第九夜話
ミリィさんへのアタックが空振りに終わってしばらく経った頃、俺は女神を発見した。
街の教会に熱心に通う信者らしく、軽く微笑んで挨拶すると、向こうも軽く返す程度。
変に騒ぎ立てたり色目を使ったりしないあたりが、また清楚な感じを引き立てる。
名前はエリさん、花屋の娘で結婚はしていない。しばらく通って確認したら恋人もいない風だ。決して後をつけたり、周りを嗅ぎ回ったり、とか……ちょっとだけしかしてないけれど、大丈夫なはずだ。
今日こそ、教会に先回りしてエリさんにアプローチしなければ。
「こんにちは、エリさん。俺のこと知ってるかな?」
「教会でたびたびお見かけする方としか……申し訳ありません」
ちょっと気恥ずかしそうに答えるエリさん、いいんだよ、これからじっくりと俺のこと知ってくれれば。
教会をでて、少し散歩がてらに歩きながら話しをした。話しも何だか合うようで、あっと言う間に時間が過ぎていく。
次に会う約束もできたから、今度は大丈夫だ。まずはお友達からってヤツだな。
順調に三回目のデートを無事終了。いよいよ告白タイムだ。
「エリさん、帰り際で悪いんだけど、話しを聞いてくれ。これからはただの友達としてではなく、恋人として付き合ってくれないか?」
軽く俯きがちに目を閉じてからの、少しだけ上目遣い。よし、角度は完璧だ。今回は可愛い俺を前面に押し出してみた。
ちょっと頼りなさ気にして、いざとなったら男を見せる、たまにはこんな演出がドキリとするらしいからな。
「ええと……それは昼夜問わずのお付き合いに発展する可能性もある、ってことでしょうか?」
お? エリさんってば今から夜のお付き合いまで心配するなんて積極的じゃん。
「まあ、かなり親密度が増してきたなら、それもアリかもしれないですが……今は軽く考えてください」
どうしようかな、と考えてる表情。これも可愛いよな。もー、早くオッケーくれっ。目一杯抱きしめちゃるっ。
「あの、アンディ様は縛られるのとか、叩かれるのってお好きですか?」
「は? し、縛ら……叩か……ええっ!」
アゴが外れるくらい驚いてると、無茶苦茶可愛い笑顔から恐ろしい言葉が飛び出す。
「私、自分が女王様じゃないと興奮しないんです。ですから親密なお付き合いをされる方は、そういったプレイを喜ばれる方でないと長続きしないかと考えてまして……」
俺が縛られて、挙句に叩かれる? それって楽しいのか? 喜べるのか?
ハハハ、エリさん、冗談だよねぇ……と顏を見ると、ものすごーーく期待した目で見つめられている。アカン、その目はダメだって。
ジリジリと後ずさりながら、思いっきり叫んだ。
「ぜーーったいにっ! 無理ーーーーっ!」
俺は、脱兎のごとくその場から走り去った。
部屋に戻って後ろ手に扉を閉めると、ズルズルとその場にヘタリ込んでしまった。
「はあーー……俺、下僕になるとこだった……」
「なあに? すごい焦ってるみたいだけど?」
サボにエリさんが特殊志向の持ち主だったことを打ち明け、また俺の恋が不発に終わったことを告げた。
聞いてるサボの声も心なしか動揺してるようだ。
「そのー、相手さんとはご縁がなかったってことで。まあ、次は大丈夫なんじゃない?」
今回はちょっと同情的に励ましてくれた。うん、サボに嬉しい報告が出来るように、俺頑張る。
そんな衝撃波を喰らった出来事から数日後。
今度こそ、ホンマもんの女神、いや天使に出会った。
色白で、よく女友達と一緒に話している明るい子だ。
周りの子たちは俺がひとりの時を見計らってモーションかけてくるので、正直鬱陶しい。しかし彼女の情報を引き出すために、雑談くらいは修行僧並みに我慢しなければ。
彼女の名前はサマンサさん。先月から王宮に侍女見習いとして来ているんだと。
お? ラッキーじゃん、恋人になったら、かなりの時間をデートに費やせるぞ。
街の子も可愛いけど、やっぱ距離近い方が断然いいよな。ラブラブなったら一秒でも多く顔見ていたいじゃん?
恋人の存在は今まで聞いたことがないらしい。ずいぶん物静かで守ってあげたくなるような人だ。これなら変な性癖とか持ってなさ気だから安心安心。
よし、今度はいけそうな気がする。両手をグッと握り、いざ、戦闘態勢を整えた。
夕方の方が、アプローチの成功率がより高くなるらしいので、時間もバッチリだ。
「サマンサさん、王宮の仕事お疲れさま。先月からって聞いたんだけど、困ったことがあれば相談乗るよ? 一緒に悩みを解決しようね」
今日はここまでだ。軽く手を振って爽やかに挨拶してその場を去る。
はい、カットーーっ! うん、今日の演出サイコー!
毎日少しずつ話しをする時間を延ばしていって、よし、今日こそお悩み相談というデートに誘うんだっ! ああ、早く会いたいでちゅ、サマンサたん。
「こんにちは、今日もお仕事頑張ったみたいだね。もう慣れたかな? 今日はサマンサさんの悩みじゃなく、俺の悩みを聞いて欲しいんだが」
「まあ、アンドレイ様のお悩みになんて、私が答えられるものでしょうか?」
相変わらず優しい笑顔で、俺の悩みを聞いてくれようとしている。いやぁ、ホント健気って感じが全身に滲み出てるよ。
よし、今がチャンスだ、いけっ俺。
「実は恋の悩みなんだ。ある人を想ってるんだけど、恋人になってくれるかどうかが不安で仕方ないんだ」
「それでしたら、思い切って告白なさった方がよろしいんじゃないですか?」
ニッコリ笑い「自信を持って」といいながら、俺の両手を軽く触ってくれた。
すかさずその手を握り返し、一気に畳み掛けた。
「なら、サマンサさん、俺の恋人になって?」
あら? という表情をしながら俺を見るサマンサさん。その目がだんだん座ってきてる。
どうしたんだろ? 俺は普通に告白したぞ? さらにサマンサさんは握りられた手を振りほどいて、パンパンと払う仕草。
どういうことかと不思議に思ってたら、今回も仰天発言が飛び出した。
「なんだ、私に色目使ってたの? 下心がないと思って愛想よくしてたら、とんだ食わせもんだったわ。これだから男って嫌なのよね」
わけがわからず、軽く固まっていると、仰天発言その二が飛び出した。
「私、男が嫌いなの。女の子の方が数十倍素敵だし。男の恋人? 鼻で笑っちゃうわ。私、恋人は女の子って決めてるんです。それじゃ失礼します」
颯爽と俺の横を通り過ぎりサマンサさん。本性を暴露した彼女は、すごく男前だった。
またも、心に沁みる風が冷たい……
残された俺は、夕陽を見ながら思いっ切り叫んでやった。
「バカヤローっ! もう女なんか要らねえっ、大っ嫌いだあっ!」
ああ、スッキリした。さて、部屋帰ろっと。
彼女探しは少し休憩するか。時間空けたらまた可愛い女の子に出逢えるハズだ。気長に構えるさ。
その日を境に、ちょっとした変化が起きた。
俺の周りでキャーキャーいっていた女の子が格段に少なくなったり、フレッド目当ての侍女たちからすごくキツい目で睨まれたり……
不思議に思って、侍女の一人を取っ捕まえてよくよく聞いたら、あの夕陽に向かって叫んだセリフが原因で、俺はホモ認定されてしまったらしい。
んー、この噂は噂でアリかも、ちょっと放っとこう。
グイグイくる女より、お淑やかな女の子が好きなんだ。噂があるうちは、グイグイ系は寄ってこないだろうから、俺からアプローチしやすい時期だ。
よし、明日っから恋人探しまた頑張ろうっと。
何回も思うが、俺って前向き〜。
この後はまた少しお時間空くかもです。