角を急いで曲がったら饅頭とぶつかった
桜の舞い散る四月。
新しい年度の始まりであり、多くの人たちが新たな生活の幕開けを迎えるその季節。
晴れて高校生となった平凡な少年望月トキオは、入学早々校舎裏で何かにぶつかり、非日常の世界へと突入していました。
ここでぶつかった相手が美少女だったのならば、彼の日常はラブコメ時空へと次元シフトしていたことでしょう。
しかしぶつかったのは残念ながら美少女ではなく、それどころか人ですらありませんでした。
着物を着たオ○Q。そうとしか言いようがない妙な物体が、ふにゅふにゅと伸び縮みしていたのです。
「……」
落ち着いて状況確認。
平凡な少年であるトキオくんではありますが、その実頭が回り冷静なところもあるやるときはやる少年です。
故に慌てず騒がず目の前の物体を静かに観察します。
『にょーん』
何か鳴いてます。というか伸びてます。
白い餅のような目の前の物体は、ダンシングフラワーのように蠢いたかと思えば、徐々に天へと向かって伸び始めています。
というか昨今の若者にオ○Qとかダンシングフラワー(正式名称フラワーロック)とか分かるのでしょうか。
「……よし」
見なかったことにしよう。
そう決意すると謎の物体Xを迂回して歩き始めるトキオくん。
世の中は知らない方がいいこともあるのです。
「きさま! 見ているな!」
「ちくしょう! 逃げ切れなかった!」
しかしそんな判断を嘲笑うかのように、何者かがトキオくんの行く手を遮ります。
セリフのネタっぷりからして厄介さんなのは間違いありません。迂回するのではなく回れ右すべきだったと後悔するトキオくんです。
「見ているな。というか見えてるわね。この伸びあがり入道が!」
「知りたくなかったこんな物体の正式名称!」
※伸びあがり入道
道端などに現れ、遭遇した人が見上げるのに合わせて天へと向かって伸びていく妖怪。
目撃談やその行動に諸説あるが、八百八狸で有名な四国地方での目撃例が多いことから狸が化けたものではないかという説もある。
「ちなみに個体によっては伸びあがった後に倒れてきたり、噛みついてきたりするそうよ」
「いや聞いてませんから。というかどなたですか?」
「あら? 伸びあがり入道より私に興味があるの。……おませさんね」
「……」
帰りたい。猛烈にそう思うトキオくんでしたが、残念ながら目の前の女性はノリノリすぎて見逃してくれそうにありません。
どうしてこうなった。
トキオくんは隣で伸びあがる伸びあがり入道を見ながら思います。
「私は岩神学園二年の日向ナナミ。ふしぎ発見部の副部長を務めているわ!」
長い黒髪をかきあげ宣言するナナミさん。
そこらじゃ見かけないレベルの美少女ですが、トキオくんのハートは少しもときめきません。
「……不思議発見部?」
聞いたことも無い部活動の名前を聞き、思わず隣を見るトキオくん。
『うにょーん』
そしてその視線に応えるように伸びあがる伸びあがり入道。
トキオくんは理解しました。
そして思いました。
――絶対に関わりたくないと。
「ふふ。本当に予想外だわ。まさか今年の新入生の中に、私と同じ見鬼が居るなんて」
「何かよく分からないカテゴリーで仲間扱いされた!?」
※見鬼
本来見えないはずの存在を見ることのできる目を持つ人、あるいは存在の事。
中国より伝わったとされる言葉であり、古来中国では鬼というのは日本のそれとは異なり霊などを指す。
「異能同士は引かれあう。つまり今ここで私と貴方と伸びあがり入道が出会うのは運命だったのよ!」
『うにょーん!』
自信満々に宣言するナナミさんと伸びあがる伸びあがり入道。
ちょっとリセットボタン押して数分前からやり直せないかなとトキオくんは現実逃避します。
「というかさっきから伸びあがり入道伸びあがり入道って何なんですか?」
「え? 妖怪」
「さらっと常識を破壊しに来た!?」
こんな道端に妖怪が転がっていたら、今頃日本は大混乱です。
でも案外受け入れて上手く回りそうなのが日本の恐ろしい所です。
「どうしたのそんなに慌てて。今日日妖怪なんて珍しくもないじゃない」
「いや珍しいですから。こんなの沢山居たらニュースになってますから」
「だから普通の人には見……貴方まさか今まで見えていなかったの?」
「……」
何故か驚愕しているナナミさんに無言で頷くトキオくん。
少なくとも今までトキオくんは霊だの何だのといったオカルトとは無縁でした。だからこそ今も隣で伸び縮みしている伸びあがり入道の存在に戸惑っているのですが……。
「じゃあ、きっとうちの学園に入学したせいね。ここ霊脈が通ってて、その手のものに目覚めやすいから」
「何その嫌な学校!?」
選択肢をミスったのは数分前どころか数か月前でした。
成績を鑑みて丁度いいレベルの高校を受験しただけだというのに、まさかそれがファンタジックワールドへの片道切符だとは誰が想像したでしょう。
「えー、じゃあ次に。この伸びあがり入道ってのはどんな妖怪なんですか?」
「あら、さっき説明したじゃない。伸びる妖怪よ」
「……伸びてどうするんですか?」
「どうもしないわよ?」
「……」
先ほど個体によっては倒れてきたり噛みついてきたりするという説明がありましたが、目の前のそれは本当に伸びあがるだけのようです。
今も胡乱な目を向けるトキオくんに応えるように『うにょーん!』と三倍くらいに伸びあがっています。
「……何て無駄な存在なんだ」
「ふふ。妖怪なんてほとんどはそんなものよ。そう。まるで貴方の人生のように」
「さらりと失礼だなアンタ!」
『うにょーん!』
少なくともこんな縦に伸び縮みするだけの饅頭よりは、有意義な人生を過ごしていると抗議するトキオくん。
しかしさらにそれに抗議するように伸びあがり入道が天高く伸びあがります。
『うにょーん!』
「うるせーよ!? 何でおまえに文句言われるんだよ!?」
「今のが文句だと分かるなんて……今年の新入部員は優秀ね」
「勝手に部員にすんな!?」
妖怪と変人に挟まれつっこみまくるトキオくん。
このままではつっこみで過労死してしまうかもしれません。
「ともかく! 俺はそんなけったいな部に入るつもりはありませんから!」
「え? でも大丈夫なの? 今まで見えてなかったのなら、貴方霊への対処法とか知らないでしょう?」
「え? 見えるようになっただけなんだし、今まで何も無かったんだから大丈夫でしょう?」
「確かに見えないふりをすれば大丈夫でしょうけど、勘のいいやつは突然目の前に血塗れで現れたり変顔してきたりして反応無いか試してくるわよ。笑ってはいけない24時みたいな人生を歩むことになると思うけどいいのかしら?」
「俺の人生がバラエティーに!?」
ファンタジックワールドを回避しようとしたら、まさかのお笑い業界への転身。
もうどうすればいいのか分かりません。
「ふしぎ発見部なら霊の対処方法とかも指導できるんだけどなー。さらに部長はその手の専門家だから、お守りとかも作ってもらえるんだけどなー」
「ぐっ……」
チラチラとわざとらしく視線を向けながら呟くナナミさんに、悔しそうにうめき声を漏らすトキオくん。
『うにょーん』
そして「諦めちまえよ」とばかりに伸びあがる伸びあがり入道。
そこはかとないうざさに、そろそろトキオくんの血管が切れそうです。
「……分かりました。入ります」
「本当? 確認のためもっと大きな声で!」
『うにょーん!』
「俺は不思議発見部に入部します!」
ナナミさんと伸びあがり入道に催促され、やけくそ気味に宣言するトキオくん。
諦めたわけではありません。今は未来の安寧を得るため雌伏の時なのです。
「あ、ちなみに部長は生徒会長も兼任してるから、一度顔を覚えられたら逃げられないわよ」
「グッバイ俺の平穏!」
『うにょーん』
完全にやけっぱちで叫ぶトキオくん。隣の伸びあがり入道もさすがに同情しています。
こうして高校生活も始まったばかりの時期に、トキオくんは盛大に人生の分岐点を踏み外すのでした。
トキオくんの戦いはこれからだ!