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再確認≒壊滅的

約2ヶ月ぶり……大変お待たせしましたorz

「それにしても、律希さんっておいしいお店いっぱい知ってるんですね。あたし、生まれも育ちもこの町ですけど、昨日のお店全然知らなかったです」


 翌日、日曜日の終業後。春穂は律希とともに≪Iberis≫にいた。本当は弥夕や翔琉に話があってお邪魔したのだが、二人とも外出中でもう少ししないと戻らないということで店内で待たせてもらっている次第だ。

 三時のかき入れ時が終わってお客はおらず、店主の美空も奥に引っ込んでしまって静かになった店内のカウンターの隅で、二人が話すのは直接請求のための署名を得る作戦や売り上げをアップする秘策━━などではもちろんなく、昨日の夕飯を食べた店についてだ。


 お冷のグラスで手のひらを冷やしながら小首を傾げた春穂に、律希は笑う。


「ああ、前に親父さんが連れてってくれたんだよ。成人した年にあちこち一緒に呑みに行って、それから気に入ってちょくちょく通ってる」

「あたしも絶対また行きます。親子丼おいしかったぁ……」

「喜んでいただけたなら何より。肉系好きなら、他にもジビエ専門に扱ってる居酒屋とかあるよ」

「お肉もお魚も好きですけど……ジビエ……って、猪とかですか?」

「うん。後は鹿とか鴨とか、鳩もかな」


 鳩が豆鉄砲を食らうということわざがあるが、春穂はまさしくそんな表情になった。


「鳩!? え、あの公園にいっぱいいる鳩ですか?」

「いや、あれとは違う種類の……キジバトだったかな。おいしいよ、結構あっさりしてて」

「へえ……鴨はお蕎麦屋さんとかで食べたことあるんですけど、鳩ってなかなかないですよね」

「気になる?」

「はい、食べてみたいです」

「でも残念、狩りのシーズンが冬だからその間しか店開いてないんだよね」

「……いじわる……。あたしが食いしん坊なの分かってて言ってるでしょう、それ」


 じとっとした目で律希を見ると、彼は喉でくつくつ笑いながら「ごめんごめん」と春穂の髪を撫でた。しばらくむくれていた春穂だが、律希の手の心地よさに段々と頬を緩めていく。我ながら単純だ。

 機嫌を直して他愛ない話を続けていると、不意にドアベルが音を立てた。白地に花の着物を着た弥夕が、汗だくになって帰ってきたのだ。


「ごめん、お待たせー」

「あ、お帰りー。翔琉くんは?」

「裏から入った。ごめんね、ちょっと後片付け手間取っちゃって」

「いいよ、お疲れ様」


 弥夕は春穂の隣に座ると、そのままとろけたバターのようにカウンターに突っ伏した。着物で外はさぞ暑かっただろうなぁと同情しつつ春穂は手うちわで風を送る。

 今日は弥夕が講師として携わっている茶道部が地域の野外イベントで店を出すとかで、朝から手伝いに行っていたらしい。翔琉もついでに力仕事要員として駆り出され、今年初の真夏日となった今日のこの炎天下の下を二人して一日中動き回っていたそうだ。ぐったりもするというものである。

 このままでは危ないとお冷のグラスで弥夕の頬を冷やしてみたりしていると、奥からやって来た翔琉がスライム状態の弥夕のうなじに問答無用で濡れタオルを置いた。


「ひゃうぁっ⁉」

「あ、翔琉くんもお帰り」

「ただいまです。弥夕姉、それで首の血管に近いとこ冷やしといて」

「置く前に一声かけてよ、もう……。でもありがと、使う」

「ん。何か飲む?」

「あれ飲みたい。ブドウとハチミツのやつ」

「分かった。二人も飲みます? ブドウ潰してハチミツ入れて、炭酸で割ったやつなんですけど」

「おいしそう! あたしも欲しいです」

「じゃあ俺も」

「了解です」


 弥夕が体温を下げている間に冷蔵庫からブドウを取り出した翔琉は、房から半分ほど実を取ると洗ったそれを各グラスに入れていった。実をマドラーである程度潰して、ハチミツと氷を入れる。後は炭酸を静かに注いで、ミントの葉を飾れば完成だ。

 目の前に置かれたグラスをまじまじと見た春穂は感嘆の息を吐いた。コースターを敷いて提供されたそれは見た目にも清涼感に溢れていて、底の紫と金色の層から泡が立ち上っていく光景がスノードームのように見えて洒落ている。こういうのをSNS映えすると言うのだろうか。


「どうぞ。好みでブドウ潰して濃さ調節してください」

「わー、いただきます」


 とりあえず適当にブドウを潰して混ぜ、飲んでみる。


「わ、おいしい!」


 口に含んだ途端に感じるフレッシュなブドウの酸味と、炭酸のシュワシュワした軽やかさ。それらをハチミツの自然な甘みがまとめて、夏場にぴったりのすっきりとした清涼飲料になっている。なるほど、これは暑さにやられた弥夕が求めるはずだ。

 聞けば昨年から≪Iberis≫の夏季限定メニューとして出しているそうで、ブドウの他にオレンジやグレープフルーツなどもあるらしい。それまで夏場のさっぱり系ドリンクが少なかった≪Iberis≫のために、翔琉と弥夕が二人で試行錯誤して開発したのだと翔琉がほんのりと幸せを滲ませた声音で語っていた。なお、使っているハチミツはお隣の≪千日夕≫で取り扱っている特別なもので、気に入ったらぜひ購入をという流れが見事に組まれている。≪Iberis≫ではお茶も≪千日夕≫が提供しているし、ここの幼なじみ二人はつくづく商売戦略に抜け目がない。

 濡れタオルとドリンクのおかげでしばらくすると回復した弥夕は、カウンターから身を起こすと春穂に向き直った。


「それで、話って?」

「あ、お店の宣伝についてなんだけど……≪千日夕≫とか≪Iberis≫では、今どうしてるのかなって」

「宣伝ねぇ……」


 弥夕は顎に手を当てて少し考え込んだが、「ん?」と言った後すぐに顔を上げる。


「してない、かも……。そういえばウチ、ほとんど常連さんしか来てないわ」

「ここもあんまりしてない、ですね。そこの式場のお客さんが待つときに来るのと、常連さんが主です」

「……やっぱりだね、春穂ちゃん」

「ですね」


 苦い表情の律希に、春穂は頷きを返す。

 春穂が弥夕と翔琉を待ってまでこんなことを問うた原因は、昨日律希と言った鶏肉料理の店での出来事だ。

 おいしい料理に舌鼓を打って、律希がいるということでお酒も呑めてほろ酔い気分の春穂は、仲良くなった店のマスターと談笑していた。その流れで春穂達の職業の話となったのだが━━


『へえ、嬢ちゃんはパン屋さんか! なんていう名前の店だい?』

『≪Harbest≫っていうお店です。女子高の近所の、うららロードってとこにあるんですけど』

『はーべすと……うーん、行ったことねぇなぁ。そもそもうららロードって、あの辺りそんな名前付いてたのか?』

『いや、あたしも働くまでは知らなかったんですよね。お店がいっぱい並んでる、おしゃれな商店街みたいなところです』

『そこ、他にどんな店がある?』

『≪Iberis≫っていうカフェとか、≪千日夕≫っていうお茶屋さんとか……あと、教会と結婚式場がありますよ』

『ああ、式場か! そうか、あの辺か。いやぁ、あそこはいつも式がないと行かないからなぁ。そんなに店あったのか』


 はー、と感心したように息を吐くマスター。その様子を見て、春穂と律希は確信したのだ。


 うららロードは、壊滅的なまでに知名度が低い、と。



次は来週あたり投稿できそうです。

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