1話 早速ですが、裏切ります
文字数は少ないです
「炎剣」
ある町の古びた路地裏で、1人の男は記憶にある単語を口にすると、意識を右腕に向ける。
右手からやや離れた虚空に出現した赤い魔法陣はすぐさま起動し、1秒後には鮮やかな炎の剣が綺麗に現れた。
「・・・つまらん」
男は見事なまでに完成された炎の剣を後ろに投げ捨てると、溜息をつく。
自分が何のために魔術という技術を学んできたのか。
周りがやれと言うから。
なぜ、自分はこのような魔術の才能があるのか。
生まれつきのものだから。
自分は、この便利過ぎる魔術の世界で何をしたい。
人のために、この才能を生かしていきたい。
これからどうする。
魔術を正しい道へ導く。
では、今からやるべきことは。
・・・
「・・・ひひっ」
男は狂ったような引きつり笑いをすると、持参していた紙にペンで書き置きをした。
「これでいい・・・これで」
誰かに見つかったら御の字、見つからないならそれはそれでいい。
男はこの日のために、十分な休息と魔力温存をしてきた。
今から行うことにはそれだけの力が必要になるからだ。
「始めるか・・・誰もやろうとはしなかったことを」
男は両手のやや離れた場所に白い魔法陣を出現させると、静かに詠唱した。
「介入するは『概念』・変更すべしは『魔術起動法』・第1に『暗示詠唱』・第2に『侵蝕』を・制約を超えた者には『死』を」
男が詠唱し終わると、白い魔法陣からまばゆい光が爛々と溢れ出る。
その瞬間『クルート大陸』全域で魔術は起動しなくなった。
『クルート大陸 南西 森林地帯』
クルート大陸の特に木々がうめくこの地帯で、1人の若い男は今まさに『味方』から追われていた。
「くそぉ!てめぇ!裏切ったのかぁ!くそ盗賊めぇ!いっつもフード被っているから怪しいとは思っていたんだよ!」
「初めから金が足りないって言ったはずだ!」
息を切らし、後ろを振り返りながらそう叫ぶ男の名前は・・・『レード・クライス』。
『現魔術派』の護衛依頼を受けていたレードは、滑車を押していた仲間が目を離した隙に、荷物の一部を盗もうとしたところ、運悪く見つかってしまい、絶賛逃走中。
なぜ、依頼主の依頼中にそのような事をしたのか。
実のところ、レードが受けた本当の依頼は運搬護衛ではなく『現魔術派の運搬妨害』。
『旧魔術派』から受けたこの依頼だが、滑車に乗せてある荷物はただの食糧なため、なぜ妨害をしろと言われたのか分からなかった。
「(まぁ別に、俺は仕事内容なんて興味ねーけどな)」
レードはどこ吹く風でよそ見しながら、木々が生い茂る森を駆け抜ける。
魔術が全てを支配しつつあるこの世界では、当然のごとく魔術を使用して暮らしを豊かにしようと人々は考え、生きている。
長い歴史において魔術と人は切っても切れない関係になっていたのは便利過ぎたということが1つの要因になっているということは事実である。
しかし、いつからか『旧魔術』と呼ばれる便利な魔術は既に使用出来なくなり、代わりに制約が多い『現魔術』が広まった。
旧魔術は魔力を消費し、ただその魔術の名称を口にするだけで起動するものであったが、現魔術は魔力を消費、暗示詠唱という起動したい魔術に関連する言葉を口にし、『侵蝕率』を上げないと起動しないという代物になっている。
元々4属性魔術をあまり使えないレードは旧魔術のやり方をさっと放棄し、現魔術のやり方に沿って魔術を使用しているが、この魔術の歴史を変えることに対して不満がある者も多いとか。
「(どっかの誰かさんが魔術の在り方を変えてくれたせいで、今こんなんになっているんだよなぁ)」
レードは追跡者の気配が急になくなったせいで、柄にもなく魔術についてふけってみたが、あまり良くない予感がしたため、思考を中断した。
「はぁ、はぁ・・・ったく」
無属性魔術、その中級に位置する『肉体強化』によって身体能力は上昇しているが、基礎体力までは上げられないため、思わず魔術の継続を中断し、足を止める。
「少し仲違いしたから、捕らえますってさぁ。これだから派閥にいるやつは」
「裏切り行為をしたくせに、ずいぶんと偉い口を叩くんだなぁ、おい」
先ほどの追跡者が急に気配が消えたように、今度はレードの前方から急に3人の男が現れた。
その中の1人・・・レードにあれこれ指示を出していた『ボス』と呼ばれる大柄で人相が良いとはいえない男はこちらを脅すように見つめる。
「さっきの気配が消えたのと、今急に出てきた仕掛けは無属性上級の『完全隠蔽』か。よくもまぁ、上級魔術を使えるなー。ってか、人の独り愚痴に答えなくていいから。何か俺があんたに話したい・・・みたいになってるし」
「・・・魔術師としての力量は『適正者』ってことで、安金で雇ったのが悪いっちゃ悪いのかもしれんが、これは立派な規約違反だぞ?」
「へー・・・」
「この事をうちら現魔術派、敵の旧魔術派、中途半端の『中立派』の3派閥に流したら・・・分かるだろ?てめぇの傭兵稼業は終わりだぜ?」
ボスは怒りを表すようにレードの首辺りを切るジェスチャーをしながら、ニヤリと笑みを浮かべる。
「まぁ、俺も鬼ではない。お前が今すぐ旧魔術派から足を洗って、こっちに付くってなるなら、ちょいとボコって許してやろう」
「いいんすか?ボス。そいつなんて派閥に入れて?また裏切り行為をするかもしれませんよ?それに『大魔導師様』から何か言われたり・・・」
「あぁ、問題ねぇだろ。人員増加は願ったり叶ったりってあの方も言ってたしな。それに、こいつは傭兵とはいえ、まともな攻撃系魔術は水属性の基礎しか使えねぇ。歯向かうなら実力行使ってことだ」
右側に立つ小柄な男に自慢げにそう言うボスは、またもやレードに視線を移す。
「で、どうするよ?まさか、俺の提案を蹴るってことはねぇだろ。何せ、今お前の周りには俺ら3人に加えて、滑車担当の奴らもいるんだからな。別に反抗するのは構わねぇが、この人数だぞ?『導士』以上の階梯ならまだしも適正者程度がなぁ」
ボスが小馬鹿にしたようにそう言うと、両隣の部下たちはケラケラと笑い出す。
「そうそう!まさか、ちょいとだけ魔術を扱えるだけ・・・だなんて思いもしませんでしたよボス!」
「本当だよな、ギル!末端の俺らでさえ『術士』の魔術階梯持ってんのに!」
ギルと呼ばれる小柄な男はなおもレードの事を小馬鹿に罵っていたが、流石にここまで馬鹿にされては気が収まらない。
レードはふぅと息を吐くと、右手をボスに向けて戦闘をする意思があるのを示すように体勢を整えた。
「何か勝手に盛り上がっているようで悪いけど、こう見えて俺は『やばい』からな?確かに魔術を扱う技術・種類がどれほどあるかで、判断される魔術階梯は一番下の適正者かもしれない」
『ただ』とレードは付け加えると、口の端を持ち上げて悪だくみしてそうな表情をする。
「それはあくまで4属性魔術がどれだけ利口に使えるかどうか、だ。無属性魔術は判定に入っていない」
「当たり前だろ。まともな攻撃系魔術が無い無属性魔術は価値がねぇ。誰でも使えるしな」
ボスはやれやれと首を振ると、右手をレードに向ける。
「ま、お前がどうしてもその気だってならよ・・・やってみろや」
ボスは近距離に位置するレードに対して魔術起動に必要な暗示詠唱を開始した。
「炎よ・剣へ・『射出せよ』」
ボスが適当に紡いだ暗示詠唱だが、その最後の言葉を聞いたレードはまずいと判断し、即座に無属性の基礎魔術『防炎』を詠唱する。
「っ!炎よ・無に!」
レードの右手に出現した白い魔法陣は直撃寸前に起動し、ボスが高速で放った炎剣を白い膜のようなもので防いだ。
「ほぉ!やるじゃねーか。おい、お前らも見たか?俺の『派生魔術』が防がれちまった」
「確かに!いつも不意打ちで敵を殺すボスの魔術が聞いていません!」
「意外とやるんですね、こいつ!」
2人の部下の茶化しにいらついたのか、ボスは両隣に腕を突き出し、横腹を殴った。
「まさか派生させることが出来るとはな・・・思わなかった・・・」
レードは頬に汗を流し、降参するようにして両手を上げたが、目線はボスでは無く、ギルに行っていた。
「だろ?まぁ、正直派生させると威力と精度が落ちるから使いたくはないんだが・・・今回はお前に俺の凄みを見せつけるために特別だってこった」
「まいったまいった・・・俺もさー『吹き飛んじまう』」
レードは途中で話を妙に区切ると、じっと見つめていたギルの腹に白い魔法陣が浮かび上がり、無属性の基礎魔術『衝撃波』が起動した。
魔力によって強いノックバック効果を生み出す衝撃波をまともに受けたギルは後方に吹き飛ばされてしまうが、それを気にせずレードは続ける。
「とか思っていたが、何とかギリギリ自衛出来た。全く、急に炎剣が飛んでくるとかシャレにならねーよ。あー、ずっと木の下にいると日の光が恋しいねぇ・・・『超まぶしい』平原とかに行きてーや」
またもやレードの言葉に反応し、今度は驚愕しているもう1人の部下の目の前に白い魔法陣が現れ、『発光』のような魔術が起動した。
本来は辺りを照らす程度の光量しか無い発光だが、何故かレードが使う発光は目くらましに使われる閃光手榴弾ほどの明るさを誇っていた。
「ありゃ?範囲が狭すぎたか。あんたも巻き込むくらいにしておけば一石二鳥だったのに」
「てめぇ・・・」
目を抑えて転がる部下を無視し、ボスは今度こそ怒りに震えながらレードを睨みつける。
「素直にこちらの言う事を聞けばいいものを・・・やはり、お前のような裏切りに走るやつは殺す・・・絶対にな!」
ボスは右手をレードに向けて何かの魔術を詠唱しようとするが、その前にレードが動く。
「殺すとかさ、熱くなるなよ・・・今すぐ『消える』からさ」
「炎よ・貫く槍へ・変貌せよ・『二又に』」
レードの魔術起動と同時にボスは中級の炎魔術『炎槍』の魔術を派生させ、本来ない二又の槍を作り出す。
「なっ!どこに!」
レードの姿が消えたことに焦るボスだが、これは中級の無属性魔術『隠蔽』に違いない。
仲間の中にこれの上位互換である完全隠蔽を扱える者がいたのは知っていたが、まさかこのような対面で使われるとは思わなかった。
そもそも隠蔽は暗示詠唱をしてから起動すると、ほんのわずかではあるが、その場に魔力の痕跡が残る。
通常の魔術士ならば、目の前で消えたとしても、その残り香ともいえる痕跡を感じ取り、消えていようが消えまいが追跡することが可能だ。
そのため、基本的に隠密行動をする際には事前準備の段階で詠唱しておかなければ敵に見つかってしまう。
ましてや、敵の目の前でわざわざこの魔術を選択することなど『攻撃してください』と挑発しているようなもの。
だが、レードという男はこの痕跡をほぼ0に近い状態まで消している。
恐らく、4属性魔術をまともに使えない代わりに、このような無属性魔術の腕を底上げしたのだろう。
それに魔術を起動する際、予備動作をほとんど必要としていないのを見る限り、相当な戦闘の経験をしていると見受けられる。
ボスはあまりこのような輩と戦闘したことがないため、上手くレードのいる位置を把握できるか不安になっていた。
「暗示詠唱を会話に混ぜて起動するなんて、器用なやつめ・・・くそっ!どこに!」
ボスが派生させた炎槍を右手に持ちながら辺りを見回すが、どこにもレードの気配は感じられない。
「っ!そこか!」
横でガサッ!と草を踏みしめる音に気付いたボスはそこまで走ると、炎槍を突き出すが、何かに触れたような感覚はせす、ただ草が一瞬で燃え尽きる。
「っち!」
今度は後ろで草が揺れる音を認識し、近付くが何の気配もない。
「どこ行った!まともに姿を現しやがれ!」
ボスが苛つきながらそう大声を上げるが、レードの姿は未だにない。
「こっちですよー!」
レードはボスがちゃかちゃかと動いているうちに、15メートルほど離れた木の隙間から顔を出し、ニヤニヤと笑みを浮かべて挑発していた。
「くっそ!隠蔽や気配を消す魔術ばかり使いやがって!そんなんで恥ずかしくないのか!もっと真正面からぶつかりやがれ!」
「えーだってさー。俺ってばまともに4属性魔術を使えないし、戦闘も苦手なんだよねー。だからなるべく敵とやり合うことは避けたいわけー」
「なら何で傭兵になってんだ!戦闘職みたいなもんだろ!」
ボスは会話しながらこちらの油断を誘おうとしているらしいが、そのやり方はレードが得意とする分野である。
今もなお後ろ手に何かの魔術を起動しようとしているらしいが、考える・話すを同時にしながら魔力を練り、上手く魔術を起動し、対象に命中させるという過程は想像以上に難しい。
魔力消費と侵蝕率上昇を代償にする魔術というものは、それだけ脳の機能の大半を占めているということである。
「くっそ!炎よ・『二対の剣へ』・射出・・・」
「『光を盾に』」
ボスが2本の炎剣を生み出そうとしたところで、レードは発光の派生魔術『幻影』を詠唱する。
光の屈折を利用し、相手に自分の偽物を見せるというこの魔術だが、レード独自の派生魔術のため効果時間はわずか3秒であり、その場しのぎ程度にしかならない。
ただ、初見の相手ならば十分通用するため、レードはとっさにこれを選んだ。
「(おっ?来たか)」
ボスがまたもや喚き散らしているさなか、レードは自らの右耳に手のひらほどの白い魔法陣が出現したことに気が付く。
「生きていますか?傭兵さん」
「あぁ、何とかね」
『通信』という無属性の基礎魔術によってレードの耳元に魔法陣が浮かび上がり、通信機無しで会話が出来るようになっている。
これは互いが通信の魔術を使えないとまともに使えないのが欠点だが、基本的に傭兵ならば使えないと話にならないため、レードでも取得している。
「時間稼ぎの依頼はその辺りで構いません。帰って来て下さい」
「了解。でもさ、今・・・」
レードが何か言う前に、通信の相手は魔術を消したようでそれと同時に耳元の魔法陣も消えてしまった。
「(おいおい・・・まぁいいか)」
レードは深く溜息を吐くと、もう一度隠蔽の魔術を詠唱する。
「目視の・拒絶・姿を隠せ」
自分流の短縮派生させた隠蔽とは異なり、正規の詠唱ならば効果時間も長い。
レードは未だに後ろで騒ぐボスを気にすることなく、自分の依頼主がいる場所まで歩いて行った。
『旧魔術派 南支部』
クルート大陸の南にこっそりと設立された旧魔術派の仮拠点である南支部。
一見するとただの小さな町である南支部だが、その中にいる者たちは全て旧魔術派の人間であるため、部外者が立ち入ることがあれば追い出し・・・最悪殺害される可能性もある。
旧魔術派の本拠地は傭兵や身分の軽い者には教えられていないため、傭兵たちにとってはここが旧魔術派の基地という認識が広まっている。
「ひぃー・・・おっかねぇなぁ」
レードは門番に依頼書を見せると、町の最奥にある集会所まで足を運ぶ。
「現魔術派の連中は何でこう・・・血の気が多いんだよ」
入口まで着くと、レードは愚痴をこぼしながらも、その扉を開いた。
「お帰りですか」
民家の一室を少しだけ豪華にしたような室内に入ると、その受付机に座る女性が声を掛けてくる。
「ただいま戻りました・・・ってか、あんたさっきさ・・・」
「これはこれは傭兵さん」
レードが受付の女性に文句の1つでも言おうとした時、奥のソファに座っていた初老の女性が口をはさんできた。
「無事で何よりでした。報酬は約束の通りです。今回はスパイのような形で働いてくれましたからね。その分の上乗せはしておきました」
「あんたは・・・旧魔術派トップの『シンシア・メルポリト』か。何でまたこんなとことに・・・身バレしてもしらねぇぞ」
レードの雑な言い方に受付の女性と周りにいた者達は苛ついた様子で睨んでくるが、それをお構いなしに続ける。
「いつ他の派閥に見つかるか分からねーのによくもまぁ、顔を出せるよな。危機感とかねーの?」
「ふふ・・・そうですね。いささか軽率だったかもしれません」
周りの者が敵対心丸出しなのに対し、シンシアは笑みをこぼす。
「ですが、そのような危険を犯してでも、あなたと一度お会いしたかったのですよ」
「はぁ・・・何でまた俺なんか」
「『裏切り傭兵』・・・あなたは傭兵魔術士なのに、依頼主を欺き、別の依頼主の仕事を遂行するのを主としている。いわばスパイ専門の傭兵ですね。誰もやろうとはしない事に従事する姿勢に興味が湧いたとでも言いましょうか。今回は様子見ということで比較的安易な依頼内容にしましたが、噂で聞く過去の仕事ぶりは事実であると一応判断しました」
「はぁ・・・」
「あなたの仕事上、フード下の素顔を晒さない・金銭以外の関係解消・・・を契約内容にしているのは承知していますし、破るつもりはありません。ですが、あなたのような隠密系魔術に長けた傭兵魔術士はそう多くはありませんし、スパイ専門というな危険かつ貴重な仕事をメインにする人材は珍しい・・・そこで、1つ提案をしたいと考えているのですが」
シンシアは懐から高級そうな金貨を3枚ほど取り出すと、レードに見せる。
「これを前金として、ある仕事を受けて頂きたいのです」
「何だ?褒めちぎった後だから、こっちの派閥に入れとでも言われると思ったわ」
「いえいえ、そのようなことは言いませんよ。あなたのような人を手駒にして、死にたくはありませんからね」
「・・・で、その現金換算20万Cの金貨で何をやらせるのですか?依頼主様」
レードは急に態度を改めると静かに金貨を受け取り、シンシアを見つめる。
「残りは依頼完了後・・・60万Cをお渡ししますので。では、お仕事の話に入りましょうか」
レードはシンシアの手招きで、集会所の部屋の中で一番大きな扉の前まで進み、中へ入った。