暴露≒友情
今回、春穂も弥夕も完全に深夜テンションです。会話がいろいろはっちゃけておりますがお付き合いくださいませ。
弥夕があえてそこだけ声に軽さを持たせた意味は、分からない。けれど響きから歪なものは感じ取れず、心が壊れてしまったがゆえの軽さなどでは断じてない。きちんと意図して操って出した声だ。春穂は強い憤りと同時に、深い安堵もまた感じていた。
恋愛に難色を示した弥夕の心、その人を想う部分は、壊れてはいない。傷ついているけれどちゃんと癒せる。温かくて鮮烈な感情をもう一度新しく知れば、きっと。
知り合って一日と経たないのに、翔琉の弥夕への慕情は、春穂に確信めいた安心感をもたらす。
渇いた喉を焙じ茶で潤し、春穂は無言で続きを促した。
「……短大の二年になると、就職活動が始まるでしょ? あたしは実家継ぐから参加しなかったんだけど、彼は家が自営業って訳でもなかったから普通に参加してたのよ。そこで同じ会社を受ける女の子と知り合って、情報交換やら何やかんやしてるうちに、酔ってうっかり一回深い仲になっちゃったんだって。あ、ちなみにこれ本人から聞いた話ね。……で、やらかしたとは思ったらしいんだけど、女の子の方がなんかやたら乗り気だったらしくて、彼女居てもいいからって据え膳状態でそのままズルズル関係続けてった……ってことらしいの。もちろんその間、あたしとも付き合いながらね。……浮気って言うより二股かな、これ」
酒が百薬の長であり、劇薬の長であることは、経験者として春穂も重々承知している。が。
もしその元彼があたしの知り合いだったら確実に鉄拳制裁だな、と春穂は憤りを怒りに格上げした。一夫一妻制、恋人も一期間中は一人が常識の日本においてそういうことをする奴は、一律成敗と決めている春穂である。
「それでね。卒業して彼が就職して、会える時間も減るじゃない。入社したてで忙しいだろうなーとも思ってたからなるべく邪魔しないでおこうって、連絡とかもあんまりしなかったの。そしたらある日、仕事で街の方行ってたら彼を見かけて。声かけようって思ったんだけど……休日の朝方、腕に女絡みつかせてイチャイチャイチャイチャ話してるところに突っ込むようなチャレンジャーじゃないのよね、あたし。『最近毎週だよ、彼女さんに怒られな~い?』じゃないのよ、現在進行形で怒る通り越して呆れてるっつの。隣で彼は『大丈夫大丈夫』とか言ってるし。うわぁあたしよくあんなのと付き合ってたなぁって一気に絶対零度まで冷めて、その場で電話して別れ話切り出して即サヨナラしたの。……別にね、その後一応しっかり泣いてすっきりしたから一切未練ないんだけどね……やっぱりしんどかったし、あいつに触られた自分がもうすごい気持ち悪かったりで面倒だったから、しばらく恋愛はいいかなって。いっそ生涯独身でもそれはそれで清々しい人生送れそうだし」
と、言うわけです。
短く締めの言葉で括って、弥夕は焙じ茶をちびりと飲んだ。
「……弥夕さん」
口を開いた春穂に、弥夕はどこか不安げな視線を注ぐ。
同性の人に━━友達に、話すのは初めてだと言っていた。ならば同じ女として、友達として、春穂もきっちり応えようじゃないか。
「弥夕さん、あたし正直ね、弥夕さんがその男をそこで切れてほんと良かったと思う」
「……」
「ごめんね、今から弥夕さんの元彼を散々にこき下ろすよ。……浮気に入るまでの過程のところで、弥夕さん言ってたよね、彼から聞いた話だって。それ、単純にものすごい最低の所行だと思った。わざわざそんな余計な、しかも聞けばなお傷が増えるようなことを懇切丁寧に語ってるてことはね。その人が全くもって悪びれず反省してないか、もしくは自分がしたことが男として最低最悪の行為だってことを理解してないよっぽどのバカかのどちらかってことだと思う。どちらにせよ、弥夕さんはそこでそいつを切れたことはすごい幸運だったんだよ。だってもしそいつと結婚して、前者だったら絶対懲りずに繰り返すし後者だったら根本的に駄目でしょ、色々と。しんどかったと思うけど、ラッキーだったんだよ。……大丈夫。弥夕さんは絶対幸せになる。予言したっていい、ちゃんとまた恋して、幸せになるよ」
勢いで敬語がすっぽ抜けたが気にしない。溢れる感情のまま、ひたすらに春穂は話す。
「だから、新しく恋したら、またいっぱい話しよう? 惚気とかばっちこいだから、超にやにやしながら聞くから。その分あたしがもし彼氏できたときは、多分思いっ切り惚気ると思うから聞いてくれると嬉しいです!」
言いきって途端に焙じ茶を飲み干す。一気に喋ったので喉が渇いた。
空になったマグカップをテーブルに置くと、向かいでしばし唖然としていた弥夕がふと表情を崩した。にへっと気の抜けた顔でくすくす笑っていて、綺麗さに愛らしさが混ざってとてもとても魅力的だ。
こんな魅力的な弥夕と付き合えておきながら二股をかけたかの男は、呪われて然るべしだと春穂は心から思う。近日中に、何か男としての自尊心がズタボロになるようなことが起こればいい。ついでに彼女がいることを知りながらも乗り気だったというバカ女は、いっそそのままそいつとゴールインして生涯後悔すればいい。自業自得、この熟語を未来永劫の家訓にすべきだ。
よし成敗。脳内で屑共をけちょんけちょんにした春穂は、その容赦のなさから自分の中で弥夕が無性に大切な存在になっていることに気づく。凛としているようで実は可愛い、なんだかぎゅっとしたくなるような人だ。
あどけなく笑っていた弥夕は、ひとしきり終えたようで指で目尻を拭った。笑いすぎて涙が出てきたらしい。
「そっか、そうよね。いやー、今思えば確かに大正解。もしあれとあのまま結婚してたらと思うとぞっとするわ。付き合ってるときに据え膳拒めなかった奴が、結婚したら拒めるかって言ったら、んな訳ないわよね。うわぁ、きっと泥沼になっただろうなぁ」
「うんうん。正妻VS愛人、優柔不断旦那の悲惨な末路は━━!? みたいなタイトルが浮かぶ。昼ドラも真っ青だね」
「いいわね、そのタイトル。特に旦那の末路が悲惨ってとこが。でも無惨でもいいかな」
「おお、ナイスアイディア」
「あ、ちなみにね。さっきあたし、胸がどうこうの話したでしょ? あれ実は、その二股相手がたゆんたゆんだったの地味に気にしてるのよね。春穂ちゃんの方が格段に綺麗なんだけど、あの人のは質より量みたいな。でね、発覚現場で見たとき、あの人むぎゅーって腕絡ませて女の武器フル活用してたの。側にいるためにどんなに頑張っても行き着くとこは結局そこか! って、なんか悔しくなっちゃって」
「そんなの気にしないの! その人はね、ある武器をフル活用しないと男を落とせない、残念な人なんだよきっと。主武器はあるけど主武器しかない、それ落としたら終わりな状態なの」
「そっか、そういう見方があったか! そう言えば、たゆんたゆんに気を取られて他あんまり見てなかった」
二人して弥夕の元彼と二股相手を盛大に貶した後、ちょっと疲れたので休憩を入れる。
弥夕が新しく淹れてくれたハーブティーはカモミールが入っていて、リラックス効果があるらしい。怒濤のようだった精神がいくらか落ち着いた。
お茶の香りがアロマ効果ももたらしたのか、空気がまったりしてきた部屋。和やかな空間で、春穂はさっきの会話の間に話そうと決めていたことを口に出す。
「ねえ弥夕さん」
「あのね、……呼び捨てがいいの。……あたしもそうしていい、かな?」
「もちろん」
おずおずと他愛ない要求をしてくる様は、翔琉が居合わせたら妬くんじゃなかろうかというほど可愛い。一も二もなく頷く。
「それで、えっとね。さっき弥夕、あたしにどうして《Harbest》に入ったか聞いたでしょ?」
「うん」
「弥夕が過去のこと話してくれたから、今度はあたしも話すね。……今のところうららロードでは、あたしの他には律希さんしか知らないことなんだけど」
弥夕が興味を示したのを改めて確認して、春穂は口火を切った。
「弥夕が言ってた通り、あたしの知ってる限りはうららロードから短大に求人なんて来てなかったの。あたしは市内の町工場に内定して、本来なら四月からそこで事務員として働く予定だった。……でも、いざ卒業して卒業報告しようって職場に向かったら、その前日付でその工場は倒産しちゃってて」
「と、倒産?」
「うん。下請けの会社だったんだけど、上の方で吸収合併が起こって部品の生産が他に回されて、経営たちゆかなくなっちゃったんだって。それで卒業式翌日に路頭に迷っちゃったの、あたし。で、ヤケになってお酒呑んだら潰れちゃって、駅前の本屋のところで熟睡してたら、丁度移動販売の日で来た律希さんが介抱してくれたの。泣きながらの話聞いてくれた後、うちで━━《Harbest》で働かないかって言ってくれた。……そんな経緯で、あたしはうららロードに来たんだ」
弥夕が何ともいえない表情になっている。
だが弥夕はさっき腹を割って昔のことを話してくれたのだ。ならば春穂も潔く割るのが筋というものだろう。
一周回ってえっへんとなった春穂に、弥夕は堪えきれず笑い出す。
「やっちゃったのね」
「うん、やっちゃったの」
「そりゃあ律希くんも心配する訳よね」
「でも流石にあの人はあたしを甘やかしすぎだと思う」
「いいんじゃない? それはそれで」
人生、本当に色々あるものだ。
路頭に迷ったり希望を見つけたり、恋をしたり泣いたり━━新しい友情が生まれたり。
……親友って、こんな感じなのかな。
知り合ってまだ一日と経っていないけれど、互いに過去を暴露し合ったからか、心を許しきっているような気がする。
他愛もないお喋りが続く中で、春穂は無意識のうちにそんなことを思っていたのだった。
春穂はお人よしですが、友達を傷つけた奴は基本許しません。もし弥夕の元彼に会ったら、極上の笑顔で「くたばれ」って言うつもりです。
弥夕との女子会編これにて終了。次回よりもう一人のサブキャラ、翔琉を少し探っていく感じになります。
あ、ちゃんとパン出ますよ!
そして次回から二日おきの更新に変更したいと思います。これからも何卒よろしくお願いしますm(__)m