【三池氏、街へ行く①】
深夜。
私は目を覚ました。眠気は一切ない、身体がこの時を待ちわびてウズウズしている。
布団から上半身を起こし、
『凛子ちゃん、交代』と、障子の隙間から隣の部屋をガン見する同僚に言う。
三池氏のダンゴである私たちは、彼が寝ている間でも警護を怠らない。
当初は三池氏が寝返りをうてば起きるくらいの半覚醒状態に自らを設定して、夜中の護衛をしていたのだが、それでは物足りなくなってきた。
で、今は常に観察するスタイルに変えて楽し……ごほん、職務に励んでいる。
三池氏には秘密だ。
『え~、もうこうたぁ~い?』凛子ちゃんは不満気だ。その手には菓子パンが握られている、三池氏をオカズに夜食を頬張っていたのか。
一見、不真面目な勤務態度だが、仕方がない。
瞳を閉じて、スウスウと寝息を立てる三池氏の無防備な姿は、蠱惑的で性欲をかき立てられる。
凛子ちゃんも私も食欲を満たすことで気を紛らわさなくてはやってられないのだ。
漢食を避けるために間食するとはこれ如何に。
――そのせいで私たちの体重はアレなことになっており、早急に改善しなくてはならない現状である。
『異常はなかった?』
『ん~それなんだけどさぁ』凛子ちゃんが腕組みをする。
『何かあったの』
『最近の三池さんって寝返りの回数が少なくない?』
『むぅ!』
凛子ちゃんにしては鋭い意見だ。私も気になっていた。
以前、凛子ちゃんと算出した三池氏の一晩でする寝返りは平均二十八回。
室温や昼間の仕事の疲労具合で、回数は増減するが大体その辺りだ。
しかし、それら要因を考慮してもここ一週間の寝返り回数は少な過ぎる。
ダンゴは護衛対象が無意識に放つ信号をキャッチし、対象の心身の健康を把握しなければならない。
寝返りは、睡眠時に身体が歪まないようバランスを取り、血液の循環を良くする行為。この回数が少ないと翌日に疲れを残しやすい。
『え~と、寝返りが少ないのは、疲労やストレスで脳が上手く指示を出さないからだっけ?』
『大ざっぱに言えばそう。思い起こせば、最近の三池氏は起床後しばらく頭が働いていないようだった。一日のアクビの平均回数が先月より増えているのも無視出来ない』
『それだけ溜まっているんだね。あっ、性的な意味じゃなくて』
その補足、いらない。
『原因は何だろう? あのコラボ舞台の疲れが長引いているとか?』
『一つに絞るのは危険。三池氏は幅広い活動をしている。で、あるなら原因も多角的に考えるべき』
『そだね、とりあえず真矢さんたちに相談してみよう』
『うん』
ミーティングを終え、凛子ちゃんは布団へ、私は三池氏の護衛に移る。
ちなみに今までの会話は、すべて読唇術で行っていた。
ダンゴ訓練所でも習わない高等技術だが、三池氏を起こさず、護衛の引き継ぎをするために修得したのである。
自在に使いこなすには私も凛子ちゃんも苦労したが、三池氏に気づかれず猥談することも出来、非常に重宝している。
三池氏……あなたは疲れているの?
先ほどの話のせいか、三池氏の寝顔が少し苦しそうに見える。
私は誓う。
必ず守る、あなたの心も、身体も。
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翌夜。
男性アイドル事業部に所属する数十人が、南無瀬邸の大広間に集められた。
ここにいないのは三池氏と、その護衛に付いた数人だけだ。
「みんなに集まってもろうたのは他でもない、拓馬はんの健康状態についてや」
進行役である真矢氏が、広間前方のホワイトボードの横に立ち、全員を見渡す。
「みんなも薄々気づいていると思うけど……ここんとこの拓馬はん、様子がおかしいと思わへんか?」
真矢氏の問いに「そういえば……」と周囲が呼応する。
「おはようございます、の朝の挨拶がいつもより小さく聞こえました。それはそれで奥ゆかしくて捗りましたけど」
「いつも綺麗に食べきる茶碗に、ご飯粒が残っていました。ごちそうさまでした」
「移動中の車でうとうとしていることが多い気がします。運転していて何度もバックミラーをチラ見してしまいます」
「入浴の時間が長くなっているのも関係があるかもしれません。いえ、決して覗いてはいません。風呂場に入って出るまでのタイムを計っただけです、学術的な興味で」
事業部の面々から次々に上がる情報。
「しもうたわ、こんだけ拓馬はんからSOSが出されていたのに、うちは気づいてやれんかった……それとみんな、後で説教な」
マネージャーの真矢氏が無念と怒りの言葉に、全員が色んな意味で沈痛な表情を浮かべる。
「疲れやストレスが溜まっているのは確かみたいだね。でも、原因は何だろう、やっぱり仕事疲れかな?」
「それはどうだろうか?」
凛子ちゃんの考えに私は疑問を呈する。
「三池氏のスケジュールは真矢氏が管理している。週休二日、拘束時間の長い仕事は受けない、夕方には基本的に南無瀬邸に帰宅。きちんと三池氏の体力を考慮して作られている。また、コラボ劇の時に無理をさせたため、最近は特に緩めのスケジュールになっていた。睡眠時間は一時期より長い。このタイミングで発覚した問題……仕事疲れと安易に結論すべきではない」
「椿はんの言う通りやな。真因を掴むまで議論を重ねるで」
と、真矢氏が言ったところで、
「いや、その必要はない。原因はハッキリしているじゃないか」
その低い声は響いた。
陽之介氏だ。
忘れがちだが、彼は男性アイドル事業部の責任者。
今回の会議にいて当然の人物である。
「陽之介兄さん、なんか心当たりがあるんか?」
「もちろんあるのだよ……三池君に休息をしっかり用意した、と君たちは思っているようだが思い出して欲しい。その休息の時、三池君が何をしていたのかを」
「えっ、そ、そらぁ自室でゆっくりしていたんとちゃうん?」
代表として答えた真矢氏に、自分も同じ意見だと他の者も頷く。
「そうだ。アイドル活動がオフの時、三池君はいつも部屋で、この南無瀬の家でゆっくりしていたのだよ。どこにも出かけずにね……三池君は男性だ。だが不知火群島国の男性ではない、日本という男性が自由に暮らすことが出来た国から来たのだ。この国の男性のように、家の中にいるのが普通と思ってはいけない」
陽之介氏の言葉には聞くべき点が多数あった。迂闊である、三池氏がアイドル活動を始めて約半年。仕事で外に出ていたとはいえ、移動は常に車。撮影が終われば、また車に乗って寄り道せずに帰宅。外との接触があまりに少ない。
優しい三池氏のことだ。プライベートで外に行きたいと言えば、私たちの負担になってしまう。そう遠慮して、今まで休日を南無瀬邸で過ごしてきたのではなかろうか。
「この軟禁生活が次第に三池君を蝕み、時間をかけて問題が表面化した。どうかね、僕の意見は?」
娘に会えないストレスで家出をしたキャリアを持つ陽之介氏の発言は重く受け入れられた。
考えなければならない。三池氏が本当の意味で安らげる方法を……




