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ヨウジョ≒ロウジョ

作者: 駒由李

 橙色のパーカーを羽織った帽子の女性。それを派手な服装をした老婦人と見間違えた。背丈は私の胸より下。俯き加減の彼女が少女だと気付いたのはさり気なく顔を凝視していたからだった。


 それを気にする暇はない。左隣の女性はもたもたと少ない荷物をリュックに詰め込んでいる。その点自分は手慣れたものだと自負していた。その間にも重いものは下に。潰れやすいものは上にとてきぱきとカートの買い物籠からエコバックにと詰め込む。他のサッカー台の人たちに比べて自分のなんと洗練されたことか。誇らしく思う。これも数年前――小学校に上がるかどうかだっただろうか。その頃から母に「お手伝い」のために言い出したことだった。

 母はなんでもひとりでやろうとしていた。父はそれに構う様子はない。だからお姉ちゃんになると決まる前から母の動作を真似して会得したのだ。どうやったら少しでも多くバックに荷物を詰め込めるか。効率よく時間を使えるか。母はいつしかそんな私の努力を見てくれていたようだった。いつからか荷物を詰めるのを任せてくれた。エコバックを持つことも。弟が生まれてベビーカーを押すようになってからは自分がカートを押すことも。母は口に出してはなにもいわないけれど私はいい子なのだ。いい子は自分から褒め言葉をせがんだりしないのだ。

「終わったよ」

 今日もバックに詰め終わり振り返る。けれど返る言葉どころか姿もない。いつも通りにドアの方を見れば既に母はベビーカーを押して車のエンジンをつけに行っていた。母は効率がいい人なのだ。もたもたとした子どもの私の動きを待つよりもその間にエンジンをつけておいた方が私を迎えやすいからに違いない。私はそう思いながら籠とカートを所定の位置に戻すと脇の下まで詰まったエコバックを肩に掛けて小走りに駆けた。母に買ってもらった帽子が落ちないように押さえながら。


*****


 幼い顔にそぐわないファッションだと思う。今時の子どもは大概大人の趣味に合わせられているものだけれど。そう思いながら少ない荷物とゆったりとした帰路。それを考えてのんびりとサッカー台でリュックに荷物を詰めていたときだった。

 近場にある温泉からの帰り道。その道中にある生協でいつの間にか姿を消していた砂糖を買い求めた末のことだった。奇しくもその日はポイント5倍の日にして砂糖がお一人様2袋までお買い求め安いお値段。これは日頃の行いが良いからだと(恐らく)天国にいる母に心で祈ったものだった。

 そんな先に右隣にやって来たのが先述の橙色の少女だ。

 老婦人と間違えたのは錯覚か。しかしこそこそと背中を撓めている様はまさに老女。なにが彼女をそうさせているのだろう。荷物を詰めている位置からして見えてしまう少女。手先はたしかに老熟した主婦のそれだ。あまりに手際が良い。どう見ても下手をすれば私の娘といえるほどの年頃の幼い子。いくら子どもの吸収が早いといえど重いものを下に壊れやすいものを上にと素早く空間を把握して計算し詰め込んでいく無駄のない様は1年やそこらで会得したものだろうか。それにどうしてこんなに早く動いているのだろう。ふと何気なく彼女の背後に目を遣る。

 ベビーカーを押した若い女性がそこに立っていた。恐らくは少女を見守っているのだろうか。それとも少女が母親を押し止めたのか。真偽はわからない。とにかく母親らしき女性は買いものを詰めるのに一切手伝わない。実際並んで手伝えるほどのスペースはないから致し方ない。自分がさっさと退くか――そう考えてリュックを背負ったとき少女は鞄を肩に掛けていた。早い。呆れて見ると少女は籠を片付けカートを置き場に戻していた。

 母親は見向きもせずに出口へとベビーカーを押して行っている。少女はそのあとを慣れた様子で追って行っていた。

 それを唖然と見送る。目を瞬いた。あの母子にとっては最早当然のことなのかもしれない。母親が先に出ていったのは車のエンジンを先につけておくための暗黙の了解があったのかもしれない。それでも。随分と大胆な母親だと眉根を寄せさせる。

 小学生の自分の娘に召使いにしている。そう「誤解」されて見えるような扱いだ。

(他人事ながら。あの子が他人に隷属することで愛情を覚えるような子に育たないといいんだが)

 既に老女に見えるほどに老け込んだ少女の影法師を見送って自身も店を立ち去った。






ヨウジョ≒ロウジョ


「子供であることを奪われた子供ほど哀しいものはありません」

(吉田秋生著「海街diary」1巻『蝉時雨のやむ頃』より)






End.

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