2、盗賊の弟子になる
煉瓦造りの家が建ち並ぶ閑静な住宅街の中の家の一つ。小さな窓から差し込む太陽の光を浴びながら、俺、宮下俊成は異世界で便器をたわしで擦っている。
トイレ掃除・・・凄く不本意だが、これもこの世界で生きるために必要なことなのだ・・・・・・もう、日本に帰りたい!
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「お目覚めですか?」
そう、言って謎のイケメンに起こされてからあれから二週間が経った。
このイケメン、名前をアシュレイと言い、職業は盗賊らしい。
二週間の間にここが異世界であると認めざるおえない事柄が沢山出てきた。
異世界に来たまではいいだが、俺が想像するような世界ではなかった。
俺は最初、中世ヨーロッパくらいの文明レベルで、現代の知識を使えば楽できて、ハーレム作って冒険できる世界を想像していた。
だが違った。
確かにゲームや漫画みたいにゴブリンやオーク、ワイバーン等の魔物がいる魔法世界だ。でも、思ったより文明は発展していて、移動手段は馬車がメインとはいえ、魔力機関車や小型の魔力飛行船存在し、街には魔力ガス灯が並んで夜でもそこそこ明るい。
しかも話を聞く限り、寝間着一丁で来た十五の餓鬼がやってけるほど甘くない。
そんな話を聞いた俺は思い描いた冒険も美女だらけのハーレムパーティーもスーパーパワーもスッパリ諦めたつもりだ
異世界に来て3日目に何度も土下座してこの人の弟子になった。というか、それ以外に生きる方法がないのだ。
そうして盗賊の弟子になったわけだが、盗賊と言っても夜中にコソコソ民間を荒らしたり、山の中で旅人を襲ったりする野蛮なヤツではなく、(そういう奴もいるらしいが)情報や物品の回収、対象の追跡や護衛など、どちらかというと探偵や刑事、密偵などに似た職業だった。
国に雇われている者もいて、一回の任務で何億も稼ぐ凄腕も居るらしい。
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「師匠、トイレ掃除終わりました。」
「そうですか、では次に窓を拭いてください。」
「はい!」
汚れた雑巾を持って元気よく返事する俺を後目に師匠は家宝のように大切にしているカップでダージリンティーを優雅にすすりながら指示を出す。それに対して俺はピシッと返事をして窓拭きを始める。
魔法はこの世界に来れば誰でも使える感じだ、現に俺も使えている。
魔法は誰かに教えてもらう事で使えるようになる。だが、炊事、洗濯、掃除、その他雑用ばかりで、それに必要な水道程度の水を出す魔法やライター程度の火を出す魔法など、盗賊らしいスキルなどは全く教えて貰ってない。
それまで鬱陶しいだけだったお母さんの偉大さが身にしみて分かる。
生活必需品の買い出しやトイレ掃除、炊事など散々こき使われているが、きっとこれは師匠が出した試練だ。こうやって日々の労働を真面目こなす事でいつの間にか超パワー的な何かが使えるようになってるヤツだ。お父さんが持ってた古いバトル漫画に描いてあった。
それに、せっかく異世界に来たのにそれっぽいイベントがないのはおかしい。
午後7時、2人分の夕食をテーブルまで持って行く、この日の夕食はスープだ。
「どうです?今日は隠し味にミルクを少し入れてみたんです。」
「19点。」
師匠は素っ気なく低評価を言う。レシピはよく買い出しに行く肉屋の店主、トミーさんから教わったのだが不発のようだ。
「厳しいな・・・・・・」
「それにしてもよくサボらずにやりますね・・・料理は不味いですが、そこは評価しましょう。」
一週間と四日、弟子として過ごしてきて初めて褒められた。そのことに少し嬉しいくなる。
「いえいえ、これもすごい力を手に入れる為と思えば軽いもんです!」
「は?」
「え?」
俺と師匠の間の時間が数秒間止まった。その後、俺は表情筋を硬直させたまま聞く。
「いや、だって・・・こうやって家事をこなすうちに俺の内の秘めらたパワーが・・・・・・」
「は?誰からそんなアホな話を吹き込まれたのですか?家事程度でそんな力が手に入る訳ないでしょう、もしそんなことで凄い力が手に入るならこの世の主婦は皆超人ですし、軍隊だって訓練そっちのけで便器掃除と皿洗いしてますよ。」
正論だった。言い返したいことは成層圏まで積んでも足りないほどあるが、師匠の言葉が正論過ぎて何も言い返せず、それが全て羞恥心となってグツグツと湧いてくる。
「ああああああああッ!!」
「静かにしてください、近所迷惑です。」
諦めたつもりだった。
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次の日、俺は師匠の家で見つけた大きなキャリーバックに少ない荷物を入れて家を出る準備をしていた。
「何をしているんですか?」
気付くと、部屋の入り口に師匠が立っていた。
「この家を出るんです、師匠、短い間でしたが、ありがとうごさいました。」
「どこか行く宛があるんですか?」
「これから探します。」
異世界に寝間着一丁で降りたガキに行く宛などあるわけがない、だが、羞恥と後悔に染まった俺の決意はダイヤモンドより堅い。
「そうですか・・・・では、騙されたり、人攫いに遭って奴隷船に売り飛ばされないようお気をつけて。」
「大丈夫です、俺はそんなに間抜けではありませんから。」
「それは良かった、人攫いに遭った少年の末路なんて鉱山奴隷として死ぬまで酷使されるか、男色趣味の変態貴族の性奴隷として死ぬまで絞り取られるかの二択ですからね。」
「デッドorダイの絶望二択じゃないですか・・・」
すごく不安になってきた。
それから3日後、俺は師匠の家の前にいた。
はっきり言って無理だった。
家を出たその日のうちに荷物を盗まれ、ヤバそうな人に絡まれて恐怖感で失禁しそうになりながらにげ、次の日に雨に降られてびしょ濡れになり、またヤバそうな人に絡まれ今度は失禁しながら逃げた。
そして俺のダイヤモンドより堅かった決意は豆腐のようにほぐれ、この家に戻ってきた。
「おや、誰かと思えばあなたでしたか、どうしました?」
師匠は口ではそう言いながらも顔はニタニタと悪魔のように笑っている。
「も、もう一度、弟子にしてください!!」
「おやおや、あれだけ自信満々で出て行って一週間持たないとはとんだ三日坊主ですね。」
「お願いします、弟子にしてください!」
「あなたが前やっていたDOGEZAをして弟子でいる間は炊事、洗濯、掃除全てこなすと約束するなら多少は盗賊のやり方を教えてあげましょう。」
俺は恥もプライドも捨てて光の速度でパーフェクトなDOGEZAを敢行した。
「いい動きです、キレがある。いいでしょう弟子にしてあげます、ただし、一度でもサボったら即破門ですからね」
そう言いながら師匠は俺の頭を踏んづけグリグリと脚を半回転させた。
「クソ人間め~」
俺は血反吐を吐くようにつぶやいた。
「おや、師匠に対して何ですかその態度、今すぐあなたを破門してもいいんですよ?」
「すんませんしたーーーーぁあ!」
こうしてアシュレイという名の盗賊の弟子となった。