君は僕の
勢いよくカーテンが開かれる音がして、太陽の光が部屋に侵入してくる。それと同時に、甲高い声で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「――にぃ!ゆうにぃ!起きて!今日から学校でしょ!」
と、妹の朱里が俺、宮田優司の耳元で叫んだ、耳がいたい。そして朱里もいっていた通り、今日からは新学期、2年生が始まる。なので俺も、事前にアラームを仕掛けておいたのだが…どうやら全く気づかなかったらしい。おいおい誰だよ、深夜3時までゲームしてやつ!まあ、俺だけどねっ。さて―――
「―――あと3時間…」
…決まり文句はいわなきゃだめだよね、うん。
「私、今日部活の朝練あるからもう起こせないよ?」
あ、はい。起きます。さすがに初日から遅刻は嫌ですからね。起きますよ。
「ふぁ〜…おはよう、朱里」
「うん、おはよう、ゆうにぃ。じゃ、私は行ってくるね」
「はいよ、いってらっしゃい」
俺がそういうと、朱里はいそいそと走って行った。そして、玄関の扉が閉じる音を聞くと同時に、ベッドから降りる。今は…6時か、早いな。まあ、親父は出張、母さんは入院中。俺は自分で起きるか朱里に起こしてもらうしかないから、早く起きるぐらいは我慢しないとな。さて、と。俺も準備して、残った時間はゲームでもしてようか。
と、思っていると、チャイムが鳴った。おれの予想通りなら、多分あいつが来たのだろう。俺はそそくさと玄関に向かい、扉をあける。そこにいたのは…
「おはよう、ゆうちゃん!」
幼なじみである、南川香帆里だった。香帆里は、俺たちの両親がいなくなってからよくご飯や家事をしにきてくれる。朱里や俺もやってはいるのだが、朱里は部活が忙しく、俺は俺で面倒くさがりなので必要最低限以下しかやらない。だから、大半は香帆里がこうしてウチに来てやってくれる。とてもありがたい。
「ああ、おはよう、香帆里」
多分、朱里が事前に連絡して、ご飯を作れないとでもいっておいたのだろう。それで、香帆里が作りにきてくれたと。とてもありがたい。
「じゃ、今から朝ごはん作るから待っててね」
「すまんな、頼んだ」
「頼まれた!」
茶髪のポニーテールを揺らしながら香帆里は笑顔で応えた。それから俺たちは、朝ごはんを食べて、俺が準備して、毎朝恒例のニュースを見て、100ポイントためたら抽選で商品がもらえるジャンケンして、ジャンケンに負けて、それでちょうどいい時間なので、家を出て、学校に行く。俺の家から学校までは、歩いて10分程度だ。その間も、香帆里と話しながらゆっくりと行く。今日は始業式だけなので、昼前には帰れる。なので、今日は早めに病院に行けそうだ。
「今年はゆうちゃんと同じクラスになりたいなぁ」
そういえばクラスも変わるんだっけか。うちの高校は、2年から文理で分かれる。そして、俺も香帆里も文系を選択したので、同じクラスになれる可能性はある。まあ、6クラス中、1〜4組までの4クラスが文系なので理系よりは低いのだが。
「おんなじクラスになろうがなるまいが、変わらないだろ」
香帆里とは昼休みに昼食を一緒に食べるので、学校内で会わないということはない。まあ、香帆里は可愛いしモテるので、ときどき遅れてくるのだが。
「いやいや、同じクラスになることに意味があるんだよ。…特に、ゆうちゃんをずっと見ていられるし」
「ん?なんだって?最後の方がよく聞こえなかった」
「…んーん、なんでもない」
よくわからないが、そういうことらしい。まあ、クラス換えのときに知り合いが同じクラスにいると、安心感が違うよね。うん、それ考えると、俺も同じクラスがいい気がしてきた。
「……同じクラスになれるといいな」
「うん!」
そうして、たわいない会話をしている間に学校についた。下駄箱前に、張り紙があって、そこに新しいクラスが書かれている。俺は…と、あった。
「2組の17番か」
「あ、私は2組の38番だ!ゆうちゃんは何組だった?」
なんと、偶然にも同じクラスになったらしい。普通、こういうのはフラグで、一緒のクラスにはなれないかとこっそり思ってたんだが。
「俺も2組だったよ」
「ほんと!?やった、同じクラスだね!」
「そうだな」
満面の笑みで喜ぶ香帆里。香帆里は幼いころから知ってはいるのだが、最近可愛さに拍車がかかっているので、あんまり直視すると惚けてしまいそうになる。香帆里、恐るべし。
その後、俺たちは、2組の教室まで移動し、教室内へ入る。すると、俺たちも早めに家を出たはずなのだが、すでに教室は人でいっぱいだった。同じクラスを喜んでいる人、1人で読書をしている人、もう他の人と馴染んで連絡先を交換している人。新学期というだけあって、教室内はとても盛り上がっていた。そして、誰かが俺たちがきたことに気づいたようで、主に男子が声をあげた。
「おお!南川さんと同じクラスだったのか!」
「やったぜ!これでこの1年は頑張れる!」
「席替えで南川さんと隣同士になって…仲良くなって…そのまま恋人に…ぐへへ」
と、さすがは学年でトップクラスの美少女だけあって人気が凄まじい。しかし最後のやつ絶対おかしいだろ。あいつと隣同士になったら大変そうだな。友達になるのは控えておこう、気持ち悪い。…おっと、本心がでてしまった、気をつけねば。それと、女子も何を言ってるかはわからないが、少し騒がしいな。まあ、どうせイケメンでも見てきゃーきゃー言ってるんだろう。ちっ…イケメン死すべし。…おっと、本心が以下略。
「おー、また同じクラスだな、優司」
と、話しかけてきたのは中学からの親友、山田泰隆だ。他の友人などからはヤッスーやらタカやらと呼ばれていて、なんとその数は10にも及ぶらしい。ノリがいいし、絡みやすいので泰隆は人脈がとても多い。よくその絡みに助けてもらっていたりする。
「そうだな、もう5年連続になるか」
「ああ、友人関係は広いと自負してるが、お前ほど深く関わったのは初めてかもな」
親友にそういってもらえるとありがたい。それから、香帆里も加わって俺たちは話をした。そして、チャイムが鳴ると、皆んなまばらに、黒板に貼られたとおりの席に向かう。俺は、後ろから2番目のところだ。全員が席についたと同時に前側の扉か開き、先生が入ってきた…のだが。
「え?先生どこ?」
と、偶然にも隣の席だった香帆里が俺も、おそらくクラス全員が思っていたことを呟いた。そう、扉が開いたのはいいのだが、肝心の先生が見当たらない。まだ入ってきていないのだろうか?と思ってると、突然教卓から声が響いた。
「はい!皆さん初めまして!このクラスの担任をします、前川涼子といいます。1年間よろしくおねがいします!」
と、教卓からギリギリ顔を出しながら、先生は挨拶した。
『……は?』
新学期初日から、俺たちは心を通わせることができたみたいだ。皆んなが思っていることはただ1つ。
…先生、ちっせええぇぇぇぇ!
そりゃ後ろの席の俺らは気づかないわけだよ!どんだけ小さいんだよ、あの先生。140もいってないんじゃねぇの?しかし、俺たちの動揺に全く気づかない先生は、そのまま話を続けた。
「はい、それではまずは出欠の確認をとります。1番は、や、やすふじくん?」
「先生、俺は安藤です…」
俺たちはすでに、この1年に不安を募らせていたのだった。もちらん、心配事は1つ。
この先生で、大丈夫なのか…?と。
△▼△
結局それから、先生は俺たちの名前を間違えることなく無事に終え、俺たちは安堵したのだが、それも束の間。
「あ!?もう始業式が始まってしまいますっ!皆さんすぐに体育館へ行ってください!」
と、俺たちに衝撃発言をして先生は慌てて教室を出て行った。数秒たった後、クラスの連中は大慌てで体育館用のシューズをバッグから取り出し、急ぎ足で体育館へ赴くのであった。完。
…嘘です。
そのあと、無事に始業式は終えたわけだが。もちろんだとでもいうように、そのあともまた大変だった。
まず、先生が帰ってこない。10分たってもこないので、1年生のころに同じクラスで学級委員だった高橋さんが、先生を呼びにいった。だが、あの先生は一味違った。教室に戻ってきたと思ったら一言目が「道に迷ってしまって…」だった。それだけも衝撃だというのに、この先生は更に上をいく。
「あっ!連絡の紙を職員室に忘れてきてしまいました!」
しかも、これでまた道に迷ったというのだからこの先生は侮れない。…俺早く病院にお見舞いに行きたいんですけど。
すでに、この教室以外はホームルームが終わってるらしく、この教室の外で他の人待っていたり、帰っている人たちの話し声が聞こえたりする。何やってんだここの先生。そして、やっとのことでホームルームが始まる。
「ーーーいっ、以上でっ!ホームルームを終わります!みなさん、気をつけて帰ってくださいね!」
ホームルーム中も色々なことがありつつ、30分たってやっと終わった。始業式終わってから1時間はたった。何やってんだここの先生。ホームルームが終わると、香帆里が話しかけてきた。見知った奴が隣の席って存外いいもんだ。
「ねぇ、ゆうちゃん、一緒に帰ろっ!」
「わるい香帆里、今日はこのまま病院行きたくてな」
「あーそっか…うん、わかった。残念だけど、また今度ね」
「ああ」
話し終えると、俺は他の人とは話さず素早く教室を出て、病院へ向かう。今は…12時か。俺は、急ぎ足で病院へ向かった。
病院に着くと緊張する。その病院の空気というのもあるのだろうが、それよりこれから会う人物が脳裏に浮かんで。エレベーターで3階まで上がっていく。エレベーターを出てから左折すると、すぐに病室がある。そこには『宮田佳子』とかかれてある。俺の、母さんだ。俺は息を整えてから病室へ入る。
母さんは、読んでいた本を閉じてこちらを向く。その目は、妹の朱里と同じで。
「あ、やっと来たのね、優司」
「うん、遅れてごめん、母さん」
母さんは、急性リンパ性白血病と呼ばれるもので、しっかりと治療を受ければ治ることは可能らしい。入院自体が去年で、医者の見込みだと来年には退院できるだろうとのことだ。
「いや、実は今年のクラスの担任が変な人でーーー」
そこから俺たちはしばらく話していた。そうすると、ちょうど2時ぐらいになったのでそろそろ行こうかな、と席を立つ。
「あら?もう行っちゃうの?」
「うん」
「あの子のところ?」
「そうだよ、待たせてるからね」
「そう、ふふっ。あなたもとうとうそんな歳ね」
「ははっ、そうだね。…じゃ、行ってくる。また来るから」
「はいはい。行ってらっしゃい」
母さんと会話を終えて、病室から出る。次に向かうは、4階だ。自分では気づかなかったが、そのときの俺は母さんのときよりも、急ぎ足だったのかもしれない。やけに早く着いたような感覚があった。そして俺は1つの病室の前に立った。そこには『新名凛』と書かれていた。俺は大きく深呼吸して、病室に入る。
病室に入ると凛は、外を眺めていた。ここからではその顔は見えない。すると、凛はゆっくりとこちらを振り向いた。
その顔を見ると、やっぱり好きなんだな、と改めて思う。
凛とは、別に何かのつながりがあったわけではない。母さんのお見舞いに来たときに、偶然屋上で知り合っただけだ。そこからよく母さんのついでで来るようになったのだが、今では母さんと同じくらい、もしかしたら母さん以上の存在かもしれない。それほど、凛に惹かれてしまった。
「やっと、来てくれたんだね」
「ああ、すまないな。聞いてくれよ、今年の俺のクラスの担任の先生なんだがなーーー」
そこからまた、日が暮れるまで話をした。下手すりゃこれ、母さんより話してるんじゃないかな。同世代というものもあるんだろうが、やはり一緒にいるのが楽しいし、好きだからだ。このままずっとこうしていたいし、ずっと一緒にいたいと思ってしまう。
「ふふ、やっぱりゆうくんの話は面白いね。私は学校に行けないから、ゆうくんの話はいつも楽しみだよ」
「…そう言ってもらえてなによりだ」
凛は少し悲しげに言う。凛の病気は、肝臓癌。それも末期だ。医者からは治ることはまずないだろう、といわれている。このことを思い出すたびにどうしようもなく悲しくなって、そして凛が愛おしくなる。俺はごく自然と手を出してその黒く透き通った髪を撫でる。こういうスキンシップができるようになったのも、つい最近だったりするけど。
「ん…ゆうくんに髪撫でられるの好きだな」
「お、おう、そうか…」
「…?」
好き、という言葉に反応してしまう。それが俺自身に向けられた言葉ではないと知っていても、好きといわれてうれしくなる。もっと撫でたくなるが、これ以上は我慢だ。うん。だから凛、そんな悲しそうな顔をするのはやめようか。
そこから、俺たちはまた話を続けた。気づけば7時で、朱里から電話がかかってきた。さすがにそろそろ帰らないとだめか。もっとはなしていたかったんだがな。
「じゃあ、今日はこれで帰るよ」
「うん、次はいつこれる?」
「うーん、来週かな」
本当は毎日来たいのだが、そんなことをして勉強を疎かにしてしまうのも駄目だし、赤点なんてとったら凛に合わせる顔がなくなる。と、思っていると凛は何か悩むような素振りをしたあと、話しかけて来た。
「実はね…来週、手術するんだ」
「…そうか、ついにか」
「うん。それでね、ゆうくん。私が手術する前に、メールでもなんでもいいから、一言私に言ってくれないかな?それがあれば、頑張れるから」
それは、凛からの初めての頼みだった。
「ああ、わかった。絶対に送る」
「…うん、ありがとう」
そして、俺は家に帰った。
△▼△▼△
この1週間、何にも集中できなかった。凛の親からのメールーーー何故か俺は、凛の両親から気に入られているらしいーーーをもらい、凛の手術が日曜の10時からだと知った。すでに凛から手術については知っていたのだが、詳しい日程までは知らなかったので、凛の両親には本当に感謝している。だが、それによって、全く授業が頭に入ってこなかった。
朱里にも香帆里にも、更には泰隆にすら心配される始末だった。そんなに深刻そうな顔をしていたのか?と、全員に聞いたが、
「うん、もちろん。じゃなきゃこんなこといわないよ」
「ゆうちゃんのこと小さい頃から知ってるけど、そんな顔してるの見たの初めてだよ?」
「俺はお前の親友だぞ?そんな変化ぐらいすぐ分かる」
と、皆んなこんな感じだった。あんまり皆んなに心配かけないようにしないとな…
土曜の夜。俺は悩んだ末、ある決断をした。明日は、凛の手術だ。心の中で、ひたすらに成功を祈った。
そして、運命の日曜。俺は、7時半に起きた。そう、アラームを設定しておいた。…べ、別に二度寝なんてしてないんだからね!?昨日結局、眠れなかったから6時半にアラーム設定しておいたのに起きれなかったわけじゃないからね!?勘違いしないでね!
…茶番はさておき。俺は素早く準備して、自転車で病院に向かう。ここから、病院までは自転車でも1時間はかかる。全速力で自転車をこぐ。メールでもラインでもなんでも伝えればいいのかもしれない。それでもやっぱり、直接伝えなきゃ意味がない。
病院に着いてからも走って、中に入ってからは急ぎ足で病室に向かう。よかった、病室も開いてた。俺は、先週。いや、いつもと同じように扉の前で深呼吸してから中に入る。
「おはよう、凛」
凛は、ベッドの上でケータイを握りしめていた。そして、俺が病室に入って来たことに驚いていた。凛の顔には、涙の痕があった。
「…っ!ゆうくん、来てくれたの?……ぅえっ?」
俺は、凛が言っていることも耳に入っていなかった。ただ、涙の痕を見て、体が動いていた。
―――俺は衝動的に凛を抱きしめていた。
「遅れてごめん…!でも、メールなんかより、こっちの方がいいかなって
凛、頑張れ。お前なら大丈夫だ。絶対に」
言えた。ちゃんと。
「……うん、うんっ!」
凛はまた、泣いていた。でも不思議とその涙は、悲しげな涙でないことはわかった。
そして、しばらくしてから、凛の両親や医者も入って来た。俺は凛の両親に挨拶をしてから、屋上へ向かう。
屋上は、凛と初めて会って、初めて会話をして、初めて好きだと認識した場所だ。俺は、屋上に設置されているベンチに座って、ただひたすらに、昨日の夜と同じように、凛の無事を祈った。
さて、ここからは賭けになる。後悔するかどうか。それは、結果次第だ。
それから、4時間経った。自分でも不思議なほどその時間を長く感じた。まだ終わらないのかと、早く、早く終わってくれと。凛の両親には屋上にいると伝えておいた。手術が終われば誰かしらやってくるだろう。
そう思っていた矢先、屋上の扉が開く音が聞こえた。ついに終わったのか、と後ろを振り返る。そこにはいたのは…
―――凛だった。
泣きそうだった。どうしようもなくうれしくて、後悔しなくて済んで。凛は車椅子だったが思っていたより元気そうだった。そして、こういった。
「ゆうくん、ありがとう。ゆうくんがいるってわかってたから、頑張れた。だから、ありがとう」
もう、限界だった。涙が溢れて止まらない。今すぐ凛のところへ行って抱きしめたい。だが、俺はその気持ちを押し殺し、涙も吹いて、1番言いたかったことを、言う。
「凛、新名凛さん」
「…はい」
「君に会って、今、勇気を貰った。治らないと診断されても諦めなかった君に。君と話していて、君と一緒にいて楽しかった」
きっと俺は、初めて会った時からずっとーー
「君のことが好きです。付き合ってください」
凛の目を見て、しっかりと伝える。凛は、最初に目を見開いて、そして、手術とは全く違う。涙が流れていて、それでも笑顔で、こういった。
「…はいっ!」
読んでくれた方、ありがとうございます