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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
二章 南の島の黒一点アイドル
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落ちた怪人

南無瀬市民会館の舞台にて、サカリエッチィ散る。


あの事故から一時間が経った。

母子たちは家路につき、観客席は先ほどまでの熱量が嘘だったかのようにしんと静まり返っている。

舞台の片付けをするスタッフたちの顔に、公演をやり切った達成感はない。

みんな押し黙って動く、まさかこんな光景を拝むことになるとは……



『みんなのナッセー』の特別公演は首の皮一枚で成功した、と言える。

サカリエッチィの落下が公演の終盤だったのは、不幸中の幸いだった。

あのハプニングはあくまで台本通りである。そう装って、エンディングに突入し早々に舞台の幕を下ろした。

無論、幕引きの合間に手の空いたスタッフが舞台下で倒れているサカリエッチィに駆け寄り、意識の確認や怪我の有無を確かめていた。

結果、サカリエッチィさんは腰と足の痛みを訴え――

すぐさま救急車が呼ばれ、病院へと連れていかれた次第だ。



南無瀬組男性アイドル事業部の面々と共にサカリエッチィさんが落下した現場に立つ。


「なんで、サカリエッチィさんは落ちたんでしょう? 練習では何事もなかったのに」


わけが分からなかった。

本番で見せた大きなふらつき。サカリエッチィさんに何が起きていたというのだろう。


「今更気にしてもしゃーない。それより拓馬はん、今日は疲れたやろ、そろそろ南無瀬邸に戻ろか」

俺の戸惑いを受け流し、真矢さんが飄々と口を開いた。


ダメだぜ、真矢さん。

話題変換があからさま過ぎる。こんな態度を取ると言うことは、

「俺に原因があるんですか。もし、落下の理由を知っているなら聞かせてください。お願いします」


俺のまっすぐな視線にたじろいだ真矢さんは「はぁ、しもうたなぁ」とため息一つ、態度を改めた。


「……つい今し方、戦闘員はんたちに聞き取りしたんやけどな。サカリエッチィはん、かなり無理をしていたんや」


「無理?」


「コラボ劇のために興奮抑制剤を過剰に摂取していたり、他にもあえて身体に傷を作りそこに塩を塗って練習や本番に臨んでいたんやって。なんでそないな事をしたんか、説明が要る拓馬はんやないやろ」


っ!? 

そこまでの悲壮な決意で、あの人は舞台に立っていたのか。


椿さんが言う。

「男性を拘束し、くすぐりの限りを尽くす。三池氏を己の手で弄べるとなれば常人なら三秒で理性が溶ける。むしろ練習時はよく耐えたと賞賛するレベル」


「でも、そこまでの対策をして本番で前後不覚になったのは……」


「色々な三池さん要素を長時間受け続けた結果ですけど、特筆して語るとすればフェロモンですよ」三池さんマイスターの音無さんが真面目モードで解説する。

「本番の舞台は長時間スポットライトに当たりますので、練習以上に汗をかきます。それに、大勢の観客と対面することで緊張もします。これらが合わさって、いつも以上のフェロモンが三池さんからだだ漏れだったんです」


「ぎょたく君氏の衣装には芳香剤が仕込まれているとはいえ、本気になった三池氏のフェロモンを誤魔化すことは出来なかった」


「それが練習で崩壊寸前まで追い詰められていた理性にトドメをさしたんやな。けど、うちは尊敬するで。我を失ってもなお拓馬はんを襲わず、舞台に散ったサカリエッチィはんを」


「性欲をおして出演し、舞台に殉じるか……あたしには出来ないな」


怪我をおして出場し、グラウンドに殉じたスポーツ選手を弔うかのように、切なげに呟く音無さん。

冷静に考えるといろいろツッコミたくなるのだが、場の雰囲気を読んで俺は神妙な顔をするのであった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「タッくん……」

天道咲奈が近づいてきた。

本当なら、明日に迫った『魔法少女トカレフ・みりは』の準備のため、彼女は早々に南無瀬市民会館を後にする予定である。それが、トラブルの影響でまだここに留まっていた。

自身が所属する劇団には事故について一報を入れたらしい。今頃、劇団の方では明日の本番に代役を立てるかどうするか大慌てになっていることだろう。


「サカリエッチィさん、大丈夫かな」

顔色が優れない、無理もないか。


魔法少女みりは役の天道咲奈、サカリエッチィ役のサカリエッチィさん。

二人はヒーローと悪役という密接な役柄で、不知火群島国の島々を渡り歩き公演を行ってきた。

おそらく二人の間には、年齢差を超えた強固な仲間意識や友情があったのではないか。友人の苦境と自身の劇団の苦境、その二つが幼い主役の肩に乗せられていると思うと、不憫という言葉一つで表してはいけない同情心を持ってしまう。


天道咲奈と深く関わるべきではない。

それは承知しているが、この状況で「へえ大変だね、でも俺には関係ね~し」と冷たい態度を取れるわけないだろ。良心の呵責で寝込んでしまうわ。


俺は真矢さんたちに目配せをして、席を外してもらうようお願いした。

ダンゴたちは少し不満そうだったが、今までになく弱気な天道咲奈の様子を見て、遠巻きに護衛するスタイルに切り替えてくれた。


天道咲奈と二人っきりになって……さあ、何と言おう。

「サカリエッチィさんは平気さ、大した怪我はないよ」と気軽に喋ることが出来たらどんなに良いか。

救急隊員に担架で運ばれる時のサカリエッチィさんの痛々しい姿が、根拠のない慰めを許してくれなかった。


舞台からの落下。

演劇を経験する者として、何度か耳にした話だ。

何事もなくすぐステージに復帰した人もいれば、両足を骨折して数ヶ月の入院を余儀なくされた人もいる。

サカリエッチィさんは後者の様態に近い気がした。


「サカリエッチィさんのことは……分からない」俺は正直に答える。


「そうだよね。ごめんね、お姉ちゃんったら変なこと訊いて。タッくんは気にしないで。サカリエッチィさんが明日出られなくても何とかなるから」


何とか、か。

サカリエッチィはゲテモノのマスクを被ったキャラクターだ。顔が隠れているので、別人が演じていても一見様では分からない。

また、原作アニメの声優さんが声を当てているため、台詞を覚える必要がない。

考えてみると、意外に代役を立てるのは難しくない。

代役候補を挙げるとすれば、戦闘員の中の人なんてどうだ?

サカリエッチィと同じ場面に登場しているから、動きを覚えているかもしれない。適役だな。


ふむふむ、明日の本番、イケそうじゃないか。


俺が楽観したところで、

「咲奈ちゃん、ちょっと」

戦闘員のスーツを着た女性が話しかけてきた。格好からして、『みんなのナッセー』のスタッフではなく、天道咲奈が属する劇団の関係者のようだ。


「サカリエッチィのマスクを見てないかしら?」


「えっ、マスク? ううん、見てないよ」


「そう……困ったわ。あれがないと、サカリエッチィ役を引き継げない」


「マスク、ないんですか?」俺が会話に割り込むと、戦闘員さんはギョッと顔を赤らめ半歩下がった。


「え、ええ。先ほどから探しているのですが、どこにも」


「サカリエッチィさんと一緒に病院へ運ばれたってことは?」


「病院の方にも問い合わせましたが、ないそうです。救急車の中も見ていただいたのですが……」


ハリウッドでも使われそうなやたらとクオリティの高いクリーチャーマスク。落ちていたらすぐ目に付くと思うが、どこにもないとは不思議だ。

俺の記憶では、サカリエッチィさんは素顔で救急車に乗せられていった。舞台落下から運ばれる間に紛失したということか。


ミステリアスな事態に俺たちは頭を悩ませたが、答えはすぐに知らされた――凶報という形で。




「タクマさん、ここにいらしたのですね」


舞台に直接関わっていないはずのフグ野サザ子さんが、俺たちの下へやって来た。

あれ? ここは部外者立ち入り禁止のはず。

いくら協賛の代表者とはいえ、南無瀬組の警備班がよくサザ子さんを通したな。

もしや、通すだけの何かを持っているのか?


すっかりマブな間柄になってしまった嫌な予感さんを抑えつつ、俺は「どうかしました?」と不安混じりに尋ねる。


「皆さんにお伝えしなければいけないことがありまして。これを……」


サザ子さんが渡してきた物が何なのか、最初はよく分からなかった。

それもそのはず。

見た目は、計画性なく作ったお好み焼きのような物体。

引っ張られたり、切られたり、踏まれたりでボロボロになっており、原型を察知するには相当な想像力が必要としていた。


「ああっ!?」俺より先に天道咲奈が気付き、自分の口元を両手で覆う。

「まさか、そんなっ!」数秒遅れて戦闘員さんも同様のポーズを取る。

彼女たちの反応で、俺にもそれの正体を察することが出来た。


天道咲奈がブツを受け取り、悲しそうに抱きしめる。

「これ、サカリエッチィのマスク……こんなの酷いよぉ」

コメディ作品らしからぬシリアスな引き。

これでいいのか (問題提起)

いや、良くない (自己解決)


と、いうことでもう一話投稿します。

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