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第六夜話

 昨夜はあっという間に眠ってしまったらしく、気づいたら朝だった。


 サボに話しかけてみたが、ウンともスんとも返事がない。

 あれは夢だったんだろうか……

 それとも、ルリアが調合した魔女の粉の幻覚作用だったのか……

 例え幻覚作用だったとしても、俺の今朝の目覚めはかなりいい。ひとり寝が二日連続でできたのだ。これは今までにない快挙だ、早速フレッドに報告しなければ。

 逸る心を無理に押し留めながら執務室に向かった。



「どうだった、アンディ? 寝るまでの時間が少し長いから、俺の部屋に来るかと思って待ってたんだが、大丈夫なようだな」

「フレッド……そんなに心配してくれてたのか、ありがとうな。昨夜はいろんなことがあってな、気づいたら朝だった」


 フレッドが目を見開いて俺を凝視する。俺は昨夜あった出来事を報告した。


 今晩もサボが話しかけてくれるなら、あれは夢でも幻覚作用でもなかった、と証明できる。

 また明日の朝の報告を楽しみにしているよ、とフレッドが言ってくれたので、何となく安心した。小馬鹿にされて鼻で笑われるような出来事だから、内心ビクビクしてたんだが。

 フレッドに愛想つかされたりしたら、それこそ生きていけない。半信半疑ながらも、俺の言うことを取り合ってくれる優しさに、彼の器の大きさを感じた。


 一度部屋に戻って、昨夜読んだ本を返却しに行く。とりあえず絵本をあと二冊準備してみるか。どんな本を面白がるのかな、昨日出会ったばかりだから、サボのことがあまりよくわからない。それでも絵本なんか準備するあたり、サボとの会話を期待してるんだな、と実感する。


 日が傾き始めた時間なので、少しだけ散歩してこよう。本来なら剣術の訓練に参加できればよかったのだが、あいにく今日は時間がない。ある程度体を動かして疲れるのも快適な睡眠に繋がるしな、明日から時間配分を少し変えてみよう。


 何か俺、前向きっぽくなってきてね? やっぱひとり寝の二日連続クリアがちょっとした自信になってるかと思うと、サボとルリアのお茶に感謝だ。今晩も頑張るぞ。


 上機嫌で庭を散策してたら、侍女が二人、俺に声をかけてきた。

 やっべえ、忘れてた。ぼーっと歩いてたら誘われるに決まってるじゃないか。


 しかも女の話しだと、どうやら今日は俺がその女のひとりを相手する日になってるらしい。しっかりと媚びてるあたり、自分は可愛いですアピールが溢れでてる。

 当然俺をお持ち帰りする気満々の女の目になってるし……ヤバいぞ、マジピンチじゃん。

 どうしよう、ルリアとの約束があるんだ。守れなきゃ魔女の粉が……しかし困ったぞ。今まで女の誘いは断ったことなんてないし、断り方知らねぇよ。何日後に、っていつもの逃げ口上も使えねえ。

 ええい、そのままホントのこと言っちまえ。


「あー……悪い、当分無理だ。他所当たってくれ」


 途端に可愛らしい笑みを湛えていた顔が鬼の形相に変わる。


「びったーーんっ」「ぐぉっ……」


 殴られる頰の音と俺の苦悶の声が交差する。頰の痛みが去る頃には女の姿も去っていた。

 これ以上、こんな目に遭わないために早く部屋へ戻ろう。自室に戻り、扉を後ろ手に閉めてホッとひと息。あと何回これを繰り返すんだろ……今までのツケと言われればそれまでなんだが、女って牙剥くと超こえーわ。

 穏便に済ませる方法とか断り方とか考えないと、俺ヤバいかも。明日フレッドに相談でもするかな。


 呼び鈴を鳴らして侍女からお茶用のお湯を準備してもらう。顔を確認したら、さっきとは違う女だったから、なぜかホッとした。この子はこの間紅茶用意してくれてた子だよな。俺に色目使うでもないようだったら、指名したいんだけど……

 名前だけ聞いて、使える子だったら細かいことお願いしようっと。


 さて、とサボを窓辺からテーブルへ移動させ、カーテンを閉めていると、いい感じにお茶の香りが広がってきた。

 カップから漂う香りを深く吸い込んで、ひと息ついてから、ゆっくりと口に入れた。至福の時間とは、この時を言うのだろうか。最初の一口を含む瞬間が最高に嬉しい。

 目を閉じて味わっていると、サボから声が伝わってきた。


「あ、キングお疲れ〜。今朝とか体調どうだった?」

「キングじゃねえっつってんだろが。昨夜から今朝までぐっすり眠れたらしい。二日も続けてひとり寝出来たからな、フレッドにも褒められたんだ」


 俺の声色から嬉しさが出てたのだろうか、サボが呆れ気味に、でもちょっと嬉しそうに応えてくれた。


「ふふ、アンタ、そんなことで喜べるんだ」

「ん? サボには話してなかったか? 俺、長時間、夜ひとりで過ごすのがダメなんだ、ってか二日成功してるからダメだった、に変わったかな。 サボとルリアの調合があったからだよ、ありがとな」


 俺は感謝の意を込めて、鉢の縁を撫でた。


「……ごめんね、キングのこと、クズだタラシだ最低男とか、気持ち的には思っていたんだけど。そんな深刻な問題を抱えてるなんて知らなかった」

「いや、お前ガッツリ口に出してるし。まあ、話しても本気にしないヤツとは何度も顔会わせたくないからな。その日は我慢できても次の日まではゴメンだ」

「ああ、だから毎日取っ替え引っ替えって話しだったのね」


 理解してもらえた嬉しさに、俺の心が満たされるようだ。椅子の背もたれにドサッと体を預け、遠くを見るようにしてサボに話した。


「俺さあ、フレッドに恩返ししたいんだよ。アイツ王太子だろ? これから国背負ってくのに、俺もちょっとくらい肩貸してやりてえんだ。今のままだったら足枷にしかなってないから、早く解放してあげたいし、安心しなって肩叩いてやりてえよ」

「キング、アンタのこと、ちょっとは見直したわ。女のことしか考えてないと思ってたけど、意外と考えててんのね。よし、このサボちゃんがひと肌脱いで、見事克服させてあげるわよ」


 ……何か凄え感動されちゃったんだけど、俺、結構落とされてるっぽいのは気のせいか? 俺の頭の中何だと思ってんだよ、しかもひと肌脱ぐって……ひと棘抜く、の間違いじゃねえのか?


 ま、何だな、サボが盛り上がってんだったらそれでいいや。コイツがはしゃいでるのって何か安心するし、好きにさせとくか。


 そんなことを思いながら、話題を絵本に切り替えた。

 どんな話しが好きなのか尋ねたら、怖い話し以外なら何でも平気らしい。やっぱ女の子だな、可愛いとこあるじゃねえか。

 クスッと笑いながら、今日借りてきた本を取り出した。ずっと読んであげてたらお礼に、って子守唄を歌ってくれると言う。


「ヤダよ、こんな歳になって恥ずかしい」

「いいからベッド行きな。この部屋にはアタシとキングしかいないんだから、恥ずかしいも何もないでしょうが」

「わあったよ、ったく。ホントお前強引なのな」


 部屋の明かりを少しだけ落とし、テーブルごとサボをベッドの近くに寄せた。

 テーブルから聞こえるサボの声に耳を傾けてると、すごくゆったりとした気分になる。

 仄暗い部屋の中に響く音は、雨の音とは違って、体がふわっと浮き上がるような心地の良さを感じさせてくれる。


 俺は自分の口元が笑みの形を作るのを感じながら、深い眠りについた。

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