第一夜話
ーー人の悩みは千差万別ーー
このウィンダリア王国、宰相ミハエル・ブラウンバード公爵閣下のご子息で、次期宰相候補と言われているアンドレイ・ブラウンバード伯爵様にも、人には言えない、というか人に言っても信じてもらえない厄介な悩みがありまして……
その悩む憂い顔をみた女性たちが、出会う度に嬌声をあげているのを当人は知ってか知らずか……
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「最近、声かけてくる女の顔が全部同じに見える……」
「ん? 毎日違う女だったろ?」
「そうだけど……媚びるのも笑い方もだいたい似たような感じだから、区別がつかん。まあ、同じヤツだろうが違うヤツだろうが、俺には関係ないけどな」
「……アンディ? お前、そのセリフ、自分はクズですって言ってるようなモンだぜ?」
執務机から慌てて顔をあげるフレッドが、びっくりしながら俺に向かって問いかける。
はあっ、とため息を吐き、だらしなくソファに足を投げ出し、持っていた書類を放ってから尚も愚痴り続けた。
「俺は別に黙って隣で寝てくれるヤツだったら男でも女でもいいんだぜ。ただ、毎回毎回、声かけてくるのが女だし、モーションかけて媚び売ってくるから相手してるだけさ」
「うっわぁ、アンディ、そこだけ聞くとお前バイセクシャル疑惑と最低クズ男宣言肯定することになるんだぞ? 雨の日になると俺とお前が部屋で二人っきりなもんだから、俺までホモ疑惑かけられてんだよ、発言気をつけてくれよな?」
わあったよ、と気の無い返事をするが気分は晴れない。
「女に飽きたんだったらしばらく女と一緒に過ごすの止めてみたら? 時間を置いたら違って見えるかもよ?」
「俺だってこんな生活止めてえよ、でもなぁ」
もう一度深くため息をついた。少し考え込んだ後、気を取り直して仕事の続きを始める。フレッドも俺のその様子を確認すると、困ったねえ、と一言呟いてから自分に振り分けられた書類に目を落とす。
しばらく二人とも黙々と作業を続けた。
扉の方に人の気配を感じ、顔をあげるとフレッドの側近が彼を呼びに来ていた。
「フレデリック王太子殿下、公務のお時間です。ご準備を」
フレッドが軽く手をあげて応えるようにして立ち上がり、行きがけに俺に声をかけてくれた。
「今日はこれから天気が崩れそうだ。今晩は雨足が強くなるだろうから一緒にいるよ。早めに戻るから心配するな」
「ああ、わかった。待ってる」
こちらも軽く手をあげ、フレッドを見送ってから、手元に残った書類を手早く捌いていった。ひと通り仕事が片付いたので、気晴らしに王宮の庭へと散歩にでた。
空を見上げると、やはり天気が良くない。もうじき雨が降りそうな匂いまでしてきてる。
ああ、憂鬱だ……この世から雨なんてモンなくなればいいのに。
もとい、雨の降る夜なんて、だな。
こんな夜はとてもひとりでは居られない。フレッドには本当に感謝しないとな。
ふと廊下側を見ると、二、三人、女たちが連れ立ってきゃあきゃあ言ってる。ヤバい、俺に声かけるつもりだよな、あの侍女たち。何だってこんな時にまで声かけようとするんだろ、こっちは憂鬱だって言ってるのに。
まあ、晴れてる夜だったら付き合ってやらんでもない。軽く笑顔で手を振って愛想を振りまいて、そそくさと退散する。
こんなとこで女に捕まったら大変だ。一度捕まったら絶対離してくれないだろうし、今晩は雨だ、女の相手なんぞしてるヒマはない。
自室に戻り、後ろ手に扉を閉めてから安堵のため息をついた。
「失敗した。うっかり散歩にでるんじゃなかった。性格的に絡まれたら断れないし……俺って押しの強い女にホント弱いのな。とりあえず今日は女よりフレッドだ」
アイツが戻ってくるまでまだ少し時間がある。薬草屋の婆さんからもらったお茶でも飲んでリラックスしておくかな。
お茶の葉をみて顔をしかめる。
ああ、しまった、今回で飲み切っちまったか。しょうがない、明日は婆さんとこ行かないとダメか。
一日一回、このお茶飲まないと気分が落ちつかないものな。お茶の効果が切れたら最後、正体失うまで酒飲まないとその日は過ごせなくなる。
ホント俺ってば、婆さんとフレッド居なきゃ生きていけないかも……
いつかは自立してみせる……というか、できるなら自立したい。
年端もいかない少年じゃあるまいし、自立が夢なんて笑っちまうが、俺の当面の目標だ。
まずはひとりで眠れるようになること。
そして雨の夜に怯えることがなくなること。
この二つをクリアしないことには、俺のひとり立ちは成立しない。
「誰も信じてくれないんだよな、俺は夜が苦手だなんて。本気で言ってるのに、女を口説く常套手段だとか、冗談がうまいとあしらわれっ放しだし……アイツらみんな、俺の悩みなんて毛ほども真剣に思ってないんだよな」
薬草茶がいい感じの香りをだしてきたので、ゆっくりと口に含みながら目を瞑ってひとりごちる。
「冗談にしか受け取ってくんないから興味がなくなるんだ。そんなだから一晩しか一緒に居られない。真剣に悩んでくれる子がいたら、交際申し込むんだがなぁ。むしろ結婚してもいいかも知んないな」
実家にいる頃には乳母が一緒に寝てくれた。
乳母が仕事を辞めてからはフレッドや遊び仲間と一緒に夜を過ごして、その憂さを晴らしていた。
女遊びを覚えてからは、雨の夜以外は女と過ごす。というより、女が俺に寄ってくる。
何故かは知らんが、俺と一晩過ごすことが、その女の格を上げるんだと。アホらしい噂がひとり歩きして、今はそれがホントの話しに形を変えてるらしいと話しに聞いた。
火遊びは俺とするのが一番なんだとさ。後腐れないし、一晩だし。女が頬を赤らめながら、得意気に俺に話してくれた。その話しを聞いた瞬間、アゴが外れそうなくらいに驚いたよ。
俺って、人間というより商品とか景品扱いじゃん?
こっちの気持ちも知らないで、と女どもがきゃあきゃあ言ってるの聞くとウンザリなんだが……
夜ひとりぼっちになるのかと、ビクビクするよりだったら女と過ごす方を選んでしまうあたり、俺も大概終わってるよなぁ。
そんなことを考えながら、お茶の残りを一気に腹に流し込む。
だいぶ気分が楽になってきた。
そろそろフレッドが来てくれるかな?
飾り棚から酒とグラスを出して、フレッドを迎える準備をしよう。
大きく伸びをしながら吐き出す息とともにこう呟く。
「フレッドと婆さん以外で、男でも女でもいいから俺の悩み解決できる人、現れてくれや……マジ頼む」
雨がポツポツと窓辺近くの葉に当たる音がかすかに聞こえてくる。案の定、雨が降り始めたようだ。
意識を窓に向けると、浮かない表情の自分が反射して見えた。
もう一度、雨が降り始めた窓の向こう側を見つめ、チッと舌打ちしながら、勢いよくカーテンを閉めた。
単なるクズっぽいお話しなんで落としどころを探しつつ……暇つぶしにどうぞ。