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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
三章 黒一点偶像と少年少女のお見合い性愛闘争
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人に夢を与える仕事

今回は少し長めの話で、情報量が多いです。

ゆったりとお読みいただければ幸いです。

「ここ東山院の領主の娘にして、次期領主ってやつです。トムも大変な相手に目を付けられたもんすよ」


スネ川君の話を聞いて、俺は南無瀬陽南子さんがトム君について言っていたことを思い出した。


『拙者の父上に似た方です』

おっさんとトム君ではまったく違う顔と体格をしていたので、何のことやらと思っていたが……あの言葉は、境遇が似ていると言っていたのか。

ってことは、つまり。


「もしかして、トム君とメアリさんは幼なじみだったりとか……?」


「おっ、勘が良いっすね、タクマさん。あの二人は物心付いた時からの幼なじみっすよ」


やはりそうか。

領主となれば、結婚していなければ周囲に示しがつかない。そのため、領主は我が子に将来の結婚相手となる男子を宛がう。それも出来るだけ早いうちに、と聞いたことがある。

妙子さんにとってのおっさんしかり、メアリさんにとってのトム君然り。


「トムのやつ、本当に頑張っていますよ。昔から決められていた結婚の話に抵抗しているんですから……東山院芽亞莉に盾突くってことは、領主に盾突くってことっす。並みの男子ならとっくに折れていますって」


映像の中で、メアリさんが神経質そうな顔をより厳しめにして何やら喋り……トム君は吹雪に耐えるように身を縮こませて、しかし首を横に振り続けている。


『結婚話を無しにするとか出来るわけねぇだろ! てめぇが調子に乗るって言うなら、こちとらも乗ってやろうか。騎乗的な意味で!』


『ひぃ! 布団を敷いてのロデオは勘弁してください! 後生ですから!』


二人の映像は無音なので勝手に脳内音声を付けてみる。ううむ、恐ろしい。


「怖いっすよねぇ。領主の家系、それも直系は一度狙った(・・・・・・・・)男は絶対に(・・・・・)逃がさない(・・・・・)らしいんすよ。東山院だけじゃなくて、他の島の領主も」


そう言えば、妙子さんもおっさんへの執着が激しいよな。

おっさんには他にも奥さんが四人いるはずだけど、全員遠ざけて独占しているし。


「何しろ今の領主たちは、『双姫ふたひめの変』に端を発する『不知火群島国誕生』でリーダーを務めた人たちの末裔ですから、強い精神力を持っているんすよ。それが今は伴侶や許嫁に向いているわけっす。おお、くわばらくわばら」


双姫の変?

スネ川君が当たり前のように口にした謎のキーワード。

どういう意味だろう、不知火群島国の建国に関わる歴史的事件のようだけど。


たしか、俺が不知火群島国に迷い込んだ翌朝に妙子さんが言っていたっけ。

不知火群島国の人々は、大陸から移住してきた者たちの子孫だって。

その移住に関する事件なのか……


突っ込んで訊こうかと思ったが止めた。

もしかしたら日本でいう『本能寺の変』ばりに超常識的なことかもしれない。

それを知らないってバレたら俺の出自に疑問を持たれかねない。


今の事態には関係ないようだし、この仕事が終わって落ち着いたら調べてみるか……


俺の内心の戸惑いに気づかず、スネ川君は喋り続ける。


「さっきコンテストで天道紅華を呼んだチームがいる、って話したじゃないですか。そのチームのリーダーってのが、東山院芽亞莉なんすよ」


「っ!? そうだったんですか!」


合点がいったぜ。

『天道紅華を倒してください』

この依頼に対して、最初にトム君から出た言葉だ。


何か変だと思った。

『コンテストで優勝してください』ではなく、どうして天道紅華を名指しして倒してくれ、と頼んだのか。


だが、天道紅華の雇い主が許嫁のメアリさんだとするのなら、トム君の胸中が見えてくる。


天道紅華のチームが優勝→メアリさんと同棲→いただきます


この流れを断ち切りたいという想いが焦りになって、依頼の説明をすっ飛ばし言ってしまったのが『天道紅華を倒してください』だったわけだ。

よほどメアリさんと結婚したくないんだな、トム君。



二人の話し合い、というかメアリさんの口撃をひたすらトム君が防御する、という展開が続く。


メアリさんのガン飛ばしはモニター越しでもよく分かる氷結っぷりである。あれに抵抗するとは、弱気に見えてやるな、トム君。

でも、もうちょっと攻勢に出ても良いのでは?


今回の依頼を受けた時に、俺はワクワクしていた。

おっさん以外の男に会える、一体どんな人たちなんだろう……って。


この世界は男性に厳しいが悪いことばかりではない。

男性というだけで職に就く必要がなく国から生活を保証され、使える施設は最高級だ。

それに女性たちからは蝶よ花よと(表面的には)大事にされるし、男に気に入られようと下手に出る女性は多いって聞くし。


そんな暮らしをしていれば、多少傲慢になる男性が出てきてもおかしくないのではないか?

そう、俺は予測していた。


だが、実際に会った男子諸君はみんな一様に狼に怯える子羊だった。ただひたすら震えている。

情けないぞ、みんな!

ここはいっちょ、漢気おとこぎを発揮してみようじゃないか!


トム君はもっとワガママになった方が良い。傲慢と思われるくらい強気に結婚はNoと言えば、メアリさんも諦めるんじゃないかな?


ってなことを一緒にモニターを観る男子たちに言ったのだが……


「タクマさん、想像してください」

軽薄そうな口調だったスネ川君が、一転して硬質的な声を出した。


「あなたは猛獣と暮らしています。その猛獣は一見とても従順です。あなたの言うことなら何でも聞きますし、普段から行儀良くしています」


「は、はぁ……」


「ですが、あなたが視線を外した一瞬をついて、その猛獣は舌なめずりをするんですよ。獰猛な目で涎を垂らしながら、あなたに向けて」


「…………」


「立場ではあなたが上です。しかし、実際に闘えばあなたはあっと言う間に組み伏せられ、食べられることでしょう……さて、質問です」


「……うぐぅ」


「あなたは、そんな猛獣に対して傲慢な態度が取れますか? 猛獣をキレさせる貞操知らずの行為が出来ますか?」


俺を取り囲む男子諸君の目から光が消えていた。十代の少年がやっていい目じゃない。


「…………ご、ごめんなさい」

俺は謝罪する他なかった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




トム君とメアリさんの面会が終わった。

メアリさんは業を煮やした表情をしながらも、トム君や物に当たることなく、制服のスカートを軽やかにひるがえしスタイリッシュに退出していった。


それからしばらくして、トム君が憔悴しきった様子で多目的ルームに帰ってくる。


「お帰り、リーダー」

「今回は激しかったね、大丈夫?」

「お茶でも飲んでゆっくりしよう」

「いいなぁ、あんなに冷たく罵倒されて」


結婚拒否する男子一同の絆は固いらしい。一人一人がトム君をねぎらう光景は、なんだか美しいものに思えた。


「タクマさん、お話し中だったのに席を外してすみませんでした」


男子たちの輪に入らず離れた所にいた俺の方へ、トム君が近付き頭を下げた。


「いや、気にしないで」

乱入者は領主の娘で許嫁だ、俺より優先してしまうのは仕方ない。


「……それよりトム君。良かったら訊かせてくれないかな、君たちが交流を引き延ばしたい理由を詳しく」


『冬休みにやりたい事がある』

男子たちはそう説明していた。

一度は納得していた俺だが……メアリさんからの求婚こうげきにも屈しないトム君を観ていると、『冬休みにやりたい事』が気になってくる。


とても大切な事なのだろう、領主の娘を拒絶するほどの。


「理由を詳しく、ですか……そ、そうですね」

トム君は肌触りが良さそうなふっくら頬を掻いて、気恥ずかし気に答えてくれた。


「ボク、お菓子屋さんで働いてみたいんですよ。あっ、パティシエになりたいとか高慢なことは言いません。雑用でも何でも良いんです、ただ、お菓子屋さんの一員になりたいんです!」


「お、お菓子屋さん?」

良い夢だと思うけど、『冬休みにやりたい事』でお菓子屋さんって?


「トム、それじゃあタクマさんが混乱しちまうだろ。お前はいっつも話を省き過ぎなんだよ」


スネ川君がやれやれとフォローに入る。

この二人の関係性が分かってきたな。

大人しそうで芯が強い豚突猛進のトム君に、ストッパー役でありニヒルなスネ川君。

うん、ぴったりくるコンビだ。


「タクマさん、オレらには夢があるんすよ。オレはロードレースの選手っす」


スネ川君を皮切りに、


「僕は花屋さん!」

「獣医になってみたいんだなぁ」

「ミーはルポライター希望でぇす」

「保育士って素敵やん? あっ、申し訳ないが肉食幼女はNG」


本気になったらO原のCMよろしく次々と夢を語る男子たち。

先ほどの光のない目とは異なり、瞳の中に星を散らばらせている。


「冬休みにオレら、職業体験をするつもりなんすよ。そのための準備をこっそり進めてきたんです」


籠の中の男子たちだが、ネットは使える。

それを駆使して、ある男子はキッザニアのような施設に予約を入れたり、ある男子は有名店にインターンするべくコンタクトを取ったり、ある男子はプロに帯同して仕事をする許可をもらったりしたらしい。


「こういう時は自分が男で良かったと思います。どこも快くボクらを歓迎してくれますから」


「って言っても先方を全面的に信頼したわけじゃないっすよ。ちゃんと臨時のダンゴを雇うなりして自衛は忘れないようにします」


「はぇ~、みんな凄いですね」

彼らの意外な行動力に感心してしまう。


「ボクらがこんな行動に出たのも、タクマさんのおかげなんですよ」


「俺の?」


「今年の夏までのボクらは、夢を持っていたものの具体的な行動を取らず、ただ結婚から逃れようとしてばかりでした。多分、心の中では諦めていたんだと思います。男が夢を持ったって無意味、所詮結婚して種馬にされるだけの人生だって」


「三年の夏といえば、結婚のボーダーラインと言われているっす。例年の男子なら誰でも三年の夏には籍を入れていました。オレらもそうなる……はずでした、タクマさんを知るまでは」


夏――タクマがデビューした時期だ。


「ビックリしました。同じ男性がテレビで活躍しているんですから……それもとても楽しそうに」


「周りは女性で囲まれているのに、堂々と自分の夢を実現させている……オレ、シビレちまいましたよ。それでもう一度決意したんです、自分も夢に向かって邁進するぞって」


トム君やスネ川君が、それに他の男子たちも「タクマさんのおかげです、ありがとうございます!」と口々にお礼を述べていく。


誰かが言っていた、使い古された文句がある。

『アイドルは人に夢を与える仕事』だと。


俺が今までやってきた事は、貞操の危機に晒されながら頑張ってきた事は、ちゃんと同性たちに届いていたんだ――


とてつもない充足感で満たされる。

アイドルになって良かった、本当に良かった。


「冬休みが終われば、ボクらは結婚します。でも、職業体験をした、という事実やコネはこれからも夢を諦めないための糧になるんです」


「子作りをして、家事をしながら子育てをして、新しい嫁さんをもらって、また子作りをして……オレらはそうやって生きていきます。それがオレらの人生です。でも、一度でも夢に触れた体験があれば、日々の暮らしの合間でも夢の実現のために努力していけると思うんすよ。だからこそ――」


何としても、みんな独身ぶじに冬休みを迎えなければならない。

何としても、少年少女交流センターを少年少女の交流の場にしてはいけない。


これは闘争なのだ。

男子は家庭に入って子を作り育て、複数の妻の性欲を満たす存在。

それしかなかった存在意義に対して、己の夢のために立ち向かう男の闘いなのだ。


「お願いします、タクマさん! コンテストに出てください! オレたちを導いてくださいっ!」


まるで偶像に拝むように、全員がこちらに向かって頭を垂れる。


ここまで胸を熱くさせられて、俺はどうすればいいんだ?

このガバガバな計画に荷担するのか……

俺は、俺は――




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「……女として反省しないといけませんね。あたし、男の人を性的な目で見てばかりで、その不遇な生き方から目をそらしていました」


「ダンゴとしても聞くべき点が多い話だった。時間をかけて正確に受け止めたい」


ホテルの一室。

音無さんが目をうるませ、椿さんが深刻そうに感想を口にする。


「せやな、お見合い指定校時代のうちに聞かせてやりたいわ……男子の気持ちを考えずに無茶やってたあの頃のうちにな……」


少しの間、真矢さんは遠い目をしたが、

「でも、あかん。男子はある意味、ヒエラルキーの最低辺におる。彼らの夢を支えたい拓馬はんの気持ちはよう分かる……せやけど、うちは拓馬はんのプロデューサー兼マネージャーや。こないな依頼をさせるわけにはいかん」


「そこを何とかなりませんか、俺は」


「いけません! 三池さんはヒエッラルキーの頂点にいるんですよ! コンテストに乱入だなんて危ないことさせられません!」


ヒエッラルキーって何だよ、どこの階級社会だよ!

『あっ、今あたし上手いこと言っちゃったかも』ってドヤ顔になるなよ、音無さんめっ!


「疑問だが、三池氏が優勝すれば遅延の願いは聞き遂げられるのか? 仲人組織が了承するとは考えにくい。この依頼はやはり受けるべきではない」


「……正直に言うとな、うちは優勝する必要も仲人組織の了承もいらんと思うねん。例えばや、拓馬はんがラブソングでも披露しようもんなら、審査員の脳内も会場も壊れるやろ。コンテストどころやなくなって、晴れて少年少女の交流は延期や」


「じゃあ、そうすれば男子たちの願いは……」


「男子には同情するで。せやけど、うちは拓馬はん第一主義や。そないな危険な会場に拓馬はんを出すわけには」


「そこは事前に脱出経路をきっちり決めておけば何とかなりませんか? 南無瀬組の人たちに無理させるのは申し訳ないですけど」


「危険防止に努めたとしてもや、コンテストをぶち壊した悪評はどうすんねん。拓馬はんが周囲から悪く言われるなんて、うちは絶対許さへんで!」


ちくしょう、真矢さんの言うことはもっともだ。

ダメなのか、俺じゃ無理なのか。

アイドルとしてトム君たちの夢を後押ししたのは良いけど、アフターケアはせず途中で放り出すのか。


「あっ、そうだ。じゃあ、こんなのどうでしょう?」

音無さんがポンと手を叩いた。


また、いつものロクでもないアイディアだと思うけど、わらにもすがりたい状況だ。

聞くだけ聞いてみよう。


「音無さん、何を思いついたんですか?」


「アレですよ、三池さんへのヘイトを回避するなら、タクマ以外の人を使ってコンテストをぶち壊させれば良いんですよ」


タクマ以外の人……それって……

次回は他者視点でお送りします。

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