3話 レイ先生の魔術講座
『旧魔術派 南支部』
レードと二メアが連れ添って集会所に入るやいなや、いきなり旧魔術派トップのシンシア・メルポリトが直々に出迎えてくれた。
「よくぞ来てくれました。未来の誇り高き旧魔術派の卵さん」
「は、はい!来ました!」
あの後、レードの挑発的な誘いを知ってか知らずか二メアは学院を辞め、旧魔術派の傘下に入ることとなった。
彼女の心境にはそれほど興味はないが、こうもあっさり付いてくるとは流石に思わなかったため、少しの動揺がある。
レードとしては円滑に事が進むのは大歓迎だが、本当に良いのかという考えが何度もよぎっている。
しかし経過はどうであれ、一応依頼はこれで達成なはずなのだが、レードはやはり初めに感じていた気持ちを忘れずにいられなかった。
「そんなに緊張しなくてもいいぞ。この老いぼれには」
「な、なんてことを・・・!」
レードはそんな小さな悩みを打ち消すように、まさにどうでも良いといった表情でシンシアと二メアを交互に見てそう答えるが、当のトップ様は特に何も言わずにニコニコとしている。
「私はそこの人と親しい間柄なので、構いません。それにこちらの派閥で将来働くというならば、あまり緊張をせず、リラックスをしてもらいたいです」
「えっと、はい。分かりました」
「んじゃ、俺はこれでおさらばだな。またのご利用・・・」
二メアとシンシアが互いに挨拶しているのを遠巻きに眺めていたレードはひらひらと手を振って退散しようとするが、二メアが呼び止める。
「あの!」
「何だ?」
「無属性魔術の件なのですが、あのことは・・・?」
「いやだってさ、俺はもう講師じゃないし」
レードはほんの少しだけ気にしていたことを突かれて、内心動揺をするが、表情には出さない。
「せっかくこうしてお会いできましたし、私としては『レイ先生』に直接教えてもらいたいです」
「・・・はぁ、全く物好きだねぇ、君も」
「そうでしょうか?私はあまり交流関係を広げていないので、分かりませんが・・・」
「そういう意味じゃないんだが・・・まぁいいや。シンシア様?二メアの指導役とかっているのか?」
レードがちらりとシンシアを見ると、またもや笑顔で答える。
「いえ、まだ決まっていませんよ。レー・・・レイ先生が引き受けてくれるなら、私としても嬉しい限りです」
何故か意味深に呼び方を合わせてきたシンシアは笑みを崩さず、レードにだけ見えるようにウインクをしてくる。
「(年を考えろよ・・・)んじゃ、引き続き依頼は続行ということで良いか?金はもらうけどよ」
「ええ、それで構いませんが・・・それにしても、ふふっ・・・金銭には抜け目がありませんね、流石レイ先生」
二メアが生々しい二人の話を聞いて顔をしかめるのには気にせず、レードはいつも通り依頼書に必要事項を記入する。
シンシアが了承の印を押してから5分後に、その場での話し合いはお開きとなった。
『旧魔術派 南支部 訓練場』
シンシアとの仕事話が終わった後に、レードと二メアは旧魔術派の面々が魔術を鍛えるために使用している訓練場に来ていた。
「わぁ・・・広いですね・・・!色々な武器や魔術用の的がたくさんあります・・・!」
「あー、うろちょろすんな。怪我しても知らんぞ」
レードは興味深そうにあちこち見て回る二メアに嘆息しながらも、とりあえずということで、座学から始めることにした。
「二メアはまだ1年次だから、各種概論もあまり聞いていないだろ?」
「ええと、はい・・・私は途中から転校してきたので、みんなからも遅れています・・・」
「それで友達がいないってか。ま、しかたねーだろ、それは」
「・・・ずいぶんとはっきりおっしゃりますね、先生」
二メアが気落ちしたように下を向くのは気にせず、レードはニヤニヤとフードの下で笑う。
「俺はこんなやつだからな。流れ者の中では礼儀をわきまえているつもりだが」
「シンシア様にも失礼じゃないですか・・・!もう・・・」
二メアが冗談ながらも怒ったように背を向けると、レードはすぐさま正面に回り込む。
「はいはい。これで緊張は解けただろ?俺ってば、天才だわ」
「・・・気付かれていたんですか?」
「訓練場に来て早々、あちこち見て回るような性格には感じられなかったからな。推察だ、推察」
『さて』とレードは区切ると基本的な魔術士に関わることを二メアにレクチャーし始める。
「まず、魔術に必要な力。魔力について言うぞ」
「えっと・・・それくらいなら私でも分かります。魔術に必要な力のことですよね」
「その通りなんだが、詳しく言うと、人の『気力』『体力』『想像力』を合計して考えられている総合的な力のことを指す」
「初耳です・・・」
二メアはふむふむと相づちを打つ。
「まぁ、学院では簡単に魔術に必要なもので通っているらしいし、仕方がない・・・ゆとりどもめ」
「あはは・・・えっと、魔力の増幅にはそれら3種類の力を鍛えればってことですか?」
「早い話そうなる・・・が。個人差はあるな。ダメなやつは3つのうちのどれかが欠けるし、さらにダメなやつは2つ欠ける」
「生まれつきのものということでしたよね、私が現に適性検査で才があると結果が出ましたし・・」
二メアは特に嫌味を言っているわけではないと分かるが、自然とレードの頬が引きつる。
「くそ・・・次行くぞ、俺が虚しくなるからな」
「あっ!えっと・・・」
「同情はいらん。次は魔術についてだ。今は使えない『旧魔術』は名称を声に出すだけで、起動する便利なやつで、魔力消費だけでいける。これのおかげででクルートも発展してきたな」
「・・・ですね、私もおじさんが使用しているのを見たことがあります」
レードは二メアに近くにあった椅子に座るよう促すと、続きを話す。
「んで、今使えるのが『現魔術』。これはなぁ、めちゃくちゃだるい。二メアも分かるだろ?使えば使うほど『侵蝕率』っていう魔力の暴走率が上がっちまう」
「・・・」
「こっちは聞いたことがないって感じか。侵蝕率は魔術が上手いやつ・たくさん種類を覚えているやつほど気にしないといけないものだ。体内の魔力侵蝕率が100%を超えると、即死するからな」
「えっ!即死、ですか・・・」
「おう、いくら強いやつでも、くっそ弱いやつでも例外なく死ぬ。これは概念っていうやつらしくてな。誰かが変えたんだとよ」
「誰が何のために・・・」
「さぁな?俺は興味ねーし」
レードは座っている椅子から、ダラーっと体勢を崩して二メアに対して肩をすくめる。
「興味ないって・・・先生にも関わることですよ?」
「あぁ?まぁ、そういやそうか。でもなぁ・・・俺は4属性魔術でも水の基礎しか使えないし。あ、ついでだし、『魔術階梯』についても言っとくか」
「サラッと言いましたね・・・」
二メアは何故、他の属性の基礎すら使えないと言っているのか、判断に迷うが、ひとまず置いておくことにする。
「さっき言った侵蝕率も関わっているんだが、1属性魔術の基礎を使えるやつが『適正者』。この適正者の場合は、魔術を使う前の状態の『基礎侵蝕率』ってやつが0%からスタートする。魔術を使う時に侵蝕率が上がるわけだから、低ければ低いほど、長時間の戦闘ができるってわけだな。エコだし、プラスっちゃプラスだ」
「確かに・・・ですが、ポジティブなものだけではないですよね?」
「その通り。俺みたいな魔術の適性が低い奴は、二メアみたいな天才とは違ってまともな攻撃系の魔術を使えない。いくら他の奴より魔術が使えるとはいっても、相手に先にワンパンされたら、意味ねーしな」
「?なら、どうやって先生は戦闘をするのですか?」
「そこで出るのが無属性魔術ってわけだ。これは属性がある魔術とは違って、努力さえすれば誰でも使えるし、適正うんぬんの話は関係がない。不幸中の幸いというか、俺は気力と体力のランクが低い代わりに、想像力は高いらしいからな。これを応用、つまり『派生魔術』として使うことで生き延びてるってわけ」
「派生はかなり難しいと聞きましたが、先生はマスターされているんですか?」
「基本的にはめんどくさいが、慣れれば出来るぞ。マスター出来てるかは知らんけど。特に4属性魔術より、無属性魔術の方が真っ白な状態だからな。アレンジが効きやすい」
「なるほど・・・実際に見せてもらってもよろしいですか?」
「おう、構わんぞ」
レードは椅子から立ち上がると、二メアから十分距離を取り、暗示詠唱を開始する。
「『輝きを・そこへ』」
次の瞬間、レードが目視していた箇所からまばゆい光が溢れ出し、思わず目を背けてしまうほどの光量が生み出された。
「す、凄いですね・・・目くらましの魔術ですか?」
「あぁ・・・元はただの『発光』っていうライト用の魔術だけどな。一番初めに『閃光』として派生に成功したから、思い入れがあるっちゃある」
「え、でも・・・派生魔術は威力と精度が落ちるって聞きましたよ?どちらかというと、先生の魔術は強化されているような・・・」
『ふむ』と一息つくと、レードは口を開く。
「適正検査された時に、『魔術特性』っていうやつが分かるだろ?その中で、俺は『犠牲』っていうものがあると知ったんだ。これはその名の通り、自分の身体の何かを犠牲にすることで、魔術自体の威力・精度を上げられるっていうやつなんだが・・・はぁ、これがまた難儀なもんで、今使った『閃光』も使う時に、左眼の視力をかなり落とすことで初めて起動出来る」
「大丈夫なんですか?戦闘中にそのようなことをしても?」
「おいおい・・・大丈夫なわけないだろ?初めのうちは慣れなくて死にかけてたわ。今はもうだいぶ勝手が分かってるから、良いけど。それにこの代償は任意とはいえ、さじ加減に間違うと魔術が起動しないで、代償だけ発動みたいなこともあり得る」
「苦労されていたんですね・・・」
「そうだよ、だから魔術は嫌いなんだ。めんどくさいし・・・ところで、二メアの魔術特性は?」
「私は『模倣』でした。何でも一度見た魔術は他の人よりも、短期間で習得出来るとか」
「うわーずりぃな。どうりで基礎とはいえ、4属性魔術が上手いわけだ」
「努力もしましたよ!」
レードはこっち来るなとハエを追い払うようにしっしと手を動かす。
「はいはい。んで、魔術階梯の話に戻るが、4属性の基礎を使えると『初心者』で基礎侵蝕率は10%、それに2属性以上の中級を使えて『術士』20%、さらに1属性以上の上級が使えて、初めて『魔術士』と名乗れるわけだ。流れから分かると思うが、基礎侵蝕率は30%になっている。これより上は努力だけでは難しくなってくるが、4属性の基礎・中級を使えるかつ2属性以上の上級が使えて『導士』40%、4属性の基礎・中級・上級の全てを使えると『魔導士』50%って感じだな」
「でも、導士以上の方はあまり魔術を連続使用出来ないですよね、考えてみると」
「そうだな。だが、その代わりに魔術一発の威力と範囲がおかしい。それにそれだけ魔術のセンスと扱いに長けてると、魔術の起動時間短縮・即興派生とか、その他もろもろの技術をかましてくる。このレベルになると、侵蝕率が上昇するよりも前に敵を殺せるんでね?俺には理解不能だが」
「私には早すぎる話ですね。お話を聞くと、魔導士が一番上の階梯ということで良いんですか?」
「いや、人外レベルとして『大魔導師』っていうクラスがある。これは魔導士の階梯を持っているやつが『改造魔術』っていうものを創り出して、昇格することが可能になる」
「改造ですか?派生とはどう違うのでしょう?」
二メアは首を傾げて考えているようだが、すぐには答えが出ないらしい。
「派生は既存の魔術を便利に、かつある程度雑にいじくることで、自分なりに扱いやすくするものだ。いじくりやすい弊害で、威力と精度が落ちる特徴があるな。それに対して、改造魔術は既存の魔術を無理矢理に術式変更する荒治療的なことをして、出来る偶然の産物だ。いつ出来るか、はたまた元にした魔術が正解なのかが全く分からないから、創るのに時間と労力がかかりまくる。その代わりに、威力と精度に効果が絶大だが・・・」
「だが?」
「代償が激しい。異常な侵蝕率増加に起動成功率の減退・さらに代償付与。普通の魔術なら暗示詠唱・魔法陣展開・魔術起動の3セットで起動するが、改造魔術は最後の起動の過程で少しでも気が乱れると、起動しないことがある。だからこそ、派生とは違って改造魔術はよっぽどの魔術馬鹿か変わり者しか使わないってこった」
ふーっと息を吐くと、レードは疲れたという態度を隠さないように、うなだれる。
「因みに先生は改造魔術を使えるんですか?」
「さぁな?」
軽く流すと、レードは『実戦は明日な』と言い残して、二メアを訓練場に残したまま姿を消した。
『次の日』
訓練場で待ち合わせしていたレードと二メアは動きやすい服装で準備体操をしていた。
「今日は軽く実戦してみようと思う。ってか、俺の動きを見て出来そうなことだけ真似してくれ」
「かしこまりました」
レードは首を軽く鳴らしながら、10メートル先の的をチラリと見て、『目潰し』と言うと、すぐさま隠してあった投げナイフを投擲しながら『吹き飛べ』と口ずさむ。
それと同時に、ナイフの持ち手に事前設置していた無属性の基礎魔術『衝撃波』が起動すると届きそうにない的に向けて、凄まじい加速力を帯びたナイフが一直線に飛んでいく。
遠くで『閃光』が同時に起動していたために、的にナイフが命中していたかは微妙だが、二メアは目を丸くしていた。
「え、えっ・・・これを実戦で?」
「あぁ、そうだ。今やったのは『目くらまし+不意打ち』っていう魔術でな・・・」
「そんな魔術ないっていうのは分かりますけど、迅速過ぎて、何をしていたのか分かりませんでした・・・!」
冗談を軽く流されたレードは『はは』と乾いた笑いをこぼすが、二メアは気にせず、的を確認しに行く。
「真ん中ですね!こんな魔術の使い方があるなんて・・・」
「直接魔術で攻撃できるなら、やっとるわ。出来ないからこそ、こういう小道具で戦うしかないの!」
「褒めているんですから、素直に受け取ってくださいよ・・・」
妙に卑屈なレードを慰めようと二メアがした時に、不意にあることに気が付いた。
「あれ?先生」
「何だよ」
「魔術を起動する時に、派生させていたみたいですけど、ずいぶんと暗示詠唱が短いですよね?」
「アレンジだしな。俺流だ」
「魔法陣を展開する位置も遠隔でしたし、ターゲットを決める時も、視線だけでしたよね?」
「視覚の範囲内なら、ある程度の遠隔展開は誰でも出来る。ターゲッティングに関しては、手で決める時もあるが、切羽詰まると『目視起動』っていうやつをしてるな。これも独学だから二メアには教えられんぞ」
『なるほど』と二メアは何やらメモをしているが、今日は座学ではないため、レードとしては体を動かして欲しい。
「はいはい。俺のことは良いから・・・二メアも運動しろ」
「あ、すみません」
レードは自分流の戦闘方法ではなく、きっちりとした魔術士としての戦い方を雑にではあるが、二メアに指導していく。
2時間ほど、訓練をすると流石に二メアの疲れがピークに達したため、今日はここまでということになった。
「ずいぶんと動けていたな、流石天才」
「レイ先生が手加減してくれていたからですよ?何となく手ごたえを感じましたけど、驕ることは出来ません」
「・・・そうかい」
レードは真摯に魔術の腕を上げようとしている二メアを見ると、またあの考えが出てくるのを感じてしまったが、抑える。
「では、また明日!」
二メアは笑顔でレードに挨拶すると宿泊している宿まで駆けていく。
「(俺が心配するものでもないか。二メアが決めた道だ。口を挟むのは野暮だろ)」
再び、柄にもなく彼女の将来を案じそうになったレードはその考えが膨らむ前に、自分の『殺し道具』を整備して、訓練場を後にした。