5話 新たな決意だ(多分バチが当たったかな)
『旧魔術派 南支部』
「なるほど・・・もう行かれるのですね」
「おう。俺は一か所に居座るタイプじゃないんでね」
レードは二メアと別れた後、契約破棄をしようとシンシアの元まで足を運んでいた。
そのついでというわけではないが、二メアのことも気掛かりになっていたために、その旨を伝える。
「あーあと、二メアはもう『魔術士』として動けるはずだ。俺の超絶役に立つ指南をすぐに覚えてたからな」
「ふふふ・・・そのようです。昨日見せてもらった暗器による殺傷術はあなたの指導によるものでしょう?」
「さーなー」
レードは特に何もしていないというよに手を振ると、懐から契約書を出して、その場で破り捨てる。
「ほい。これで依頼は続行不可と」
「ええ。お約束の金貨は振り込んでおきますので、ご確認下さ・・・」
シンシアが最後まで言う前に、レードはそそくさと民家から出る。
「ふふ・・・まったく、素直じゃありませんね」
レードが二メアのことを気にしていたことに気が付いていたシンシアはクスリと微笑み、椅子に腰かける。
「またお会いしましょう、レードさん」
『宿屋』
ちょうどレードが旧魔術派の南支部から離れた頃、二メアは本格的に魔術士として活動するための情報収集をしていた。
「ええと・・・炎系は火力がある代わりに、制御が難しく・・・水系も同じく流動性があるため・・・」
ふーと一息ついた二メアは、難しい顔をして考え込む。
「何でこうも難しいことを理屈抜きであの人は連続起動できるのかな?やっぱり先生は凄い人なんじゃ・・・」
何故か最近姿を現さない灰色男を思い出していると、乱雑に広げていた本の中に、あるメモが挟まっていたことに気が付く。
「うん?これは・・・」
手に取って見てみると、そこには驚愕の事実が淡々と書かれていた。
『レード・クライス
『魔術階梯』 適正者(基礎侵蝕率0%)
『特徴』 灰色のローブを身に着け、無属性魔術(変則的なもの、独自・派生か?)を使用する。
『能力』 全てにおいて平凡以下だが、想像力においては注意。
『所属』 派閥に所属していないため、不明扱い。
『利用価値』 隠密行動が得意なため、スパイとしては若干の価値がある。
『備考』 何かしらの改造魔術を取得しているが、目撃者が未だにいないため、不明(その魔術を使用した後には、周囲に氷の破片が残っているとのこと)。
「・・・」
二メアはこの特徴を持つある人物を思い浮かべる。
「まさか、先生が・・・いえ、でも・・・」
何故か否定したがる思考はひとまず置いて、もう一度見直してみる。
「やっぱり、先生の特徴に似すぎている。名前こそ違うけど」
静かに目を閉じると、二メアはそのメモを折りたたみ、右手に意識を集中させる。
「これはきっと悪い派閥の人にリークされたんでしょう。私はあの人に恩があるし、これは」
「『炎剣』」
お手本の如く出現した炎の剣でメモを燃やし、即座に剣を消失させる。
「こんなメモがあるこの本・・・いえ、南支部はどういう・・・」
深く考えそうになった二メアはぶんぶんと頭を振り、思考を中断。
「ダメダメ。今日は指導教官に中級魔術を完成させるように言われたんだから!『先生』にも認められるぐらいの物にしなきゃ!」
素顔すら知らない灰色男を想うと、不思議と心が軽くなる。
二メアにとってそれが親愛なのか、はたまた別の何かなのかは定かではない。
『クルート大陸 南東付近』
旧魔術派の南支部から離れて約1日。
未だに旧魔術派の領土内にいる灰色男はボーッとしながら、魔術馬車に乗っていた。
「これって便利だけど、おせーよなー・・・」
「おいおいにーちゃん。文句言うなら降ろしてもいいんだぜ?」
「こっちは金を出してるってのにそんな口の利き方でいいいのか?あん?」
「はー・・・これだから魔術士は嫌なんだ・・・」
お互いに軽口を叩いている2人の男だが、実のところは何度か食事をする仲でもある。
レードは移動用の魔術・道具を持っていないため、大陸移動する際には、この馬車男を通信の魔術を使用して、呼び出している。
それに対して、魔術馬車を操作しているこの男は名を『ウルン・スローバム』という。
金の払いが良いレードに目を付けたのか、彼をお得意様としている。
そんなウルンが操作する魔術馬車とは元々、軽い荷物を短距離搬送する際に使われるもので、本来は人が乗るものではない。
『馬車』と名が付いてはいるが、実際に馬がいるわけではなく、魔力を注ぐと疑似的に馬の形をした魔力の塊が現れ、それが動かしてくれる。
だが、いくら魔力でそれなりに動くとはいえ、重量がある男2人+各種荷物を乗せている馬車はきしんでしまっている。
その様子を肌に感じ、愚痴をこぼしても他の移動手段を利用しないのを見るに、この灰色男は変わり者なのかもしれないというのが、ウルンの考えである。
「(まぁ、俺も儲かってるからいいんだけどな)」
レードが何を考えているかは分からないが、ウルンはそれなりに彼に感謝をしていた。
「あー、ウルンは今年でいくつだっけ」
「あー?いきなりなんだよ・・・25だが」
「あれ?もうそんなんか。俺はまだ22だぞー。お前もおっさんになったな」
「うるせー・・・ってか、年上には敬語をだな・・・」
ウルンが説教の1つでもしようと、レードに目を向けると彼は眉をひそめていた。
「おい?どうした?」
「1、2・・・2人か」
「・・・」
レードが唐突に何か言っても驚かないあたり、ウルンも慣れたものである。
レードの傭兵稼業を支援してきたウルンは、彼の雰囲気で何が起きそうなのかが把握できるようになっていた。
「俺も後方支援するか?」
「いや、いい。お前は操作席の下で待機してろ」
「了解。だが、万が一の時は」
「ねーよ」
それで会話を終了させたと踏んだウルンは指示通り、操作席の下にある物置きスペースに隠れる。
レードはというと、暗器を入れたウエストポーチを何度か開け閉めして、戦闘準備をしていた。
「(さてと)」
レードは前方に感じた魔力の痕跡を感じ取りながら、視覚では捉えられない魔術士を探す。
小さな森となるこの場だが、旧魔術派が整備したおかげで街道のようになっているため、視界は良好。
それに加えて障害物が少ないため、以前戦闘をしたネックという男の時よりも比較的楽だと推測。
「(うむ・・・相手も隠密行動に長けているやつか?)」
隠蔽破りには自信があるレードでも、その上位互換である『完全隠蔽』という無属性上級の魔術に対してはなすすべがない。
習得・使用するのに難易度が高いため、基本的な魔術士は毛嫌いするが、マスターしてしまうと、これ以上に強力な魔術はないだろうとレードは考えている。
「っ!」
不意に右から飛んできた何かをバックステップで回避したが、完全には避けられなかったようで、左腕に傷が付く。
「ナイフか」
出血した腕を素早く布で縛ると、まだ見ぬ襲撃者に警戒する。
「(投擲技術は並、軌道がこれだと恐らく)」
飛んできたナイフの位置から相手の居場所を予測したレードは身を低くし、東の方角に駆ける。
「『肉体に力を』
走りながら、中級の無属性魔術『肉体強化』を短縮詠唱させると、全身に力が宿る。
「(消耗が激しいこれは控えたいんだがな・・・仕方ない、短期決戦だ)」
継続的に魔力を消費、侵蝕率を増加させるというこの魔術は、普通の魔術士は使用を控えるが、レードは基礎身体能力が低いため頼るしかない。
レードが強化された足で回避しながら走っていると、飛んできていたナイフの嵐が不意に止む。
「弾切れかね」
はぁはぁと息を吐きながら、レードは辺りを見回す。
「なるほど・・・」
何故か狂い無く飛ばされ続けていたナイフ。
何故か西の方角に行くように走っていたレード。
何故、今になって気がついたのか。
「誘導か」
「ご名答」
レードのすぐ後ろから現れた人物は、くくくと笑いながら目の前に移動する。
「完全隠蔽に『催眠』と『追跡』ってわけか。無属性魔術の鬼かあんたは」
「それほどでもないよ。ワタシはただの魔術士さ」
「・・・もう1人の魔術士は」
「それは『幻惑』。知らないみたいだね」
何故か嬉しそうに話す男に、初めてレードは恐怖というものを覚えてしまった。
「(今まで会った魔術士とは格が違う。なんだこいつ)」
「気になるみたいだね、このワタシについて」
「っ!」
「『何で俺の考えが・・・』って。そりゃー、そういうことだよ。ま、これはあんまり使うと侵蝕率がおかしいくらいに上がるから、もう使わないけど」
「何が目的だ」
「簡潔に言うなら、君にあるお願いをしたい」
「・・・」
「この大陸、クルート大陸で。ワタシの考える理想の魔術世界を創って欲しい」
「は?何を言ってんだ、あんた」
「そのまま意味さ。ワタシじゃ自分の理想を叶えられそうにないからね。この大陸のどこかにある4つの大きな魔術管理棟。そこを管理させている子たちがいるんだけど、まーいいや。全員討ち取って、魔術の在り方を変えて欲しい」
「そんな支離滅裂なことを言われても分からないんだが」
「すまないねー。ワタシはどうも対人コミュニケーションというのが苦手で。『概念変更』っていう魔術を使ったせいか、あの子たちにも勝てるか分からないしね。ワタシとしてはこんな魔術世界にしたかったわけじゃないんだけど、うーん」
「・・・つまり、俺に投げやりと」
「そーいうことかな?君はワタシが見た限り、特に派閥にも魔術にも執着してないみたいだし。ワタシの考える理想の世界の住人って感じだよ。んじゃまぁ、後は頼むよ。傭兵くん」
そう言い残すと、謎の魔術士は不意に霧になって消えてしまった。
それと同時にレードは自分に何かの魔術をかけられたことに気が付く。
「・・・何されたんだ」
謎の魔術士が消えた場所をよく見ると、メモらしきものが落ちている。
レードが拾い上げて、それを見ると内容に驚く。
『ワタシの名前は「オーキス」。
クルート大陸の魔術に関する概念を変えた者だ。
一応ワタシとしては、便利過ぎた魔術を制限付きにすることで、みんながもっと考えるようになるのかなーって思ってやったんだけど、どうもそうにはなりそうにないね。
魔術管理棟ってところで、概念変更の継続起動をさせてるんだけど、どうもそこを守ってる子たちは今の魔術が良いみたいで、ワタシの言う事を聞かないの。
あなたが今のやり方を貫かなきゃどうするとか、単純に今の地位が良いとかなんとか。
うーん。
滅茶苦茶にしたワタシが言うのもなんだけど、前の世界の方が良かったのかな?
それとも、今の方が?
どちらにせよ、打開策が思いつかないから、こうして魔術に固執しない君を選んだってわけ。
別に強制はしないけど、枷は付けさせてもらったよ。
ワタシの2つ目の改造魔術。
時間死。
これは対象の寿命だけを極端に短くするというものでね。
君の年齢が20代だとしたら、あと3年で死亡するって感じ。
解除するにはワタシを殺すか、ワタシに解かせるかのどちらかだね。
早い話、ワタシの言うことをやってくれればいいのさー。
また何かあればこちらから通信の魔術を使うから、それまで待っててね。
じゃぁー』
「・・・あいつが、魔術の在り方を変えたっていう狂った魔術士か」
噂でしか聞いたことのない魔術士。
クルート大陸全域で派閥や争いが起きるようになったという元凶があんな人物だとは拍子抜けだが、魔術の力量を見るに嘘とは思えない。
「それに、これ・・・」
右手の甲にある真っ黒な髑髏が笑う紋章が、メモにあった改造魔術の証拠であろう。
触れても、ナイフで突いても何も起きないが先ほどまでは無かったもののため、事実として受け止めないといけない。
「3年で死ぬってマジかよ・・・勘弁してくれ・・・俺は平和に過ごしたいだけなのに」
とほほと肩を落とすレードはすぐに気持ちを変えると元来た道まで戻る。
「(はー・・・ほんと不運だ。今まで他人を騙しまくってたツケが来たんかね)」
「・・・何かすげー仕事を受けたな、お前」
「ふざけんなよ・・・強制的にだ」
ウルンが操作する魔術馬車に戻り、街道を進む途中で2人は話していた。
「で、どうすんだよ?お前このままじゃ死ぬんじゃね」
「お前の年齢になって死ぬとか勘弁だ!・・・ったく、あいつの言う通りにするしかないだろ」
「と言っても、魔術の在り方?そんなもん俺にはさっぱりだぞ?第一、俺はまともな魔術士ですらねーし」
「分かってるわ。ウルンにはそっち方面じゃなく、足になって欲しいんだよ」
レードがいつになく真面目に話しているのを聞いたウルンは振り返らずに答える。
「もちろん俺はお前の助けになろうとは思う。ただよ・・・俺も自分の命がな」
「それも承知してる。俺の出来ない移動手段を持ってるお前は俺の大事なモノだ。いくら裏切りモットーとはいえ、利用できるやつは守るぞ」
「あのな!俺はモノじゃないんだぞ!それになー・・・言い方ってものが!」
ウルンは声を荒げて言うが、レードはニシシと笑みを浮かべる。
「はぁ・・・まぁいい。俺はそうやってぶれないお前に惚れたんだ。最後まで付き合うさ」
「うわぁ・・・ちょっと止めてくれよ・・・俺はノーマルだぞ?」
「ちげーわ!そう意味じゃな・・・」
「分かってる分かってる」
どうにか調子を崩されるウルンは、次の目的地をどこにしようかと(半ば強引に)レードに尋ねる。
「そうだな。まずはその魔術管理棟ってやつの場所を知りたいから、現魔術派の傭兵として潜り込み調査をしたいと考えている」
「旧魔術派の連中じゃダメなのか?」
「いやさ。オーキスは現魔術派のやつだぞ?対立してる派閥に情報は流さないだろ。それに旧魔術派としても魔術管理棟はあると困るだろうしな。あいつらこそ知りたいんじゃないか?」
「まぁ、そうか・・・んじゃ、現魔術派の領土まで行くか」
「頼む」
ウルンは操作席に自身の魔力を注ぐと、疑似的な魔力の馬が少し大きくなった。
「おい。最初からそのサイズにしとけよ。今までのは手を抜いてたのか」
「はっはっ!そうだ!俺も魔力は消費したくないからな!いつもお前にやられてるお返しだ!」
「・・・」
レードはがははと笑うウルンに首を切るジェスチャーをすると、座り直す。
「(今まで金しか考えてこなかったせいか、死ぬとか生きるとかどうでもよかったが・・・ある意味、今回のことで生きるためにもがくことができるようになったのかね)」
レードは前で操作席に座る『友人』を見つつ、問いかける。
「なー、ウルン」
「あん?どした」
「俺が死んだらどう思う?」
「そりゃー・・・金づるがいなくなるし、困るわ」
「おい!」
「嘘だよ。そうだな・・・」
ウルンは少し間を空けると、口を開ける。
「友人が死んだら、悲しいわな」
「・・・そうか」
レードはウルンの言葉を聞くと、決意を固める。
「(俺には何もないって思っていたが、こうして悲しんでくれるやつがいるんだ。二メアも、もしかしたら・・・いや、いい)」
「(どうせいつか死ぬってのは分かってるし、仕事柄仕方ない。ただオーキス。俺は地味な死に方はごめんだ。傭兵ってのは戦いの中で散るもんなんだよ!だからこそ、今だけは言う事を聞いてやるが、絶対にお前の望み通りにはさせねーぞ!)」
心の中で啖呵を切ると、レードは今までで感じたことのないほどのやる気で、空を見上げる。
「あ、レード。今日の夕飯ねーわ。我慢してくれ」
「おい!腹が減っては・・・」
ひょんなことから、死のカウントダウンが始まった1人の男はその負の問題を深く捉えることはせず、自分の新たな生きる意味として捉えるのであった。