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クラゲの夏  作者: 暁 海響
1/21

7月19日

がんばります。

よろしくお願いします。

 真っ青な空。

 その広い広い場所に、雲は大きく大きく縦に積み重なり山を作り上げる。

 太陽は焼けるような熱を含み、降り注ぐ。

 その光をキラキラと反射させながら揺らめく青は、光を乱反射させながら、それをその自らの奥へと届ける。

 光の届かない岩場の影には、縞模様の魚が揺らぎ泳いでいる。

 黒いトゲをたくさん生やしたウニが穴に入り込みそのからだをいっぱいにする。

 イソギンチャクやサンゴは岩に張り付き波の揺らぎを受けている。


 透き通った青は、波間から沖合いへとその深みを強めていく。

 目の届く半分くらいは海底へと光が届くほどに透き通った海は綺麗な海百選にも入るほどだろう。


 海が最もその色を輝かせる夏が今年もやって来た。



 タッタッタッタッ、トンッ


 ドボンッ


 耳の横に腕をまっすぐに当て、体も足も伸ばし、打ち付ける衝撃を最小限に減らすと、海面は大きなしぶきと泡を含み、ブクブクと音を立てる。

 下で泳いでいた魚達はあわててその場から散っていった。

 ほぼ垂直に入った後、少しだけ海の中をゆっくりと泳ぐと、逃げた魚たちもゆっくりと元の餌場へと戻ってくる。岩場の表面をツンツンとつついているのは岩場にできた海草や微生物を食んでいるのだろう。

 それを見て口の端を少しだけ上げながら、上体を起こして海面へと掻いた。

 白く光る海面が少しだけ眩しく感じた。


 水を含んだ体が海面に上がると肌が勢いよく水を弾く。

「ぷはっ」

 肺いっぱいに空気を入れると、そのまま仰向けにぷかりと浮かんだ。眩しい光に目を細めながら、ゆらゆらと波に身を任せた。肌をチリチリと焼かれている感覚がする。


 キィーーッ、ガシャン。


「……あ、おーい! 海月ーっ!」

 ああ、邪魔が入った。無視するか?

「海月ーっ!! みつきってば、おーい! ア・イ・ス! 買って来たぞー!」

 アイス。

 息を大きく吸い、うつ伏せ状態に海へと潜った。

 体をくねらせて泳ぐと、指先が人工的に作られた坂へと触れた。手のひらを交互に出しながら徐々に海から上がった。

 ポタポタと水を滴らせながら坂を上ると、自分を呼んでいた相手が驚いた声を上げた。


「ばっ!? お前制服のまま泳いでたのかよ!」

 身に付けた白と紺の制服はその軽い柔らかさを失い、重力に従うように、重さを含んでいた。

「陸、別にいいじゃん。着替えるの面倒だったし、明日は着ないんだし。それにこの天気だもん、帰るまでにはちゃんと乾くよ」

「乾く乾かないの問題じゃねえだろ……っ!?」

 陸は海月の濡れた制服に目をやり、慌てて目を反らした。多分一瞬しか見ていない。そう、上から下まで目に焼き付くほどの一瞬だ。

「うん? …ああ。別に水着と変わらないんだし、これくらい大丈夫だよ。それより、アイス。溶けちゃう」

「…おっまえなあ! ちょっとは恥じらいってもんを身に付けろよな!」

 陸はガサッと乱暴に音を立てて、袋からアイスを取り出し「ん!」と寄越した。

「陸しかいないんだし別にいいと思うんだけど…ありがと。あ、少し溶けてる」

 海月は取り出した滴るアイスを口へと運ぶ。滴が濡れた制服へと落ちるのも気にせず食べる海月に陸は頭を掻きながら「これでも飛ばして来たんだからなあ!?」と言いつつ自分もアイスを口へと含んだ。滴が落ちないように気を付けながら。きっと海月の言う「陸しかいないから」という言葉には特別な意味はないと分かりながらも頬を赤らめて。


「靴は揃えて制服で飛び込むって、下手したら入水自殺だのなんだの言われるぞ?」

「んー。深さもあるから怪我することはないとは思うけど、まあそん時はそん時ってことで」

「てことで、で済ますなよ。お前の父ちゃん母ちゃん達が泣くだろうが。お、俺だって…」

「はいはい。ちゃんと気を付けますって。……陸も私の相手してないで彼女でも作ってこの夏休みという青春を謳歌したらいいのに」

「おっ!? 俺のことはいいんだよ! 大体好きなやつは……ここにいるんだし…」

 後半は小さすぎて波の音で掻き消された。

「だって陸今日だって、今度の夏祭りに誘われてたじゃん」

「…見てたのかよ」

「あんなところで話してるからじゃん? なかなかゴミ捨てに行けなくて困ってたんだからね?」

「別に割り込んでくりゃいいじゃん」

「やだよ。人の告白場面に割り込むとか。

 いいじゃん。『オッケーだったら鳥居の前で19時に待ち合わせ』なんでしょ?」

 ニシシと笑う海月に陸は顔をしかめてぷいと反らした。

「お前に関係ねーだろ?」

「ははっ、そーだね。確かに。ごめんね?」

 自分で言った言葉だったが、返ってきた肯定の言葉にズキリとする胸の痛みに陸は拳を作った。

「アイス、ありがと。おいしかった。今度は(わたくし)が奢りますわ」

「どこのご令嬢だよ」

 海月は立ち上がり、さっき飛び込んだ防波堤へと歩き出した。

「お、おい! お前はどうなんだよ!? 彼氏とか、す、好きなヤツとか!」

「うーん……恋はしてるよ? よっ、と」

「へ? は!? 誰に!?」


 タッタッタッタッ、トンッ


「海に!」


 ドポンッ!


 海月は大きなしぶきを上げて今度は足から飛び込んだ。

「……なんだよそれ」

 納得いかない答えが返ってきたが、特別な相手はいないことに安堵した。


 海月は海底を泳いだ。

 そこにはフジツボや海草の生えたものがあちこちに転がっている。パッと見何か分からないこれらは、“骨”である。


 昔、この辺りは捕鯨が盛んな地域だった。どのくらい昔かは分からない。友達のおじいさんかおばあさんかが話していたのか、地域の歴史みたいなのをどこかで教えられたのか。どちらにせよ、幼い頃に友達から又聞きした話だ。

 だけども、海に沿った場所のあちこちに捕鯨場の跡地があるのは確かで、解体場のような形跡が今も残ったままになっている。


 今、海月が泳いでいるこの場所も捕鯨場だった場所だ。

 海から上がる際に使った坂道は、捕まえた鯨を陸地へと上げるためのスロープだったし、もう屋根も無いブロック塀だけの囲いは解体場だったものだ。

 半分は更地になったその場には今はほとんど人は来ない。土地の持ち主がごくたまに軽トラックを走らせてくるだけの、端っこに位置した場所。


 泳ぎに来る小さな子どもはまずいないし、高校生にもなれば海といえば白い砂浜のある海水浴場へと足を運ぶ。

 海底は貝やフジツボに、ゴツゴツとした岩場で危ないし、時折離れた場所ではあるが漁船が走り、作られた波がここまでやってくる。少し奥へと行けば防波堤からはすぐ出れるほどの距離。そんな危ない場所でわざわざ泳ぎにやって来る人なんて一部の人たちと海月くらいだ。


 中学に入ったくらいの頃には男女関係なく集まって飛び込んだりして夕方遅くまで遊んだものだが、高校に入った今では()()()泳ぐために遊ぶことはなくなった。


(こんなに気持ちがいいのに…)

 頭の半分を出して防波堤を眺めるが、陸が海月に続いて飛び込んでくることはなかった。昔は一緒になって飛び込んだのに。きっと今、陸はスマホ片手にゲームやラインでもしてるんだろう。自転車の遠ざかる音はしていないから。


 海月はもう一度潜り、光と生命の溢れる海を堪能した。







 ーーーこれはある島に住む一人の少女の不思議な不思議な恋の体験を書いたものである。

一応今回だけ次の予告を。

明明後日、22日に上げます。

宜しくお願いします。

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