東山院市少年少女交流センター
お見合い会場を後にして、ワンボックスカーで走ること一時間弱。
東山院市を見下ろせる小高い山の中腹で俺は下車した。
「ここに男子たちが……」
眼前には如何にも行政が作ったらしきシンプルな見た目だが、見栄えの良い三階建て。
デザインは平凡だが、屋根一つとってもグレードの高さが伝わる美しい建築物である。
そう、美しいのだ……のだが。
「物々しいっすね」
それが俺の受けた印象だった。
建物を囲むように高さ五メートルはあるだろう壁がそびえ立ち、何人の侵入をも阻む心構えを見せている。
門には十人は常駐出来そうな大きな警備室が設けられ、物々しい空気をより重くさせた。
壁と警備室を除けば、周りが自然豊かなことも手伝って『青年の家』みたいな建物なのに、どうしても『刑務所』という感想を持たずにはいられない。
「国の宝の男子たちがいる場所や。厳重にしてし過ぎることはないやろ」
「そういうもんですか……」
「タクマ殿、長旅お疲れ様でござる。あれこそ殿方たちが住む『東山院市少年少女交流センター』でござるよ」
今、陽南子さんが口にした建物名……妙に『交流』という言葉を強調していなかったか?
まあ、いいや、いいやということにしないと余計な心労を背負いそうだし。
陽南子さんの言う通り、俺が来たのは男子校ではなく、少年少女交流センターという所だ。
この仕事を受けた時に聞いた話なのだが……
年の瀬迫るこの時期に結婚をしていない三年の男子は三十名。
彼らは東山院の各男子校に分散していたのだが、婚活にだけ集中して欲しいという東山院のお偉方の意向により、また管理のしやすさもあって一か所に集められることになった――ここ『東山院市少年少女交流センター』に。
名前に『少女』と付いているが、現在住んでいるのは少年だけで、ここで寝泊まりし暮らしているらしい。
「止まってください、お名前と来場目的を述べてください」
門に近づくと、二人の警備員が俺たちの行く手を遮った。他にも警備員室から無数の視線を感じる。
「あの身のこなし、相当出来る」
「だね、あたしたちと同じダンゴ養成所を出ているのかも」
隣に立つダンゴの分析に張っていた気を強くしていると、陽南子さんが前に出た。
「拙者は南無瀬陽南子、東山院中央高校の生徒でござる。本日は丸子斗武殿に用があって参った。取次ぎをお願いするでござる」
「アポイントメントはございますか?」
「無論」
「少々お待ちください」
門番の女性が警備員室に目をやると、そこに待機していた別の女性が急ぎ通信機のような機械を操作し始めた。
「確認をさせます……ところでそちらの男性は?」
控えめに頬を紅潮させて、警備の人が訊いてくる。
まだ変装中のため、俺がタクマだとバレていないようだ。
「こちらは丸子斗武殿が会いたがっている男性でござる」
「お名前をお聞かせください」
「むっ、男性のことを根掘り葉掘り聞くのは礼を失するでござるよ」
「しかし、そちらの男性が当施設に入場するのでしたら身分を明かしていただけなければ困ります」
「むむむぅ」
騒ぎになりたくないからタクマの存在は隠したいけど、こればかりは仕方ないか。いくら同じ男とは言っても、不審人物を重要施設に入れるわけにはいかないよな。
真矢さんの方を見て「バラしていいですか?」と目で問うと、「しゃーないな」と真矢さんも目で答えてくれた。
「構いません、名乗ります」
「「へっ?」」
見た目に反して若々しい声だったことが意外だったのだろう。
これまで陽南子さんに厳しい対応をしていた門番二人が、豆鉄砲を喰らった顔になる。
「よっと」付け髭を外し、サングラスを取り、帽子のツバを少し上げて、
「お勤めお疲れ様です、タクマです。三池拓馬」
と自己紹介する。もちろんアイドルらしくスマイルは忘れない。
その結果――
「ふ、ふぃうちぃぃひぃぃ!!」
と叫びながら門番の女性が倒れたり、警備室の中から「も、モノホン!? モノホンのタクマ!! 夢じゃないよね? まっ、夢でも良いか、ひゃあぁ!?」と血走った目の常駐警備員が全員出てきて、南無瀬組と一触即発の空気になったりした。
疲れた、とにかく疲れた。
アイドルに愛想は必要だが、周りを瞬間湯沸かし器にする挨拶は止めた方が良い。そう、俺は学んだ。
「ごほん、お見苦しいところを見せてしまい、大変申し訳ありません」
何とか穏便に済んだ後、警備員の中で年長者らしき女性が代表して謝罪した。
ほんとお見苦しかったね。
「ここを警備する女性はエリートのはず。彼女たちの性欲制御力は国内トップクラス。それを崩壊させるとは、さすが三池氏」
「聞いた話ですと、何でも警備対象に手を出さないよう貞操帯を付けることが義務付けられているそうですよ。いやぁ、おっかないですねぇ。あたしだったら耐えられなくて壊しにかかるところです」
ふぅん、じゃあ今回は自己紹介が不意打ちだったので取り乱したのか。
ちょっと安心した、男子たちの守り人が実は肉食側だったとか洒落にならないもんな。
「タクマ様が当施設を訪れたことは記録には残しますが、職員の口から漏れることがないよう徹底させます。ご安心ください。では、こちらの訪問用紙にお名前をお書きください」
「分かりました」
「あ、あの……それとですね、よろしければこちらにもお名前を」
警備員の人の手には色紙が人数分あった。
本当に大丈夫なのか、ここの警備……
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「丸子斗武様と連絡が付きました。タクマ様と南無瀬陽南子様だけ入場を許可するとのことです」
「……らしいですね」
中に入るのは俺と陽南子さんのみ。事前に陽南子さんから説明を受けた通りの展開だ。
南無瀬組の人たちは、俺にとっては信頼の出来る人たちだが、見ず知らずの男子たちには怖いお姉様方にしか映らないだろう。
真矢さんを除けば、みんな武闘派だし堅気じゃないオーラがムンムンだし。
「気ぃつけてな。うちらはこの辺りで待っとるさかい」
「くぅぅ、三池さんをべったり護衛出来ないなんて、あたしは悔しさの極みですよ!」
「同じく。帰ってきたら普段より当社比五十パーセント近づいての護衛を希望」
「ダメです」
「ぐふぅぅ」
「じゃあ、みなさん。行ってきます!」
少し別れるだけなのに、真矢さんは儚い笑顔を浮かべ、音無さんは目に涙を溜め、椿さんは無表情だが心なしか眉がいつもより下がった顔をしている。
残りの組員さんたちも似たような感じだ。
考えてみれば、外で南無瀬組と離れるのはほとんどなかったからな。
初めてのおつかいに行く子どものような気恥ずかしさを抱えて、
「参るでござる」
「はいっ」
仰々しく開いていく門の先へと、陽南子さんと共に俺は歩き出した。
そびえていた門を抜けると、視界が広がった気分になる。
運動場や体育館、他にも炊事場などが姿を現す。やはり青年の家っぽいよな。
「殿方たちは施設一階の多目的ルームで待っているでござるよ」
先導する陽南子さんの足に迷いはない。
「ここ、前に来たことがあるんですか?」
「タクマ殿をお連れする此度の依頼を承った時に入場を許可されたでござる。殿方たちのたっての願いで、拙者の同輩や学校関係者にも依頼の件は知らせていないでござる」
何だか、おかしい……
男子たちは励ましてもらいたいから俺を呼んだ、ってことらしいけど……なぜタクマを呼ぶことを周囲に気取らせないようにする?
タクマの出現が、女子たちを刺激するからか? それとも他に意図が?
「男子たちの代表って、丸子、トム君でしたよね? どんな子なんですか?」
「ぽっちゃりした可愛らしい殿方でござるよ。っと、年上の殿方を可愛いなどと、失敬失敬」
俺は観察眼にはちょっとした自信がある。
アイドルとして、空気を読むことは最重要スキルであるため、人の機微には鋭くいたいと日頃から注意している。
そんな俺の観察眼が違和感を捉えた。
「ござる」と言うひょうきんな語尾ながら、態度は真面目な陽南子さん。
その彼女が、トム君を語る時だけ、何か……とても複雑そうな感情を見せたのだ。ほんの僅かで、注意しないと気付かないほどだけど。
気のせいとも思った。
だが、続けて言った陽南子さんの言葉が俺に確信をもたらした。
「……まあ、あれでござるよ。拙者の父上に似た方です」




