ、何?」

「ん?」

 アオが指した先には銅像が建っていた。海月は、銅像に書かれている文章を読んで、アオに教えた。

「なんか、宣教師って言って、島に初めて、この宗教を伝えた人の像だってさ」

「へえ」

 アオは立ち止まって、銅像をじーっと見ながら、横に後ろにと回った。

(銅像見ても面白いものなんてないだろうに)

「アオ~、先に入るよ~?」

「あ、僕も行く!」

 教会の扉に手を掛けながら、声を掛けると、アオは走って来た。


 中へと入ると、まず茶と白のコントラストが目に入ってきた。

 真っ白な白壁と天井に、それを支えるアーチ状の濃い茶の柱と枠組みは左右対称で美しい。コウモリ天井というものだ

 飾り気のない、茶色の木の板を打ち付けて組み立てただけの長椅子が、中央に通る身廊の左右に整然と並べられている。


 身廊をまっすぐ進むと、その先には、向かって左にイエス様、右にマリア様、その横には天使の像が一体ずつ置かれてあり、中央には装飾のなされた祭壇があった。

 大きな教会ではないと思うのに、その厳かな雰囲気に引き締められる。


 電気は点いていないが、左右にある大きな窓から明るい光が差し込んで、それを全く感じさせない。

 窓はステンドグラスでカラフルな彩りを、ワックスで艶やかに塗られた床にキラキラと落とす。

「わあ……すごく綺麗だね。ミツキ、あれは何? 虹?」

 そんな風に、アオは感嘆の息を溢した。

「ステンドグラスだよ。色付きのガラスを組み合わせて模様とか絵を作ってるんだよ」

「へえ~……」

 アオはステンドグラスに魅入られたように、ずっと見つめていた。


 そんなアオをそっとして、海月も教会内を見て回った。

 小学生の時に来ただけの教会だったが、成長してから見ると、また違った印象を受ける。

 天井の造りや祭壇の模様、柱頭の意匠に、興味を引かれた。


 この教会に、どれだけの技術が使われたのかは分からないけれど、明治時代と言えば、“文明開化”。色んな技術が流れてきたのだろう。

 とは言っても、この辺りでは室町時代あたりから外国人は入っていたし、貿易や布教活動も盛んだったから、すでに技術云々は浸透していたかもしれない。

 海月には、その辺りの歴史なんて分からないけれど。


 細工に見入っていると、いつの間にかアオが近くに来ていた。

「ミツキ。人が来る」

「えっ!? ヤバっ!」

 慌てて二人は外へと飛び出した。

 問題はないかもしれないが、やっぱり無断で入った手前、見つからない方が良かったのだ。


 アオのこうした発言は今までにも数回あった。

 なぜかアオは、人の気配に敏感で、誰かが近付いてくるとすぐに反応していた。

 おそらく“敏感”と言うのは当てはまらないかもしれない。さらに“鋭敏”。

 人が見えてから、気付くわけではないのだ。

 視力のいい方である海月にさえ、知覚できない距離から人の気配を感じ取っていた。

 ペットの犬や猫が遠く離れた飼い主の帰りを感じ取るとよく聞くが、人よりも動物のそれに近いと、海月は思っていた。


 物陰から見ていると、本当に人がやって来た。

 他所からの観光客のようだった。

 その人たちが教会へ入っていくのを静かに見届けたあと、海月とアオは、顔を見合せ笑い、海へと駆けた。

 ザバザバと走る足は、次第に水の抵抗を受け、その速度を緩める。腰くらいまでの深さまで来て、アオが魔法を掛ける。

「ふふふ。大丈夫だったね」

「うん。ドキドキしちゃった!」

 笑いながら、いつもの海へと戻った。


 戻る途中、海の中に虹を見つけると、アオは見てきた“虹”を思い出すように、目を輝かせた。楽しそうに、踊るように、戯れるように泳いだ。

 よほどステンドグラスがお気に召したようだ。

 その様子を見て、海月は紹介できて良かったと思い、もっと色んなものを見せたいという思いが沸いた。


「ねえ、アオ。今度は夜の虹を見たくない?」

「夜の虹? オーロラのこと?」

「あ、そっか。そっちもあるか…うーんと、じゃあ、夜の花だな!」

「夜に咲く花?」

「そう。夜に咲く花。三日後、夜会えるかな?」

「三日後? うん。大丈夫…だと思う!」

「じゃあ、三日後の夜にここで花を見よう」

「うん。約束だ」

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