第七夜話
ひとり寝の練習してから半月以上経つが、かなり順調にクリアしていっている。
日中小雨がパラつく日は何回かあったが、夜まで降り続くこともなかったので、サボとの時間潰しで多少の不安は解消することができるようになった。
フレッドも最初の小雨の日は心配していたようだったが、俺が無事に過ごせるようになったのを見届けると、泊まりがけの仕事もこなすようになってきた。
やはり無理して泊まりの仕事をキャンセルしてくれてたんだよな。
「フレッドさあ、今までも泊まりがけの仕事の依頼あったんだろ? 俺のために断ってたのか?」
執務机から顔をあげて、フッと笑うと作業の手を止めて答えてくれた。
「アンディを一人前にするのも俺の仕事なんだよ。親父からも自分の腹心の部下を育てるのは大事なことだって言われたしな。親父もアンディの様子、たまに聞いてきたりしてたんだぞ?」
「俺の様子を王が?」
笑って頷き、さらに詳しく話してくれた。
「生まれた時からの付き合いだしな。王様やってるからプライベートな時間がないんで直接会いに来ないだけさ。お前の親父さんと二人で薬草屋の婆さんの情報集めたって話しも聞いたぞ。この半月の進歩は誰もが喜んでいるんだよ」
それを聞いたら、俺、もっと頑張んなきゃダメじゃないか。今、フレッドからこの話し聞くまで自分のことしか頭になかった。
みんな俺のこと心配してくれてたんだな。よし、こうなったら早めに雨の夜も克服してやる。少し前には自分のために、と思ってたことが、実はみんなのためにもなるんだってことがわかった。それが俺の気持ちの強さになった気がして、恐怖と向き合う自信につながった。
執務室でそんな話しをした何日か後、お約束のように天気が悪い日がやってきた。
夕方から夜にかけて雨模様になるらしく、俺は早めに仕事を切り上げた。
今日は間の悪いことに、フレッドが泊まりがけで出かけている。帰ってくるのは明日の昼だから、今晩はどうあってもひとりだ。
俺は自分なりに雨に対する策を考えてみた。
ひどい雨ってワケではなさそうなので、まずは部屋で筋トレして体を疲れさせるんだ。それから婆さんのお茶を飲んでリラックス。自分の頭に小雨だ、という暗示をかけて眠れば朝になってるはずだ。早い時間にベッドに入れは、かなりの確率で雨音をシャットアウトできるだろう。
どうだ、完璧な計画だ。サボにも聞いてもらわないとな。
「ねえ、キングさあ、クズだとは思ってたけど、本当はバカなの?」
「何で?」
筋トレしてると、今日は早めにサボが話しかけてきてくれた。雨の夜が苦手って話したから心配してくれたのかな? ひとりでいる時間がそれだけ短くなったから、俺的にはすごく助かるが。
自慢の計画を披露したら、アッサリ扱きおろされた。
「そうやって計画立てたりとかして、構えてる時点でアウトなの。早めにベッド入ったって余計に雨音を自分の耳が拾ってくるだけ。気になってパニックなるのが目に見えてるわ」
へ? そんなもんなのか? パニックになる要素なんてカケラもなかったから、絶対イケると思ってたんだが。
「いつも通り、アタシと話しして、絵本読んでくれたらいいわ。そう言えば、騎士物語あったよね、あれ今日は読んでよ」
「あれか? 俺の趣味じゃねえんだよな、あの甘ったるいヤツ」
「うっさいな、アタシが読めってんだから、しっかり読んでよねっ」
うへぇ……ガツンと言われて、その通りにするあたり、やっぱ俺って押しの強い女、っていうか植物に弱いよなあ。とりあえず言われた通りに、はい。
物語が中盤を迎え、攫われた姫君のところに騎士が辿りつくあたりで読み疲れた。サボは続きが気になるようだが、俺のアゴとノドが辛い。また明日読んでやる約束をして、お礼の子守唄を歌ってもらってから眠りについた。
ダーンッ、ガララッ
もの凄い音がして飛び起きた。
ひどい雨と雷の音がする。
何だよ、さっきまではそこまで酷い振り方するなんてあり得ないくらい弱い雨だったろ。全く最悪な時に目覚めちまった……どうする? フレッドはいない。
とりあえず飾り棚からぬいぐるみを取って来なくては。体が固まって動けなくなる前に自分の脇に抱え、毛布を体に巻きつける。
落ち着け、小雨だ。気にすんな……とは思えない。ぞくぞくする感覚に、徐々に頭が白くなっていく。
「あ、あああ……ひぃっ……」
完全に涙目になって耳を塞ぐが、雨音が頭の中に反響する。
「……キング? 大丈夫? 声が変だけど?」
俺の異常を察知して、サボが声をかけてくれてるが、既にパニックになりかけているので、マトモに返すことができない。
「ひぃ……あ、うぅ」
「ねえ、大丈夫だよ。アタシが一緒でしょ? 鉢のガラス玉をゆっくり撫でて、深呼吸して。いい? 両手で鉢を包むようにして」
すがるものがサボしかいない。いう通りにぬいぐるみから手を離して鉢に手をかけた。
「大丈夫、あなたはひとりじゃないし、闇にのまれたりしない。怖いことは一つも無いわ、アンディ。さあ、もう一度深呼吸を」
そう言ってから優しい声でいつもの子守唄を歌ってくれた。一回歌い終わる度に「大丈夫だよ、アンディ」と声をかけてもらい再びゆっくりと歌い始める。何度か繰り返してもらっているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだった。
翌朝目覚めた時、枕元に置いた鉢に手を軽くかけたまま、ベッドにうつ伏せになっていた。あれ程握りしめて放せなかったぬいぐるみはベッドの下に転がっていた。不思議だ、フレッドに添い寝してもらっても、ぬいぐるみだけは手放せなかったのに……
一度ギュッと抱きしめてから、丁寧に埃をはらって飾り棚に戻した。
「おはよ、アンディ。気分はどう?」
おや? 朝にサボから声が聞こえるなんて珍しい。俺は落ち着いてることを伝えて、昨夜のお礼を言った。
「言ったでしょ? アタシが克服させてやるって。でも考えてみて。アタシはあなたのサポートをしただけよ? 頑張ったのはアンディ、あなた自身だからね」
そうか、俺結構頑張ったんだな。ちょっとだけ雨音に耐性がついたってことか?
このまま何回か踏ん張れば普通の人並みに夜を過ごせるようになれるんだな。
込み上げてくる嬉しさに、鉢ごとサボに抱きついて、改めてお礼を言った。
「サボ〜、ありがとな。俺、フレッド以外真剣に考えてくれるヤツいなかったからさぁ、すっげえ嬉し」
……返事がない……
あーあ、ただのサボに戻っちまったか。
しょうがないか、朝話せたことが奇跡だもんな。また今晩な。
鉢の縁のガラス玉をゆっくり撫でて、軽くポンポンと叩いて窓辺に移すと、部屋を後にして執務室に向かった。
「アンディ、昨夜一緒に居れなくてごめんな、大丈夫か?」
フレッドが昼過ぎに慌てて執務室に入ってきた。前髪が汗で濡れてるところを見ると、よっぽど焦って帰ってきてくれたことがわかる。
「お帰りフレッド。俺、頑張ったんだ。少しパニックなったけど、サボが助けてくれた。もう少し練習すれば、お前を頼んなくても平気になるかも」
フレッドは俺の肩に手をかけて、フゥッとひと息ついてからニッコリ笑って言った。
「そっか。そいつがいたから酒浸りにならずにすんだのか。よかった、ホント心配してたんだぜ? また気を失うくらい飲んでんだろなって思いながらさ。それだったら俺の添い寝もそろそろ卒業だな」
「ん、そうだな」
ひと通りのやり取りが済んで、仕事の申し送りに戻るため、席に着きかけた時にフッと気がついた。
「あ、でもフレッドが添い寝好きならしてくれてもいいんだぜ?」
それを聞いた彼は苦虫を潰したような顔をして何故か吼えた。
「ごるぁっ! 俺のホモ疑惑を確定させる気かっ!」
ここまででひと段落。
ここから先はキングと一緒に作者も迷走しておりまする……
まとまり次第随時アップします(汗)