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【短編】 暴君お嬢とさえないオレと

作者: 鳥居忍

「ふぁ……ねっむい……」


 放課後。オレは学校の廊下をのんびりと歩いている。この前、試験が終わったからって、昨日はゲームを遅くまでやりすぎた。正直、かなり眠い。


「あー……あれは……」


 遠くの掲示板に人だかりが見える。そう言えば、今日はテスト結果の張り出しの日だっけか?

 ……順位は予想はできるけど一応、奇跡を信じて見に行ってみるか。

 オレが人だかりに近づく。すると自然に人混みが割れ、張り出された紙までの道ができる。


「……氷の女帝の……」

「……いい気になりやがって……」


 ひそひそ話が聞こえてくる。断片的にしかなにを言っているかわからないが、その内容がオレに向けられているのはよくわかる。いつものことだ。


「さて、オレは……」


 掲示板の前に立ち、張り出された名前を見る。

 オレの名前は……うん、予想通りに下の方だ。まあ、赤点じゃなければ勉強なんて最低限できればいいからな……いやいや、強がりじゃないよ? ほんとだよ?


「よっし、これで夏休みもこれで安心だな」


 そんなことを考えていると、オレが来た時よりも人混みがざわつき始める。


「……おい、氷の女帝のお出ましだ……」

「……ちょっとどいてよ……」


 ひそひそ話をしながら、人混みが左右に分かれ、一本の道ができた。

 そして、その道をゆっくりと、まるでモデルのような長身の女生徒が歩いてくる。


「やあ、君か。奇遇だな」


 長い黒髪の女生徒―—世界的な九条院財閥の一人娘にして、氷の女帝と呼ばれる学園の暴君。そして、オレが片思い中の幼馴染み――九条院くじょういん 麗華れいかだ。


「これはこれはお嬢様。本日もお美しくいらっしゃるようでなによりです」


 オレはおどけたように挨拶をし、彼女を見る。

 長い黒髪に透き通るような白い肌……やっぱり美人だ。いや、美人なんてもんじゃない。だが、オレの平凡な語彙力じゃあ語り切れないし、どんな褒め言葉もこいつの前ではかすんじまうだけだ。


「ふっ、そんな当然のことを言っても何も出ないぞ」


 彼女はそう言いながら順位表をみる。


「うむ、やはり、当然のことながら学年でトップをとるのは気持ちがいいな」


 そして、うなずきながら、まるで周りに人がいないかのように堂々と大声で話す。


「しっかし、本当に九教科の合計で八百九十一点なんて、中途半端な数字にするとはな」

「ん? ああ、満点ばかりだと人間らしくないとか言われたからな。全教科で一点ずつミスしてみたんだ。どうだ? 実に人間らしい点数になったろう?」


 まるで演説でもするかのように、彼女は尊大な口調でひと際大きな声で言い放つ。その言葉に、まわりはみんな沈黙してしまう。


「いやいや、まさかほんとにやるとは思わなかったぜ?」

「私が嘘を言ったことが一度であったか?」

「いや、ないな。お前は言ったことは絶対に曲げないのはよくわかってるからな」


 ああ、そうだ。こいつは有言実行だ。一度口にしたらそれがどんなに無理そうでも絶対に実行するし、逆に絶対に出来ないなら口にはしない。そう言うやつだ。


「あ、あの……」


 そんなことを言っていると、人混みの中から平凡な感じの女生徒が現れる。最近、俺たちとよく話している、この学校内でも唯一の友人と言ってもいい女生徒だ。

 いや、だったというべきかもしれない。 


「いくぞ」


 麗華は女生徒を無視する。表情には現れていないが、そこは長い付き合いだ。かなり不機嫌なのは間違いない。

 その不機嫌になっている理由はわかっている。この女生徒がさっきの「人間らしくない」と言う発言に同意したからだ。

 いや、もっと正確に言えば「本人の目の前」で言わなかったのが一番の問題だ。こいつは正面から批判されてもそれを受け入れはしないが、根に持つことはない。

 だが、逆に言えば、隠れてこそこそ人を悪口を言うような人間を許すような人間ではない。

 まあ、こいつの目の前で、こいつを批判できるようなやつはいないだろうけどな。


「あ、あの時は!」

「私に合わせる必要はない。君は君のレベルにあった友人と付き合う方がいい。私と君では住む世界が違うからな。卑怯者は卑怯者同士で群れているのがちょうどいいだろう」


 麗華は冷たく言い放つ。それを聞いた女生徒は泣き出してしまう。

 それと同時に別の女生徒が数名、彼女の側に近づき、慰め始める。その中にはこちらをにらみ付けているやつもいた。


「くだらないな」


 そう言いながら、麗華は女生徒たちを無視して歩き始める。するとまた、人混みが割れ、道ができる。オレもその後を黙ってついて行く。

 オレたちがその場から少し離れると、また人混みはざわつき始める。なにを言っているのかは聞こえないが、こいつの悪口だって言うのは疑いようもない。

 はっきり言って、気分が悪い。あいつらになにがわかるって言うんだ。


「どうかしたのか?」

「え?」

「ずいぶんと不機嫌そうな顔だが、私と一緒にいるのがそんなにつまらないのか?」


 彼女が斜め後ろ、オレの方を見ながら不機嫌そうに言う。どうやら、こいつに対する悪口への不快感が表情に出ていたらしい。


「いやいや、お嬢様のやさしさは下々のものには伝わらないなって思ってね」

「なんのことだ?」

「またまた、とぼけるなよ。あそこまでがっつり非難すれば、同情で他のやつらと仲良くできるって考えたんだろ?」

「ふん、冗談はよせ。あれはすべて私の本心だ。付いてこれないものは切り捨てる……ただ、それだけだ」


 そう言うと、口元でにやりと笑いながら、彼女は正面を向いてしまう。


「はいはい、お優しいことで。その優しさをもう少し表に出したらいいと思うんだけどな」


 オレは頭をかきながら小さく笑う。こいつの表情は見えないが、長い付き合いだ。機嫌はよさそうなのは何となくわかる。

 やっぱり、誰が何といおうがこいつは悪いやつじゃない。


「やさしさを見せる? 本気で言っているのか?」


 機嫌のよさそうな雰囲気から一転して、暴君であるこいつの一面が顔を出す。。


「私は財団を継ぐものだ。優しさなどを見せる必要はない」

「その割にはオレにはその優しさを見せてくれてるけど?」

「ああ、君は私のものだからな。ものに対して気を遣う必要もないだろ?」


 麗華はまたにやりと笑う。

 もの……そうだ、オレは麗華にとっては「所有物」に分類されている。

 まあ、「所有物」扱いなのはオレくらいなもんだから、特別なのには変わりない。変わりはないが、できればもう少し踏み込んだ感じにはなりたいという希望は当然ある。

 だが、それが無理だということも、長い付き合いでオレが一番よくわかっている。


 いや、諦めるつもりはないんだけどな。方法も考えてはいるし。ただ、考えてはいるが、実行に移すとなると話は変わってくる。でも、どこかで動かなきゃならないのもわかってはいる……解ってはいるけど……。


「おい、どうかしたのか?」

「え?」


 考えがまとまらないまま歩いていると、突然、声を掛けられる。前を見ると校門の前に黒塗りのリムジンが止まっていた。いつの間にか校舎から出ていたらしい。


「あ、ああ、じゃあ、オレはこれで……」

「おい、私の家に来いと言ったはずだが? まさか、わたしの言葉を無視していたのか?」


 また暴君である彼女の一面が現れる。正直、慣れてはいるが勘弁してほしい。その冷たい目で見られると生きた心地がしない。


「すいませんでした!」


 オレは深々と頭を下げる。こういう時に下手に言い訳しないのが重要だ。まあ、今回はオレが完全に悪いし、怒鳴られるくらいは我慢するしかない。


「まったく。仕方ないやつだ。とっとと行くぞ」


 彼女はそう言うと車に乗り込んでしまう。オレも急いで車に乗り込む。

 いつもならここで説教でも始まるはずだが、ないなら好都合だ。無駄に質問して、説教されるのも馬鹿らしい。


 オレが乗り込むと車が走り出す。何回も乗ってはいるが、車内は静かで、乗り心地も抜群だ。

 なんとなく気になって、隣に座る麗華の様子を見る。いつもなら何か話でもするところだが、あいつは目を閉じなにかを考えているのか、じっと前を見つめている。

 こいつがこんな顔をするなんて珍しいことがあるもんだ。

 その様子が気にはなったが、さっきのこともある。下手に話しかけて、蒸し返されても困るから、オレはそのままこいつの屋敷につくまで、黙ることにした。


 やがて、車は彼女の住んでいる屋敷に到着する。巨大な門を抜け、玄関の前へ。

 オレたちは車を降りると、そのまま屋敷の中に入る。そして、オレは二階にある彼女の部屋へ向かおうとした。しかし、そこで呼び止められる。


「どこに行く気だ?」

「え?」

「今日はこっちだ」


 彼女は言いながら一階のある部屋と入っていく。確か、そこはお客さんのための応接室か何かだったよな?

 なんだろ、急に嫌な予感がしてきたんだけど……まあ、でも、逃げるわけにもいかないよなぁ。

 オレは諦めて部屋の中に入る。


 真っ赤なカーペットが敷かれた室内には、豪華なつくりの二つの椅子と、その正面にモニターだけが存在していた。


「早く座れ」


 オレは彼女に促され椅子に座る。

 すると、突然、テレビが付き、白髪の長く白いひげを生やした老人が映し出される。


「お爺様。お久しぶりです」

「ほほほ、おまえも元気そうで何よりじゃな」


 この老人は彼女の祖父―—この九条院財閥の現役の会長・九条院くじょういん 剛造ごうぞうだ。


「おお、君も来ているのか。孫とは仲良くしてくれているのかね?」


 会長はオレに質問をしてくる。画面越しでもその迫力は十分以上に伝わってくる。

 すごい威圧感と緊張感。背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


「はい、いつもお世話になっています」


 何とか一言だけ声を絞り出す。少し変な声になったかもしれないが、一般人のオレにとってはこの辺が限界だ。

 全く面識がないわけでもないが、この人の迫力の前でまともに返事ができただけでも十分だよな。


「さて、お爺様。本題に入りましょう」

「おお、そうじゃな。で、結婚相手は誰に決めたんじゃ?」

「え?」


 オレは自分の耳を疑った。結婚相手……ちょっと待て、今、確かにそういったよな?


「はい、と言うよりも昔から決めていましたので」

「ほほほ、では、わしが用意した見合い相手は無駄だっと言う事かな?」

「そこはお爺様の顔を立てたと思っていただければと思います」


 彼女は会長と一歩も引かず渡り合っている。自分の爺さんって言うのを差し引いてもやっぱすごいよなぁ……じゃなくって! 今、重要なのは……。


「それで、誰を選んだのじゃ?」

「はい、こいつです」

「え!?」


 オレの口からは驚いたような間抜けの声が飛び出す。麗華の顔を見ると、その顔は冗談を言っているようには見えない。いや、こういう場面でこいつが冗談なんて言うはずないのはわかり切っているけど。


「ふむ……わかった。それで、式はいつやるつもりなんじゃ?」

「それは両親と話し合って決めようと思います」

「ほう、おまえの口から両親と言う言葉が出るとは……やはり恋は人を変えるのかのぉ」

「ははは、ご冗談を。昔からこいつを婿にするのは決めていたことですから、それは関係ありません」


 急展開すぎる。頭が入ってくる情報を整理しきれない。自分のことを言われているはずなのに、まるでオレの話だと感じられない。


「会長、そろそろお時間です」

「うむ、では、今日はここまで……おお、そうじゃ! ひ孫の顔は楽しみにしておるからな。老い先短い老人のためにも早めに頼むぞ」

「ええ、ご安心ください。できる限り早く引退していただき、ひ孫を抱きながら余生をのんびりと過ごしていただけるようにしていただきたいとは思っていますから」


 彼女は小さく笑う。会長は大笑いする。


「カカカ! うむ、今日は機嫌がいい。次の面会相手は幸運じゃな」


 会長は楽しそうに笑いながら席を立つ。それと同時にモニターの電源は切れてしまった。


「ふん、狸じじいが、なにが老い先短い、だ。百を超えても現役を続けるつもりだろうに」


 そう言いながら、彼女は立ち上がる。


「さて、私の部屋に行くぞ。さすがに会長と話すのは私でも疲れた。今日は特別にマッサージをさせてやろう」

「ちょ、ちょっと待った!」


 オレは混乱した頭をなんとか整理すると、声を出す。


「ど、どういうことなんだよ!」

「ん? ああ、子作りの話か。安心しろ。とりあえずは卒業するのが先だからな」

「そういう事じゃないだろ! いきなり結婚とかなに言ってんだよ!」

「いきなり? 何を言っているんだ。覚えてないのか?」

「いやいやいや、結婚の話なんかしたことないだろ!」


 彼女は不思議そうな顔をする。いや、そんな顔されてもこっちだって、結婚がどうのとか、好きだとか言われた覚えはないよ?

 つーか、言われたら覚えてるって!


「覚えてないのか? 私たちが出会った時のことを」

「出会いって……オレがお前の護衛だった黒服を、誘拐犯って勘違いした時のか?」


 ああ、あの時の事を忘れるはずがない。

 あれはオレらが小学校に入る前の話だ。護衛の黒服を振り切って逃げだしてきたこいつとオレは仲良なった。

 当時からこいつはすごくかわいくて、人とは違った雰囲気で、とにかく、オレはその時に一目ぼれしちまった。初恋ってやつだ。

 そして、その黒服たちに見つかったときに、オレはこいつを守りたくて、黒服に立ち向かった。

 まあ、当然、ガキの力じゃかなうわけもなく、突き飛ばされて運悪く気絶しちまったがな。


「ああ、そうだ。その時に言っただろ? 私のものになれ……と」


 その時のことは忘れるはずもない。この家に運ばれて、気絶から目が覚めてまず最初に言われた言葉は、確かにその言葉だ。


「いや、でも、それは本当の意味での所有物って意味だとばっかり……」

「私が人間を所有物扱いするわけがないだろ? まったく、私に惚れているくせになにもわかっていないじゃないか」

「え? べ、別のオレはお前のことは……」

「ははは、私が他人の気持ちに気付かないような間抜けなわけがないだろう。私を誰だと思っている?」


 あいつは不敵な笑みをながらオレを見ている。オレは全身から力が抜けて両手を床についてしまった。

 ああ、そうだ。近くにいすぎて油断していた。オレの心は読まれないと……そして、オレの気持ちに気付いたら何か反応があると思い込んでいた。

 自分の間抜けさが恥ずかしくて麗華の顔を見ることができない。


「本当に君は馬鹿だなぁ……ところで私に告白するためになにか策を練っていたんだろ? なにを企んでいたんだ?」


 麗華はオレの肩に手を置きながら話す。普段は見せない優しさと同情がつらい。

 オレは観念して、ポケットの中のものを取り出すと、それを掌に載せて麗華に見せた。


「これは……ダイスか」

「ああ、勝負して勝った勢いで告白しようと思ってたんだよ。これなら勝てる可能性があると思ってな」

「ほう……では、試してみるか」


 そう言うと彼女は二つのサイコロをオレの手から奪う。そして、無造作に投げた。サイコロは音もなく転がり静止する。出た目は……。


[6][6]


 うわー……ありえねぇ。一発でだしやがったよ。


「ふむ、こんなものか」


 麗華のさも当然と言った言葉を聞きながら、オレは立ちあがる。そして、頭をかく。


「いけると思ってたけど、やっぱ無理か……」

「ああ、それは仕方ない」

「いや、運の勝負だったらだったら対等だろ?」

「対等? 馬鹿なことを言うな」


 彼女は腕組みをし仁王立ちになりながら、にやりと笑う。そして、一切の迷いもなく、確信したように言い放つ。


「お前を手に入れられたんだ。運の良さで負けるわけがないだろ?」


読んでいただきありがとうございました。

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