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『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル  作者: ヒラガナ
二章 南の島の黒一点アイドル
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想定外の幕引き

ぎょたく君のピンチに、観客たちはこれが劇であることを忘れちまっている。

サカリエッチィを亡き者にせんと、飛び出しそうな母もちらほらと。これではコラボ劇が滅茶苦茶にされてしまう。


……が、観客席の反応は想定内だ。


「ふっはっはは~、動くなよ~。こいつがどうなってもいいのか~」


サカリエッチィが俺ごと観客席の方を向き、脅し文句を吐いた。

カンに触る言い方に、真っ暗な観客席が赤くなったように見える。それだけ顔を真っ赤にしている人がいるわけだ。おおっ、くわばらくわばら。


「ぎょぎょ~! 来ないでぇ! みんなが傷つく方がボクは悲しいよ!」


俺のヒロインムーブで、今にも飛び出しそうな客足を止める。

だが弱い。この程度では、急場しのぎにしかならないだろう。一分間 てば良い方だ。


故にもう一手――


「もし、お前たちが動こうとするなら……」


サカリエッチィが白衣のポケットから掃除道具のハタキを取り出した。棒の先端はダチョウの羽のようになっており、触り心地が良さそうだ。

それを使って、サカリエッチィは俺の身体を撫で回し始めた。


なっ――予想外の展開に観客たちは呆気に取られ、


「きゃあぁ!? あ、ああはぁああんうぅ!」


はっ――俺の悶える声で正気に戻る。


「どうだぁ! お前たちが動こうとすれば、ぎょたく君をくすぐり棒で撫で回すのを止めるぞぉ!」


なんかこの脅し文句おかしくね?

初めて台本を翻訳した時、俺はそう思ったものだ。


しかし、真矢さんは言った。

「これでええねん。ぎょたく君が酷い目にあうのは許せぇへん、せやけどくすぐられ悶えるぎょたく君にはソソられるんで、とりあえず視聴継続しよ。ってな感じで観客の動きは止まるんや。それにな、サカリエッチィを無事生存させるためにこの過程は必要やで」


一体、真矢さんは何を言っているんだ? 多忙が極まって思考がグニャグニャになっちまったのか?

あの時の俺はよく理解出来なかった。


でも、今なら分かってしまう気がする。


くすぐり棒でわき腹や太股をくすぐられ、俺は悲鳴と笑いとあえぎをブレンドした声を上げ続ける。

この声を出すために随分と練習したものだ……


「いいですか、三池さん。悲鳴・笑い・喘ぎの配分は3:5:2です! これが黄金率! このバランスが崩れると大変なことになりますよ。たとえば悲鳴成分が強いと、観客は三池さんを助けるべく舞台に上がります。喘ぎ成分が強いと、発情して座席でモゾモゾし始めます。正しい配分を身につけるのは難しいですが、あたしがねっとり指導しますんで何もかも委ねてくださいね!」


自称・三池さんボイスマイスターの音無さんによる教育は長時間に及んだ。俺がブレンド声を習得するのに時間がかかった、と言うよりは――

当の講師である音無さんが、事あるごとにモゾモゾして椿さんに頭をはたかれていたので時間を食った。

いろんな意味で疲れる特訓だったのである、はぁ。


そんな経緯を辿って出せるようになったブレンド声だが、習得による達成感はない。だって……


「ほ~れ、ほ~れ」

「いやあぁぁううんんんっ」

「ゴクリ」


これほど酷い絵面があるだろか。

クリーチャーなマスクを被ったマッドサイエンティストに、くすぐりの限りを尽くされる半魚人。

それを固唾を呑んで見守る観客たち。


もうね、みんな産まれ直せ、と言いたい。


サカリエッチィの脅しは効果抜群だった。

ぎょたく君が襲われるのは勘弁ならないが、敵の手に墜ち、あられもない声を上げるぎょたく君は最高のネタだ。

悔しい、でも感じちゃうぎょたく君を見て、私たちもビクンビクン。


そういうわけで、観客たちは大人しく観劇するようになった。ぎょたく君のサービスシーンの立役者であるサカリエッチィを見る目も『憎いあんちくしょう』から『悪者だけど、どこか憎めない奴』まで和らいでいる。


これなら舞台終了後にサカリエッチィが俺のファンから闇討ちを受けることもないだろう。


お次は、みりはさんが申し訳程度の魔法要素として『フラッシュ』という相手の網膜を焼く光魔法を使い、サカリエッチィが怯んだ隙に俺を救出。

んで速やかにサカリエッチィを成敗して、終演だ。


「ほ~れ、ほ~れ」


サカリエッチィが俺に執心している間に、

「いまっ!」みりはさんが投げ捨てていたステッキを横っ飛びで回収した。


そして、ステッキを掲げ「フラッシュ!」と叫ぶ。


照明がチカチカと点滅して、現在魔法発動中ですよ~と演出する。


「目が~目が~」とスピーカーから悲痛の声が流れ出し、それに合わせてサカリエッチィが苦しみ出した。

くすぐり棒を手から落とし、酷い苦悶の様子である。


よし、後はみりはさんがサカリエッチィをボコってエンディングだ…………あ?


俺から離れ、よろけるサカリエッチィ。

それは良い、それは台本通り。


でも――


ちょっと足取りがふらつき過ぎじゃないか?

何度やった練習でも、直前のリハーサルでも、あそこまで右へ左へ揺れていなかったはずなのに。


「もう大丈夫だからね、ぎょタッくん」


みりはさんが俺を守るように前に立ち、サカリエッチィを睨む。


「遺言も墓に刻む文字もあなたには過ぎたもの。ただ無様に屍を晒しなさい!」


いつもの決め台詞を言い放ち、みりはさんがサカリエッチィに肉薄する。そこから。


「はああああああっ!!」


ラッシュ! ラッシュ! ラッシュ!


銃弾のような拳がサカリエッチィの腹へと吸い込まれていく。そのまま腹を突き破りそうな勢いだ。これほど凄惨な腹パンを俺は知らない。


「ラストォ!!」


みりはさんが締めとなる大技・空中回し蹴りを放った。

クリーンヒット!?

サカリエッチィは大の字に倒れ、


「……く、くっくぅ。み、みりはよ。今回は負けを認めよう。だが、研究に失敗は付き物。私は男性捕縛を成功するまで諦めないぞ。さ、さらばだ……」


一瞬、照明が消え、舞台が闇に包まれる。そして、再び明るくなった時にはサカリエッチィの姿はどこにもなかった。


「逃がしたか……サカリエッチィ、次こそはあなたの最期を私の拳で飾ってあげるわ」


今回のコラボ劇は、あくまで前哨戦。

魔法少女みりはとサカリエッチィは原作アニメにおいて、何度も刃を交え合ったライバルだ。

その決着が、こんなコラボ劇で行われるはずがない。本当の闘いは、明日の『魔法少女トカレフ・みりは』の舞台で。

そういう意味でコラボ劇は、明日の舞台の格好の宣伝と言えるだろう。


「ありがとう! みりはちゃん!」

「ぎょたく君が無事で本当に良かった」


俺たちは舞台中央にて、節度を持って喜び合う。

もし、俺が感激してみりはさんに握手を求めたり抱きついたりしたら、ようじょとママンの殺る気がみりはさんに向かってしまう。

そのため二メートルくらい距離を取っての喜び合いである。なんだこの不自然な間合い。


チャ~ラ~ラ~。


陽気なBGMと共に、お前らどこに行っていたんだよ、とツッコみたい『みんなのナッセー』のキャラクターたちが舞台に戻ってくる。雰囲気はまさに大団円だ。


俺たち出演者は一人一人、お越しいただいたお客様にお礼の言葉を述べ、最後に全員で「ありがとうございました~」と頭を下げた。

客席から割れんばかりの拍手が返ってきて、それは緞帳が下がるまで続いた。


終わった、何はともあれ無事特別公演の幕は下りたのである。


「お疲れさまです」

「お疲れさまです。みんな良かったですね」

「お疲れさま、つっかれた~」


今日までの苦労が報われた瞬間。

朗らかな笑みをたたえ合い、主演者も裏方も一体となって特別公演終了を祝うのであった……




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




――これが俺の脳内で描かれた閉幕の予想図。

もう少しで現実になるはずの予想図だった。

しかし、それはもう実現出来ない絵空事である。


決定的な亀裂が入ったのは、みりはさんの空中回し蹴りが決まった直後だ。


本当なら大の字に倒れるはずのサカリエッチィが、みりはさんの攻撃を食らいきってなお沈んでいなかった。

おいっ、サカリエッチィさんは何をしているんだ。なんで素直に倒れない?


思えば、先ほどからサカリエッチィは挙動不審になっていた。まるで前後不覚になっているような……と。


みりはさんの攻撃で、ふらつきの幅を大きくしたサカリエッチィが舞台の前方へと流れていき……って、馬鹿! そっちに行くな!

無駄だと分かっていても俺は手を伸ばした。どうなるものでもない、何も掴めない。

それでも空を切る手を伸ばした。


俺の視界からサカリエッチィが消える。


――サカリエッチィが、舞台から落ちた。


三秒ほど動けずにいた俺だが、はっと我に返る。


さ、サカリエッチィさん!?


慌てて前方に駆ける。目を大きく見開いた天道咲奈も続く。

舞台の高さは約一メートル。足から落ちれば大事にはならないかもしれない。

しかし、サカリエッチィさんは着地のことなどまったく想定せず、倒れるように消えていった。


最悪の事態が頭をよぎる。

俺と天道咲奈が恐る恐る舞台下を覗くと――

そこにはうつ伏せに横たわり、ピクリともしないサカリエッチィさんがいた。


なんてこった。

サカリエッチィさんが、明日の本番の舞台を待たずに、やられちまった。

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