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第三夜話

 目覚めはだいぶよかった。

 フレッドに礼を言って送り出してから、身支度を済ませ、控えていた侍女を呼び出した。紅茶を淹れてもらってひと息ついたら、大きく伸びをして窓を開ける。


 昨夜のひどい降りを感じさせないようないい天気だ。濡れた葉っぱが太陽を反射してキラキラと輝くのは、ずっと見ていても飽きがこない。

 あれほど不安だったのが嘘のように、今は気分が落ち着いている。


 今日は早い時間に仕事を終えて、お茶の葉を調合してもらいに出向かなければならない。

 急ぎめにフレッドの執務室に顔を出して、ある程度書類を捌ききったあたりで今日の仕事の目処がついた。

 これから出掛ける旨を告げると「気をつけて行けよ?」と声をかけてくれた。軽く手をあげ仕事終わりの挨拶をして俺は婆さんのところへ出掛けることにした。


 婆さんの家は王都から半日離れた村の少し先、森の入り口付近にある。

 村で早めの昼を取り、婆さんの家に顔を出した。わ


「よく来たねぇ、坊。そろそろ来る頃だとは思ってたよ」

「この間も言ったけど、俺は坊って呼ばれる歳じゃねえよ。俺がデカくなった分だけ婆さんがヨボヨボになってるんだぜ。またひと回り小さくなったんじゃねえのか? 体は大丈夫か?」


 婆さんが腰を伸ばして俺に向き合う。俺の両手を、その皺々な両手で撫でるように軽く叩く。

 その手が薬草茶を飲む時と同じくらいの安心感を与えてくれる。婆さんを腕の中に囲って、小さく呟いた。


「婆さんが寝込んだり、死んじまったら、俺生きていけねぇんだよ。長生きしてくれよな」

「ありがとよ、最近は目が霞んでくるようになってきたんだよねぇ、養生するよ」


 しばらく雑談をしながら、薬草について勉強させてもらった。

 どこに生えてる薬草をどのくらいの割合で調合する、ということをひと通り教えてもらったら、次に来る時には一緒に調合させてもらう約束をした。


 婆さん特製のお茶を口に含み、人心地ついたところで、彼女はカタン、と椅子から立ち上がって隣の部屋へ消えていった。

 隣の部屋の扉を注視していると、おもむろにその腕に何かを抱えながらこちらにやってきた。


「何だ? そのイボイボになってるヤツ?」

「んー、これな、サボテンっていう植物なんじゃが……これに隣の部屋で命を吹き込んだ。これを自分の部屋に置いときな、必ず手助けになるじゃろて」


 よく見ると、ずんぐりした緑っぽいもので、白い毛? がフサフサしてる。花の鉢植えとは明らかに違う物体に、ちょっと顔を引きつらせた。


「この白いフサフサがポイントなんじゃ。坊の困った様子を感知して、どうすればいいか、答えてくれるだろうからな。ああ、鉢も大事じゃぞ? 絶対に割ったり、土を入れ替えたりしないどくれ。動かす時期は教えるからな」


 鉢も大事? でっかい透明な石がダーンと埋まって、そのまた周りを小ちゃい透明なキラキラした石がいっぱいついてる、これが大事だって?

 ずいぶん乙女チックなんだけどな……

 どう考えても俺とこのイボイボキラキラはミスマッチだろ。

 でもなぁ、ガキの頃からの恩もあるし、お茶の時も確かに効果あったもんなぁ。

 婆さんになるまでの歳を重ねた人間の言うことだ。キチンと言うことは聞いておこう。


「わかったよ、何だか知らねえけど持って帰りゃいいんだろ? お茶の葉ありがとよ。俺結構淹れるの上手いんだぜ。今淹れてやろうか?」

「次に来る時にお前さんが摘んだ葉を煎じて飲ませておくれ。それまでは死なずに頑張るよ」


 ニカッと笑ってるんだろうが、顔中皺だらけだから今ひとつ表情がよくみえない。

 とりあえず笑ってるだろうな、と予測して挨拶してから婆さんの家を後にした。


 途中、昼を食べた村を通り過ぎようとしたところで一台の馬車が立往生しているのがみてとれた。

 王都から少し先の別領地まで行く馬車らしいのだが、昨夜の雨でできたぬかるみに車輪がはまってしまったようだ。


 従者と馬車の住人のやりとりで、村の人間を駆り出してぬかるみから脱出する方法がとられるらしい。村の力自慢ぽい男性が三人がかりで動かそうとしているが、なかなか抜け出せないでいる。

 加勢しないと厳しいな、と考えて馬を降りて馬車の側に行くと、何故か威勢のいい女の声が響いてきた。


「ねえ、馬車の中の人、あなたが降りてくれたら、すぐにでも動くんですけど?」


 ん? この馬車って……タイムズ伯爵家の馬車か。女の頼みなんだから早く動けよ。

 ところが返ってきた言葉があまりに傲慢で、俺は目を見張った。


「何を言っている、村人の分際で貴族の私に話しかけるとは。黙って馬車を動かせ。人が不足ならもう少し集めれば良かろう」


 思わず固まってしまった。何て言い草なんだろう。俺もクズって言われてるようだけど、コイツは真性のクズ。クズ・オブ・ザ・クズだな。


 そんなことを考えていたら、威勢のいい女がフンッと鼻息を荒くして男どもに声掛けしていた。


「しょうがないねえ、貴族ってのは。とりあえず私も後ろ付くから、タイミング合わせて行くわよっ。せーの!」


 慌てて俺も馬車に付いた。車輪の真後ろだったから、動く度に頭から泥を被るが、しょうがない。場所選べばよかった……


 何回か力を出してようやくぬかるみから脱出した。と思ったら、そのまま止まりもせずに行ってしまった。

 え? 何で?

 普通、助けてもらったら最後くらい挨拶するだろうが。


 再び呆然とする俺に、男たちが代わる代わる肩をバンッと叩いて労ってくれた。

 さっきの女が俺の側にやってきて、しげしげと眺めながら同情の色を滲ませた声で話しかけてきた。


「ああ、アンタこの村の人じゃないのに、よく手伝ってくれたね、ありがとよ。アンタが一番ひどい汚れだよね、宿に話しつけとくから、綺麗にしたら?」


 確かに、この格好で帰っても王宮まで辿り着かないよな。もしかして、王都入り口の門番にすら止められるかも。

 女の言う通り、宿屋で身綺麗にしてから帰るとしよう。ただ……今日は泊まりだよな。この時間から風呂入って服洗ってっていったら宿屋を出るのは真夜中なるし……一泊くらいいいか。どうせ戻ったところで、どこかの女の家に泊まるだけだ。


 ありがたく女の勧めを受けることにした。

 宿屋で風呂に浸かりながら、ふうっとひと息つく。ここで夜を迎える前に婆さんのお茶飲まなきゃ。お茶を調合してもらった後でホントによかった。急な泊まりとかも考えると、これから出掛ける時は一包だけでも持参するべきだな、と改めて思って風呂を出た。


 部屋で身支度を済ませ一階に降りると、宿屋の食堂で、先ほどの男たちと例の女が俺に声をかけてきた。


「アンタも飲みな、奢ってやるよ。散々だったモンなぁ、タダ働きだし。貴族なんて碌なヤツ居ないからな」

「ん? タイムズ伯爵は挨拶どころか金も置いていかなかったのか?」


 女も男たちも俺を訝しむようにみて「アイツの知り合いか?」と尋ねてくる。

 慌てて否定したら、途端に機嫌がよくなり、またも饒舌に喋りだす。


「貴族が俺たちに気遣うワケねえよな、最低な連中だから。アゴで使えるだけ使っといてポイが当たり前だぜ?」

「そういえば、貴族でも、すげえヤツがいたよなぁ」

「ああ、居た居た。何て名前だっけ?」


 女が真顔ですかさずこう言った。


「ブラウンバードだよ、ブラウンバード公爵閣下」


 急に真面目な顔して硬い声をだす女、しかも親父の名前じゃないか。

 一体何やらかしたんだよ、親父!

 俺の正体バレたらボコボコにされそうじゃん?

 心の中で思いっきりビビりながら連中に尋ねた。


「その公爵閣下は何やらかしたんだ?」

後ほどもう一話投稿しますね〜

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