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クラゲの夏  作者: 暁 海響
10/21

8月1日

 翌日、そうと決まればすぐにでも行動を起こしてしまった方が、気持ちが揺らぐ暇を与えないで済むからと、海月は陸に連絡を入れた。

『部活の遠征で、帰るのは夕方になるから、それでもいいか?』と返信があったので『じゃぁ、18時に神社んとこで』と返した。


 昔は大晦日の深夜、日付が変わる頃に家族皆で出てきて、年の始めに買ったお守りや破魔矢なんかを”お焚き上げ”の炎へとくべた。その行為は、ただ物を燃やしているだけだというのに、その炎はやけにきれいに見えた。

 ゆらゆらと炎は揺れ、時にたくさんあるお守りの一つがパキッと音を立てて崩れ落ちる。その動きに合わせて炎も大きく揺れる。まるでその年の役目を全うしたものたちを本当に天へと返すような炎ーーー浄火。子どもながらにその炎をいつまでも見ていられると思った。

 そしてそのままお参りと、新しいお守りなどを買って買えるのが家族での恒例だった。時々、屋台で出している甘酒や肉まんを買ってもらって食べるのが本当に特別な夜に思えたものだ。


 今ではそれが友人同士での恒例になりつつある。深夜遅くても大晦日だけは友人同士で外に出ることを許されたのが大きな変化だったのかもしれない。

 その神社は地元の神社というだけあって、大きくもなく、階段下に建っている鳥居も色あせと色落ちが見られるような古びた感の漂うものだし、普段はわざわざお参りに来る人も多くはないと思う。

 大きなご神木があって雰囲気も悪くはないと思うのだが、きっと普段は本当に純粋にお参りに来る人しか来ないのだろう。あと、猫の溜まり場になっている場所だ。


 海月はその褪せた鳥居の前で腰かけていた。

 どこからか人懐こい黒猫がすり寄ってきたので、こしょこしょと撫でて時間をつぶしていた。


 ーーーチリンチリン。


 存在をアピールするような自転車の音が聞こえてくる。

 座っていた海月の目の前を、自転車に乗った陸が颯爽と停まった。

 猫は驚いて走り去ってしまったが、海月はさして気にしなかった。猫とはそういうものだ。

「…よお」

「…よう」

 短い言葉での数日振りの会話だった。


 自転車のスタンドを立てて、陸は海月の横に腰かけた。

 沈黙が流れた。

「「……ごめん!」」

 だがそれもわずかの間のことで、謝罪の言葉を告げたのは同時だった。

「な、なんで陸が謝るの?」

「いや、むしろ逆になんで海月が謝るんだよ?」

「だって私が悪かったと思うから…」

「いや、俺が悪いだろ?」

 お互いが自分を悪いと思っていたらしい。

「陸は自分の応援に来てほしいから誘ったんでしょう? それなのに、私は相手チームの応援ばかりしちゃったから……ごめん」

「あー、うん。俺も海月が誰を応援しようともそれは海月の勝手だってのに、当たっちまった。本当は見に来てくれるだけで良かったんだよ。なのに欲張っちまったのがいけないんだ。あと、あいつとかにムカついてたのまで海月にぶつけちまった…ごめん」

「うん。…うん? うん」

 海月は陸の言葉に納得しようとして、途中でよく分からないことを言われた気がしたが、まぁいいかと半分無理やりに納得した。

 陸は結構押したつもりだったのだが、上手くいかないなと軽く笑った。


「じゃあ、これで仲直り?」

「仲直りだ。 ………だから、そういうとこだよ」

 海月は今の今まで緊張していたのか、ようやく緩んだ笑顔を見せた。

 海月は安心したためか、そっぽを向いた陸にその理由を問いかけることはなかった。


 パチン


 陸が急に自分の腕を叩いた。

「蚊?」

「うん」

 陸が仕留めた蚊はすでにその腹を満たすほどの食事をしたあとだった。

 陸の手のひらに濃い赤が小さく広がっている。

 気がつけば陸は腕も足も数ヵ所ぷっくりと腫れていた。

「…なぁ、なんでお前平気なの?」

 陸は自分がこんなに被害に遭っているのに、と不思議そうに海月の腕を見た。

「ふっふっふ~。虫除けスプレーにて完全防備済みだ!」

 そう言って腕を出すと、陸は心底不服そうな顔をした。

「ずりぃ!!」

「陽が沈んでからの、裏に山がある神社なんて格好の餌食になりにいくようなもんなんだから、対策取ってきなよ……」

「これでも急いで来たんだっての! あー、くそっ、めっちゃかゆい!!」

「はははは、ドンマイ!」

「うっせーよ!」」

 最後はバカなやり取りだったけれど数日振りに海月と陸は楽しく話すことができてお互いに嬉しそうだった。


 仲直りのお祝いにと、お互いにジュースを奢りあって乾杯をした。

 冷えた炭酸の喉を通る刺激が夕方の暑さを溜め込んだ体に染み渡って、一気に半分も飲み切ってしまった。「喉いてぇ~」と言って笑う陸に「私も」なんて言いながら、海月は海へと視線を移した。

(アオの言う通り、ちゃんと謝って良かった…)

 もしかしたら夏休み中あのままだったかもしれない。夏休みなんて学校がなければ会わない人は一度だって会わずに終わるのだから。時間が経てば経つほど仲直りが難しくなっていく中、登校日でたった数時間会ったタイミングで仲直りしろと言われても、できていたのかも分からない。

 そう思うと、後押ししてくれたアオに感謝の気持ちが込み上げてくる。

 昨日会ったばかりなのに、海月はまたアオに会いたい気持ちが沸き上がっていた。

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