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天敵≒春穂心

第2回お宅訪問!

 市長との話が終わった後、ついでに直接請求の手続き諸々を済ませて、春穂達は市役所を後にした。この後は神父さんがうららロードに詳細を伝えてくれるそうなので、春穂と律希は解散になっている。

 来たときより日が高くなった外は更なるカンカン照り状態で、若干冷え過ぎかと思うほどのエアコンに慣れた体に熱気がまとわりつく。同時に押し寄せてきた疲労感と安堵に、春穂は大きく息を吐いた。

 慣れ親しんだ手と撫で方を頭に感じると、更なる安心感に自然と口元が綻ぶ。


「お疲れ様」

「律希さんも、お疲れ様でした」


 見上げた律希は暑さ故か外に出て早々ネクタイを緩めていて、露わになった首筋のラインがどことなく色っぽい。別に脱いでいるわけでもないのに地味に目のやり場に困るとは、イケメンってすごいなぁと春穂は暢気に思った。緊張が解けたせいで現在思考がゆるゆるになっている春穂である。

 いつも通りされるがままにわしゃわしゃされていると、ふと生温い視線を感じた。見れば神父さんが一人でやたらと頷いていて、「律希も丸くなったなぁ」などと呟いている。

 ……丸くなった、って?

 視線を律希に戻せば、彼は急に不機嫌そうになって顔をしかめていた。神父さんが居ると律希が普段なかなか見られない類の表情になるので、春穂にとっては新鮮でちょっと面白かったりする。


「おっちゃん、その目やめろ腹立つ」

「いやぁ……つい、な。昔のお前見てるだけに余計しみじみ来ちまってよ」


 言われた律希は不機嫌な中にもどこか照れくさそうな、気まずそうな色を混ぜた。

 これまた見たことない表情だなぁと春穂が目を瞬いているのに気づいたのか、頭にあった律希の手がスライドして春穂の目を覆った。暗くなった視界に春穂がびっくりしている間に、ふてくされたような声が響く。


「……とにかく、ニヤつくなら一人の時にやってくれ」


 言うなり春穂の手を引いて律希は歩き出した。


「わ、律希さん? ええと、神父さん、後はよろしくお願いしますー!」

「おう、お疲れさん」

「お疲れ様でしたー」


 終始表情筋が緩んでいる神父さんに手を振ってから、春穂は律希と同じ方を向いて歩く。覗き込んでみた律希の表情は、やはりふてていた。

 ……あ、かわいい。

 一学年上の職場の先輩に抱く感想ではないだろうが、キュンとしたのは事実だ。普段は穏やかで大人っぽい雰囲気の人なので、かわいらしさが三割増くらいになっているだろうか。今の表情を律希狙いの女性方が見たら、下手するとときめきのあまりに心臓発作を起こしてしまうかもしれない。


 しばらく無言でバス停まで歩いていると、途中で手を包んでいた温度が離れた。表情に気を取られていたが、そう言えば手を引かれていたのだった。……気づいた時には離れてしまっていたのが、なんとなく寂しいような名残惜しいような。言い表し難い感覚が律希と繋がっていた左手に宿って、春穂は軽く拳を握った。

 段々と歩調を緩めていった律希は、口元を覆って「ごめん」と言った。


「? 何がですか?」

「手。勝手に引っ張ってって。歩くのも速かったでしょ」

「あ、大丈夫ですよ」


 左手をひらひらと振って笑ってみせる。律希はほっとしたように笑みを返して、春穂の頭をくしゃっとやった。

 行きと動揺に日傘を共用しつつバス停まで行き、次のバスを待つ。


「この後は律希さんのお家に直行でいいんですよね?」

「うん。着替えとかちゃんと持ってきた?」

「持ってきました。あと、今日のお昼は言ってた通りにあたしが作りますからね」

「じゃあ後で買い物も行こっか。近所にスーパーあるから、そこで」

「了解です。律希さん何か食べたいのありますか?」

「何でもいいよ」


 何でもいいが一番困る。そう言って唇を尖らせると、律希は「考えとく」と春穂の頬をつついた。






 バスに揺られて十五分、相変わらずだだっ広い律希の部屋である。白を基調とした中に青系の家具やインテリアがセンス良く配置されていて、なんだか居心地が良い。

 以前訊いてみたところ、なんと5LDKあるらしい。一部屋の広さがそもそもおかしい上に一人暮らしという事で、ぶっちゃけ五あるうちの二くらいしか使えていないのだとか。やばい次元が違うと春穂は密かに思ったものだ。ちなみに春穂の城であるアパートは築八年そこそこの広さの部屋の1Kである。

 律希は寝室で着替えるというので春穂はリビングで着替えさせてもらう。前回でパン作りは重労働だということは思い知ったので、七分丈のジーンズに淡い黄色のチュニックという楽ちんルックにした。


「春穂ちゃん、着替え終わったー?」

「終わりましたー」


 二階の寝室から下りてきた律希と共に、いざ第二回パン作り教室開催である。

 今日はフランスパンだ。

 エプロンの紐を結びながら、春穂はテーブルに並ぶ材料を眺めた。


「フランスパンって材料少ないんですね」

「うん。だから小麦の味がよく分かるし、その分いろんなものに影響されるから職人の腕が重要になってくるパンになるね」

「おお、が、頑張ります……!」

「そんな力まなくても大丈夫だよ。さて、始めますか」


 基本的な行程は前回のバターロールと同じなので、まずは材料を量って半量の強力粉とドライイーストを混ぜる。

 律希に曰く、この強力粉が前回とは違うらしい。


「フランスパン作るとき使うのは半強力粉ってやつ」

「半……強力粉? 半分?」

「グルテンっていう、粘りとか弾力が強力粉より生まれにくいんだよ。カリカリざっくりした食感になるから、フランスパンみたいなパンにはこっちの方がいい」

「へえ、小麦粉も奥が深いんですね」


 《Harbest》に勤めるまでは、薄力粉と強力粉くらいしか知らなかった春穂だ。


 続いて水にモルトエキスという麦芽を糖化して濃縮した茶色い液体を入れ、塩も加えて混ぜる。粉の半量を入れて滑らかになるまで更に混ぜ合わせ、もう半量も入れてここからは手を使って混ぜ混ぜ。

 春穂がそつなく行程をこなしていくのを横から見ていた律希が、満足げに頷く。


「うまいうまい。俺が手伝うのは発酵終わってからで良さそうだね」

「今回バターは入れないんですよね?」

「うん。フランスパン系のは大概油分入れずに作るから、ふんわりせずにあっさり堅いパンになるんだよ。油分が生地を柔らかく伸びよくして膨らませるから」

「ローカロリーで食べ応え抜群って、フランスパン最強ですね」


 三月から毎日のように律希に餌付けされているせいで、最近体重計に乗るのがちょっと怖くなってきた春穂にもありがたいパンだ。

 目を輝かせて言った春穂に、律希はふはっと吹き出した。


「やっぱりカロリーは気になる?」

「そこはまあ……女の子として無駄なお肉が付くのは避けたいですし。ただでさえ《Harbest》のパンはたくさん食べちゃうのに、そこで更にカロリー高かったら大変なことになりますもん」

「そう。実はこの後スーパー行ったら、ついでにベーコン買ってエピも作ろうかなーって思ってたんだけど、やめとく?」

「……律希さんの意地悪」


 そんなの作りたいし食べたいに決まっている。

 意地の悪い質問に唇を尖らせて律希を睨むと、彼は喉の奥でくつくつと笑った。「ごめん、つい」と言って春穂の頭を撫でる。

 その拍子に流れた横髪を一筋掬って耳にかけた律希は、からかう表情から一転、優しく穏やかな━━春穂をとことん甘やかす笑みを浮かべた。


「なんかやっぱ、春穂ちゃんにはたくさん食べさせたくなるんだよ。最初からずっと変わらずに幸せそうに食べてくれるから、見てるとこっちまでふわふわする」

「う……え、餌付けは適度にお願いします……」

「了解」


 結局のところ、春穂がいくらカロリーを気にしようとほとんど意味などない。既に胃袋をがっちり掴まれている食いしん坊が、律希の甘い誘惑に抗うことなんてできるわけがないのだ。

 食べることはとても幸せだからいいのだけれど、……乙女心が食欲に負けているのはいけないのではないだろうか。これでも一応年頃の女なわけだし。むぅ、とむくれたままで、春穂はボウルでまとめていたパン生地を台に出す。

 とりあえずパン作りはそれなりの重労働なので、今のうちにカロリーを消費しておこうと思い立った春穂は思い切り生地をこね始めた。

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